12.咆哮の訓練場
「皆の者! これは姫様の試練である!」
「は?」
「姫様が我等を憂い、直々に手ほどきしていただける、ということである!」
「しかし、あんな可憐な……」
「現実を見よ! 成程、戦場で相対したことが無いと見える。あの威圧感を知るのは、ギュスターヴ卿だけであったか。兎に角! 陣形を作るのだ! 指揮を!」
「深緑の騎士ユージーンにお任せを!」
レイドルドの只ならぬ叫びに、修練場にいた十傑の五人が即座に迎撃態勢を構築する。
「いくぜぇ! イィィィィィィヤッハアァァァァァァァァ!!!!!」
『ああ……もう』
内心でエルマが頭を抱える中。
悪鬼は大股で無造作に踏み込み、手にした木剣を力任せに横へと薙ぎ払った。
ただの粗野な一振り。だが、それを受けた灯の騎士フェルラスの巨体が、防ぐこともできずに紙屑のように後方へと吹き飛ばされた。
「なっ!? なんだこの重さは……まるで、ギュスターヴ卿のような!? ――ガッ!」
「敵を前に意識はずしてんじゃねぇ。なめてんのか?」
驚愕に目を見開いたフェルラスを悪鬼が睨みつける。
間をあけず、吹き飛ばされて体勢を崩した彼のみぞおちへ、悪鬼の容赦のない踵が深々とめり込んだ。
「前線が崩れた! 敵戦力再調整! 味方回復におよそ十呼吸! 認識を変えろ! ただの戦士ではない、災害級と指定する!」
ユージーンの焦燥の指揮の声が修練場に響き渡る。
フェルラスが抜けた前衛を、烈風の騎士ウィンドラスとレイドルドが急ぎ固める。中央にユージーン、左右に木漏れ日の騎士フェルタンと明滅の騎士ユリシーズ。前衛で受け止め、左右から挟撃し、中央が全体を指揮する強固な陣形だ。
「戦場じゃねぇ、搦め手はナシだ。俺の腹を満たせ! 東国の英傑共!」
極限の力みからの一瞬の脱力。
悪鬼の身体がフッと沈み込み、地を這うような低い姿勢から、爆発的な推進力で前衛の二人へと真っ直ぐに突撃した。
『お父様の……黒曜の戦い方!?』
「フハ、フハハハハハハ!!!」
哄笑を上げながら迫る悪鬼は、心の底からこの闘いを楽しんでいた。
これこそが、大悪党バルバロッサの真の恐ろしさ。
本来の肉体であれば、純粋な武力だけで大陸の最強格に君臨するバケモノ。それほどの強者でありながら、決して己の力に驕らず、他者の技すらも貪欲に盗み、己の牙としてモノにしてしまう。
他者のすべてを喰らい尽くす、その圧倒的かつ貪欲な強者の姿勢を内側で肌で感じ、エルマは戦慄と高揚がないまぜになったような身震いを覚える。
「こいつぁ、最近見た技だ。二人がかりでしっかり抑えやがれ! でなければ死ぬぜぇ」
ガルムの歩法で肉薄した悪鬼は、前衛の二人の眼前で急激にブレーキをかけ、即座に左脚を前にした半身の構えを取った。
踏み込みの衝撃のすべてを左脚のブレーキにぶつける様に、股関節を素早く内旋させる。驚くべきは、下半身が凄まじい勢いで回転しようとしているというのに、上半身は半身の構えのままピクリとも動いていないことだった。
ねじれによって生まれたエネルギーの溜め。
『そんな……!? あの時、一度見せただけの……!』
(そんな1? じゃねぇ。俺を誰だと思ってやがる)
脳内で絶句するエルマを鼻で嗤い、悪鬼は圧縮したエネルギーを右腕へと一気に解放した。
荒々しくも猛き、流麗で慈悲深く、栄光で悪辣。
――それは、エルマ自身がこれまでの死線で見届けてきた技を取り込み、見事に融合させて完成させた、無駄を削ぎ落とした神速の斬り払い。
自分自身が生み出したはずの一撃を、悪鬼の圧倒的な出力で再現されるのを内側で体感しながら、エルマは息を呑んだのだった。
* * *
一方、王城の別室にて。 今宵の「来賓の歓待の宴」という名目の嫁探しに向け、何人もの侍女たちに湯浴みと身支度を急かされていたギュスターヴは、その鋭敏な感覚で、遠く修練場から立ち昇る凄まじい殺気を正確に感じ取っていた。
(あの銀狼のものだ)
ただ気配を感じただけで、全身の血が熱を帯び、眠っていた闘争心が心地よく疼き出す。
(だから、彼女の武は護られる側のそれではないと言ったのだ。我が王も、これでお分かりいただけただろう)
ギュスターヴは、侍女に体を磨かれながらも、意識は遠くの戦場へと飛んでいた。
そしてふと、己の脚の腱に残る微かな傷跡――ダリア平原の死地において、あの冴えない男に刻まれた浅い傷痕を、長い指で静かになぞる。
(あのザック・ローという男が言った『強さ』。……知りたいものだ。あの男自身からは、武において何ら特別な才気は感じない。だが、実際にこの身に刃を届かせた。あの瞬間、確かに私は負けた)
武力を持たない者が、絶対的な武を誇る者を凌駕する瞬間。そこにこそ、自分が至るべき次なる「高み」への答えがあるはずだ。
(それにしても……我がトラキアの十傑の半数が束になっても、まるで相手にならないか)
気配の乱れだけで、修練場での無惨な蹂躙劇を悟る。自国の精鋭たちが木っ端微塵にされているというのに、怒りよりも先に、同格の強者が暴れ回る気配への歓喜が勝る。
栄光の騎士は、侍女たちに礼服を着付けられながらも、その口元に隠しきれない武人としての獰猛な微笑みを浮かべるのであった。
* * *
「エルマ・ファネリア様」
「ん?」
悪鬼が散々あばれた死屍累々の修練場を、諦観の目で見ていたエルマは、振り返る。
「我がトラキアは、来賓の方を戦装束のままもてなすほど遅れてはおりません」
そう言って、トラキアの侍女達がエルマを見つめる。その瞳は、極上の素材を前にして心なしか熱を帯び、期待に満ちていた。
「ささ、ぜひこちらへ!」
「え? あ、いや……」
「みなさん! 腕の見せ所です! 大陸一の美姫にしますわよ!」
有無を言わさぬ勢いで押し切られ、助けを求めるように視線を泳がせながらもズルズルと連れ去られていくエルマ。
修練場の見学席で、ザックは頬杖をつきながらその一部始終をぼんやりと眺めていた。
「……今夜の主役はギュスターヴ卿の嫁候補たちだろうに。あんなの放り込んだら、全員潰すことになるだろうがよ」
「あり得ますな。あの美しさですから。いっそ、ギュスターヴ卿とエルマ姫が結ばれれば、国としても……ッ!?」
ヒュッ、と。カリオンが言葉を詰まらせ、喉を引き攣らせた。
隣に座るザックから、空気を凍らせるような鋭い眼光で射抜かれたからだ。
「ハァ……」
己の内に芽生えた無自覚な感情を誤魔化すように、ザックは本日何回目になるかわからない、深々と重い溜息をつくのだった。




