9.流石にそれはやめてくれ
(マジかよ! ただの騎士繋がりじゃなくて、血縁だったのかよ……! だからあんなに効き目があるのか!)
ザックが内心で驚愕する中、ファルケは玉座の肘掛けから手を離し、ギリッと奥歯を噛み締めた。
王国の腐敗と、それに翻弄された高潔なる騎士の血族。
トラキアの騎士王にとって、これほど誇りを逆撫でされ、怒りを感じる筋書きはない。
「ふむ。そうだな。我が直々に調査に行きたいところだが、ギュスターヴは国の守護、我は施政と、国を離れるわけにはいかぬ。……ユージーン。疑うなら、貴様が同行してその目で確かめろ」
「は……私が、でございますか?」
「そうだ。トラキアの騎士として、エルマ嬢を護衛し、最後まで守護するのだ。……が、しかし」
騎士王の瞳に、一瞬だけ国を統べる者としての冷徹な光が宿った。
「万が一、この娘の言葉が偽りであった場合は、すぐに逃げ戻れ。その時は……トラキアの全力を尽くして、帝国を火の海にしてやろう」
重く、絶対的な王の宣告。
それはエルマたちにとって、時限爆弾を抱え込まされた瞬間でもあった。
(チッ、ボロが出たら大陸最強の騎士団が全部敵に回るってか……)
あるべき未来の一つを想像して冷や汗を流す副長をよそに、大悪令嬢はただ悲劇のヒロインの仮面を被ったまま、可憐な涙の奥で獰猛な笑みを噛み殺していた。
「――失礼ながら、申し上げます。私はオルディスの元騎士、レイドルド・ハイドランドでございます。同行には及びませぬ。姫様にはこの騎士レイドルドがおります故。これ以上の守護は必要ないかと。それに、勇者ザック殿もおられます」
そこへ、レイドルドがエルマを庇うようにスッと前に進み出て、堂々たる声で牽制した。
その隙のない正論と「姫様の隣は俺の場所だ」と言わんばかりの圧力に、ファルケ王をはじめとするトラキアの騎士たちが、あからさまに「えぇ……」と残念そうに眉を下げる。
「し、しかし、真偽を確かめるお目付け役という重要な任が……」
「ユージーン殿。真偽を知りたければ、王国へ間者を放ち調査をすれば済むこと。護衛と称した同行はやりすぎでは? 我らの騎士としての誇りが傷つきます」
レイドルドの容赦のない反論に、ユージーンが「し、しかし……」と言葉に詰まる。
その異様に必死なトラキア陣営の食い下がり方を見て、ザックは呆れたように口を挟んだ。
「……もしかして、あんた等、ただエルマの護衛がしたいだけじゃないだろうな? 『悲劇の美しい令嬢を守護するトラキアの騎士』。……確かに、最高に絵になるもんな?」
半眼になったザックのド直球な煽り。
その瞬間。
「……ッ!? そ、そのような不純な野心など断じて!?」
ユージーンが図星を突かれたように顔を真っ赤にして狼狽える。
ザックがジト目で玉座を見上げると、あろうことかトラキアの頂点たる騎士王ファルケまでもが、気まずそうにスッと視線を泳がせ、目を逸らした。
(王様もかよ!)
さらに最悪なことに、背後に並び立つトラキアの騎士たちは、『これ以上の守護は不要』というレイドルドの正論を完全に都合よく脳内変換していた。ユージーンがお目付け役から外されそうな空気を察知するやいなや、(ユージーン殿の不純な野心がダメなら、俺に……! 純粋な心を持つ俺を行かせてくれ……!)と言わんばかりに、熱気と期待に満ちたキラキラとした眼差しをエルマへと向けている。
先ほどまでの国を懸けた一触即発のシリアスな空気は、トラキア騎士たちの『騎士のロマン』によって完全に崩壊していた。
(レイドルド、ナイスだぜぇ。姫呼びなんて更に特大の爆弾だ)
内心で笑い転げる悪鬼をよそに、一人わかっていないエルマが顔をあげる。
「――そして、わたくしは、ガルヴェリア帝国第六皇子フォルテ殿下の将でもあります。かの皇子は貴族の腐敗を嫌い、民を想う素晴らしき御方です」
内心で血の繋がりに身を震わせながらも、エルマは言葉を続ける。
「ほう」
「私は行かねばなりません。腐敗した帝国に蹂躙される弱き人々の為に」
「内乱を起こすというのか?」
「それは既に知っておられるのでしょう?」
「さぁな。何のことだか」
王は顎に手を当て思案する。エルマはすこし顔を伏せた。
「ファルケおじさん。えへへ」
思わず素でつぶやき、はにかんでしまった。
王はそれを見逃さなかったし、聞き逃さなかった。
ファルケの目が、大きく限界まで見開かれる。
ファルケ王には男児しかいない。そのせいか、王の背中を強烈な電流が駆け抜けた。
金色の髪に瞳の色は違うが、目元や鼻立ちには確かに血族の面影がある。そんな可憐な美少女から飛び出した、無防備な自身の名を読んではにかむという特大の一撃。
「皆、少し外す」
ファルケが突然玉座から立ち上がり、足早に退室していった。
急な王の行動に驚きつつも、騎士達は直立不動で待機している。
(素のこいつが一番破壊力あるんだよな)
ザックだけが、限界を迎えて逃げ出した騎士王の心中を察し、こっそりと同情の溜息を吐いていた。
「時に、ザック・ロー殿」
玉座の傍らで今まで沈黙を守っていたギュスターヴが、不意に声を上げた。
「アスタロッテからはどのようにして神託の勇者の称号を得たのか等、疑問はあるが、我が問いたいのは別にある」
「な、なんですかね」
胃の痛みを堪えながら応じるザックへ、白銀の騎士は一切の感情を交えない、純粋な武人としての疑問をぶつけてきた。
「エルマ・ファネリア……いや、ライカ・ローサ殿は猛将である。我が頂に届き得る存在と言える。……そのような存在を、貴公が護る意味はあるのか。彼女からすれば、貴公は護られる対象にしか見えんが」
純粋な武力において、ザックはエルマに遠く及ばない。戦場で無敵の将軍の背中を預けるには、彼はあまりにも凡人すぎる。ギュスターヴの白銀の瞳は、その事実を冷徹に見透かしていた。
だが、その問いを受けたザックは、卑屈に目を伏せるどころか、ふっと息を吐いて不敵に口角を上げた。
「なんだ。そんなことか」
ザックは胸元で揺れる粗末なお守りにそっと手を添え、真っ直ぐに大陸最強の騎士を見据え返す。
「強さが『武』だけじゃねぇ、護るってのがそれだけじゃねぇってことは……ただ武だけを求める、機械のような貴殿にはわからねぇんだろうな」
「……」
「ザック……」
自分より圧倒的に強いバケモノ相手にも、一歩も引かずに堂々と胸を張る副長。
エルマは思わずその頼もしい横顔を見つめ、小さく彼の名前をこぼした。
「そうか。それもまた一つの『強さ』であるというのならば、それを知ることで我が頂はまた一つ高みに上るだろう。……ライカ・ローサ」
「なんだ?」
「話を纏めると、其方等とトラキアが不可侵同盟を結べば、現状トラキアの脅威は西の帝国のみとなる。相違ないか」
「……ああ、そうだ」
「なれば、我が同行しよう。これは護衛ではない、武を極めるための『修行』である」
「ギュスターヴ卿!?」
最強の騎士のあまりに強引な論理の飛躍(と抜け駆け)に、広間を囲んでいたトラキアの騎士達は今日一番の悲鳴を上げたのであった。




