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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第四章 剣と牙の協奏曲(コンチェルト)
136/189

18.伝説は継承される

『た、たしかに、なんか、森の魔物とかすぐ倒してたり、最後の日に帝国軍の火弾槍を剣で弾き返してたりしてたけど……』


 エルマは必死に過去の記憶を掘り起こし、内心で冷や汗を流しながら言い訳を試みる。


(おい小娘。あの日、俺が『極上の戦士だ』と言っただろうが)

『よ、傭兵王と並ぶなんて、そこまで思わないじゃない!』

(初見で全力の火弾の速度と射線を見切って、あまつさえ剣で弾き返すうえに、少数で数千の帝国軍相手に立ち回る奴が、最強格じゃねぇわけねーだろ馬鹿娘! しかも相手はリヒトだぞ!)


 悪鬼の極めて戦士として真っ当な指摘が、エルマの脳髄を容赦なく殴りつける。


『あ、あのね! お父様は一緒に刺繍をしてくれたり、やさしく乗馬をおしえてくれたり、私が花をつんで冠とか渡したらニコニコ喜んでくれる、ただの優しいひとだもん!』


 もはや理屈すら崩壊し、エルマは頬を膨らませて子供のように意地を張った。

 血と鉄錆の匂いを纏う修羅の国で最強と謳われた『黒曜の牙』の首領。それが、娘と並んで刺繍針を持ち、花冠を作って相好を崩していたというあまりにも落差の激しい事実。


(……どんな教育方針だ、あのイカレ親父)


 悪鬼は深々と呆れ果てたように溜息を吐き、それ以上の駄目出しを入れることを放棄したのだった。


* * *


「登録ですか? 達成報告ですか? 闘争ですか?」


 吹き抜けの天井に石畳の床。広いロビーには荒々しい身なりの傭兵たちが数多くひしめき合っていた。その人波を掻き分け、エルマが受付嬢の元へたどり着くなり、投げかけられた一言目がこれである。

 受付嬢はにこやかな笑顔を浮かべているが、その口から出た選択肢は狂っていた。


「どこまで血生臭ぇんだこの国は……」


 背後に控えるザックが溜息をつく。


「グランディーク殿に会いたい。どのようにすれば良いか」


 エルマは、周囲の喧騒や受付嬢の奇妙な問いにも動じず、ただ静かに、凛とした声で要件を告げた。


 ――ピタリ、と。

 その名が発せられた途端、ギルド内の雑多な声と喧騒が、まるで魔法をかけられたかのように一斉に収まった。


 沈黙。そして、ロビーにいた数多の荒くれ者たちの視線が、エルマへと突き刺さる。値踏みするような、あるいは身の程知らずを嘲笑うような、濃厚で危険な空気がギルド全体を包み込んだ。


「あぁ、挑戦者様ですね? では、貴女のお名前とクラン名をお願いいたします」

「ああ、エルマ・ベルン。クランは『黒曜の牙』だ」

「――ッ!?」


 受付嬢の目が見開かれ、同時にその笑顔が抜け落ちて激しく引き攣った。

 ギルド内に漂っていた値踏みするような空気が、一瞬にして凍りつく。


「お、お客様。そのクラン名は……この国で、軽々しく口にしてよいものでは……!」

「これでいいだろうか」


 警告しようとした受付嬢の言葉を遮り、エルマは懐から一振りの無骨な短剣を取り出すと、石造りのカウンターへと静かに置いた。


 カチャリ、と。

 冷たい金属音が、静まり返ったロビーに響き渡る。

 受付嬢の視線が、そして周囲の傭兵たちの血走った目が、その短剣の柄に一点に吸い寄せられた。


 そこに刻まれていたのは、紛れもない本物の意匠。

 かつてこの修羅の国で傭兵王と最強の座を二分し、畏怖と憧憬を集めた伝説の戦士たち――『黒曜の牙』の正当なる証であった。


 受付嬢はカタカタと唇を震わせ、もはや言葉を発することすらできずにその短剣を凝視し続けていた。

 周囲を取り囲んでいた傭兵の一人が、たまらずゴクリと喉を鳴らす。


「聞け! 『黒曜の牙』は巨狼の子にして黒曜の戦士たる、このエルマ・ベルンに継承された!」


 彼らの思念を打ち砕くように、エルマは集まった荒くれ者たちをぐるりと見渡して高らかに宣言した。


「巨狼!? ……まさか、あのガルムの……」

「だが、ベルンってなんだ?」

「あーん? ガルムゥ? あいつからあんな別嬪さんは生まれてこねぇだろ」


 ざわめきと疑念が交錯し、ギルド内の空気が煮え切らない熱を帯び始めた。

 だが、その疑いの声を暴力的に黙らせる、地を揺らすような大音声がギルド内に轟いた。


「黒曜の牙が一人! アレクだ!」


 エルマの背後から、この国で誰もが恐れた『頭砕き』の巨漢が、獣のような咆哮と共に進み出たのだった。

 そして、己の背丈ほどもある無骨な大剣を、躊躇なくギルドの硬い石畳へと深々と突き刺した。

 鼓膜を打つ破壊音が響き、ロビーの床に放射状の亀裂が走る。


「……ア、アレク……狂犬……じゃねぇか……」


 その威容を見て、かつて黒曜の牙の全盛期を知る傭兵が、震える声で名をこぼした。


「頭砕きのアレクだ……! 生きてやがったのか……!」


 彼の恐ろしさを噂と実体験で知る中堅の傭兵たちも、次々と顔面を蒼白にさせて後ずさっていく。

 だが、その血生臭い歴史を知らない、血気盛んな若手の傭兵だけが怪訝な顔で鼻を鳴らした。


「あぁ? なんだよ、片腕の動かねぇただのボロいおっさんじゃねぇか」

「馬鹿野郎! あの覇気がわかんねぇのか!?」


 無知な若者の命知らずな軽口を、隣にいた傭兵が血相を変えて怒鳴りつけた。

 放たれているのは、ただそこに立っているだけで息が詰まるような本物の死の気配。それを肌で感じ取れないような三流は、この場に立つ資格すらないと言わんばかりの圧倒的な格の違いであった。


「んだよ、えっらそうに!」


 血気盛んな若手が怒りに任せてアレクに向かっていこうとした、その刹那だった。

 ガンッ! と。

 若手の足元の石畳に、一本のナイフが深々と突き刺さった。


「……この国はどいつもこいつも、死の匂いを充満させやがる。そして、どいつもこいつも俺の勘に触りやがる」


 驚いてたたらを踏んだ若者の前へ、先ほどまでエルマの後ろで冴えない顔をしてボーッと控えていたザックが、鬼のような形相で歩み寄る。

 そして、逃げる間も与えずに若者の胸倉を掴み上げ、強引に顔を引き寄せた。


「いいか、三下。お前みたいな死の匂いも嗅ぎ取れねぇ鈍感がイキってしゃしゃり出てくるから、うちの将軍が喜んで暴れ出すんだよ。あ? わかんねぇか? その後始末の大変さがよ。……お前さ、マジで殺すよ? 本当」

「あああ……」


 ただの冴えない男だと思っていたのだろう。

 だが、ザックの瞳の奥に渦巻いていたのは、死線を越え、強者たちと殺し合ってきた正真正銘の『化け物』の殺気だった。

 若者は全身から一気に血の気を失い、ガクガクと足の震えを止めることができずに情けない声を漏らした。


「ケッ! 実力もねぇのに出てくんな、ゴミ蟲」


 ザックは底冷えする声でそう吐き捨てると、腰を抜かした若者を乱暴に床へ突き飛ばした。


「あ、あのぅ……」

「なんだ? ああ、すまない。少し騒がしくしてしまったな」


 カウンターの奥からか細い声を上げた受付嬢へ、エルマは振り返り、悪びれることなくふわりと微笑みかけた。

 すると、先ほどまで恐怖で引き攣っていた受付嬢の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「あ! い、いえ! とんでもございません! じ、実は、ですね。グランディーク様が定めた『特例』のルールがございまして……」

「ん? ほう、それはなんだ」

「クランのメンバーのどなたでも構わないのですが、当ギルドに所属するSランクの傭兵を3名、そしてAランクの傭兵を7名、闘技にて連続で倒していただきますと、問答無用で御大との面会が叶うことになっております」


 それは、実質的に「不可能」と言い換えてもいいほどの過酷な条件。

 だが、エルマの菫色の瞳は、その言葉を聞いて微かに、だが獰猛な歓喜の光を帯びた。


「ほう? それは願ったりだ。よし、私が出る。手続きを頼む」

「は、はい……。かしこまりました、騎士様……」


 熱に浮かされたように顔を赤くし、恍惚とした吐息を漏らす受付嬢。

 その骨抜きにされた様子を背後に残し、エルマ達はギルドに併設された食堂のテーブルへと、我が物顔で陣取るのであった。

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