エピローグ
王都の喧騒から離れた、静かな王宮の地下霊廟。
薔薇の騎士レイドルドは、首を繋ぎ合わされ、ようやく王家の棺へと納められたオルディス王の亡骸に対し、深く頭を垂れていた。
「……どうか安らかに、我が王よ」
狂気に侵された国は終わり、新たな狂気で塗り替えられた国が生まれた。彼の中の『王国騎士』としての最後の役目は、終わったのだ。
レイドルドは地下を後にし、玉座の間へ向かう。道中、エルマ・ベルンが為した破壊痕が散見される。
(凄まじいものだ)
彼は唇をきつく引き結ぶ。
先日の軌跡を辿るように歩き、しばらくすると、破壊されたばかりで扉のない玉座の間へと到着した。
玉座は粉砕され、その瓦礫の山の上に、ファネリアの姫君が黄金の瞳で見下ろすように座っている。
そしてその下段には、彼女の軍の主要な人物たちが集まり、一部は片膝をついて深く頭を垂れていた。狂信的な熱を帯びたその様子は、アスタロッテの人間達であろう。
「薔薇騎士。もういいのか?」
「はい。王国騎士としての役目は終えました」
「ハッ、お前は何者でもねぇんだよ。まぁ、いい。来る気があんなら参加しろ」
「御意」
レイドルドがザックやアレクの並びに加わると、瓦礫の上の悪鬼は静かに口を開いた。
「さて、今後のオルディスだが。――ルーイ、おめぇが統治しろ」
「え? 私? へ?」
その宣言に、ルーイが思わず顔を上げて自身を指さす。
「おいおい、せっかく苦労して獲った国だぞ? 捨てるのか?」
「ザック、おめぇは馬鹿だな。めんどくせぇから形式上渡すんだよ」
悪鬼は冷徹に言い放ち、跪いているアスタロッテの新教皇へと視線を向けた。
「もう一度言う。お前に任せる。やれねぇ訳ねぇよな? 訳があるなら聞くぜ? おい」
「……ッ! あぁ、アーティア様! この卑小な身に、一国を任せると仰るのですね……!」
「そうだ。貴族制度はすべて撤廃する。これからは、民衆を中心とした自由王国として運営しろ」
「なっ……!?」
これにはザックだけでなく、アレクやレイドルドも驚愕に息を呑んだ。
絶対的な権力者として君臨するはずの彼女が、まさかの『民衆への権力譲渡』。それだけ聞けば聖女のような慈悲深い善政に聞こえる。
だが、内側で嗤う悪党の思考を読み取っているザックだけは、すぐにその真意に気がつき、顔を引き攣らせた。
(……なるほど、クソえげつねぇ。特権階級の貴族どもを消して民衆に『自由』という名の餌を与えりゃ、勝手に感謝して国を回し始める。反乱の火種を根本から絶ちつつ、面倒な内政の労力を全部丸投げする気だ……!)
「ただし」
ざわめきを切り裂き、悪鬼の瞳が鋭い光を放つ。
「軍事力だけは保持しろ。その管理は、アスタロッテの神殿騎士たちに一任する。外敵への備えと、内部の不穏分子の排除だ」
「ハッ! 御心のままに! アーティア様の神罰を代行する剣として、この国を厳重に管理いたします!」
「いい返事だ。……ルーイ。私は度々、様子を見にくる」
エルマは瓦礫の山からゆっくりと降り、ルーイの目の前で立ち止まった。
その瞳が、スッと獰猛な黄金色から菫色へ転ずる。
「その時、もしこの国が私のあまりにも気に入らない形になっていれば。……お前たちは全員、わかるな?」
それは、為政者の言葉ではない。逆らえば国ごと蹂躙するという、最凶の将軍による恐怖の呪縛だ。
「も、勿論でございます! アーティア様の理想郷を、必ずや築き上げてみせます!!」
恐怖と歓喜で狂ったように額を床に擦りつけるルーイたちを見下ろし、エルマと悪鬼は満足げに三日月のような笑みを浮かべた。
* * *
悪鬼は王都の中央広場へと足を向ける。広場の中央には檻があり、そこに男が閉じ込められている。
「ユベール、元気そうじゃねぇか」
「ああ! アデレータ! アデレータ!」
その叫びを聞いて悪鬼は嗤う。
「たまらねぇな。自分の策が嵌った瞬間ていうのはよ。勘違いしたクソムシの権力が一気に落ちぶれて、這いつくばって地べたを嘗め回す瞬間! たまらねぇ! フハハハハハ! クァーーーーッハーハッハッハッ!」
ユベールは何かを叫びながら鉄格子を掴んで頭を打ち付けている。
「外もよぉ。さみぃだろ? 心配すんな。飽きてきたらよぉ、室内に入れてやっからよ。ハッ、たんまりと用意してあるぜ。発情させたゴブリン達だ。なに、心配するな。薬の調合方法は教えてあるぜ。いくらでも補充してやるから永い蜜月を過ごせよ。王宮ゴブリンはさぞモテるだろうさ! うらやましいぜ! フハハハハハハ!」
悪鬼の笑いが広場中に響く。
「悪党、エルマの体であまり下品に笑ってやるなよ……」
『そうだぞ悪党』
「あぁ? 俺の体でもあんだよ。ケチくせぇな。あ、ククッ」
その時、悪鬼の瞳が怪しげに光った。
「な、なんだよ!?」
思わずザックは後退った。
「おめぇは今回大変よく働いたからな。褒美だ。俺の身体、好きにしていいぜ? 少し興味が湧いていたところだ」
『――!?』
「へ? まじ?」
『ザック! 悪鬼! 貴様ら! やめろ!』
(感覚味わったら代わってやるから、そんな喚くな小娘)
『嫌だ!』
瞬間、遠くから叫び声が聞こえた。
「ライカ隊長!!!!」
悪鬼の悪ふざけは、その切羽詰まった声によって終わりを迎えた。
視線を寄せると、広場に集まっていた兵士たちの波を強引に掻き分け、赤毛の癖毛を揺らしながら慌てふためいて走ってくる影が見えた。
先日ルークに斬られた体に分厚い包帯を巻き、そこに生々しい赤を滲ませた若い兵士――ベレスだ。
彼は顔面を蒼白にさせ、額から滝のような汗を流しながら激しく肩を上下させている。重傷の身から、この短期間である程度回復しているところを見るに、ベレスもまた人間離れしてきているようだ。
「チッ、つまんねぇ。あ? なんだよ」
『いざというときは全力で止めてみせる』
「て、帝国が! 帝国が!!」
足をもつれさせて倒れ込みそうになるベレス。その身体を、ザックが咄嗟に受け止めて支えた。
先程までの緩んだ顔を一瞬で引き締め、副長としての鋭い眼差しを部下に向ける。
「おちつけって! どうしたんだベレス!」
ベレスは荒い呼吸を無理やり飲み込み、血走った目で悪鬼とザックを見上げた。
「二分しました! ベルベット殿下、カルロス殿下の第一皇子派とアドニス殿下、ファラリス殿下の第二皇子派で紛争しているとのことです!」
それを聞いて、悪鬼はスッと目を細め小さく息を吐いた。
「いい知らせだ。下らねぇ興味なんざ吹き飛んじまったぜ。ナイスタイミングだ。ああ、休む暇ねぇな!」
「俺、頑張ったのに」
さっきまでのシリアスな空気から一転、不満げにザックが肩を落としてうなだれる。
「あ? 欲しいもんは自分で手に入れろ。そら、軍議だ。めんどくせぇ! ここでやるぞ!」
「チッ、この悪逆女が」
「集合!!!!」
悪鬼が鋭い号令を飛ばした、その瞬間、広場を覆っていた緩い空気が冷水を浴びせたように一変した。
悪態をついていたザックの目に副長たる鋭い光が戻り、アレクが獣のような笑みを浮かべて『頭砕き』を肩に担ぎ直す。レイドルドが王国の騎士としての背筋を正し、新教皇ルーイが覇気にあてられてゴクリと息を呑んだ。
悪鬼はそれらを見渡すと、言った。
「おめぇら。次は更にデケェ獲物だ。気張りやがれ。俺に手柄ぁ全部獲られんじゃねぇぞ!」
「へいへい、付き合いますよ。将軍様」
「お嬢、ありがとうな」
「我等は姫様の剣となりて、何処までも御供いたします」
「ははぁっ!」
各々が、己の流儀で覚悟を込めた返事を返す。
頼もしく、そしてイカれた自分の手駒たちを見回し――悪鬼はついに、三日月のように深く口角を吊り上げ、この世の誰よりも獰猛に嗤った。
(ボーラ、レゼン。ハッ、大層な名前じゃねぇか。ゼノン、リヒト、クク、楽しみだなぁ?)
『悪鬼、ようやくね』
(ああ、ようやくだ)
帝国全土を巻き込む巨大な戦火。
それに喰らいつくため、大悪令嬢は帝国が預かり知らぬ地で、密かに動き出すのであった。
第三章 狂信者たちの鎮魂歌 完
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