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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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エピローグ

 王都の喧騒から離れた、静かな王宮の地下霊廟。

 薔薇の騎士レイドルドは、首を繋ぎ合わされ、ようやく王家の棺へと納められたオルディス王の亡骸に対し、深く頭を垂れていた。


「……どうか安らかに、我が王よ」


 狂気に侵された国は終わり、新たな狂気で塗り替えられた国が生まれた。彼の中の『王国騎士』としての最後の役目は、終わったのだ。

 レイドルドは地下を後にし、玉座の間へ向かう。道中、エルマ・ベルンが為した破壊痕が散見される。


(凄まじいものだ)


 彼は唇をきつく引き結ぶ。

 先日の軌跡を辿るように歩き、しばらくすると、破壊されたばかりで扉のない玉座の間へと到着した。


 玉座は粉砕され、その瓦礫の山の上に、ファネリアの姫君が黄金の瞳で見下ろすように座っている。

 そしてその下段には、彼女の軍の主要な人物たちが集まり、一部は片膝をついて深くこうべを垂れていた。狂信的な熱を帯びたその様子は、アスタロッテの人間達であろう。


「薔薇騎士。もういいのか?」

「はい。王国騎士としての役目は終えました」

「ハッ、お前は何者でもねぇんだよ。まぁ、いい。来る気があんなら参加しろ」

「御意」


 レイドルドがザックやアレクの並びに加わると、瓦礫の上の悪鬼は静かに口を開いた。


「さて、今後のオルディスだが。――ルーイ、おめぇが統治しろ」

「え? 私? へ?」


 その宣言に、ルーイが思わず顔を上げて自身を指さす。


「おいおい、せっかく苦労して獲った国だぞ? 捨てるのか?」

「ザック、おめぇは馬鹿だな。めんどくせぇから形式上渡すんだよ」


 悪鬼は冷徹に言い放ち、跪いているアスタロッテの新教皇へと視線を向けた。


「もう一度言う。お前に任せる。やれねぇ訳ねぇよな? 訳があるなら聞くぜ? おい」

「……ッ! あぁ、アーティア様! この卑小な身に、一国を任せると仰るのですね……!」

「そうだ。貴族制度はすべて撤廃する。これからは、民衆を中心とした自由王国として運営しろ」

「なっ……!?」


 これにはザックだけでなく、アレクやレイドルドも驚愕に息を呑んだ。

 絶対的な権力者として君臨するはずの彼女が、まさかの『民衆への権力譲渡』。それだけ聞けば聖女のような慈悲深い善政に聞こえる。

 だが、内側で嗤う悪党の思考を読み取っているザックだけは、すぐにその真意に気がつき、顔を引き攣らせた。


(……なるほど、クソえげつねぇ。特権階級の貴族どもを消して民衆に『自由』という名の餌を与えりゃ、勝手に感謝して国を回し始める。反乱の火種を根本から絶ちつつ、面倒な内政の労力を全部丸投げする気だ……!)


「ただし」


 ざわめきを切り裂き、悪鬼の瞳が鋭い光を放つ。


「軍事力だけは保持しろ。その管理は、アスタロッテの神殿騎士たちに一任する。外敵への備えと、内部の不穏分子の排除だ」

「ハッ! 御心のままに! アーティア様の神罰を代行する剣として、この国を厳重に管理いたします!」

「いい返事だ。……ルーイ。私は度々、様子を見にくる」


 エルマは瓦礫の山からゆっくりと降り、ルーイの目の前で立ち止まった。

 その瞳が、スッと獰猛な黄金色から菫色へ転ずる。


「その時、もしこの国が私の()()()()()気に入らない形になっていれば。……お前たちは全員、わかるな?」


 それは、為政者の言葉ではない。逆らえば国ごと蹂躙するという、最凶の将軍による恐怖の呪縛だ。


「も、勿論でございます! アーティア様の理想郷を、必ずや築き上げてみせます!!」


 恐怖と歓喜で狂ったように額を床に擦りつけるルーイたちを見下ろし、エルマと悪鬼は満足げに三日月のような笑みを浮かべた。


* * *


 悪鬼は王都の中央広場へと足を向ける。広場の中央には檻があり、そこに男が閉じ込められている。


「ユベール、元気そうじゃねぇか」

「ああ! アデレータ! アデレータ!」


 その叫びを聞いて悪鬼は嗤う。


「たまらねぇな。自分の策が嵌った瞬間ていうのはよ。勘違いしたクソムシの権力が一気に落ちぶれて、這いつくばって地べたを嘗め回す瞬間! たまらねぇ! フハハハハハ! クァーーーーッハーハッハッハッ!」


 ユベールは何かを叫びながら鉄格子を掴んで頭を打ち付けている。


「外もよぉ。さみぃだろ? 心配すんな。飽きてきたらよぉ、室内に入れてやっからよ。ハッ、たんまりと用意してあるぜ。発情させたゴブリン達だ。なに、心配するな。薬の調合方法は教えてあるぜ。いくらでも補充してやるから永い蜜月を過ごせよ。王宮ゴブリンはさぞモテるだろうさ! うらやましいぜ! フハハハハハハ!」


 悪鬼の笑いが広場中に響く。


「悪党、エルマの体であまり下品に笑ってやるなよ……」

『そうだぞ悪党』

「あぁ? 俺の体でもあんだよ。ケチくせぇな。あ、ククッ」


 その時、悪鬼の瞳が怪しげに光った。


「な、なんだよ!?」


 思わずザックは後退った。


「おめぇは今回大変よく働いたからな。褒美だ。()()()()、好きにしていいぜ? 少し興味が湧いていたところだ」

『――!?』

「へ? まじ?」

『ザック! 悪鬼! 貴様ら! やめろ!』

(感覚味わったら代わってやるから、そんな喚くな小娘)

『嫌だ!』


 瞬間、遠くから叫び声が聞こえた。


「ライカ隊長!!!!」


 悪鬼の悪ふざけは、その切羽詰まった声によって終わりを迎えた。

 視線を寄せると、広場に集まっていた兵士たちの波を強引に掻き分け、赤毛の癖毛を揺らしながら慌てふためいて走ってくる影が見えた。


 先日ルークに斬られた体に分厚い包帯を巻き、そこに生々しい赤を滲ませた若い兵士――ベレスだ。

 彼は顔面を蒼白にさせ、額から滝のような汗を流しながら激しく肩を上下させている。重傷の身から、この短期間である程度回復しているところを見るに、ベレスもまた人間離れしてきているようだ。


「チッ、つまんねぇ。あ? なんだよ」

『いざというときは全力で止めてみせる』


「て、帝国が! 帝国が!!」


 足をもつれさせて倒れ込みそうになるベレス。その身体を、ザックが咄嗟に受け止めて支えた。

 先程までの緩んだ顔を一瞬で引き締め、副長としての鋭い眼差しを部下に向ける。


「おちつけって! どうしたんだベレス!」


 ベレスは荒い呼吸を無理やり飲み込み、血走った目で悪鬼とザックを見上げた。


「二分しました! ベルベット殿下、カルロス殿下の第一皇子派とアドニス殿下、ファラリス殿下の第二皇子派で紛争しているとのことです!」


 それを聞いて、悪鬼はスッと目を細め小さく息を吐いた。


「いい知らせだ。下らねぇ興味なんざ吹き飛んじまったぜ。ナイスタイミングだ。ああ、休む暇ねぇな!」

「俺、頑張ったのに」


 さっきまでのシリアスな空気から一転、不満げにザックが肩を落としてうなだれる。


「あ? 欲しいもんは自分で手に入れろ。そら、軍議だ。めんどくせぇ! ここでやるぞ!」

「チッ、この悪逆女が」

「集合!!!!」


 悪鬼が鋭い号令を飛ばした、その瞬間、広場を覆っていた緩い空気が冷水を浴びせたように一変した。


 悪態をついていたザックの目に副長たる鋭い光が戻り、アレクが獣のような笑みを浮かべて『頭砕き』を肩に担ぎ直す。レイドルドが王国の騎士としての背筋を正し、新教皇ルーイが覇気にあてられてゴクリと息を呑んだ。


 悪鬼はそれらを見渡すと、言った。


「おめぇら。次は更にデケェ獲物だ。気張りやがれ。俺に手柄ぁ全部獲られんじゃねぇぞ!」

「へいへい、付き合いますよ。将軍様」

「お嬢、ありがとうな」

「我等は姫様の剣となりて、何処までも御供いたします」

「ははぁっ!」


 各々が、己の流儀で覚悟を込めた返事を返す。

 頼もしく、そしてイカれた自分の手駒たちを見回し――悪鬼はついに、三日月のように深く口角を吊り上げ、この世の誰よりも獰猛に嗤った。


(ボーラ、レゼン。ハッ、大層な名前じゃねぇか。ゼノン、リヒト、クク、楽しみだなぁ?)

『悪鬼、ようやくね』

(ああ、ようやくだ)


 帝国全土を巻き込む巨大な戦火。

 それに喰らいつくため、大悪令嬢は帝国が預かり知らぬ地で、密かに動き出すのであった。


第三章 狂信者たちの鎮魂歌 完

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


本作を少しでもお気に召していただけましたら、ページ下部より評価やブックマークにて足跡を残していただけますと、私にとってこれ以上ない励みとなります。次章もよろしくお願いいたします。


エックスアカウントはこちら。大陸図等欲しい場合はおっしゃってください。

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