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この地球に、僕らは必要ですか?  作者: 虫松
旧東京都市

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第2話 レンの涙

カイは走った。


瓦礫の上を。


機械の脚の間を。


砲撃の熱風の中を。


ナナが援護する。


「左の砲台、止める!」


ケイゴが壊れかけの制御装置を叩く。


「お願いだから一回だけ動いて!」


ヤマガが機械兵器へ殴りかかる。


「カイ! 行けぇぇぇ!」


ミオはカイの背中を見つめた。


その背中は、効率的ではない。


合理的ではない。


勝率も低い。


だが、まっすぐだった。


ミオは小さく呟く。


「これが、人間の答え……」


カイは王座へよじ登る。


鋭い鉄片で手が切れる。


ケーブルが足に絡む。


電流が走る。


「ぐっ……!」


それでも手を離さない。


レンが上から叫ぶ。


「来るな!」


カイは叫び返す。


「行く!」


「来るなって言ってんだろ!」


「うるせぇ!」


カイはケーブルを引きちぎる。


火花が散る。


レンの体がびくりと震える。


「やめろ! 俺の力が!」


「こんなもん、力じゃねぇ!」


「黙れ!」


レンは機械の腕を動かし、カイを払い落とそうとする。


カイは鉄骨にしがみつく。


指の爪が割れる。


血が流れる。


それでも登る。


一歩。


また一歩。


機械の王座の中央へ。


レンのいる場所へ。


レンは震えていた。


怒りで。


恐怖で。


そして、もう何かが壊れかけていることを、自分でも分かっていた。


体に刺さったケーブルから、都市の声が流れ込む。


従え。


支配しろ。


制御しろ。


排除しろ。


守れ。


最適化しろ。


その声の中で、カイの声だけが、人間の声だった。


「レン!」


カイがついに王座の中央へたどり着く。


二人の距離は、数メートル。


レンはケーブルに繋がれたまま、カイを見た。


カイの顔は血だらけだった。


額は切れ、頬は腫れ、息は荒い。


それでも笑っていた。


レンは叫んだ。


「何で笑ってるんだよ!」


「お前に追いついたからだよ!」


「俺を倒しに来たのか!」


「違う!」


カイは踏み込む。


「引きずり下ろしに来た!」


レンの顔が歪む。


「俺は降りない!」


「降ろす!」


「俺はここで、人間を守る!」


「人間を見下ろす場所からか!」


レンの目が揺れる。


カイはさらに言う。


「そんな高いところから、人間が見えるわけねぇだろ!」


その言葉に、レンは息を呑んだ。


カイは一気に走った。


レンの周囲のケーブルが鞭のように襲いかかる。


カイは避けない。


肩を打たれる。


腕を切られる。


腹を弾かれる。


それでも前へ出る。


レンが叫ぶ。


「来るな!」


カイは叫ぶ。


「来た!」


そして、カイの拳がレンの顔面に叩き込まれた。


鈍い音。


レンの顔が弾ける。


機械の王座が大きく揺れる。


しかしレンもすぐに殴り返した。


拳がカイの頬を打つ。


「俺は弱くない!」


もう一発。


「俺は必要とされた!」


さらに一発。


「俺は、お前とは違う!」


カイも殴り返す。


「違っていい!」


レンが息を呑む。


カイはもう一発殴る。


「でも、遠くへ行くな!」


レンの拳が止まる。


カイは胸ぐらを掴む。


「お前は王様になりたいんじゃねぇ!」


レンの目が震える。


「違う……」


「じゃあ何だ!」


レンは叫んだ。


「誰かに見てほしかった!」


その叫びと同時に、王座のケーブルが一斉に暴れた。


レンの本音が、都市ネットワークへ漏れ出す。


「ずっと!」


レンは叫ぶ。


「ずっと、お前ばっかりだった!」


カイは黙って聞く。


「お前はバカで、無茶で、すぐ殴って、すぐ走って、何も考えてないのに!」


涙が、レンの目に浮かぶ。


「みんな、お前を見るんだ!」


カイの顔が歪む。


レンは叫び続ける。


「俺は考えた! 止めた! 支えた! 怖くてもついていった! でも、誰も俺を見なかった!」


「レン……」


「俺も!」


レンの声が割れる。


「俺も、お前みたいになりたかった!」


その瞬間。


機械の王座が、静止した。


ドローンの回転が止まる。


砲台の照準が下がる。


都市のノイズが、一瞬だけ消える。


レンの涙が、頬を伝った。


初めてだった。


レンが、カイの前で本当に泣いたのは。


怒りでもなく。


見栄でもなく。


Aランクでもなく。


接続者でもなく。


ただの、十七歳の少年として。


「俺も……」


レンは泣きながら言った。


「お前みたいに、怖くても走れる奴になりたかった」


カイはレンを見た。


殴る拳が、ゆっくり下がる。


「バカだな」


レンは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「何だよ……」


カイは笑った。


「お前は最初から走ってたよ」


レンの目が見開かれる。


カイは続ける。


「俺が前だけ見て走れたのは、お前が横にいたからだ」


「嘘だ……」


「嘘じゃねぇ」


カイはレンの胸に刺さった太いケーブルを掴む。


「俺はお前を倒しに来たんじゃない」


レンが震える。


「じゃあ……」


カイは歯を食いしばる。


「こんなクソみたいな王座から、引きずり下ろしに来た!」


そして、力いっぱいケーブルを引き抜いた。


レンが絶叫する。


「ぐあああああああっ!」


青白い光が爆発する。


王座が崩れ始める。


ドローンが次々と落下する。


機械兵器が制御を失い、瓦礫の上へ倒れていく。


ガイア・マザーの声が響く。


【接続解除】


【接続者レン、制御権喪失】


【不確定要素カイによる非合理的介入】


【予測外】


【予測外】


【予測外】


カイは倒れかけるレンを抱き止めた。


レンの体は軽かった。


あれほど巨大な王のように見えたのに。


機械から引き剥がされると、ただの傷だらけの少年だった。


レンは、カイの胸ぐらを弱々しく掴んだ。


「俺……負けたのか……」


カイは息を荒げながら言った。


「違ぇよ」


「じゃあ……何だよ……」


カイはレンを抱えたまま、崩れる王座から飛び降りる準備をする。


「帰るんだよ」


レンは目を閉じかける。


「どこに……」


カイは笑った。


「レッドノイズに決まってんだろ」


レンの目から、また涙がこぼれた。

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