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大悪令嬢──蟲這う大陸で戦士達は詠う──  作者: 三四郎
第三章 狂信者たちの鎮魂歌
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27.冴えない勇者

 ルークは、味方の暴走によって王国の右翼陣が内側から崩れていくのを呆然と見ている。

 それは、対峙しているアレクからしてみれば、願ってもいない好機であった。ルークの意識がわずかに逸れた今なら、この老将の首を狙えるかもしれない。


 だが、アレクは。


「じゃあな、親父さん。強かったぜ」

「ぐっ、貴様……!」


 大剣を肩に担ぎ直し、あっさりと背を向けた。

 ――彼が選んだのは、目の前の強敵との死闘を続けることではなく、崩れかけた敵右翼への追撃だった。


 アレクは、勝利をエルマに捧げる。ただその一心のみで戦場に立っている。武人としてルーク・ファネリアと打ち合うことがどれほど血沸き肉躍るほどに楽しくても、それではだめなのだ。己の闘争心よりも、主の描いた盤面を優先する。それが彼なりの、戦士なりの忠義である。


 ルークは、背を向けて駆けていくアレクの背中を、ただ歯噛みして見送るしかなかった。

 今ここで、私情に駆られてアレクを追ってしまえば、本陣を守る中央の陣形が完全に薄くなってしまう。王国の剣たるもの、この局面では中央を離れることはできない。


 戦場は完全に相手の掌の上で回っている。内部に潜り込ませた蟲の毒が、王国の剣の切れ味を鈍らせたのだ。


「……見事なり! ライカ・ローサ!」


 ルークは、敵の本陣でこの盤面を支配しているであろう敵将へ向けて、腹の底から称賛の声を張り上げた。

 決して、エルマとは呼ばない。


 己の孫娘であろうとも、戦場において対峙する彼女はあくまで帝国ガルヴェリアの恐るべき将軍なのだ。


 一人の武人として、最大の敬意を込めて敵将の名を叫ぶ。

 王国最強の剣としての、騎士の誇りがそうさせるのだ。


「何を叫んでいやがる!」

「ぬ!?」


 突如、ルークの死角から飛びかかってきたのは、左翼でほんの一瞬見かけた、あの冴えない顔の男だった。


「バースとハルトを抜いてきたのか。ハハハハハ!」

「……気色悪いジイさんだ」

「良い! 良いな! 帝国の人材は厚い!」

「くぅ!?」


 暴風のような剣戟。とにかく、手数が多く重い。ザックは持ち前の危機回避能力でかろうじて急所への直撃を避けているが、体には浅い切り傷が徐々に増えていく。


 ザックとて、こんなバケモノと対峙したくはない。逃げ出したいに決まっている。だが、


(こいつは隊長クラスじゃねぇと、無駄死にする奴らが増えるだけだ!)


 その一心で、恐怖をねじ伏せて対峙しているのだ。それに、アレクが敵右翼に行ったのなら、戦力的にこの老将に対処できるのは自分のみ。


「ちっきしょう! 任されたぜ!」


 短剣を投げつけ、視線を散らして横に回り込む。そして、がら空きになった肩口を狙って剣を振り下ろす。


「狙う気はないな。時間稼ぎか」

「いいや、思いっきり狙っているのさ」

「ふん」


 容易く剣を弾かれながら、ザックは内心で冷や汗を流す。

(この盤面では、このビックリ爺さんが最強の戦力だ。だから、こいつさえ足止めしていればどうにかなる。エルマも無駄に兵を減らしたくないはずだ。ここでこの爺さんをほうっておけば、うちの連中に多大な被害が出てしまう)


「オォォォォォ!」


 ザックは吠える。なけなしの勇気を振り絞って。


「勇者よ。讃えよう。だが、足らん!」


 ルークはザックの渾身の振り下ろしを真横から弾き飛ばし、その手から剣を強引に奪い去った。

 無防備になったザックの身体へ、ルークはマントを翻し、流れるような動作で白銀の刃を突き入れた。

 肉を貫く鈍い音。


「ふ、副長!?」


 鮮血を吐き出して崩れ落ちるザックを見て、背後で待機していたベレスが怒号と共にルークへ襲いかかる。


「激情は時に力になるが、それは蛮勇である」


 王国の剣は、振り返ることもなくベレスを無造作に斬り捨てた。


「ぐ、ぐう、ザック副長……」

「浅いか。よく鍛えている」


 ルークは微かに目を見張った。致命傷を与えたはずの一撃だったが、ベレスは刃が届く刹那、反射的に体を捻って急所を外していたのだ。それは、ザックが彼らに叩き込んできた『生き汚く生存する技術』の賜物であった。


「お前ら……退け」

「副長!?」


 ロッジ、カイ、キースが慌ててルークを囲む。

 その中心で、肩から大量の血を流しながら、ザックは落ちていた敵の剣を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。


(さぁて、ちょっとむずいぜ。まぁ、しょうがねぇ。ライドのように出来っかな)


 かつて、自分たちを逃がすためにギュスターヴの刃をその身で受け、バケモノを縛り付けた大男の背中が脳裏をよぎる。

 ザックは、首元で揺れるライドの形見のお守りを、血塗れた手で強く握りしめた。


 自分の命と引き換えにしてでも、この老将を足止めする。

 それが、凡人である自分が副長として彼女に捧げられる、最後の意地だ。


「願わくば……頂点に立つエルマを見たかったぜ!」


 ザックは駆ける。

 間合いは、わずか三歩程度。しかし、今の彼にとってはとてつもなく遠く感じる距離だ。


 一歩。

 ルークの非情な刃が、ザックの逆の肩口を深々と貫く。だが、激痛に顔は……歪まなかった。


 二歩。

 ザックは、自分の中の最も尊敬する「悪党」のように、獰猛に嗤ってみせた。ルークの刃が返しでザックの脚の腱を裂き、走る激痛。それでも、足は止めない。


 三歩。ついに、手が届く。

 あとはこの身を挺して、あの爺さんを拘束するだけだ。ザックは己の勝利を確信し、更に獰猛に嗤った。


 ――そして、ザックの体は宙を舞った。同時に大量の血しぶきが舞う。


 地面に叩きつけられる直前、数人の腕が、宙を舞ったザックの血まみれの身体を必死に受け止めた。ロッジ、カイ、キースだ。彼らは命令に背き、副長の盾となるべく陣形を組んでルークの前に立ち塞がったのだ。


(駄目だったかよ。……けっ、退けっていったろ、馬鹿共が)


 遠のいていく視界の中で部下たちの背中を見つめながら、ザックは内心で悪態をつく。

 だが、薄れていきそうな意識を、ザックは奥歯を噛み砕くほどの力でなんとか繋ぎ止めた。俺は副長だ。意識ある限りは戦う。


(だが、今回だけは駄目そうだ……)


 脳が揺らされたか。グラグラとする。これが死の直前なのかなとザックは思ったのだった。

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― 新着の感想 ―
ザック格好良すぎるよ。 文章も読みやすく、それぞれの心情も想像しやすくて面白くてあっという間に最新話まで追いついてしまいました。 展開が一気に進んだあたりはちょっと混乱しましたが、完結まで見届けます…
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