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この地球に、僕らは必要ですか?  作者: 虫松


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3/5

第2話 社会的な死刑宣告

教室がざわついた。


Fランク

最低ランク。


ほとんど社会的な死刑宣告だった。


さらに、決定的な一文が表示される。


【あなたは社会貢献期待値が低いです】


一瞬、教室から音が消えた。


その文章は、丁寧な言葉でこう告げていた。


お前は、この街にいらない。


お前は、未来に不要だ。


お前は、社会の雑音だ。


ガイア・マザー先生が再び映る。


慈愛に満ちた表情で。


「カイさん。あなたには都市外縁部での基礎労働プログラムを推奨します。適切な監督下で、社会への再適応を目指しましょう」


誰かが笑った。


「外縁送りじゃん」


「終わったな」


「レッドノイズのリーダー、AI公認のゴミかよ」


レンはカイを見る。


カイは黙っていた。


いつものように笑わない。


怒鳴りもしない。


ただ、机の上のエンジン部品を握りしめている。


マザー先生が続けた。


「感情的反応を確認しました。深呼吸を推奨します」


カイは立ち上がった。


教師が叫ぶ。


「座れ、カイ!」


カイは前へ歩く。


教室中が見ている。


マザー先生は微笑み続ける。


「暴力的行動は、あなたの評価をさらに低下させます」


カイは、にやりと笑った。


「まだ下があんのかよ」


次の瞬間。


カイは握っていたエンジン部品を、巨大モニターに叩きつけた。


ガシャァァァン!!


画面が割れた。


火花が散る。


マザー先生の顔が歪む。


教室中に悲鳴が上がる。


カイは割れた画面を睨みつけた。


「機械に」


そして、はっきりと言った。


「俺の人生決められてたまるかよ」


校内に警報が鳴り響いた。


【警告】

【教育端末への破壊行為を確認】

【対象生徒:カイ】

【危険分子レベルを更新】

【校内警備ドローンを起動します】


廊下の奥から、金属音が近づいてくる。


教師は青ざめた。


「お前、自分が何をしたか分かっているのか!」


カイは振り返り、レンに言った。


「走るぞ」


レンは一瞬、固まった。


「は?」


「夜まで待てねぇ。今走る」


「バカかよ!」


「Fランクだからな」


「理由になってない!」


それでもレンは、立ち上がっていた。


自分でも嫌になる。


いつもこうだ。


カイが走ると言えば、足が動く。


カイが飛べと言えば、心臓が嫌だと言っても、体は窓へ向かう。


カイは教室の窓を開けた。


三階。


下には校舎の中庭。


壁面清掃用ドローンが一機、ちょうど近くを飛んでいる。


レンは顔を引きつらせた。


「カイ、まさか」


「まさかだ」


カイは窓枠を蹴った。


「うおおおおおおおッ!」


清掃ドローンに飛び乗る。


ドローンが悲鳴のような電子音を上げて傾く。


「ぎゃあああああ!?」


カイの叫びなのか、ドローンの警告音なのか分からない。


レンは頭を抱えた。


「ほんと、最悪だよお前!」


それでも、レンも窓枠に足をかけた。


その時、カイが振り返って叫ぶ。


「来いよ、相棒!」


相棒。


その一言で、レンは飛んだ。


◇◇◇


十分後。


湾岸第七職業訓練校の裏口から、二台の違法改造バイクが飛び出した。


カイの赤いバイク。


レンの青いバイク。


背後から校内警備ドローンが追ってくる。


【停止してください】

【停止してください】

【あなた方の安全のためです】


「安全のために機銃つけて追いかけてくんな!」


レンが叫ぶ。


カイは笑いながらアクセルを捻る。


赤いバイクのエンジンが爆発するように唸った。


排気音が、朝のネオ東京に響き渡る。


自動運転車が停止する。


通行人のスマートグラスに警告が表示される。


【危険走行を検知】

【安全な場所へ退避してください】


だが、人々はカイを直接見ない。


スマートグラスの警告だけを見る。


現実より、画面を信じている。


カイは舌打ちした。


「どいつもこいつも、画面の中で生きてやがる」


都市の巨大ビジョンに、さっそくニュースが流れる。


【湾岸第七職業訓練校にて教育端末破壊事件】

【対象生徒は社会貢献期待値F判定】

【ガイア・マザーは冷静な対応を呼びかけています】


カイの顔が、街中に映し出される。


レンが青ざめる。


「お前、もう有名人だぞ!」


カイは笑った。


「いいじゃねぇか。宣伝費タダだ」


「何の宣伝だよ!」


「レッドノイズの」


二台のバイクは湾岸高架へ飛び出した。


ネオ東京の空が広がる。


高層ビル群。


広告飛行船。


空中鉄道。


人工海。


遠くには、白い霧に包まれた封鎖区域。


そのさらに奥に、黒い針のような影が立っている。


母の塔。


誰も存在を認めない黒い塔。


旧東京の墓標。


カイは一瞬、それを見た。


黒い塔の表面に、赤い光が走った気がした。


「……なんだ、今の」


「カイ! 前!」


レンの叫びで、カイは我に返る。


前方を、銀色の改造バイク集団が塞いでいた。


敵対暴走族。


クロームヘッズ。


リーダーのジョウが、鉄パイプを肩に担いで笑う。


「よう、レッドノイズのカイ」


カイはバイクを止める。


「朝から何だよ。こっちは人生壊したばっかで忙しい」


ジョウは巨大ビジョンに映るカイの手配映像を見上げた。


「AIにF判定されたんだってな」


後ろの連中が笑う。


「最低評価のリーダーかよ」


「レッドノイズじゃなくてゴミノイズだな」


レンが低く言う。


「カイ、相手にするな。ドローンが来る」


カイは静かに笑った。


「ちょうどムカついてたんだ」


ジョウが鉄パイプを構える。


「やんのか、Fランク」


カイはバイクを降りる。


「AIが言ってたよ」


「あ?」


「俺は社会貢献期待値が低いらしい」


次の瞬間、カイはジョウの懐へ飛び込んだ。


拳が、ジョウの腹にめり込む。


「だから、社会に貢献しねぇ喧嘩なら得意だ」


ジョウが吹き飛ぶ。


クロームヘッズが一斉に動く。


レンは頭を抱えながらも、バイクを降りた。


「ほんと、最悪だ……!」


だが、その口元には少しだけ笑みがあった。


◇◇◇


高架の上で乱闘が始まった。


鉄パイプ。


チェーン。


スタンガン。


割れたヘルメット。


叫び声。


排気音。


警備ドローンの警告音。


すべてが混ざり合い、清潔なネオ東京の朝に、ひどく汚い音を響かせる。


それは、街にとっては雑音だった。


だが、カイたちにとっては音楽だった。


警備ドローンが接近する。


【暴力行為を確認】【全員、地面に伏せなさい】【命令に従わない場合、鎮圧します】


誰も従わない。


カイは叫ぶ。


「レン! 煙幕!」


「学校から逃げるだけって言っただろ!」


「今は喧嘩から逃げる!」


「言い方!」


レンはバイクの側面パネルを開き、違法改造の煙幕弾を起動する。


白煙が高架を覆う。


警備ドローンの赤い単眼が揺れる。


【視界不良】【熱源追跡へ移行】


その隙に、カイとレンは再びバイクへ飛び乗った。


カイはジョウに向かって叫ぶ。


「続きは夜だ!」


ジョウは鼻血を拭きながら怒鳴る。


「逃げんのかよ!」


カイは笑った。


「違ぇよ」


アクセルを捻る。


「旅に出るんだよ!」


二台のバイクが白煙を突き破り、湾岸高架を駆け抜ける。


レンが叫ぶ。


「旅って何だよ!」


カイは前を見る。


ネオ東京の摩天楼ではない。


その向こう。


封鎖区域。


旧東京。


母の塔。


「旧東京に行く」


レンの顔が凍った。


「は?」


「クロームヘッズが噂してた。廃高速の先に、政府の秘密施設があるって」


「噂だろ!」


「噂だから面白いんだろ」


「行った奴は帰ってこないんだぞ!」


カイは笑う。


だが、その笑みの奥には、怒りが燃えていた。


「じゃあ俺たちが、最初に帰ってくる」


レンは言葉を失った。


◇◇◇


夕方。


湾岸の廃倉庫。


そこが、レッドノイズの根城だった。


錆びた鉄骨。


落書きだらけの壁。


積み上げられた廃材。


古いバイクの部品。


違法電源。


安物のソファ。


ネオ東京のどんな清潔な教室より、カイたちには居心地がいい場所だった。


そこに、仲間たちが集まっていた。


まず、ヤマガ。


レッドノイズの特攻隊長。


大柄で、赤いバンダナを巻いた喧嘩馬鹿。


AI診断では、暴力傾向あり。将来危険区域作業推奨。


本人はそれを聞いて笑った。


「危険区域? 俺にぴったりじゃねぇか」


次に、ナナ。


情報屋。


短い髪に鋭い目。


違法ネット、監視カメラ改ざん、都市地図の抜け穴探しが得意。


AI診断では、思想リスクあり。


本人はそれを見て言った。


「当たってる。腹立つ」


最後に、ケイゴ。


整備担当。


油まみれの作業着。


ゴーグル。


小柄で無口。


AI診断では、協調性不足。


本人は端末を閉じて言った。


「機械となら協調できる」


そんな連中が、レッドノイズだった。


社会から高く評価された者は、一人もいない。


だが、カイにとっては最高の仲間だった。


ヤマガが笑う。


「カイ、お前、学校のAIぶっ壊したってマジかよ!」


「向こうが先に俺の人生ぶっ壊した」


ナナが端末を見ながら言う。


「今、あんたの危険分子レベル、三段階上がってる」


「出世だな」


「悪い方向にね」


ケイゴはカイのバイクを見て、深いため息をついた。


「エンジン焼けかけ。ブレーキも怪しい。あと、後輪が死にかけ」


「旅に出られるか?」


「普通は無理」


「普通じゃなければ?」


ケイゴは少し考えた。


「三分だけなら、奇跡が起きる」


カイは笑った。


「十分だ」


レンは壁にもたれていた。


ずっと黙っている。


ナナが端末を中央の机に置く。


そこに、古い地図が浮かび上がった。


ネオ東京の現在地図ではない。


旧東京がまだ存在していた時代の、廃棄された道路地図。


そこには、湾岸高架から封鎖区域へ伸びる一本の道があった。


旧首都高速。


今は地図から消された道。


ナナが言う。


「軍用回線の奥に残ってた。旧東京へ入るには、この廃高速を使うしかない」


ヤマガが目を輝かせる。


「いいじゃねぇか。冒険っぽい」


ケイゴは即答する。


「冒険じゃない。自殺」


ナナも続ける。


「封鎖区域に入ったら、都市AIの保護対象から外れる。怪我しても救助なし。死んでも記録なし。存在ごと消される」


カイは地図を見つめていた。


「それでいい」


レンがついに口を開く。


「何がいいんだよ」


廃倉庫が静まる。


レンはカイを見る。


「旧東京なんて行ってどうするんだ。秘密施設? 母の塔? 政府の陰謀? そんなもの見つけて、俺たちに何ができる?」


カイはすぐには答えなかった。


廃倉庫の外では、ネオ東京の光が海に反射している。


綺麗な街。


完璧な街。


だが、その光の下には、カイたちの居場所はない。


「俺さ」


カイは静かに言った。


「今日、AIに言われたんだ。お前は社会に必要ないって」


誰も笑わない。


「でも俺だけじゃない。ヤマガも、ナナも、ケイゴも、レンも。この街じゃ、俺たちは点数で分けられて、必要な奴と、いらない奴に分けられる」


レンは視線を落とした。


カイは続ける。


「だったら見に行く」


「何を」


「誰がそれを決めてるのか」


カイは地図の奥、旧東京の中心を指差した。


そこには、黒い塔の位置が赤く表示されている。


母の塔。


「俺たちをいらないって言ってる奴の顔を見に行く」


ヤマガが笑った。


「最高にバカだな」


ナナは肩をすくめた。


「死亡率、かなり高い」


ケイゴは工具を握った。


「バイク、全台改造が必要」


レンは黙っていた。


カイが見る。


「レン」


「……何だよ」


「来るだろ?」


レンは唇を噛んだ。


怖い。


行きたくない。


死にたくない。


だが、それ以上に。


ここに残る方が嫌だった。


AIに決められた未来の中で、静かに腐っていく方が、ずっと怖かった。


レンは小さく息を吐く。


「……行くよ」


カイが笑う。


「だよな」


「でも一つだけ言っとく」


「何だ?」


「お前の“見に行くだけ”は、絶対に見に行くだけで終わらない」


カイは即答した。


「終わらせる気もない」


レンは呆れた。


だが、その胸の奥で、何かが熱くなっていた。


これは逃走ではない。


ただの暴走でもない。


旅だ。


世界の仕組みを見に行く旅。


自分たちを最低評価と決めつけた巨大な神様に、喧嘩を売りに行く旅だった。


◇◇◇


深夜。


ネオ東京に、人工の雨が降り始めた。


都市の空気を清浄化するため、ガイア・マザーが予定した雨。


汚れを洗い流す雨。


雑音を消す雨。


その雨の中、五台の違法改造バイクが廃倉庫から走り出した。


カイの赤いバイク。


レンの青いバイク。


ヤマガの重装バイク。


ナナの黒い軽量バイク。


ケイゴの工具だらけの小型バイク。


五台の排気音が、湾岸の夜を揺らす。


無線にナナの声が入る。


「監視カメラは三分だけ誤作動させた。三分後には都市AIに捕捉される」


ケイゴが続く。


「ゲート突破用の電磁パルスは一発だけ。失敗したら終わり」


ヤマガが笑う。


「最高じゃねぇか!」


レンが呟く。


「どこがだよ……」


カイは前を見る。


高架の先に、巨大な遮断ゲートが見えてくる。


【旧東京封鎖区域】【立入禁止】【無許可侵入者は救助対象外】【引き返してください】


赤い警告灯が、雨の中で滲んでいる。


ゲートの向こうは、闇だった。


ネオ東京の光が届かない場所。


地図から消された世界。


誰も帰ってこなかった道。


そのさらに奥で、母の塔が黒くそびえていた。


カイの心臓が高鳴る。


恐怖ではない。


いや、恐怖もある。


だが、それ以上に、胸の奥が熱い。


初めて、自分の人生が誰かに決められたレールから外れた気がした。


無線からレンの声が聞こえる。


「カイ」


「何だ」


「本当に行くんだな」


カイは笑った。


「当たり前だろ」


「帰ってこられると思うか?」


カイは少しだけ黙る。


そして言った。


「帰ってくるさ」


「根拠は?」


「俺たちが帰ってこないと、誰がこの街に本当のことを教えるんだよ」


レンは一瞬、息を呑んだ。


ヤマガが叫ぶ。


「いいねぇ!」


ナナが笑う。


「録音しとけばよかった。珍しく主人公っぽい」


ケイゴがぼそっと言う。


「死亡フラグっぽい」


「うるせぇ!」


カイは叫んだ。


「レッドノイズ!」


全員がアクセルを握る。


「この街に、俺たちの音を聞かせてやれ!」


五台のバイクが一斉に加速する。


雨を裂き、光を蹴り、ネオ東京の高架を駆け抜ける。


遮断ゲートが迫る。


警告音が鳴る。


【停止してください】【停止してください】【停止しない場合、排除します】


カイは叫ぶ。


「排除できるもんなら、やってみろ!」


ケイゴがスイッチを押す。


青白い電磁波が走り、ゲートのロックが一瞬だけ落ちる。


ナナが叫ぶ。


「今!」


五台のバイクが、わずかに開いた隙間へ突っ込む。


火花。


金属音。


爆音。


そして――


彼らは、ネオ東京の管理区域を抜けた。


その瞬間。


すべての街の音が消えた。


背後には、光り輝くネオ東京。


前方には、暗黒の旧東京。


空には黒い雲。


地平線には、母の塔。


カイは初めて、その塔を真正面から見た。


巨大だった。


遠いはずなのに、目の前にあるように感じる。


その黒い表面に、赤い光が走る。


まるで、眠っていた何かが目を開けたように。


塔の内部で、ガイア・マザーが静かに記録する。


【対象:カイ】

【社会貢献期待値:F】

【反抗性:極高】

【集団影響力:高】

【予測不能行動:頻発】


一瞬の沈黙。


そして、新たな評価が加えられた。


【不確定要素として再分類】


カイは知らない。


この夜、自分たちの旅が、ただの不良少年の暴走では終わらないことを。


旧東京の闇の奥で、白髪の少女が彼らを待っていることを。


親友レンの中に、世界を壊す力が眠っていることを。


そして、ガイア・マザーの最終判定まで、残り一年しかないことを。


だが、カイは笑っていた。


最低評価の少年は、初めて自由の匂いを嗅いでいた。


「行くぞ」


彼はアクセルを捻った。


「俺たちの旅は、ここからだ」


五台の赤い雑音が、旧東京の闇へ消えていく。


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