3.嗤えよ戦士共
「門を開けよ! 第六皇子フォルテである!!」
南門に到着したフォルテは手綱を引き絞り、城壁の門番たちへ向かって通る声を響かせた。
「開けるな! その門を開けるなァッ!」
背後からファラリス軍の伝令が血相を変えて叫ぶ。
だが、ここは帝国ガルヴェリアだ。一介の伝令の怒声と、眼前に馬を乗り付けて睨み下ろす第六皇子の威光。そして、何より背後に控える狼と薔薇の旗印。門番たちにとって、どちらの命令を優先すべきかは考えるまでもなかった。
「いつもご苦労さん。また、ちょっくら敵さんやってくるわ」
「おめぇは逃げてるだけだろ!」
「あぁ!?」
門番兵は砂塵の古参達のそんなやり取りを前にしても、表情を崩すことなく背筋をピンと伸ばして敬礼を捧げた。
「狼と薔薇の隊の皆さん! ご武運を!」
「ありがとう。後ろの彼はすこし錯乱しているんだ。許してあげて。通ったら閉めていいから」
重厚な歯車が軋む音と共に、帝都の巨大な外門がゆっくりと開かれ、フォルテたち狼と薔薇の隊は夜の闇へと滑り出た。
門を抜け、メトスの肌寒い夜風が熱を持った頬を撫でる。
ここからは追手の攻撃を撒きながら、どうにか態勢を立て直せる場所まで向かう必要がある。そう思考を巡らせた、次の瞬間。
「……ッ!」
フォルテは手綱を強く引き、馬を急停止させた。
目を凝らした先。暗闇だと思っていた開けた平原に、ポツリ、ポツリと赤い火が灯り――それは瞬く間に、無数の松明の波となって浮かび上がったのだ。
逃げ場のない、幾重にも重なる炎の壁。
帝都を脱出できたのではない。最初から逃げ道を限定され、この巨大な軍勢のど真ん中へと追い込まれていたのだ。
じわりと冷や汗が背筋を伝う。帝国の猛将ファラリスが、ただ裏門へと誘い込まれるような真似をするはずがなかった。
だが、フォルテの青い瞳に諦めの色は浮かばない。あの銀狼の背中を見てきた彼だ。手綱を握る手にぐっと力を込める。
すぐに頭を切り替え、この分厚い大軍のどこを食い破るか、活路を見出そうと視線を走らせた、その時だった。
「――遅かったじゃないか、フォルテ」
「ふん。常日頃、警戒せよとあれほど言っただろうが、愚弟め」
張り詰めた空気を切り裂くように、どこか呆れたような、しかし聞き覚えのある二つの声が、目の前の大軍の最前列から響き渡った。
松明の光が揺れる中、包囲陣の中央が音もなく割れる。
そこに陣取っていたのは、ファラリスの追討軍などではない。『黒百合に鷹』の旗を掲げたバモン将軍の鉄壁の軍。そしてもう一つは、『剣を持った銀冠の青獅子』は第四皇子の旗印だ。
その先頭から悠然と姿を現したのは、飄々とした笑みを浮かべる青年と、冷徹な覇気を纏った長身の男だった。
「カルロス兄さま! ベルベット兄さま!?」
フォルテの顔から一気に緊張が抜け落ち、今日初めての心底からの安堵の笑みが浮かぶ。
猛将ファラリスの追撃よりも早く、兄たちの知略がフォルテの退路を正確に読み切り、彼を迎え入れるための防衛網を完成させていたのだ。
松明に照らされた足元を見下ろせば、草むらの至る所にファラリス軍の鎧を纏った兵士たちが倒れ伏し、生々しい血の跡が広がっている。
「帝国皇子たるもの殺気には敏感であるべきだ。逃げ延びてこれたことは誉めてやろう。もう少し遅ければ置いていくつもりだった」
ベルベットがフォルテにくどくどと小言を投げる。
「その辺にしてやってくれよベルベット兄様。いち早くフォルテの為にっていって、外周の兵を狩ってたじゃないか」
「え?」
「無駄口利いている暇はない。まずはバモンの領地にて機を狙うぞ」
「照れちゃって」
バモン将軍の領地は、帝都から南西、険しいモルス山脈とアズガルド山脈の間に位置する広大な土地だ。さらにその先には、神聖アスタロッテが隣接している。
ライカと連携を取るにあたり、これ以上ない絶好の拠点であった。
バモンの『鉄壁』と、あの銀狼が鍛え上げた『狼と薔薇の隊』。
帝都を追われ、逃避行の最中であるというのに、フォルテの青い瞳は暗闇の中で爛々と昏い熱を帯びていた。手元に揃った駒たちをどう動かして敵の喉笛を食い破るか。若き知将の口角が、無意識のうちに深く吊り上がっていく。
* * *
アスタロッテの簡易神殿。
オルディスの国盗りを終え、息つく間もなく帰還したエルマたちは、すぐさま軍議を開いていた。
「状況は把握した。流石はフォルテ殿下だ。バモン将軍の領地に立て籠もるのであれば、第二皇子派とて容易には手を出せまい。そこから派閥の味方を集めていく算段だろう。そして、彼の領地はモルス山脈の切れ目からアズガルド山脈に沿った西部。見ろ、今更ではあるが、このアスタロッテに隣接している」
エルマは広げられた大陸地図の上に短剣を突き立て、その切先で国境線をなぞってみせた。
「つまり、バモンの領地とアスタロッテ、そして手中に収めたオルディスの国土を繋げたこの巨大な面が、我等の戦力圏となる」
「なるほど。国力や兵の質は違うが、国土の広さで言えば帝国側と五分になるか。……いや、まだちと分が悪いな」
ザックが地図を覗き込みながら、苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
「アスタロッテの北部は、それぞれエルドラドとトラキアが隣接している。まずは、この北側の憂いを断ち切りたい」
「エルドラドはともかく、トラキアのギュスターヴは些か危険ではありませんか?」
「そこだ、キース。あのギュスターヴを味方につけようと思う」
「えっ、いけるんすか?」
「そこに『ナイト』がいるだろ?」
エルマは菫色の瞳をすっと細め、隣に立つザックへ視線を向けてニヤリと笑った。
「おま、エルマ。何するつもりだ!?」
「いやぁ、騎士ってのは高潔だからさ。おなじ騎士様なら色々通じるところはあると思わない? 例えば、そうだな。オーラリスを掲げて『この剣に誓って嘘はない』とでも言えば、あの堅物は信じるんじゃないか? ああ、異端審問にかけるのもいいな!」
「待て! お前、イカレモードでもないのにそんな極悪な笑い方するな!」
「おじい様、私、おじい様との一騎打ちを邪魔され」
「あああああ、もう! やる! やるよ!」
ザックは両手で顔を覆い、天を仰ぐようにして頭を抱えた。
大悪党バルバロッサの思考回路が、素のエルマにまで浸食してきている。あの最強の白銀の騎士を、自分をダシにしてどう利用しようというのか。凡人の胃袋は、これから始まるであろう無茶苦茶な外交戦を想像しただけで、すでにキリキリと悲鳴を上げていた。




