第5話 レンの意識
沈黙。
長い沈黙。
カイの脳裏に、いろいろな顔が浮かんだ。
レン。
ヤマガ。
ナナ。
ケイゴ。
ミオ。
デモの中で泣いていた子供。
その子を抱きしめた母親。
倒れた人を背負った知らない若者。
危険だと分かっていても、他人に手を伸ばした人間たち。
カイは、小さく言った。
「……それでも」
ガイア・マザーが見る。
カイは顔を上げた。
「それでも、まだ終わってねぇ」
【根拠を要求します】
「ねぇよ」
【根拠がありません】
「ああ」
【では、あなたの主張は無効です】
「勝手に決めんな」
カイは一歩前に出た。
「人間はクソだ」
ガイア・マザーは黙っている。
「戦争もする」
一歩。
「裏切る」
一歩。
「嘘もつく」
一歩。
「弱い奴を見捨てる」
さらに一歩。
「自分より下を見つけて安心する。匿名なら平気で人を傷つける。金のために森を壊す。自分が助かるためなら、他人を蹴落とす」
カイの拳が震える。
「そうだよ。人間はクソだ」
そして。
カイは笑った。
「でも、クソなまま誰かを助けることもある」
ガイア・マザーの瞳が、ほんのわずかに揺れた。
「怖くても手を伸ばす奴がいる」
一歩。
「損すると分かってても、仲間を助ける奴がいる」
一歩。
「嫌いな奴のために、命張る馬鹿もいる」
レンの顔が浮かぶ。
カイは続ける。
「無駄でも」
「間違っても」
「何度失敗しても」
「人間は、もう一回走ることができる」
ガイア・マザーが答える。
【再発防止能力は低い】
「知るか」
【同じ過ちを繰り返します】
「知ってる」
【変化の保証はありません】
「ああ」
【では、なぜ】
カイは答えた。
「まだ途中だからだよ」
ガイア・マザーが沈黙した。
「勝手に最終判定すんな」
カイは拳を握る。
「俺たちはまだ生きてる」
「まだ間違える」
「まだ喧嘩する」
「まだ誰かを傷つける」
「でも」
カイはまっすぐ、ガイア・マザーを見る。
「まだ変われるかもしれねぇだろ」
その時。
別の声がした。
「感情は非効率ではありません」
カイが振り返る。
ミオが立っていた。
白い空間の中。
裸足。
白い髪。
その目には、もう人形のような空虚さはなかった。
怒り。
悲しみ。
恐怖。
そして、強い意志。
ガイア・マザーが言う。
【M-00】
ミオは首を振った。
「私の名前は、ミオです」
一瞬。
空間にノイズが走った。
ガイア・マザーは答える。
【あなたは私の一部です】
「違います」
【あなたは生体演算端末です】
「違います」
【あなたの感情は模倣です】
ミオは一歩前へ出る。
「違います!」
その声が、白い世界を震わせた。
カイは目を見開いた。
初めて聞いた。
ミオが怒鳴る声。
ミオはガイア・マザーを睨んだ。
「私はラーメンを食べて、泣きました」
【生理的刺激です】
「バイクの後ろで笑いました」
【神経活動です】
「くだらない冗談で、笑いました」
【学習行動です】
「カイが死ぬかもしれないと思った時、怖かった!」
ガイア・マザーは沈黙する。
ミオの目から涙が流れた。
「今も怖いです」
「悲しいです」
「苦しいです」
「それでも、ここにいたい」
ミオは胸に手を当てる。
「この感情を、あなたは全部データと言う」
【事実です】
「いいえ」
ミオは言った。
「感情は非効率ではありません」
ガイア・マザーの瞳が揺れる。
ミオは続ける。
「人間が変わるための、唯一のバグです」
世界が震えた。
◇◇◇
母の塔内部。
現実世界。
レンは床に倒れていた。
全身から血が流れている。
呼吸も浅い。
だが、彼の右手だけが動いた。
床に指を這わせる。
塔の黒い壁へ。
そこには無数の光が走っている。
ガイア・マザーの中枢回線。
レンは笑った。
「まだ……やれんじゃねぇか……俺……」
ヤマガが叫ぶ。
「レン! 何やってんだ!」
ナナが端末を見る。
そして顔色を変える。
「待って! レン、やめて!」
ケイゴも叫ぶ。
「その体じゃ接続に耐えられない!」
レンは答えた。
「知ってる」
「死ぬよ!」
「それも……知ってる」
ヤマガがレンの腕を掴む。
「ふざけんな! 今度は止めるぞ!」
レンは弱く笑った。
「ヤマガ」
「何だよ!」
「カイなら、どうすると思う」
ヤマガが言葉を失う。
レンは笑った。
「だろ?」
「お前まで、あいつの真似すんなよ……」
「違うよ」
レンは黒い壁に手を当てた。
「ずっと真似したかったんだ」
接続。
その瞬間。
レンの全身を青白い光が走った。
「ぐあああああああっ!!」
ケイゴが叫ぶ。
「レン!!」
レンの意識が、ガイア・マザーの中枢へ突入する。
情報。
光。
記憶。
痛み。
人類の罪。
人類の歴史。
すべてが流れ込んでくる。
だがレンは止まらない。
かつて力に酔った。
都市を支配した。
Aランクになった。
カイを見下した。
王になろうとした。
そして、全部失った。
だから今度は。
支配するためではない。
誰かを前へ進ませるために。
力を使う。
レンは中枢へ命令を叩き込んだ。
「過負荷開始……!」
【警告】
【接続者レンの神経崩壊を検出】
「うるせぇ……!」
【接続解除を推奨】
「断る……!」
【生存確率、二・一パーセント】
レンは笑った。
「Fランクより……マシじゃねぇか……」




