13.夜空はワシへのロマンチック
エルマ達を歓待する夜の宴。ここでもギュスターヴは完璧だった。流石はトラキア国の民だ。女も逞しく、ギュスターヴに次々と武勇をアピールする。そのあしらい方たるや、歴戦の将のそれである。
彼女等の思惑は見て取れる。
(可哀想に……)
ザックは、隣で優雅に微笑みながらグラスを傾ける絶世の美姫を横目に見る。
(外見で勝負できないから力をアピールしてるんだろうが……この女、武もあるんだよなぁ)
しばらくギュスターヴの様子を観察していると、彼がふと、壁の花となっている一人の御令嬢のもとへツカツカと歩いていく。
「ミレス・ルセール嬢とお見受けする」
「はい。お初にお目にかかります。ギュスターヴ卿」
線が細いがどことなく芯が通っていそうな可憐な女性である。エルマはどことなくカリスタの姿を彼女と重ねた。
「私は恐らく貴女がいいのだと思う。直感だ、愛してい」
「はいはいはいはい、お二人ちょっとバルコニーにいきましょう!」
顔に痣を拵えたユージーンが慌てて二人を連れだした。
会場がざわつくが、それは遅れて登場したファルケ王の威厳ある姿によって徐々に落ち着いていった。
* * *
「ミレス嬢。なぜ、そのような悲しげな顔をする?」
歓待の宴の喧騒から少し離れたバルコニー。しばらくミレスと語り合ったギュスターヴは、眼前の令嬢へ不器用に問いかけた。
「恐れながら申し上げます、ギュスターヴ様。貴方様の心は、今ここにはあらず……故に、私は貴方様と真に向き合えてはいないのです」
「……私は、ここにいるぞ?」
物理的な距離は手の届く位置にあるというのに。栄光の騎士は微かに眉をひそめ、己の胸の奥で生じた正体不明の揺らぎに戸惑いを覚えた。この女の言っている意味が、武人である彼には理解できない。
「貴方様の心は、常に戦場にあるのです。先程、私を愛してくださるとおっしゃいました。ですが、それは義務から出たお言葉であって、本心ではないのでしょう?」
ミレスは静かに微笑み、さらに言葉を紡ぐ。
「目を閉じて、戦場を思い浮かべてくださいまし。……そうです。目の前には、貴方様も手を焼くほどの誇り高き戦士たちが立ちはだかっている。……ふふっ。ほら、とても良いお顔をしてらっしゃいますわ」
その指摘に、ギュスターヴはハッと息を呑んだ。
言われた通りに瞼を閉じた裏側に浮かんだのは、銀色の狼と、決して折れぬ凡人の副長。彼らとの死闘を思い描いた瞬間、己の口角が自然と深く、熱を帯びて吊り上がっていることに気づかされたのだ。
「あぁ……ミレス嬢の言う通りだ。私は……私は、戦場を愛していたのだ……」
「私を、戦場に連れて行ってくださいまし」
「ミレス嬢……。それは……」
あまりにも無謀な願いに、最強の騎士が狼狽を見せる。だが、ミレスの瞳は真っ直ぐに彼を射抜いて逸らさない。
「その戦場で輝く貴方様が、いつか心から私を愛してくださるのなら……それが最良の喜びでございます。愛の言葉を下さる未来の旦那様の本懐を、どうかこの特等席で見せていただきたく存じますわ。貴方様は出来ますでしょう? 最強の騎士様なのですから」
ギュスターヴはその言葉に目を見開く。
脳裏をよぎったのは、幼き日の記憶。
――無明を照らす白銀を。
――全ての光を、その身に受け。
――我らが希望、我らが光、輝かしき栄光の騎士。
――見よ、アレクサンドライトの騎士が勝利を運んできた。
『ギュスターヴ。貴方は、最強の騎士になるのよ……』
薄暗い別邸で、病床の母が掠れた小さな声で何度も呟いていた呪縛のような祈り。
あの時はただ独り、勝利をもぎ取るためだけにその言葉を背負った。だが、今は違う。
(出来る。私は最強の騎士)
強き意志を宿したミレスの瞳に、大陸最強の騎士は深く、静かに頭を垂れた。
「……相わかった。ならばこのギュスターヴ、己の剣に懸けて、貴女を死地より護り抜こう。そして、すべてが終わったその後で……改めて、貴女に求愛させていただく」
この時、栄光の騎士の無機質な赤紫の瞳には、確かに意志の光が灯った。
* * *
「ほら、ルドルフ! どうするのよ」
「とはいってもぉ、じゃのー、うーむ」
(ん?)
ザックは何やら騒がしい二人組に視線を寄せる。
女……と男?
「怖いもんは怖いんじゃあ」
「何の為にここまで来たのよ!」
「怒らんでくれぇセレナぁ。よし、いくぞ!」
(お?)
彼らがこちらにやってくる。そして、エルマの前で止まった。じゃのやらじゃあ、と言っているおかしな口調の男を見ると、その脚は大層震えていた。
「ぎぎ、銀狼、ライカ・ローサだな、です!?」
「あ? あぁ。ライカ・ローサだ」
「我は、天才機構士ルドルフで、あ、ある!」
エルマが表情を崩す。
「機構士さん。何用か」
エルマはキリッと表情を引き締め、優雅な微笑を浮かべながら少しだけ膝をかがめて相手と目線を合わせた。
ザックには分かる。それは、エルマがこの人間を気に入っているということだ。
ルドルフは落ち着けるように深呼吸を繰り返し、決意をしたように表情を固めた。
「ヌシにワシの全てを託す! いや違うな。お願いです。託させてください。もう、うんざりなんだ!」
「詳しく聴こう」
ルドルフのただならぬ様子に意識を切り替える。
「すまぬ。謁見の間に我もいてな。盗み聞きしてしまったのだ。だから、だから、貴女にこれを託させてください」
「これとは……? 腕輪?」
「三つ拵えました。マナキャンセラ。火弾槍の起動を防ぐ腕輪です……」
「な!?」
「ボタンを押せば起動します。五日身に着けて魔力を溜めれば、一日は起動するのじゃ。では、目的は達成した! セレナ! いくぞ!」
「ちょっと待っ……」
エルマの制止の声をよそに、押し付けるように二つの腕輪を渡したルドルフは、セレナと呼んでいた女を背負うと、足元の怪しげな魔導具を起動させた。
ボシュッ! という間の抜けた爆発音と共に、足をかけていた窓枠が僅かに軋む。
直後、天才機構士と相棒は猛烈な勢いで夜の空へと跳ね上がり、文字通り夜の闇の中へすっ飛んでいった。
「おお、セレナ! この『跳びすぎ君』は良く跳ぶぞ!」
「ばか! 跳びすぎなのよ! 着地はどうするのよ! アカデミーみたいな水溜まりはないんだからねぇぇぇぇぇ!?」
遥か頭上から、落下する恐怖にパニックを起こしたセレナの悲痛な叫びが降ってくる。
「確かに! 言われてみればそうである! だが! 空を跳んでいるぞ! 浪漫である!」
「ばかばかばかぁぁぁぁぁぁぁ!」
「失敬な! 我は天才である!」
二人は夜空でバタバタと騒ぎながら、あっという間に星屑のように上空へと吸い込まれ、姿を消してしまった。
あとに残されたのは、ただ呆然と夜空を見上げるエルマとザック。そして、夜風に虚しく響き渡るセレナの絶叫の余韻だけだった。
エルマは首を傾げ、ポカンとしたまま手元の腕輪に視線を落とす。
(機構士か。ありゃ、腕利きだぞ)
『機構士? というか二つしかないが……』
(知らんのか? ゼーレの魔導具職人達のことだ。だが……あんな空を跳ぶ靴を作る奴なんざ、俺も見たことねぇ。そら、この腕輪、俺らの魔力を喰ってやがるぜ)
『アーティアがこの身に宿った時から、確かに感じられる。うん、吸われてる』
嵐のように現れて去っていったポンコツ天才に呆れながらも、悪鬼は手の中にある腕輪の確かな造りに、獰猛な笑みを深くするのだった。




