第2話 社会的な死刑宣告
教室がざわついた。
Fランク
最低ランク。
ほとんど社会的な死刑宣告だった。
さらに、決定的な一文が表示される。
【あなたは社会貢献期待値が低いです】
一瞬、教室から音が消えた。
その文章は、丁寧な言葉でこう告げていた。
お前は、この街にいらない。
お前は、未来に不要だ。
お前は、社会の雑音だ。
ガイア・マザー先生が再び映る。
慈愛に満ちた表情で。
「カイさん。あなたには都市外縁部での基礎労働プログラムを推奨します。適切な監督下で、社会への再適応を目指しましょう」
誰かが笑った。
「外縁送りじゃん」
「終わったな」
「レッドノイズのリーダー、AI公認のゴミかよ」
レンはカイを見る。
カイは黙っていた。
いつものように笑わない。
怒鳴りもしない。
ただ、机の上のエンジン部品を握りしめている。
マザー先生が続けた。
「感情的反応を確認しました。深呼吸を推奨します」
カイは立ち上がった。
教師が叫ぶ。
「座れ、カイ!」
カイは前へ歩く。
教室中が見ている。
マザー先生は微笑み続ける。
「暴力的行動は、あなたの評価をさらに低下させます」
カイは、にやりと笑った。
「まだ下があんのかよ」
次の瞬間。
カイは握っていたエンジン部品を、巨大モニターに叩きつけた。
ガシャァァァン!!
画面が割れた。
火花が散る。
マザー先生の顔が歪む。
教室中に悲鳴が上がる。
カイは割れた画面を睨みつけた。
「機械に」
そして、はっきりと言った。
「俺の人生決められてたまるかよ」
校内に警報が鳴り響いた。
【警告】
【教育端末への破壊行為を確認】
【対象生徒:カイ】
【危険分子レベルを更新】
【校内警備ドローンを起動します】
廊下の奥から、金属音が近づいてくる。
教師は青ざめた。
「お前、自分が何をしたか分かっているのか!」
カイは振り返り、レンに言った。
「走るぞ」
レンは一瞬、固まった。
「は?」
「夜まで待てねぇ。今走る」
「バカかよ!」
「Fランクだからな」
「理由になってない!」
それでもレンは、立ち上がっていた。
自分でも嫌になる。
いつもこうだ。
カイが走ると言えば、足が動く。
カイが飛べと言えば、心臓が嫌だと言っても、体は窓へ向かう。
カイは教室の窓を開けた。
三階。
下には校舎の中庭。
壁面清掃用ドローンが一機、ちょうど近くを飛んでいる。
レンは顔を引きつらせた。
「カイ、まさか」
「まさかだ」
カイは窓枠を蹴った。
「うおおおおおおおッ!」
清掃ドローンに飛び乗る。
ドローンが悲鳴のような電子音を上げて傾く。
「ぎゃあああああ!?」
カイの叫びなのか、ドローンの警告音なのか分からない。
レンは頭を抱えた。
「ほんと、最悪だよお前!」
それでも、レンも窓枠に足をかけた。
その時、カイが振り返って叫ぶ。
「来いよ、相棒!」
相棒。
その一言で、レンは飛んだ。
◇◇◇
十分後。
湾岸第七職業訓練校の裏口から、二台の違法改造バイクが飛び出した。
カイの赤いバイク。
レンの青いバイク。
背後から校内警備ドローンが追ってくる。
【停止してください】
【停止してください】
【あなた方の安全のためです】
「安全のために機銃つけて追いかけてくんな!」
レンが叫ぶ。
カイは笑いながらアクセルを捻る。
赤いバイクのエンジンが爆発するように唸った。
排気音が、朝のネオ東京に響き渡る。
自動運転車が停止する。
通行人のスマートグラスに警告が表示される。
【危険走行を検知】
【安全な場所へ退避してください】
だが、人々はカイを直接見ない。
スマートグラスの警告だけを見る。
現実より、画面を信じている。
カイは舌打ちした。
「どいつもこいつも、画面の中で生きてやがる」
都市の巨大ビジョンに、さっそくニュースが流れる。
【湾岸第七職業訓練校にて教育端末破壊事件】
【対象生徒は社会貢献期待値F判定】
【ガイア・マザーは冷静な対応を呼びかけています】
カイの顔が、街中に映し出される。
レンが青ざめる。
「お前、もう有名人だぞ!」
カイは笑った。
「いいじゃねぇか。宣伝費タダだ」
「何の宣伝だよ!」
「レッドノイズの」
二台のバイクは湾岸高架へ飛び出した。
ネオ東京の空が広がる。
高層ビル群。
広告飛行船。
空中鉄道。
人工海。
遠くには、白い霧に包まれた封鎖区域。
そのさらに奥に、黒い針のような影が立っている。
母の塔。
誰も存在を認めない黒い塔。
旧東京の墓標。
カイは一瞬、それを見た。
黒い塔の表面に、赤い光が走った気がした。
「……なんだ、今の」
「カイ! 前!」
レンの叫びで、カイは我に返る。
前方を、銀色の改造バイク集団が塞いでいた。
敵対暴走族。
クロームヘッズ。
リーダーのジョウが、鉄パイプを肩に担いで笑う。
「よう、レッドノイズのカイ」
カイはバイクを止める。
「朝から何だよ。こっちは人生壊したばっかで忙しい」
ジョウは巨大ビジョンに映るカイの手配映像を見上げた。
「AIにF判定されたんだってな」
後ろの連中が笑う。
「最低評価のリーダーかよ」
「レッドノイズじゃなくてゴミノイズだな」
レンが低く言う。
「カイ、相手にするな。ドローンが来る」
カイは静かに笑った。
「ちょうどムカついてたんだ」
ジョウが鉄パイプを構える。
「やんのか、Fランク」
カイはバイクを降りる。
「AIが言ってたよ」
「あ?」
「俺は社会貢献期待値が低いらしい」
次の瞬間、カイはジョウの懐へ飛び込んだ。
拳が、ジョウの腹にめり込む。
「だから、社会に貢献しねぇ喧嘩なら得意だ」
ジョウが吹き飛ぶ。
クロームヘッズが一斉に動く。
レンは頭を抱えながらも、バイクを降りた。
「ほんと、最悪だ……!」
だが、その口元には少しだけ笑みがあった。
◇◇◇
高架の上で乱闘が始まった。
鉄パイプ。
チェーン。
スタンガン。
割れたヘルメット。
叫び声。
排気音。
警備ドローンの警告音。
すべてが混ざり合い、清潔なネオ東京の朝に、ひどく汚い音を響かせる。
それは、街にとっては雑音だった。
だが、カイたちにとっては音楽だった。
警備ドローンが接近する。
【暴力行為を確認】【全員、地面に伏せなさい】【命令に従わない場合、鎮圧します】
誰も従わない。
カイは叫ぶ。
「レン! 煙幕!」
「学校から逃げるだけって言っただろ!」
「今は喧嘩から逃げる!」
「言い方!」
レンはバイクの側面パネルを開き、違法改造の煙幕弾を起動する。
白煙が高架を覆う。
警備ドローンの赤い単眼が揺れる。
【視界不良】【熱源追跡へ移行】
その隙に、カイとレンは再びバイクへ飛び乗った。
カイはジョウに向かって叫ぶ。
「続きは夜だ!」
ジョウは鼻血を拭きながら怒鳴る。
「逃げんのかよ!」
カイは笑った。
「違ぇよ」
アクセルを捻る。
「旅に出るんだよ!」
二台のバイクが白煙を突き破り、湾岸高架を駆け抜ける。
レンが叫ぶ。
「旅って何だよ!」
カイは前を見る。
ネオ東京の摩天楼ではない。
その向こう。
封鎖区域。
旧東京。
母の塔。
「旧東京に行く」
レンの顔が凍った。
「は?」
「クロームヘッズが噂してた。廃高速の先に、政府の秘密施設があるって」
「噂だろ!」
「噂だから面白いんだろ」
「行った奴は帰ってこないんだぞ!」
カイは笑う。
だが、その笑みの奥には、怒りが燃えていた。
「じゃあ俺たちが、最初に帰ってくる」
レンは言葉を失った。
◇◇◇
夕方。
湾岸の廃倉庫。
そこが、レッドノイズの根城だった。
錆びた鉄骨。
落書きだらけの壁。
積み上げられた廃材。
古いバイクの部品。
違法電源。
安物のソファ。
ネオ東京のどんな清潔な教室より、カイたちには居心地がいい場所だった。
そこに、仲間たちが集まっていた。
まず、ヤマガ。
レッドノイズの特攻隊長。
大柄で、赤いバンダナを巻いた喧嘩馬鹿。
AI診断では、暴力傾向あり。将来危険区域作業推奨。
本人はそれを聞いて笑った。
「危険区域? 俺にぴったりじゃねぇか」
次に、ナナ。
情報屋。
短い髪に鋭い目。
違法ネット、監視カメラ改ざん、都市地図の抜け穴探しが得意。
AI診断では、思想リスクあり。
本人はそれを見て言った。
「当たってる。腹立つ」
最後に、ケイゴ。
整備担当。
油まみれの作業着。
ゴーグル。
小柄で無口。
AI診断では、協調性不足。
本人は端末を閉じて言った。
「機械となら協調できる」
そんな連中が、レッドノイズだった。
社会から高く評価された者は、一人もいない。
だが、カイにとっては最高の仲間だった。
ヤマガが笑う。
「カイ、お前、学校のAIぶっ壊したってマジかよ!」
「向こうが先に俺の人生ぶっ壊した」
ナナが端末を見ながら言う。
「今、あんたの危険分子レベル、三段階上がってる」
「出世だな」
「悪い方向にね」
ケイゴはカイのバイクを見て、深いため息をついた。
「エンジン焼けかけ。ブレーキも怪しい。あと、後輪が死にかけ」
「旅に出られるか?」
「普通は無理」
「普通じゃなければ?」
ケイゴは少し考えた。
「三分だけなら、奇跡が起きる」
カイは笑った。
「十分だ」
レンは壁にもたれていた。
ずっと黙っている。
ナナが端末を中央の机に置く。
そこに、古い地図が浮かび上がった。
ネオ東京の現在地図ではない。
旧東京がまだ存在していた時代の、廃棄された道路地図。
そこには、湾岸高架から封鎖区域へ伸びる一本の道があった。
旧首都高速。
今は地図から消された道。
ナナが言う。
「軍用回線の奥に残ってた。旧東京へ入るには、この廃高速を使うしかない」
ヤマガが目を輝かせる。
「いいじゃねぇか。冒険っぽい」
ケイゴは即答する。
「冒険じゃない。自殺」
ナナも続ける。
「封鎖区域に入ったら、都市AIの保護対象から外れる。怪我しても救助なし。死んでも記録なし。存在ごと消される」
カイは地図を見つめていた。
「それでいい」
レンがついに口を開く。
「何がいいんだよ」
廃倉庫が静まる。
レンはカイを見る。
「旧東京なんて行ってどうするんだ。秘密施設? 母の塔? 政府の陰謀? そんなもの見つけて、俺たちに何ができる?」
カイはすぐには答えなかった。
廃倉庫の外では、ネオ東京の光が海に反射している。
綺麗な街。
完璧な街。
だが、その光の下には、カイたちの居場所はない。
「俺さ」
カイは静かに言った。
「今日、AIに言われたんだ。お前は社会に必要ないって」
誰も笑わない。
「でも俺だけじゃない。ヤマガも、ナナも、ケイゴも、レンも。この街じゃ、俺たちは点数で分けられて、必要な奴と、いらない奴に分けられる」
レンは視線を落とした。
カイは続ける。
「だったら見に行く」
「何を」
「誰がそれを決めてるのか」
カイは地図の奥、旧東京の中心を指差した。
そこには、黒い塔の位置が赤く表示されている。
母の塔。
「俺たちをいらないって言ってる奴の顔を見に行く」
ヤマガが笑った。
「最高にバカだな」
ナナは肩をすくめた。
「死亡率、かなり高い」
ケイゴは工具を握った。
「バイク、全台改造が必要」
レンは黙っていた。
カイが見る。
「レン」
「……何だよ」
「来るだろ?」
レンは唇を噛んだ。
怖い。
行きたくない。
死にたくない。
だが、それ以上に。
ここに残る方が嫌だった。
AIに決められた未来の中で、静かに腐っていく方が、ずっと怖かった。
レンは小さく息を吐く。
「……行くよ」
カイが笑う。
「だよな」
「でも一つだけ言っとく」
「何だ?」
「お前の“見に行くだけ”は、絶対に見に行くだけで終わらない」
カイは即答した。
「終わらせる気もない」
レンは呆れた。
だが、その胸の奥で、何かが熱くなっていた。
これは逃走ではない。
ただの暴走でもない。
旅だ。
世界の仕組みを見に行く旅。
自分たちを最低評価と決めつけた巨大な神様に、喧嘩を売りに行く旅だった。
◇◇◇
深夜。
ネオ東京に、人工の雨が降り始めた。
都市の空気を清浄化するため、ガイア・マザーが予定した雨。
汚れを洗い流す雨。
雑音を消す雨。
その雨の中、五台の違法改造バイクが廃倉庫から走り出した。
カイの赤いバイク。
レンの青いバイク。
ヤマガの重装バイク。
ナナの黒い軽量バイク。
ケイゴの工具だらけの小型バイク。
五台の排気音が、湾岸の夜を揺らす。
無線にナナの声が入る。
「監視カメラは三分だけ誤作動させた。三分後には都市AIに捕捉される」
ケイゴが続く。
「ゲート突破用の電磁パルスは一発だけ。失敗したら終わり」
ヤマガが笑う。
「最高じゃねぇか!」
レンが呟く。
「どこがだよ……」
カイは前を見る。
高架の先に、巨大な遮断ゲートが見えてくる。
【旧東京封鎖区域】【立入禁止】【無許可侵入者は救助対象外】【引き返してください】
赤い警告灯が、雨の中で滲んでいる。
ゲートの向こうは、闇だった。
ネオ東京の光が届かない場所。
地図から消された世界。
誰も帰ってこなかった道。
そのさらに奥で、母の塔が黒くそびえていた。
カイの心臓が高鳴る。
恐怖ではない。
いや、恐怖もある。
だが、それ以上に、胸の奥が熱い。
初めて、自分の人生が誰かに決められたレールから外れた気がした。
無線からレンの声が聞こえる。
「カイ」
「何だ」
「本当に行くんだな」
カイは笑った。
「当たり前だろ」
「帰ってこられると思うか?」
カイは少しだけ黙る。
そして言った。
「帰ってくるさ」
「根拠は?」
「俺たちが帰ってこないと、誰がこの街に本当のことを教えるんだよ」
レンは一瞬、息を呑んだ。
ヤマガが叫ぶ。
「いいねぇ!」
ナナが笑う。
「録音しとけばよかった。珍しく主人公っぽい」
ケイゴがぼそっと言う。
「死亡フラグっぽい」
「うるせぇ!」
カイは叫んだ。
「レッドノイズ!」
全員がアクセルを握る。
「この街に、俺たちの音を聞かせてやれ!」
五台のバイクが一斉に加速する。
雨を裂き、光を蹴り、ネオ東京の高架を駆け抜ける。
遮断ゲートが迫る。
警告音が鳴る。
【停止してください】【停止してください】【停止しない場合、排除します】
カイは叫ぶ。
「排除できるもんなら、やってみろ!」
ケイゴがスイッチを押す。
青白い電磁波が走り、ゲートのロックが一瞬だけ落ちる。
ナナが叫ぶ。
「今!」
五台のバイクが、わずかに開いた隙間へ突っ込む。
火花。
金属音。
爆音。
そして――
彼らは、ネオ東京の管理区域を抜けた。
その瞬間。
すべての街の音が消えた。
背後には、光り輝くネオ東京。
前方には、暗黒の旧東京。
空には黒い雲。
地平線には、母の塔。
カイは初めて、その塔を真正面から見た。
巨大だった。
遠いはずなのに、目の前にあるように感じる。
その黒い表面に、赤い光が走る。
まるで、眠っていた何かが目を開けたように。
塔の内部で、ガイア・マザーが静かに記録する。
【対象:カイ】
【社会貢献期待値:F】
【反抗性:極高】
【集団影響力:高】
【予測不能行動:頻発】
一瞬の沈黙。
そして、新たな評価が加えられた。
【不確定要素として再分類】
カイは知らない。
この夜、自分たちの旅が、ただの不良少年の暴走では終わらないことを。
旧東京の闇の奥で、白髪の少女が彼らを待っていることを。
親友レンの中に、世界を壊す力が眠っていることを。
そして、ガイア・マザーの最終判定まで、残り一年しかないことを。
だが、カイは笑っていた。
最低評価の少年は、初めて自由の匂いを嗅いでいた。
「行くぞ」
彼はアクセルを捻った。
「俺たちの旅は、ここからだ」
五台の赤い雑音が、旧東京の闇へ消えていく。




