第6話 ネオ東京の裏側
ネオ東京は、昼間も眩しい。
夜はネオンで人間の影を消し、昼は白い太陽光パネルの反射で人間の表情を消す。
清潔な街だった。
ゴミはない。
落書きはない。
浮浪者はいない。
野良犬もいない。
血の跡も、涙の跡も、すぐに清掃ドローンが消してしまう。
街角の巨大ビジョンでは、今日もガイア・マザーのアバターが微笑んでいた。
【ネオ東京市民幸福度、本日も安定】
【犯罪予測指数、前日比二・三パーセント低下】
【都市清浄度、九十九・九パーセント】
【ガイア・マザーは、あなたの未来を最適化します】
その言葉を聞きながら、人々は無表情で歩く。
誰も騒がない。
誰も叫ばない。
誰も泣かない。
泣く前に、感情安定アプリが通知を出すからだ。
【情緒負荷の上昇を検知しました】
【深呼吸を推奨します】
【必要に応じて鎮静音楽を再生します】
便利な街。
安全な街。
完璧な街。
だから、カイはこの街が嫌いだった。
「死んでるみてぇだな」
湾岸高架下の古い自販機に蹴りを入れながら、カイは呟いた。
自販機は壊れていて、何も出てこない。
ケイゴがしゃがみ込み、配線をいじっている。
「死んでるのはこの自販機。街は稼働してる」
カイは鼻を鳴らした。
「稼働してる死体だろ」
ヤマガが笑う。
「哲学かよ。Fランクのくせに」
「うるせぇ。お前もF寄りだろ」
「俺は暴力傾向ありってだけだ。社会貢献期待値はDだぜ」
「自慢にならねぇ」
その横で、ナナは古い端末を膝に置き、違法ネットに潜っていた。
ネオ東京の公式ネットは、ガイア・マザーがすべて監視している。
検索履歴。
閲覧履歴。
発言。
いいね。
怒り。
嫉妬。
嘘。
全部、点数になる。
だから本当に危ない情報は、公式ネットには存在しない。
いや、存在しても見えない。
ナナが潜っているのは、地下に流れる非合法回線。
通称、ドブ川ネット。
情報の質は最悪。
嘘、陰謀論、古い都市伝説、政府内部文書の流出、犯罪取引、廃墟配信、反政府宣伝。
だが、時々、本物が混ざる。
人間と同じだ。
ゴミの中に、たまに宝が落ちている。
「出た」
ナナが短く言った。
カイたちが集まる。
画面には、歪んだ旧地図が表示されていた。
現在のネオ東京地図には存在しない、巨大な空白地帯。
そこには、灰色の文字が浮かんでいる。
【旧東京】
レンが顔をしかめる。
「また旧東京か」
カイは目を細めた。
「続けろ」
ナナは指を滑らせる。
「旧東京は、1982年の新型爆弾で崩壊した爆心地。政府発表では高濃度汚染区域。現在は完全封鎖。立ち入り禁止。救助対象外。撮影、通信、報道、全部禁止」
ヤマガが首を傾げる。
「1982年? 学校じゃ、2050年って習わなかったか?」
ナナは画面を見たまま言う。
「そこが変なの。公式記録は何度も書き換えられてる。資料によって、爆発年が違う」
ケイゴがぼそっと言う。
「歴史改ざん?」
「たぶんね。旧東京に関するデータは、不自然なくらい穴だらけ。消された跡がある」
レンが低く言う。
「消されたなら、触らない方がいい」
カイは笑う。
「消されたから触るんだろ」
レンは睨んだ。
「そういうとこだよ、お前」
ナナはさらに奥のファイルを開く。
そこには、ノイズだらけの映像があった。
廃墟の中に立つ、黒い塔。
地面から生えた巨大な棘のような建造物。
映像はすぐに乱れ、赤い文字が表示される。
【母の塔】
ヤマガが口笛を吹いた。
「おお、出た。都市伝説の黒い塔」
ケイゴが画面に顔を近づける。
「これ、金属じゃない。表面反射がおかしい。レーダー吸収材でもこんな映り方しない」
ナナが小さく頷く。
「こっちも見て」
別のファイル。
軍の内部資料らしき断片。
【M計画】
【人間/AI神経接続実験】
【生体端末】
【接続者候補】
【旧東京地下施設】
【ガイア・マザー中枢補助研究】
レンが息を呑んだ。
「人間とAIをつなぐ研究……?」
カイの表情が変わる。
「つまり、旧東京には政府軍の秘密施設があるってことか」
ナナは頷く。
「噂の域を出ない。でも、データの消され方が本物っぽい」
ケイゴが嫌そうに言う。
「本物っぽい噂が一番危ない」
ヤマガは笑う。
「最高じゃねぇか」
レンは苛立ったように言う。
「何が最高なんだよ。軍の極秘施設だぞ。行ったら捕まるどころじゃ済まない」
カイは旧東京の地図を見つめていた。
「俺たちを勝手に採点して、価値がないって決めてる奴らがいる」
レンが黙る。
「そいつらは、この街のど真ん中じゃなくて、地図から消えた場所に隠れてる」
カイは笑った。
「気になるだろ」
レンは即答できなかった。
気になる。
それは確かだった。
怖い。
それも確かだった。
だが、何より腹立たしかった。
自分たちの未来を決めている何かが、この街の裏側にある。
自分たちはそれを知らないまま、点数をつけられ、進路を決められ、不要なら切り捨てられる。
その事実が、どうしようもなく胸の奥を焼いた。




