2.ハッ、一丁前に剥き出しにしてやがる
「雁行陣!」
夜半にフォルテの叫び声が響く。狼と薔薇の隊は直ちに、ファラリスの兵士と並行に対面する陣を敷いた。
「殲滅せよ!」
ファラリスの号令が轟いた刹那、フォルテが返す。
「合列跋扈! 投擲! 半歩後退!」
フォルテの号令により、兵は列を合わせ、三歩ほど大股に接近し、石を投げてから一糸乱れぬ動きで四歩下がる。突然の投石と奇妙な間合いの取り方に、ファラリスの兵達は初動の勢いを殺された。
「散開! 縦列! ――誘われないか。再度、雁行陣!」
フォルテの兵達がファラリスの兵に対して垂直に二つの隊列を形成する。
その異様な光景に、ファラリスは攻め込んでこなかった。小賢しい石礫に苛立ちながらも、これ以上前進すれば狭い帝都の裏路地へと誘い込まれる罠だと、歴戦の将の勘が警戒を鳴らしたのだ。
敵の足が止まったのを確認し、フォルテは再度雁行陣を敷いた。
「どうした、ファラリス! 流石はゾーラが誇る精鋭達だ! ここにきて攻め込む勇気もないとはな! なぁ、そうだろ!?」
「おお! 殿下! もっといってやれ!」
夜の帝都に、若き知将の不敵な煽りが響き渡る。ファラリスは舌打ち交じりにフォルテを見る。
(チッ、こいつの居住区がわりと外壁に近いことが災いしたか)
中心部と異なり、複雑な通路が入り混じった商店区域でもある。そして、傭兵あがりのライカ・ローサの隊は個人行動も得意とする。ファラリスはここにきて相手を侮っていたことにようやく気が付いた。
(とはいえ、この状況で帝都内に留まることはするまい)
「東と南門を封鎖しろ」
ファラリスは敵に聞こえないよう密かに伝令をする。が、
(甘いよファラリス。ここにきてその行動と兵が小走りに二つの方向にいく理由。丸分かりだ。単純にどっちが速いかの競争だ。残念ながら、この付近は僕のテリトリーだ)
「各員! 飛び上がれ! そして、全力逃避!」
フォルテは馬を反転させ、邸宅の正面玄関を開け放つ。兵達は広場で息を併せて飛び上がると、着地の瞬間に、テコの原理を利用して仕掛けられていた石畳の地面が『跳ね上がった』。
「なんだ!?」
強固な石畳が跳ね上がるなど全く予想していなかったファラリスの前線は、抵抗する暇もなく、下から撥ね上げられた土砂や石板ごと宙に打ち上げられる。
その混乱の隙を突き、フォルテは邸宅の中央を走る廊下を一直線に突っ切っていく。
「いいぞ! 崩せ!」
フォルテが裏口へ抜けたのを合図に、屋上の兵達があらかじめ深い切れ込みを入れておいた屋敷の主柱へ一斉に斧を振り下ろした。
轟音と共に皇子の豪邸が内側からへし折れ、ファラリス軍の追撃ルートを塞ぐ瓦礫の山へと成り果てる。
「ファラリス、もう兄上とは呼ぶまい。僕は死ねといった。だから、次、戦場で会うときは必ず殺す」
崩落の砂塵の向こう側。そう呟いて、フォルテは夜の闇に消えていく。彼の進退はファラリスの伝令よりも速く南門に辿り着くことで決まる。しかし、フォルテは獰猛な笑みを浮かべながら言うのであった。
「とっても綺麗だぜ」
脳裏に浮かぶは黄金の瞳の将軍。自分はその一番弟子だ。と思うと不思議と力が湧いた。
* * *
帝都の一角。バモン・ドーラ将軍の屋敷は、ファラリス軍の急な蜂起の報せを受け、慌ただしい空気に包まれていた。
甲冑を身に纏い、出陣の号令を下そうと執務机の剣を手にとったバモン。
だが、その背後に、ふわりと冷たい夜風が吹き込んだ。
「やぁ、バモン」
先刻まで気配はなかった。武人の本能か、咄嗟に重心を低く構える。
振り返れば、窓は開け放たれ、執務机に脚をなげだして座っているカルロが居た。
「……カルロス殿下。このような真似をなされては、この老いぼれ、心臓が止まってしまうやもしれんですぞ」
「止まらないさ。俺は知っているよ、バモン。爺さんは英雄だ」
カルロスは、軽薄に笑う。
バモンが凝視すると、そこにはいつものおどけた吟遊詩人の面影を消し去った、帝国第五皇子カルロス・デラード・ガルヴェリアが、頭の後ろで腕を組んで、冷徹な青い瞳で彼を見据えている。
「ファラリスが動いた。ベルベット兄上は身を隠し、フォルテは今、帝都の裏路地で決死の撤退戦をやっている。……そして、裏で糸を引いているアドニスとレゼン、ボーラの毒は、もう帝国の玉座の首根っこまで回っている」
カルロスの言葉に、バモンは深く目を伏せ、奥歯を噛み締めた。
帝国軍の重鎮である彼も、中枢の異常な腐敗の匂いにはとうに勘付いている。だが、軍という組織に縛られている以上、大義名分がなければ動くことはできない。
「だが、ここには陛下がおられる」
老将の苦渋に満ちた叫びに、カルロスは一歩前に出た。
そして、戦士としての気配を完全に消し去り、大帝国ガルヴェリアの正当なる血筋、デラード家の皇子としての覇気をその身に纏う。
「父上はもう長くない。わかっているんだろう? だから、爺さんは僕に言わせる気なんだ。大丈夫、僕も腹を決めた。バモン、約束の時だ。本当、頑固だよな」
その低く、重みのある声が、執務室の空気を震わせた。
「デラード家のカルロスが命ずる。俺の盾となれ」
「…………ッ! 殿下! あぁ、やっと……」
その言葉を聞いた瞬間、バモン・ドーラという帝国の鉄壁が、ただの忠臣としてその場に深々と膝を突き、平伏した。
「僕がデラードの子として、皇帝に就くよ。それでいいんだろ、爺さん」
かつて第一皇子ディーンが変死した時、目の前の若き皇子と交わした、遠い日の密約が、今ここに果たされたのだ。
平伏する老将を見下ろし、カルロスはふっと肩の力を抜くと、いつもの飄々とした吟遊詩人の笑みを浮かべて頭を掻いた。
「御意に……! お待ちしておりましたぞ……誠に、お待ちしておりました。カルロス様。この黒百合のバモン・ドーラ、粉骨砕身デラードが統治するガルヴェリアの盾になりましょう!」
老将の目に、熱い涙が滲む。
帝都を二分する内乱において、最強の盾が第一皇子派の守護へ傾いた瞬間であった。




