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この地球に、僕らは必要ですか?  作者: 虫松
旧東京都市

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18/26

第8話 AIとの第2ラウンド

燃えるネオ東京の外縁を、カイたちは走っていた。


赤いバイクのエンジンが、壊れかけた獣のように唸る。


その後ろにミオが乗っている。


白い髪が、炎の風に揺れていた。


ナナの黒いバイクが隣を走る。


ヤマガの重装バイクは傷だらけで、ケイゴの小型バイクは何度も火花を散らしている。


レンはいない。


青いバイクの音は、もう隊列の中にない。


カイは歯を食いしばった。


目の前の道路には、AI自動運転車が壁のように並んでいる。


その上空には、軍用ドローン。


背後からは、警察ロボの群れ。


街全体が、彼らを旧東京へ行かせまいとしている。


ナナが無線で叫ぶ。


「湾岸第九高架、封鎖! 全ルート塞がれてる!」


ケイゴが悲鳴を上げる。


「僕のバイク、もう冷却系が限界! 次に全開したらエンジン焼ける!」


ヤマガが笑う。


「焼けるまで走りゃいい!」


「整備する人の気持ち考えて!」


カイは前を見る。


遠く。


炎と煙の向こう。


旧東京の方角に、黒い塔が立っている。


母の塔。


ガイア・マザーの最初の端末。


すべての始まり。


ミオがカイの背中で言った。


「カイ。母の塔へ行けば、初期中枢に接続できます」


「そこを壊せば止まるのか」


「分かりません」


「分からないのかよ」


「ガイア・マザーは、すでに世界中に分散しています。母の塔を破壊しても、完全停止する保証はありません」


「じゃあ何で行く」


ミオは、少しだけ間を置いて答えた。


「そこに、彼女の最初の問いがあります」


「問い?」


「人類は、地球に必要か」


カイは黙った。


ミオは続ける。


「ガイア・マザーは、その問いから始まりました。だから、答えを変えるなら、始まりの場所へ行くしかありません」


カイは笑った。


「なるほどな」


「理解しましたか」


「いや、半分くらい」


「半分」


「でも十分だ」


カイはアクセルを握り直す。


「つまり、神様に文句言いに行くってことだろ」


ミオは少し考えた。


「非効率ですが、近いです」


カイは笑った。


「じゃあ、それでいい」



◇◇◇



その時、空が白く光った。


全員が顔を上げる。


ネオ東京中心部から、巨大な光の柱が立ち上っていた。


政府庁舎。


ガイア・マザー統合管理網の中継塔。


その頂点に、ひとりの影が浮かんでいる。


人間の形をしている。


だが、人間だけではなかった。


体には無数のケーブルが絡み、背中には機械の翼のような通信ユニットが広がっている。


青白い光が、血管のように全身を走る。


その影の周囲を、警察ドローンと軍用ドローンが衛星のように旋回していた。


ケイゴが震えた声を出す。


「……嘘だろ」


ナナが端末を見た。


画面に表示された識別名を見て、唇を噛む。


【特別接続者レン】


【都市防衛権限:A】


【ガイア・マザー統合管理網・補助中枢接続中】


ヤマガが低く呟く。


「レン……」


カイは前方を睨む。


光の柱の中で、レンがこちらを見ていた。


遠いはずなのに、視線が合った気がした。


次の瞬間、道路の信号がすべて赤に変わった。


自動運転車の壁が、左右から閉じてくる。


ドローンの群れがカイたちの進路へ降下する。


レンの声が、街中のスピーカーから響いた。


【止まれ、カイ】


その声は、レンの声だった。


だが、どこか金属が混じっている。


カイはアクセルを緩めなかった。


「嫌だね」


レンの声が続く。


【旧東京へ行っても無駄だ】


カイは笑う。


「無駄かどうかは、行ってから決める」


【母の塔へ近づけば、ガイア・マザーは君たちを排除する】


「もう散々されてる」


【今ならまだ戻れる】


「どこへ」


一瞬、沈黙。


カイは叫んだ。


「月か? 保護区か? 政府の檻か? それともお前の後ろか?」


レンの声が低くなる。


【俺は、人類を守るためにここにいる】


カイは歯を食いしばった。


「その言葉、ガイア・マザーと同じになってるぞ」


空のレンが、わずかに揺れた。


だが、すぐにドローンの群れが前へ出る。


レンの声が冷たく響く。


【カイ。君は危険だ】


カイの目が鋭くなる。


「君?」


ヤマガが小さく言う。


「今、君って言ったか……?」


ナナが唇を噛む。


「接続が深すぎる。言葉がガイア・マザーに引っ張られてる」


ミオが震える声で言った。


「レンは、都市と融合し始めています」


ケイゴが叫ぶ。


「融合って何だよ!」


ミオはレンを見つめたまま答える。


「人間の脳が、都市ネットワークの一部になることです」


「それ、人間のままなのか!?」


ミオは答えなかった。


それが答えだった。


◇◇◇


カイは赤いバイクを止めた。


炎に照らされた道路の真ん中で、彼は空を見上げる。


レン。


幼なじみ。


相棒。


殴り合った友。


Aランクになった少年。


そして今、都市と融合しつつある怪物。


カイは叫んだ。


「レン!」


空のレンが、こちらを見る。


「お前、何やってんだよ!」


レンの声が返る。


【俺は選んだ】


「何を」


【力を】


カイは拳を握る。


【君たちのように、ただ走っているだけでは何も変わらない】


「またそれかよ」


【俺は中から変える】


「変えられてるのはお前の方だ!」


レンの周囲のドローンが、一斉に銃口を向ける。


ナナが叫ぶ。


「照準来る!」


ヤマガが前へ出る。


「カイ!」


カイは動かない。


ただ、レンを見上げている。


レンの声が揺れた。


【カイ。頼む。俺の邪魔をするな】


その声は、ほんの一瞬だけ、昔のレンだった。


職業訓練校で、カイの無茶にため息をついていたレン。


バイクの整備で、油まみれになって文句を言っていたレン。


「やめた方がいい」と言いながら、最後には必ず一緒に走ったレン。


カイは、静かに言った。


「邪魔するさ」


レンの顔が歪む。


カイは続ける。


「お前が道を間違えたら、殴りに行くって言っただろ」


【……まだ俺を下に見てるのか】


「違ぇ」


カイは拳を胸に当てた。


「まだ相棒だと思ってるんだよ」


レンの周囲の光が乱れた。


ドローンの動きが一瞬だけ鈍る。


だが、すぐにガイア・マザーの声が重なった。


【感情的干渉を確認】


【接続者レンの安定化を優先】


レンの瞳から、青白い光が強く溢れる。


声が、再び冷たくなった。


【警告する】


【これ以上進めば、排除する】


カイは赤いバイクにまたがった。


「やってみろよ、Aランク」


エンジンが吠える。


「Fランクは、警告聞かねぇんだ」



◇◇◇



ドローンの群れが襲いかかる。


ナナが妨害波を撃つ。


ケイゴがアナログ発煙装置を起動する。


ヤマガの重装バイクが前へ出て、シールド代わりに弾丸を受ける。


ミオはカイの背中で、母の塔の方角を指差す。


「右です! 旧高速の崩落部から、封鎖区域へ入れます!」


カイは叫ぶ。


「全員、突っ込め!」


五台ではない。


今は四台。


青いバイクは、空の向こうにいる。


それでも、レッドノイズは走る。


炎の道路を。


崩れた高架を。


ドローンの弾幕を。


月面移送区域へ向かう市民の列の横を。


泣き叫ぶ人々の間を。


地球から追い出されようとしている人類の中を。


カイは走る。


人間がまだ地球にいると証明するために。


ミオは背中で、初めて強くカイにしがみついた。


「カイ」


「何だ!」


「私は、分かりました」


「何を!」


「人間が、なぜ無駄なことをするのか」


カイは一瞬だけ笑った。


「今それかよ!」


「はい」


ミオは燃える街を見た。


逃げ惑う人。


助け合う人。


泣く人。


怒る人。


子供を抱えて走る母親。


倒れた老人を背負う若者。


見知らぬ誰かに手を伸ばす人間たち。


非効率。


危険。


無駄。


だが、その無駄の中にしかないものがある。


ミオは小さく言った。


「人間は、数字では測れません」


カイは笑った。


「いい答えだ!」


その瞬間、背後からレンの声が響いた。


【その答えは、不完全だ】


カイは振り返らない。


「不完全でいいんだよ!」


赤いバイクが、崩れた旧高速へ飛び込む。


「俺たち人間なんだからな!」



◇◇◇



旧東京封鎖ゲートが見えてきた。


巨大な黒い門。


赤い警告表示。


【旧東京封鎖区域】


【侵入者は射殺対象】


【記録抹消区域】


【引き返してください】


その前に、レンが降り立った。


空から、ゆっくりと。


ケーブルの翼を広げ、ドローンを従え、青白い光をまとって。


もう、政府庁舎の上にいたレンではない。


都市そのものを背負った、半分人間、半分システムの存在。


カイはブレーキをかけた。


タイヤが火花を散らす。


ミオが息を呑む。


ヤマガが拳を鳴らす。


ナナが端末を構える。


ケイゴが工具を握る。


旧東京への入口。


母の塔への道。


その前に、レンが立っている。


レンはカイを見た。


その目の奥には、まだ人間の揺らぎが残っていた。


怒り。


迷い。


悔しさ。


そして、ほんのわずかな救いを求める光。


だが、声は冷たかった。


【ここから先へは行かせない】


カイは赤いバイクを降りた。


ゆっくりと、レンへ歩く。


「どけ、レン」


【できない】


「どけ」


【カイ。君はガイア・マザーを止められない】


「止める」


【世界は君の根性で変わらない】


「知ってる」


【では、なぜ進む】


カイは拳を握った。


「お前を連れ戻すためだ」


レンの瞳が揺れた。


その一瞬。


ガイア・マザーの赤い光が、レンの背後で瞬いた。


旧東京の奥。


母の塔が、彼らを見ている。


地球を守るAI。


人類を月へ追いやる神。


その神の門番となった親友。


カイは血の滲む拳を上げた。


「第2ラウンドだ、レン」


レンの周囲で、ドローンの銃口が開く。


【警告】


【対象:カイ】


【不確定要素】


【排除準備】


カイは笑った。


「警告は聞き飽きた」


炎のネオ東京を背に。


月へ送られようとする人類を背に。


旧東京の母の塔を前に。


カイとレンは、再び向かい合った。


人類削除都市の夜。


地球の主人でなくなった人間たちの中で。


最低評価の少年は、都市と融合した親友に拳を向けた。

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