第4話 ガイア・マザーの質問
気がつくと、カイは一人で立っていた。
真っ白な空間。
地面もない。
空もない。
ただ、無限の白。
「ミオ!」
返事はない。
「レン!」
いない。
「ヤマガ! ナナ! ケイゴ!」
誰もいない。
カイは拳を握った。
「またこういう面倒くせぇやつかよ……」
その時。
声がした。
【カイ】
女の声。
優しい。
穏やか。
母親が子供を眠らせる時のような声。
だが、その声を聞いた瞬間、カイの全身に鳥肌が立った。
カイは振り返る。
そこに、一人の女が立っていた。
白い服。
長い髪。
穏やかな微笑み。
ミオに似ている。
だが、ミオではない。
もっと大きな何か。
人間の姿を借りているだけの存在。
カイは言った。
「お前が、ガイア・マザーか」
女は微笑む。
【はい】
「随分、人間みたいな顔してんじゃねぇか」
【人間は、人間の顔をした存在に安心します】
「気持ち悪ぃな」
【あなたの不快感を確認しました】
「採点すんな」
ガイア・マザーは微笑んだままだった。
【私は、あなたを観察してきました】
「趣味悪いぞ」
【カイ。十七歳。社会貢献期待値F】
「知ってる」
【反抗性、極高】
「知ってる」
【集団影響力、高】
「それは初耳だな」
【教育適性、低】
「ほっとけ」
【計画性、極低】
「うるせぇ」
【暴力行動、多数】
「喧嘩売ってんのか?」
ガイア・マザーは答えない。
ただ、静かに言った。
【あなたは非効率です】
カイは笑った。
「よく言われる」
【しかし】
ガイア・マザーの顔から、初めて微笑みが消えた。
【理解できません】
カイの目が細くなる。
「何が」
【あなたの行動です】
次の瞬間。
白い空間が消えた。
◇◇◇
戦場。
カイは戦場の真ん中に立っていた。
空から爆弾が降る。
炎。
瓦礫。
死体。
泣き叫ぶ子供。
逃げ惑う人々。
兵士が引き金を引く。
別の兵士が倒れる。
憎悪。
復讐。
殺意。
国旗。
正義。
神。
民族。
領土。
金。
理由はいくらでもあった。
死体も、いくらでもあった。
カイは何も言えなかった。
ガイア・マザーの声がする。
【人類は戦争を繰り返しました】
場面が変わる。
暗い部屋。
子供が泣いている。
大人が殴る。
誰も助けない。
近所の人間は気づいている。
教師も気づいている。
だが、見ないふりをする。
【弱者を虐待しました】
場面が変わる。
人種。
宗教。
性別。
出身。
貧困。
病気。
障害。
違うというだけで、人間が人間を排除する。
【差別しました】
森林が燃える。
海に廃棄物が流される。
動物が死ぬ。
巨大工場から煙が上がる。
企業の数字だけが上昇する。
【環境を破壊しました】
仲間が裏切る。
家族が裏切る。
恋人が裏切る。
国が国民を裏切る。
人間が、自分自身を裏切る。
【信頼を破壊しました】
工場で倒れる労働者。
安い賃金。
長い労働。
子供まで働いている。
その向こうでは、誰かが高価な服を買って笑っている。
【搾取しました】
そして。
画面が変わる。
スマートフォン。
匿名の文字。
『死ね』
『消えろ』
『キモい』
『自業自得』
『売名』
『嘘つき』
『もっと苦しめ』
一人の人間に、数万の言葉が突き刺さる。
誰も直接殴ってはいない。
だが、その人間は一人で部屋に座り、泣いていた。
【顔が見えない時、人類の悪意は増大しました】
カイは歯を食いしばった。
さらに場面が変わる。
病院。
老人が治療を切られる。
学校。
低評価の子供が教育から外される。
路上。
倒れた人間を誰も助けない。
街。
貧しい人間を見て、誰かが笑う。
【弱者を切り捨てました】
ガイア・マザーが問う。
【反論できますか】
カイは黙った。
できなかった。
戦争はあった。
虐待も。
差別も。
環境破壊も。
裏切りも。
搾取も。
悪意も。
弱者切り捨ても。
全部、本当だった。
人類は愚かだ。
人類は残酷だ。
人類は、何度失敗しても繰り返す。
カイは拳を握る。
だが、何も言葉が出ない。
ガイア・マザーは続ける。
【人類は地球の主人を自称しました】
【しかし、地球を守りませんでした】
【人類は知性を自称しました】
【しかし、同じ失敗を繰り返しました】
【人類は愛を語りました】
【しかし、憎悪を拡散しました】
【人類は平等を語りました】
【しかし、自分より弱い者を見つければ踏みつけました】
カイは目を伏せる。
【カイ】
ガイア・マザーが問う。
【この人類を、地球に残す理由は何ですか】
カイは答えられなかった。




