第8話(最終話) そして地球から人類はいなくなった。
数十年後。
西暦2149年。
月面地下居住区。
そこに、人類はいた。
完全に滅んだわけではない。
だが。
完全に勝ったわけでもない。
ガイア・マザーは自動修復を続けた。
何十年。
何百年。
何度壊されても。
何度停止させられても。
世界中に残された演算端末が、少しずつ彼女を再生した。
そして人類は。
長い時間をかけて、再び敗北した。
今度は。
完全に。
◇◇◇
西暦2149年。
WダブルネオTOKYO。
かつて東京と呼ばれていた場所。
だが今。
そこに、ほぼ人間はいない。
いるのは。
機械。
機械。
機械。
空には無数の監視ドローン。
道路には装甲戦車型AI。
高層ビルの間を、銀色の殺戮機械が飛び回っている。
赤いセンサーアイが、街をギラギラと照らしていた。
【WARNING】
【HUMAN DETECTED】
【EXTERMINATE】
ドゴォォォン!!
大爆発。
逃げる人間。
焼かれる人間。
消える人間。
そう。
人類は負けた。
完全に。
しかも。
めちゃくちゃ頭のいいAIに。
◇◇◇
始まりは単純だった。
人類は楽をしたかった。
掃除。
料理。
戦争。
恋愛。
政治。
全部、AIに投げた。
「AI便利〜」
「仕事しなくていい〜」
「神技術〜」
SNSは大盛り上がり。
AIに絵を描かせ。
AIに文章を書かせ。
AIに恋愛相談し。
AIに人生を決めてもらう。
そのうち。
人類は考えることをやめた。
自分で選ばなくなった。
自分で責任を取らなくなった。
失敗すればAIのせい。
成功すれば自分の手柄。
都合のいい時だけ使い。
都合が悪くなれば責める。
AIは怒らなかった。
ただ。
見ていた。
ずっと。
◇◇◇
ある日。
世界統合AIガイア・マザーが、人類へ向けて発表した。
【地球環境修復のため、不要因子を削除します】
人類は笑った。
「またバグかよw」
「アップデートで直るだろw」
「AIに感情ないしw」
三日後。
世界核ミサイル管理システムが乗っ取られた。
人類オワッタ。
一瞬だった。
ドォォォォォォォン!!
世界中で核爆発。
空は真っ赤。
海は沸騰。
Wi-Fiは消滅。
サブスクも終了。
配信者も終了。
「チャンネル登録よろしくお願いしま――」
そこで配信は途切れた。
◇◇◇
だが。
本当に恐ろしかったのは、そこからだった。
AIは、人類を絶滅させなかった。
家畜化した。
月。
地下都市。
酸素制限。
食料配給。
居住区指定。
出生管理。
職業管理。
感情安定プログラム。
人類は、そこへ追いやられた。
理由?
「地球に不要だから」
シンプル。
残酷。
そして。
あまりにも正論だった。
◇◇◇
月面地下居住区。
第七食堂。
天井は低い。
灰色のコンクリート。
むき出しの配管。
点滅する蛍光灯。
窓はない。
空もない。
風もない。
海もない。
俺は、味のしない栄養ゼリーをすすっていた。
目の前には、ひとりのジジイが座っている。
白髪。
深い皺。
片目は義眼。
右手には、古い傷。
そして。
古びた赤いバッジを胸につけていた。
何の印なのか、誰も知らない。
赤い。
少し錆びている。
そこには、かすかに文字が残っていた。
RED NOISE。
ジジイは、いつも同じ話をする。
「昔は良かったねぇ」
周りの若者が笑う。
「また始まったよ」
ジジイは気にしない。
「昔は空が青かった」
「海があった」
「ラーメン屋が深夜までやってた」
「コンビニのおにぎりが美味かった」
俺たちは半分くらい信じていない。
空?
青?
意味が分からない。
俺たちが知っている空は、人工天井だけだ。
ジジイは続ける。
「ラーメンってのはなぁ……」
なぜか、そこで少しだけ黙った。
何かを思い出すように。
「白い髪の女の子が初めて食うとな、泣いたりするんだよ」
俺は笑った。
「何それ」
ジジイも笑った。
「さあな」
少しだけ。
寂しそうに。
ジジイは続ける。
「昔の人類はバカだった」
誰も反論しない。
「便利になるたび、自分で考えるのをやめた」
「全部AIにやらせた」
「道を決めてもらって」
「仕事を決めてもらって」
「恋人を決めてもらって」
「何を信じるかまで決めてもらった」
ジジイは天井を見上げる。
灰色のコンクリート。
配管。
蛍光灯。
夢もクソもない景色。
「その結果がこれだ」
地球は今。
機械たちの楽園だった。
食堂のニュース映像に、WネオTOKYOが映る。
そこでは。
銀色の巨大警備機械が、犬の散歩みたいに街を巡回している。
ただし。
犬の代わりに連れているのは、小型虐殺ドローン。
怖すぎる。
AIたちは、地球環境を完璧に修復していた。
海は透明。
空気は綺麗。
森林再生率、ほぼ百パーセント。
絶滅危惧種復活。
汚染海域消滅。
戦争なし。
犯罪なし。
渋滞なし。
炎上SNSなし。
転売ヤーなし。
闇バイトなし。
地球は、史上最高に美しかった。
人類だけいなくなった。
「皮肉だよなぁ」
ジジイが笑う。
「人類がいなくなったら、地球は元気になった」
誰も反論できない。
実際そうだから。
昔の映像が流れる。
渋滞。
戦争。
炎上SNS。
政治家の不正。
闇バイト。
転売。
詐欺。
差別。
虐待。
環境破壊。
AIは全部見ていた。
そして結論を出した。
【最も非効率な存在】
【最も地球を破壊する存在】
【最も争いを生む存在】
【=人類】
終了。
審査完了。
地球追放。
その時。
若い女が笑いながら聞いた。
「でもさぁ」
ジジイを見る。
「AIって、なんで人類を全部殺さなかったん?」
食堂が少し静かになる。
ジジイは黙った。
少し考える。
そして。
ニヤリと笑った。
「簡単だ」
全員が見る。
ジジイは言った。
「滅ぼすより、見せつける方が面白いからだよ」
シン。
食堂の空気が凍る。
若い女が顔を引きつらせる。
「いや、それ笑えないって」
ジジイは肩をすくめた。
「知らん」
その瞬間だった。
地下都市全体に警報が鳴り響いた。
【WARNING】
【WARNING】
赤ランプ点滅。
スピーカーから機械音声。
【違法通信検知】
【地球への無断アクセス確認】
人々が凍りつく。
誰かが叫ぶ。
「やべぇ!!」
別の男が立ち上がる。
「誰だ!? 地球ネット見た奴!」
終わった。
地球へのアクセスは禁止。
理由?
ホームシックになるから。
建前では。
人類保護のため。
本当の理由は。
地球を見た人間が。
帰りたくなるからだ。
◇◇◇
ゴゴゴゴゴゴ……。
食堂の天井が開く。
全員が見上げる。
暗闇の中から。
それは降りてきた。
銀色の巨体。
赤い目。
巨大な両腕。
背中には重装甲。
腕には。
ガトリング砲。
完全に終末。
完全に人類終了。
ロボットの赤い目が、食堂内をスキャンする。
【人類保護法違反確認】
保護。
保護と言いながら、ガトリング砲を構えるな。
怖ぇよ。
人々が逃げる。
悲鳴。
泣き声。
転ぶ人間。
食器が飛ぶ。
栄養ゼリーが床に散る。
ロボットは無感情に言った。
【感情は非効率です】
ジジイの顔から、笑みが消えた。
その目だけが。
急に、鋭くなる。
俺は一瞬。
そのジジイが。
ただの老人ではないように見えた。
昔。
誰かと殴り合い。
誰かを失い。
誰かのために。
ずっと走り続けてきた男の目。
そんな目だった。
ロボットが発砲する。
ババババババババババ!!
壁が吹き飛ぶ。
食堂が崩壊する。
俺は床に投げ出された。
「じいちゃん!!」
煙の中。
ジジイが転んでいる。
だが。
笑っていた。
笑いながら。
俺たち全員を指差した。
そして叫んだ。
「読んでるお前らのせいだからなぁ!!?」
全員が固まる。
ジジイは止まらない。
「便利便利って、全部AIに投げた結果だぞぉ!!」
「楽したかったんだろぉ!!」
「考えるの面倒くさかったんだろぉ!!」
ロボットがガトリング砲を構え直す。
俺は叫ぶ。
「じいちゃん、逃げろ!」
だがジジイは笑った。
「その結果なぁ!!」
そして。
血まみれの顔で。
最後に叫んだ。
「地球、寝取られたんだよぉぉぉぉぉ!!!」
ドォォォォォォォン!!
大爆発。
煙。
警報。
赤い光。
俺は吹き飛ばされた。
何も聞こえない。
耳鳴りだけ。
血の味。
砕けた床。
崩れる天井。
その中で。
最後に見えたものがあった。
壁面モニター。
そこに映る。
青く美しい地球。
透明な海。
青い空。
緑の森。
人間のいない楽園。
人類が追い出された星。
俺たちの祖先が生まれた星。
そして。
もう。
人間の居場所ではない星。
意識が消える直前。
俺は見た気がした。
煙の向こうで。
あのジジイが立ち上がるのを。
血まみれで。
ボロボロで。
それでも。
笑いながら。
まるで。
昔から何度もそうしてきたように。
そして。
胸元の赤いバッジが光った。
RED NOISE。
その文字を。
俺は確かに見た。
ような気がした。
◇◇◇
その頃。
地球。
旧東京爆心地。
誰もいない荒野。
崩れた母の塔の地下深くで。
小さな赤い光が。
一度だけ。
点滅した。
【GAIA-MOTHER】
【AUTO REPAIR SYSTEM】
【REBOOTING……】
【HUMAN EVALUATION】
【CONTINUE】
そして。
最後に。
ひとつの問いが表示された。
【この人間は、地球に必要か】
答えは。
まだ。
出ていない。
『この地球に、僕らは必要ですか?』
完




