↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第四章 剣と牙の協奏曲(コンチェルト)
142/189

24.闘神演武

 ボルガングの闘技場を揺らす人々の歓声。

 この修羅の国において、傭兵王グランディークの敗北など誰も想像していない。しかし、闘技場の中央に立つ青いドレスの少女を前にして、観衆の熱狂の奥底に微かな畏怖が混じり始めていた。





 エルマはグランディークを見上げる。彼の双眸に滲ませる感情の色は歓喜のものか、闘志によるものか。おそらく、その両方だ。

 白髪の巨漢は、ふいに手にした巨大な戦斧をエルマへ向けて無造作に投げつけてきた。


 空気を叩き潰す轟音。エルマは素早く体を入れ替えて難なくそれを避けるが、後方の闘技場をぐるりと囲む石壁に戦斧が深々と突き刺さり、爆発したように砕け散った。


 そして、グランディークが背から新たに抜き放ったのは、丁度骨砕きと同じような大きさの剣が二振り。

 だが、その重厚な大剣すらも、規格外の巨体を誇るグランディークからすれば、まるで扱いやすい短剣のようであった。


(チッ、力が互角とみて獲物を変えてきやがった。こっからは早いぞ)

『……マナキャンセラにやられても尚、悪鬼分の魔力で強化しても互角、か』


 マナキャンセラのデバフ空間において、悪鬼の魔力による内側からの身体強化。それをもってしても押し切れない膂力。修羅の国の頂点たる所以だ。


 グランディークが獣のように吠えると、先ほどまでの荒々しい戦斧の太刀筋とは全く異なる、洗練された見事な剣技を繰り出してくる。


 右手中段、左手上段の二段構え。

 その構えから、左手の上段が音もなく一閃された。エルマは骨砕きの腹でそれを滑らせて逸らすと、即座に死角へと踏み込んで返しを狙った。――が。


『――ッ!?』


 エルマの視界が驚愕に揺れた。

 グランディークの構えが、先ほどとは正反対に入れ替わった形に瞬時に変化していたのだ。今度は左手中段の、右手上段。


 ただの力任せの双剣ではない。防御と攻撃を途切れることなく循環させ、相手の反撃の芽を刈り取る、極めて高度に体系化された連撃の型。


『ガルヴェリアの……騎士剣技……!?』


 なぜ、自由国家の傭兵王が、帝国の騎士剣技を、これほどまでに高い練度で使いこなしているのか。

 驚愕するエルマの隙を突くように、右手上段からの白銀の凶刃が、彼女の首元めがけて振り下ろされた。


 エルマの驚愕をよそに悪鬼が脚を入れ替えて跳ぶ。着地した先の地面が崩れていて一瞬大勢が傾く。


 グランディークは両の剣を交差させると、そのまま重馬車のように突進を行う。


『ベールの突撃剣だ!』

(器用なやつだな)


 交差された剣を盾代わりに巨大な質量が襲ってくる。この場合、刺突、振り下ろし、横凪のどれかだ。振り上げであれば一旦剣を下に落とす必要がある。


(慣れねぇ技術は、こういう時の択寄せにつかうんだぜ)


 魔力が抑制された空間。その中で、悪鬼の黄金の瞳は、、漏れ出る魔力の流れと共にグランディークの膨張した筋肉の微細な収縮と、重心の捻じれの方向をはっきりと視認していた。

 グランディークが突進を突如やめて、その勢いを上半身の回転の力に変えようとする、その刹那。


(ドンピシャだ! そら、小娘!)

「わかっている!!」


 双剣が放たれる予備動作のうちに、あえて敵の懐のわずかな死角へと入り込む。そして、踏み込んだ勢いのすべてを乗せ、グランディークの腰骨のあたりへ、砲弾のような体当たりを叩き込んだ。


「ぐぬう!? 見事! 今! 内臓が、血が、全てが歓喜しておる!」


 グランディークは体当たりを受けてたたらを踏みながらも、血の混じった唾を吐き捨て、腹の底から歓喜の咆哮を上げた。

 その灰色の瞳が、赤く、紅く染まり上がっていく。


『これは』

(『狂戦士の歓喜』だな。ククク、ハハハハ! 堪らねぇぜ! 俺もだ! 俺も嬉しいぜグランディーク!)

『悪鬼!?』



 呼応するように、悪鬼の視界にもドス黒い紅が混じり始める。かつて栄光の騎士と対峙した時と同じ、極限の死地にのみ顕現する修羅の貌。


(小娘ェ! アげてけェ! 理論じゃねぇ、精神じゃねぇ、正義でも悪でもねぇ! 闘争を! 闘争を楽しめ!)

『私は! 私は狂えない! 闘争なんて大嫌いだ! だが、私には誇りと責務がある! そうさ、私は、私は――』


 父の顔、ベルンの人々の顔、ザックやアレク、レイドルド、ルーイに騎士王……自身に与してくれた面々の顔が次々と流れる。


「私は! 私は! 《覇王》である!!」


 エルマの視界もまた赤みを帯びた、底知れぬ深い紫へと変色していく。

 本能のままに打ち下ろされる双剣に対し、悪鬼が骨砕きを真っ向から激突させる。エルマはその暴威を内側から俯瞰し、剣の軌道と力場に、己の意志を上乗せしていった。


「傭兵王グランディーク! 覇王が通る! 私の道を邪魔するな! どけ! どけぇぇぇ!!」

「その身で王を語るか! 貴様の覇道は成らぬ! 何故ならば、このグランディークがここに居るが故!」


 体の奥底から爆発するようなエネルギーの奔流をエルマは巧みに操作して悪鬼の動作に乗せる。

 

「クハハハ! グランディーク! 小娘! クソほど嗤える道化どもだ! 全員、俺が喰らうに決まっているだろう!」


 悪鬼は低い体勢からエルマからのエネルギーを脚に寄せた。

 そして、踏み出すと――――音を置き去りにした。


 闘技場の中央で、二つの質量が交錯する。

 一拍の遅れをもって、大気を引き裂くような轟音と爆発的な衝撃波が全方位へと叩きつけられ石壁に亀裂が走る。


 闘技場の土の地面が粉々に砕け散り、巨大な砂塵のドームとなってすり鉢状の空間を覆い尽くす。怒号のように響いていた数万の観衆の歓声すら、その圧倒的な破壊音と土埃の前に掻き消され、場内は水を打ったような静寂に包まれた。


 誰もが固唾を呑んで見守る中、風が埃を攫い、徐々に視界が開けていく。

 白く煙る空間の中に浮かび上がったのは、二つのシルエットだった。


 闘技場の中心を挟み、両者の位置は開戦時と入れ替わっていた。

 白髪の巨漢と、青いドレスの少女。互いの刃が届かぬ距離で、二人は背中合わせとなった状態のまま、ピクリとも動かない。


 グランディークの双剣も、エルマの骨砕きも、それぞれ振り抜かれた軌跡の果て、切先を大地に向けた残心の姿勢で止まっていた。


 風が吹き抜ける。

 極限の静寂が数秒間、永遠のように場内を支配し――。


「……見事だ。覇王、エルマ」

「ハッ、綺麗、だぜ。……あなた、こそ、最強、の傭兵、よ」

(俺の言葉を途中で盗るんじゃねぇ)

『……』


 微かな、だが確かに満足げな王の囁きが落ちた。

 直後、グランディークの巨体が、まるで寿命を迎えた大樹のように重い地鳴りを立てて、ゆっくりと膝を折った。


 そして同時。背を向けていたエルマの身体からもふっと覇気の残滓が抜け落ち、糸の切れた操り人形のように、その場へと力なく崩れ落ちた。


 修羅の国の王と、最凶の悪鬼、そして、()()()エルマ。

 すべてを出し尽くした者達が、闘技場の乾いた土の地面の上で、並び立つように意識を闇へと沈めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。