20.吸収と放出
(なぁ、俺にもやらせろよ)
『貴方の相手じゃないでしょ。こういうのは私の領分だ』
(ハッ、ケチくせぇ。おらぁ、寝てるぜ)
闘技場の中央で悠然と立つエルマの中で、大悪党は退屈そうに欠伸を漏らし、意識の奥底へと沈んでいった。
ここまでは自身の力でAランクの血闘士たちを圧倒してきたのだ。Sランク戦も、このままエルマの力で超え、すべての技術を己の糧とするつもりだった。
『ライド。見ているかしら。私はここまでやれるようになったよ』
かつての副長を思い浮かべて目を伏せる。
「な、な、なんと、Aランクの猛者たちがあっという間に倒されてしまいました! 私達はいま、伝説の始まりを目の当たりにしているのかもしれません!」
闘技場の司会が興奮もあらわに煽り立てる。
すり鉢状の観客席からは、もはや怒号ではなく、未知の強者に対する畏敬と熱狂が入り混じった歓声が湧き上がっていた。
「さぁ! 休む暇は与えません! ここからがグランディークの試練の真骨頂、Sランク血闘士三連戦の始まりだァァァッ!」
「ヒャハハハハ! この私、稀代の魔導士バラド様が直々に粉砕してやる! 私の最高傑作、すべてを粉砕する破滅の衝撃波を味わってから吠えろォォォッ!!」
重い鉄格子が開き、一人目のSランク血闘士が姿を現した。
不気味な紋様が刻まれた杖を持つバラド。彼が杖を軽く振ると、闘技場の片隅で空気がうねり、不可視の衝撃波を発した。
『……なるほど。これが純粋な魔力の収束。だがこれは、サハグで見た』
エルマは事も無げに衝撃波の初弾を躱す。観察する。バラドが体内の魔力をどのように練り上げ、杖の先端へと送り込んでいるのか。
注視すれば、空気の流れが見える。大地から脚に伝わり、吸収するところもあれば、噴き出す箇所もある。バラドは確かに一流の使い手なのであろう。その魔力の大きさ故、よく視ることができた。それがいけなかった。
「ヒャハハハハ! 肉塊になれェェェッ!」
大気を歪ませるほどの巨大な衝撃波が、エルマへと数発、射出される。
『アーティアの神気も結局はこの魔力だ。間違いない。であれば、私に通っているコレもやはりそうなのだ。久しぶりだな。今まで気にかけてやれなくて済まない』
体内に流れる血と同じように流れる何か。エルマは集中してみれば確かに触れることができた。自身の身体が自身を祝福している。そんな気分だ。
試しにそれを掴んでバラドに向けて腕を振ってみる。
「……は?」
エルマから放たれた衝撃波が、無防備なバラドの足元に着弾した。
静まり返った闘技場で、バラドの引き攣った間抜けな声が虚しく響いた。
『これが魔導か。体術に使用するだけではない。魔導士が使う魔導だ』
「ななな、何故、貴様が魔導を使える!?」
「知らん。といいたいが、そうだな。戦士だからだ」
「訳がわからん!」
コツを掴んだエルマは体内の魔力を数発放ってみる。バラドはそれを的確に躱す。つまり、魔力が扱える人間には魔力が見えるのだ、とエルマは理解した。
「成程。実にそれらしいことだ」
「あまり調子に乗るなよ! 魔導は私の全てだ! 魔導比べで負ける訳にはいかないのだよ!」
バラドは両手を掲げて魔力を集める。暴風が闘技場全体に吹き荒れ、魔力を持たない観客たちの目にもその異常なエネルギーの塊のうねりが見て取れただろう。
「エルマ! 危険だぞ! ……なんでもねぇ」
観客席のザックが思わず身を乗り出して叫ぶが、すぐに言葉を飲み込んだ。恐らく、自身の最高に底意地の悪い笑みが浮かんでいたからだろう。
「ありがとう。バラド、糧になった。次は実験だ」
「我が魔導の深淵をみて何を言うか小娘! 消えて失せろ!」
バラドが叫び、手から魔力塊が離れたその瞬間。エルマは左腕に嵌めていた腕輪、マナキャンセラのボタンを押す。
――ヒィン。
一瞬、甲高い音が鳴り響くと、闘技場を圧し潰さんばかりの魔力塊が、まるで幻のように音もなく霧散してしまった。
「え?」
「これは、うん。最高だな」
何が起きたのか理解できず硬直するバラドを前に、エルマは結果に満足して笑みを深める。
「な、なぜだ!? 出ろ! なぜ!? 私の魔導が!?」
「さて、バラド氏。魔導が使えない魔導士が戦士と相対した場合の勝率を答えてくれ。魔導士は優秀な学者でもあるのだろう?」
「そ、それは」
「そう。ゼロだ」
バラドが言い切る前に、エルマは彼の間合いへと踏み込み、その顎を掌底で打ち抜いていた。
魔導士の身体が錐揉み回転しながら地面を転がり、白目を剥いて沈黙する。
「ま、魔導が消えたぞ!?」
「あの女、何をしたんだ!? 魔導士なのか!?」
圧倒的な質量を持った魔導が理不尽に消え去り、Sランクがたった一撃で沈められた。そんな光景に、客席は一瞬の静寂の後、爆発的なざわめきに包まれた。エルマはすかさず腕輪のスイッチを押した。体が軽くなる。
「な、なんとォォッ! Sランクの破滅のバラド、一撃で沈んだァァァッ! あの大魔導を打ち消した上に、無慈悲な打撃! さぁ、休む間もなく次の扉が開くゥゥッ!」
司会の絶叫に合わせるように、再び重い鉄格子が開かれた。
「Sランク二人目ェェ! 『剛拳のタオジ』ィィッ!」
現れたのは上半身裸の筋骨隆々の巨漢だった。
タオジは強大な闘気を放ち、無手のまま地を這うような低い構えをとる。
「女よ。先ほどの貴様の動き、見事であった。無手勝流に見えて、一切の無駄がない。私の剛の拳が届くか、試させてもらおう」
「……」
エルマは背中に背負った骨砕きを抜かない。無手のままでタオジと向き合う。
「拳で語りたいなら、付き合ってあげる。私も最近、肉弾戦の勘を取り戻したかったところだ」
挑発ではない。純粋に彼の技術をその身で受け、吸収するための選択。
タオジが地を這うような神速の踏み込みで正拳を放つ。エルマはそれを半歩ずらして躱すが、タオジの動きは止まらない。流れるような連撃が空気を切り裂く。
「良い動きだ! 互いに武の頂として競おうぞ!」
『……重心の移動、関節の連動、無駄のない脱力からの力み。特にやはり、この男の拳も歩法だ。そして、中心線は崩さない。ルークおじい様や、お父様の体術の補完になる。……もらったわ』
エルマは嵐のようなタオジの連撃を、あえて紙一重で受け流しながら、彼の体術の精髄を瞬時に己の中へと取り込んでいく。
そして、タオジが渾身の回し蹴りを放ってきた瞬間。
エルマは彼から盗み取ったばかりの「脱力と重心移動」を使い、タオジの蹴りの威力を殺すように懐へと滑り込んだ。
「なっ!?」
「武の頂点? 笑わせる」
エルマはタオジの手首を捻りあげると、タオジの全身の関節が極まってしまう。
タオジ自身の力で骨が軋む。エルマが更にタオジの手首を自身の中心線に寄せると、タオジの身体が豪快に回転して地面に叩き付けられた。
脳を揺らされ体勢を崩した男を見下ろし、エルマは氷のように冷たい声で一蹴する。
「ギュスターヴの足元にも及ばん」
失神しているタオジを背に、エルマは足元に落ちていた先の血闘士の剣を拾い上げ、無造作に投げるのであった。
そして、それが突き刺さった先には、赤銅色の肌と荒々しく跳ねた髪を揺らし、ひどく好戦的な笑みを浮かべる男が立っていた。




