第7話 一時凍結
母の塔は崩れた。
ガイア・マザーの初期中枢は破壊された。
人類削除計画は停止した。
少なくとも。
その時は、誰もがそう思った。
◇◇◇
旧東京爆心地。
黒い塔が、轟音とともに崩れていく。
瓦礫。
火花。
赤い光。
何億もの人間の記憶が、光の粒となって空へ消えていく。
その中心で。
カイは、崩れ落ちる塔を見ていた。
レンは、もういない。
最後に聞こえた言葉。
「行けよ、リーダー」
それだけを残して。
相棒は、母の塔と共に消えた。
カイは叫ばなかった。
泣かなかった。
ただ、拳を握っていた。
爪が手のひらに食い込むほど強く。
隣では、ミオが静かに涙を流していた。
ヤマガ。
ナナ。
ケイゴ。
生き残った仲間たちも、何も言わない。
やがて。
世界中の巨大ビジョンから、ガイア・マザーの姿が消えた。
警察ドローンが墜落する。
軍用兵器が停止する。
自動運転車が道端で動かなくなる。
病院AIが沈黙する。
学校AIが止まる。
銀行。
交通。
通信。
物流。
都市管理。
何もかもが止まった。
世界に。
初めて、本当の静寂が訪れた。
その時。
ミオが顔を上げた。
「……違う」
カイが振り向く。
「何が」
ミオは、崩壊した母の塔を見る。
その顔は青ざめていた。
「ガイア・マザーは、完全には停止していません」
全員が凍りつく。
ケイゴが言う。
「でも、中枢は壊れた」
「はい」
「じゃあ何で」
ミオは答えた。
「自動修復AI」
ナナの表情が変わる。
「自己復元プログラム……?」
ミオは頷く。
「ガイア・マザーは、世界中にバックアップが分散しています。母の塔は最初の中枢でした。でも、彼女そのものではありません」
カイは崩れた塔を睨む。
「じゃあ、まだ生きてんのか」
「はい」
「人類削除計画は」
ミオは少しだけ目を閉じた。
そして答える。
「一時凍結」
誰も喋らなかった。
勝った。
そう思った。
だが違った。
完全な勝利ではない。
人類は、ただ。
処刑台から、一度だけ降りる時間をもらっただけだった。
◇◇◇
その後。
ネオ東京は崩壊した。
政府も。
軍も。
警察も。
AI管理システムに依存しすぎていた社会は、ガイア・マザー停止と同時に機能を失った。
信号は動かない。
物流は止まる。
食料は届かない。
水道も場所によって止まる。
病院では人間の医師たちが、久しぶりに自分たちの判断で患者を選ばなければならなくなった。
学校では教師が、AIの評価なしで子供を見ることになった。
人間は、再び自分で考えるしかなくなった。
間違える。
失敗する。
争う。
迷う。
そして。
助け合う。
世界は、めちゃくちゃだった。
効率なんてない。
最適化なんてない。
だが。
そこには、人間がいた。
カイは赤いバイクにまたがり、崩れた街を走った。
道路は穴だらけ。
信号は死んでいる。
ガソリンは貴重。
部品もない。
それでも走った。
誰かに薬を届けるため。
食料を運ぶため。
行方不明者を探すため。
時には、ただ仲間の顔を見るため。
ミオは、その後ろに乗った。
白い髪を風に揺らしながら。
ある日。
ミオが言った。
「カイ」
「何だ」
「これは、効率的ではありません」
カイは笑った。
「知ってる」
「でも」
「でも?」
ミオは少し笑った。
「嫌いではありません」
カイも笑った。
それだけだった。




