字の読めない街で代書屋をしています ~言われていないことは書けませんので、最後の一行は、あなたの口から出るまで待ちます~
最新エピソード掲載日:2026/07/31
城塞都市ラウテンブルクでは、十人のうち二人しか字が読めない。
だから門前広場の西の隅、樫の机ひとつが、この街でいちばん忙しい場所になる。代書屋テレーゼ・ヴァイラント、三十一歳。願い書、借用の証文、詫び状、遺言、そして手紙。
仕事には、先代から口伝えで受け継いだ掟が三つある。
一つ、言われていないことは、書かない。
二つ、書いたものは読み上げる。本人が「たしかに、聞きました」と言うまで、渡さない。
三つ、宛先の書けない手紙は留め置く。留めた手紙は、代書屋の手からは出さない。
門衛のグンターは「帰ってこいと書いてくれ」と言った。そのとおりに書けば、それは命令書になって娘には届かない。だからテレーゼは訊く。薪を何束割ったか。去年は何束か。何人の家か。
――そうして、一度も口にしたことのない一行が、依頼人自身の口から出る。
「ことしも、あれの分の薪を割った」
書式の末尾には、版木の都合でできた一行ぶんの空きがある。埋めろとは誰にも言われていない。その一行だけが、定型ではない、その人自身の言葉になる。
書いて、読み上げて、「たしかに、聞きました」を受け取って、渡す。
「これは、あなたの字です」
一話につき、一通。出した手紙には、たいてい返事が来ます。
やがて街には、数字の下を空けたまま拇印を押させる安い代書が流行りはじめ、市の書記局は「代書は登録制にする」と言い出す。読める者が読めない者を守る、という理屈で。
――それでも、いちばん渡せない手紙を抱えているのは、代書屋のほうだった。
机のいちばん下の抽斗に、十二年前の一通がある。差出人は死んだ母、宛先は帰らない父、書いたのは先代の代書屋。最後の一行が空いたままで、読み上げも受け取りも済んでいない。掟の二つ目により、それは永久に渡せない。
そして父のほうは、その紙があることを知っている。知ったうえで、十一年半、何も言わずにいる。
魔法もスキルも出てきません。断罪も、ざまぁもありません。
あるのは五種類の書式と、一行ぶんの余白と、訊くこと・黙ること・待つことだけです。
だから門前広場の西の隅、樫の机ひとつが、この街でいちばん忙しい場所になる。代書屋テレーゼ・ヴァイラント、三十一歳。願い書、借用の証文、詫び状、遺言、そして手紙。
仕事には、先代から口伝えで受け継いだ掟が三つある。
一つ、言われていないことは、書かない。
二つ、書いたものは読み上げる。本人が「たしかに、聞きました」と言うまで、渡さない。
三つ、宛先の書けない手紙は留め置く。留めた手紙は、代書屋の手からは出さない。
門衛のグンターは「帰ってこいと書いてくれ」と言った。そのとおりに書けば、それは命令書になって娘には届かない。だからテレーゼは訊く。薪を何束割ったか。去年は何束か。何人の家か。
――そうして、一度も口にしたことのない一行が、依頼人自身の口から出る。
「ことしも、あれの分の薪を割った」
書式の末尾には、版木の都合でできた一行ぶんの空きがある。埋めろとは誰にも言われていない。その一行だけが、定型ではない、その人自身の言葉になる。
書いて、読み上げて、「たしかに、聞きました」を受け取って、渡す。
「これは、あなたの字です」
一話につき、一通。出した手紙には、たいてい返事が来ます。
やがて街には、数字の下を空けたまま拇印を押させる安い代書が流行りはじめ、市の書記局は「代書は登録制にする」と言い出す。読める者が読めない者を守る、という理屈で。
――それでも、いちばん渡せない手紙を抱えているのは、代書屋のほうだった。
机のいちばん下の抽斗に、十二年前の一通がある。差出人は死んだ母、宛先は帰らない父、書いたのは先代の代書屋。最後の一行が空いたままで、読み上げも受け取りも済んでいない。掟の二つ目により、それは永久に渡せない。
そして父のほうは、その紙があることを知っている。知ったうえで、十一年半、何も言わずにいる。
魔法もスキルも出てきません。断罪も、ざまぁもありません。
あるのは五種類の書式と、一行ぶんの余白と、訊くこと・黙ること・待つことだけです。