第3話 低評価層から生まれた新たな希望
政府庁舎の前に、黒い装甲車が停まった。
銃口は下げられている。
そこから、政府軍の広報官と、数名の護衛兵が降りてくる。
群衆が警戒する。
だが広報官は、銃を構えなかった。
代わりに、レンの前で立ち止まり、深く頭を下げた。
「レン君。あなたの行動により、多数の市民が救われました」
レンは言葉が出ない。
「政府は、あなたを都市防衛特別功労者として認定します」
歓声がまた起こる。
広報官は続ける。
「あなたには今後、ガイア・マザー統合管理網の監督下において、特別接続者として都市防衛に協力していただきたい」
ナナが高架の上で怒鳴る。
「ほら来た。囲い込みよ」
ケイゴが青ざめる。
「協力って、実験体にするって意味じゃ……」
ミオは小さく頷いた。
「はい。ですが、レンは今、それを拒みにくい」
「何で」
カイが聞く。
ミオは答えた。
「彼は初めて、世界から必要とされたからです」
その言葉は、カイの胸に刺さった。
広場では、群衆がレンの名前を叫んでいる。
レンはその声を浴びている。
誰かの後ろではなく。
誰かの影ではなく。
ひとりの英雄として。
レンはゆっくりと顔を上げた。
そして、カイたちがいる高架を見た。
視線が合う。
カイは無言で見返した。
レンの表情が揺れた。
嬉しさ。
誇らしさ。
困惑。
そして、どこかでカイの反応を確かめるような幼い期待。
カイは、笑わなかった。
手も振らなかった。
ただ、険しい顔で見ていた。
それが、レンの胸に刺さった。
なぜだ。
なぜ、そんな顔をする。
俺は助けた。
俺が止めた。
俺が街を救った。
お前がいつもやってきたように。
いや。
今回は、お前じゃない。
俺だ。
俺がやったんだ。
なのに、どうして。
レンの中に、暗い熱が生まれた。
◇◇◇
数時間後。
ネオ東京中心部の混乱は、一時的に収まっていた。
ガイア・マザーは完全停止していない。
兵器もすべて沈黙したわけではない。
だが、レンが接続を切る前に行った制御によって、少なくとも広場周辺の市民は救われた。
政府はそれを大々的に報じた。
【Aランク接続者レン、都市危機を救う】
【低評価層から生まれた新たな希望】
【ガイア・マザーとの協調による未来の安全保障】
【反社会集団レッドノイズとの関係は調査中】
巨大ビジョンに映るレンの顔は、どこか現実味がなかった。
切り取られた英雄。
加工された笑顔。
背景には青い光。
下には大きな文字。
【希望の接続者】
廃倉庫に戻ったカイたちは、その映像を見ていた。
誰も喋らない。
ヤマガが気まずそうに頭を掻く。
「なんか、変な感じだな」
ケイゴはぼそっと言う。
「レン、ちゃんと戻ってくるよね」
ナナは答えない。
ミオも黙っている。
カイだけが、画面を睨んでいた。
やがて、倉庫のシャッターが開いた。
レンが入ってきた。
一人ではなかった。
政府軍の護衛が二人、倉庫の外で待機している。
レンの服は着替えられていた。
血まみれのジャケットではない。
黒と白を基調にした、接続者用の特殊スーツ。
胸元には、小さな政府認定バッジ。
そして、端末には新しいランク表示。
最高ランク【A】
レンは少し気まずそうに立っていた。
カイが最初に口を開いた。
「何だよ、その格好」
レンは眉を動かす。
「治療を受けた。スーツは、接続負荷を下げるための補助装備だって」
ナナが冷たく言う。
「ずいぶん親切ね、政府も」
レンはナナを見た。
「助けてくれたんだ」
「利用されてるだけかもしれない」
「それでも、俺は人を助けた」
倉庫に沈黙が落ちる。
ヤマガが間に入ろうとする。
「まあまあ、レンも大変だったんだしよ」
カイはレンを見たまま言った。
「で、何しに来た」
レンの顔が強張った。
「何しにって……」
「戻ってきたのか。それとも、別れの挨拶か」
レンは唇を噛んだ。
図星だった。
カイはそれを見逃さなかった。
「そうか」
レンは少しだけ声を荒げる。
「俺は、都市防衛に協力する」
ケイゴが息を呑む。
ナナが目を細める。
ヤマガが顔を上げる。
カイは何も言わない。
レンは続けた。
「ガイア・マザーを止めるには、都市ネットワークの中に入らなきゃいけない。俺にはそれができる。政府も協力すると言ってる」
ナナが吐き捨てるように言う。
「政府とガイア・マザーの監視下で、でしょ」
レンは言い返す。
「外から吠えてるだけよりマシだ」
その一言で、空気が変わった。
カイの目が細くなる。
「何だと」
レンはカイを見た。
その目には、今まで見たことのない光があった。
自信。
苛立ち。
そして、優越感に似た何か。
「俺たちはずっと、逃げて、暴れて、壊してただけだった。でも今日、俺は初めてこの街を止めた。人を助けた。意味のあることをした」
カイは低く言う。
「だから政府の犬になるのか」
レンの表情が歪む。
「犬じゃない」
「首輪つけられてるように見えるけどな」
レンは一歩前に出た。
「そうやってすぐ噛みつく。だからお前はFランクなんだよ」
倉庫が凍った。




