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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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37.騎士と戦士

「ひっ……ぁ、ウァァァァァ!?」


 ユベールが喚く傍らで、自我を奪われた親衛隊はピクリとも動かない。


「撃て! あの冴えない男を撃て! くそ! なぜ動かない! アデレータに情けない姿を晒させる気か!?」


 失った指からの激痛ゆえか、脂汗に塗れ、後ずさりながら親衛隊へ喚き散らす姿は、ただの惨めな男でしかない。


「見苦しいぞ、ユベール」


 低い声と共に、レイドルドが動いた。

 逃げ惑うユベールの背後へ回り込むと、容赦なくその膝裏を蹴り折り、大理石の床へと強引に組み伏せた。


「き、貴様! レイドルド! 一介の騎士の分際で、この私に――」

「公爵もクソもあるかァッ!」


 ユベールの傲慢な怒声を掻き消したのは、部屋の隅で震えていたはずの平民の男だった。

 彼は血走った目で飛び出すと、組み伏せられたユベールの顔面を容赦なく踏みつけた。


「俺の家族を返せ! 何が公爵だ!」

「殺せ! 何が貴族だ! 俺たちを搾取するだけじゃないか! こんな奴、ここで殺してしまえ!」


 一人の行動が火種となり、他の平民たちも次々とユベールに群がり、獣のようにその身体を抑え込み、殴りつける。

 権力の象徴であった玉座の間で、絶対者であったはずの男が、最も見下していた最底辺の民たちによって蹂躙されていく。


 ――ズルリ。


 その背後で、血の海を這い進むおぞましい肉の音が響くが、狂乱に陥った彼らの耳には届かない。

 エルマはその光景を、ただ冷ややかに見下ろす。そして、心臓が凍りつくような声で民に告げた。


「――おい。誰の獲物だと思っている?」


 一言だ。その一言で、全員がピタリと動きを止めた。

 空間そのものが圧力で押しつぶされそうだ。戦に慣れていない民は、それだけで這いつくばってしまいそうになる。


「ア、アデレータ! そうだよね? いつだって僕の味方なんだ! さぁ、おいで! 共にここにいる全員屠って楽園にいこう!」


 ――ズルリ。また一つ、肉が這う音が近づく。


「そうだな。楽しそうだ」

「ッ!? わかっているよ! ずっとそうしたかったんだね!? さぁ、早くこのゴミ共を片付けよう!」

「これからお前に降りかかることを思うとな。愉快でたまらない」

「え?」


 エルマは酷薄に唇を吊り上げ、入口の方へと視線を移した。


「御機嫌麗しゅう、公爵様よ。お前のことが心の底から憎い、辺境の田舎者たちのお出ましだ」


 ドカッ、と。

 重い足音を響かせ、玉座の間に新たな影がなだれ込んでくる。

 息を荒くしながらも、その瞳に底知れぬ復讐の炎を燃やす若き戦士、トム。その後ろには、同じくベルンの若手衆たちが殺意を剥き出しにして立ち並んでいる。


「アレクおじさん! 」

「おうよ」


 トムの叫びと共に、全身を血に染めた巨漢が歩み出る。

 アレクがユベールの首筋に、無骨な大剣『頭砕き』の冷たい刃をピタリと添えた。


「ベルンの民は戦士だ。戦士は生きている限り、必ずやり返す。だから、お前に未来はもうないと知れ」

「な、なにを言っているのだアデレータ!?」

「もういい。黙らせろ」


 エルマの冷徹な一瞥。

 直後、アレクが手首を返し、大剣の柄頭でユベールの側頭部を無慈悲に殴りつけた。


「ガッ!?」


 白目を剥き、ユベールはついに意識を刈り取られて沈黙した。


 ――ズルリ。ズルリ。

 静寂が落ちた玉座の間に、『這いずる音』が明確に響き渡る。


「さて、こいつだ」


エルマはうごめく肉塊を見ながら目を細める。肉塊は床を這いずりながら、先ほどザックが斬り落としたユベールの指を、光る指輪ごとグチャリと捕食しているところだった。表面に浮かぶ無数の顔が、苦悶に歪んで怨嗟のうめき声を上げる。


()()()()()、民を外へ」

「ハッ! アーティア様!」

「む?」


エルマの命令を速やかに実行するため、()()()()()が動いた。


「……ハイドランド。お前はこっちでいい」

「は、はい姫様」


レイドルフを中心とした神殿騎士たちが民を連れていくのを見送ってエルマは骨砕きを構えた。


肉塊は指の捕食を終えたのか、またその図体を大きくして叫び声をあげる。


「くっ! なんて耳障りな叫び声だ!」


ザックが叫ぶ。どうにか壁から離れてオーラリスを構えている。


「ラァァァァァァァ!」


 そこへ、アレクが獣のような咆哮を上げて踏み込み、肉塊めがけて『頭砕き』を渾身の力で叩き付けた。

 ドチャッ、と嫌な音を立てて肉の塊が弾け飛び、分厚い刃が深々とめり込む。だが、斬り裂かれた断面から無数の肉の繊維が伸び、大剣の刀身を絡め取ろうと蠢き始めた。

はじけた肉塊が本体に戻っていく。


「チッ!」


 危険を察知したアレクが柄を強く引き抜き、大きく後方へ飛び退く。床に弾け飛んだ肉片は、まるで意思を持っているかのようにズルズルと本体へ這い戻り、斬られた傷口を一瞬で修復してしまった。


「哀れだ。親衛隊だ。親衛隊なんだ。沢山努力して、訓練してなれる誉の騎士じゃないか。こんなのってないぜ……」


 ザックが血を吐くような声で、無惨な化け物の姿に成り果てた騎士たちを悼む。

 大剣を構え直したアレクが、迷いのない声でそれに答えた。


「だからこそ、俺たち『戦士』が、止めてやるんだ。――戦士の誇りが我等を奮い立たせ」


 静かに、だが腹の底から響くようなアレクの詠に、満身創痍のザックが剣を杖にしながら続いた。


「闘争の果てに、汝らは理想郷に辿り着くのだ」


 その言葉を受け継ぐように、かつて彼らと同じ王国騎士であったレイドルドが、両手剣を構えて大音声で叫ぶ。


「闘え! 戦え! ドラグの御許で狂うように!」


 その熱は、背後に並び立つ者たちへも瞬時に伝播した。

 復讐の炎を燃やすトムが、そしてベルンの若手衆たちが、食いしばった歯の間から声を絞り出す。


「力と技を供物とし、心臓を刃に捧げよ。戦の海にこそ、我らの真理こたえはある」


 さらに、帝国兵であるキース、ロッジ、カイが、国境を越えた戦士としての共鳴をもって声を張り上げた。


「信じよ。ただ闘争のみを。死にゆく同胞ともと、戦士たる己の魂を、狂うが如く」

「闘え! 戦え! 狂うように! 剣戟の音色ねいろよ、天に届け。これぞ我ら、戦士の祈りなり」


  出自も、立場も、国すらも違う者たち。 だがこの瞬間、彼らは皆、闘争の神に魅入られた『戦士』という一つの生き物だった。

全員の声が重なり合い、玉座の間に巨大な祈りの合唱となって轟き渡る。


「ドラグの狂信者たちの鎮魂歌レクイエムだ。眠れ、貶められた戦士達よ」

(ハッ、大サービスだぜ)


 戦士たちの祈りを背に受けながら、エルマは静かに、だが絶対的な殺意を込めて大剣『骨砕き』を正眼に構えた。

 その左目には、獰猛な悪鬼の黄金の光が、右目には大悪令嬢としての冷徹な菫色の光が、爛々と輝いている。


 ――その時、蠢いていた巨大な肉塊が、ビクリと大きく震えた。


 彼らの鎮魂歌レクイエムが届いたのか。それとも、かつて騎士として鍛え上げられた細胞の奥底に、わずかな誇りの残滓がへばり付いていたのか。定かではない。

 だが、うごめき捕食するだけだった赤黒い繊維と肉の海が、突如として激しく収縮と結合を始めた。


 取り込まれた親衛隊のひしゃげた銀甲冑の残骸が、肉の表面へと押し出され、強引に装甲を形作っていく。無数の腕や脚が絡み合い、寄り合わさり、やがてそれは――いびつで巨大な人型の姿へと変貌を遂げた。


 肉塊の騎士は太い丸太のような右腕を形成すると、柱をへし折り、無造作に掴み上げる。

 そして、顔のない頭部をエルマたちに向け、不器用に、だが、戦士の構えをとってみせた。


 その歪な巨体から放たれたのは、先ほどまでの暴走した瘴気ではない。悲痛なまでに純粋で、静かな『闘志』であった。


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