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戸締りはしたはず

カクヨム、アルファポリスで同時掲載

大幅に書き直しました。展開や登場人物に色々変更があります。読んだことある方もぜひ読み直して下さい。

※ Xにイメージイラストがあります

 本来であれば、一日の疲れを癒すはずの食堂。こちらも別の意味で期待を裏切らなかった。ある程度の清掃はされてはいたが、視覚的な環境があまりにもひどく、どうしても不衛生に思えてしまう。


 出された食事も、最低価格の宿であることを如実に物語っていた。質素なパンと、味の薄いスープ。食器も粗末で食欲が失せそう。それでも空腹を満たす程度の役目は果たしてくれた。


−外で食べておけばよかったね−


 そう口にしかけて、ユリィは寸前で思いとどまる。本心はともかく、アヤンが同調するはずがない。それどころか、気を使わせてしまう。


 余計な事は言わず、二人は黙って食事を終え、部屋へと戻った。


「おやすみ、アヤン。戸締りはちゃんとするんだよ」


「それは忘れませんよ。ユリィさんも、おやすみなさい」


 部屋に入ると、ユリィは大きく背伸びをした。本来ならもっと早く着く予定だった。休息をする時間も用意していた。しかし、襲撃のせいで予定が大きく狂った。


 明日も、今日とほぼ同じ行程だ。少しでも早く休まなければならない。


 ユリィはすぐさまベッドへ向かい、シーツに手をかけた。


「うっ…」


 ユリィは顔を引き攣らせた。この宿は寝床すらも値段相応。シーツが長期間洗濯されていない。変色した上に匂いもする。



 真夜中、ユリィはふと目を覚ました。再び眠ろうとするが、どうしても寝付けない。疲労は相当溜まっているはずなのに、それが逆に神経を昂ぶらせているのか。


−少しでも睡眠時間を稼がないといけないのに…−


 無理やり目を閉じていると、微かな物音が耳に入って来た。ユリィはシーツに潜り込み、耳を塞ごうとする。だが、肌触りの悪さと鼻につく匂いに耐えきれず、すぐに顔を出した。


 不快感と苛立ちが、眠気を完全に追い払っていく。


「どの部屋かは知らないけど、こんな時間に騒ぐなよ…」


 文句を言いに行く気力もない。そのうち静かになるだろうと我慢する。だが、物音は途切れない。


 不機嫌になりながら片耳を枕に押し当てる。その時、ある違和感が起きた。


「今の声…」


 くぐもってはいるが、確かに女の声。口元を押さえられた時に起きる、歪んだ響き。


「まさか…」


 胸騒ぎとともに、ユリィの目は完全に覚めた。ただし、音の発生源がアヤンの部屋だと断定するにはまだ早い。この宿は壁が薄く、数部屋先のくしゃみが聞こえてしまう。


 ユリィは壁に耳を当てた。


「いやぁ、離して…」


 かすれた声。それでも、聞き間違えるはずがなかった。


「やっぱり、アヤンの声だ」


 ユリィは跳ね起きた。


 廊下に出ると、アヤンの部屋の戸が半開きになっている。記憶がある。施錠した音を聞いていた。開いているはずがない。


「おかしい」


 血相を変えたユリィは駆け寄り、勢いよく戸を開けた。


−!!–


 そこには覆面に黒装束の男二人が、アヤンをベッドに押さえつけている光景があった。


「アヤン!!」


 その叫びで、男達が振り返る。


「気付かれたか!」


「仲間の魔導士だぞ!」


 一人が迎撃しようと身構える。その反応に、ユリィは一瞬だけ違和感を覚えた。


−なんで俺が魔導士だってわかる?−


 今のユリィは寝巻き姿。外見からは判断できる要素はない。だが、今はそれにこだわっている場合ではない。


「おい、魔導士が二人相手に…」


 言い終える前に、ユリィは踏み込んでいた。


「ぐわあ!」


 胸倉を掴まれた男は天地が逆転し、次の瞬間、床に叩きつけられる。


「まっ…魔導士が、投げ技を!?」


 仲間の男は目を疑った。


−気にするの、そこ!?–


 ユリィは思わずうんざりしそうになった。だが、気を持ち直しもう一人の男の手首を掴んだ。


「何!?」


 この男も床に沈められた。


「ふう…」


 ユリィはアヤンへと駆け寄る。


「アヤン、大丈夫か!?」


 縛り上げる途中だったらしく、猿轡を付けられただけだった。それをユリィは素早く外す。


「はぁ…、助かりました」


「怪我は?」


「ありません」


 暴行を受けた形跡はない。ユリィは胸を撫で下ろす


「無事でよかった。とにかく、ここを出よう!」


 ユリィはアヤンの手を取り、部屋を飛び出した。主人に報告するため、一階へと向う。


「鍵はちゃんとかけてたよね?」


「はい、言われた通りしました」


 やはり施錠はされていた。簡素な造りの宿だ。おそらく、容易く開けられたのだろう。


−安宿を選んだせいか…−


 考えごとをしているうちに、いつの間にか階段の前まで来ていた。降りた先には主人の部屋がある。だが、常夜灯はなく、階下は闇に沈んでいる。ユリィは足元を確かめるために、いったん歩みを緩めた。


 その時、踏み板の軋む音がした。


 暗闇の中から、人影が浮かび上がる。何者かが、こちらへ向かって階段を上がって来た。


「おい、もっと静かにやれ!」


「え…?」


「『えっ』じゃないだろ!バカか、お前!!」


「……」


「あんなに音を立てたら、気づかれるだろうが!」


 押し殺した声で説教を続けている。どうやら、誰かと間違えているようだ。


「音は極力立てない。そんなの基礎だろうが…」


 互いの姿が認識できる距離まで、男は近づいてきた。


「なっ…。お前、魔導士か!?」


 思わず叫んだ男は、ハッとして口を押さえる。


「魔導士だと!?」


「女と一緒だ!」


 騒ぎに引き寄せられるように、仲間が駆けつけて来る。


 ようやく闇に目が慣れた。見えたのは先ほど倒した二人と同じ黒装束。仲間であることは間違いない。


 階段の下には正面扉がある。夕食後には施錠されるはずだ。つまり、賊達はそこをこじ開けて侵入したのであろう。


−こいつらは、宿に入る前からアヤンに目をつけていた。夜に攫うつもりで計画し、その過程で俺が魔導士だと知ったんだ−


 昼に続いてアヤンを狙う不届き者。しかしユリィが臆する事はなく身構える。


「ところでお前、あの二人はどうした?」


「俺が倒した」


「じゃあ、あの大きな音はなんだったんだ?」


「どういう意味?」


「あれは魔法の発動音とは違う。何か叩き落とした音だ」


「それともそういう魔法があるのか?」


 賊達は皆同じ意見を持っていた。誰も、魔導士であるユリィが投げ技で倒したとは思っていない。


「それよりも女だ!」


 気が逸れてしまったが、賊達は本来の目的を思い出した。狙いはやはりアヤン。一同は武器を抜き構えた


「アヤンは離れていろ!」


 ユリィは素早くアヤンを後方へ下がらせた。一方、リーダーらしき男がユリィを指差し、仲間に指示を飛ばした。


「まずはあの魔導士を殺せ」


 賊達は二階にいるユリィに向かって階段を駆け上がった。段上にいるユリィは、」先頭の賊を蹴り飛ばした。


「うわあ!」


 蹴られた男は仲間を巻き込みながら、階段を転げ落ちた。


「バカか!階段の上を陣取っている相手に無闇に突っ込むな!!」


「仕方ないだろ!魔法を撃たれる前に攻撃に出ないと」


「確かに、それはそうだな」


 その忠告を受け、賊達は距離を取り、用心深く構え直した。


「気をつけろ。頭上から魔法をぶっ放されちまうかもしれん」


 その警告に賊達は身動きが取れなくなった。実際、ユリィにそのような魔法は使えない。だが勘違いをしてくれたおかげで、有利な頭上を陣取れた。


 両陣営が膠着し、静寂が訪れる。そのさ中、アヤンは後方から微かに軋む音を聞き、振り返った。暗闇の中、人影が近づいている。


「きゃあ!」


 アヤンの悲鳴にユリィが振り返ると、背後には先ほど倒した二人の賊がいた。片方がアヤンの肩を掴み、もう片方が喉元に刃物を突きつけていた。


「ユリィさん…すみません」


 アヤンは再び賊の手に戻された。階下の仲間達も、その状況は目撃された。


「お前ら、よくやった」


「それより気をつけろ!この魔導士、武術の使い手だぞ!!」


 その忠告に仲間達は固まる。内容に間違いはないが、誰も理解できていない。


「とにかく、見た目に騙されるな!」


「あっ…、ああ」


 意味が伝わったかはさておき、二人は再びユリィと対峙した。


「くそ…」


 これはユリィの油断だった。あの程度の攻撃は、一時的な足止めにしかならない。背後に敵がいる以上、強行突破してでも後方の憂いをなくすべきだった。


「おいお前、少しでも動いたら女を刺すぞ」


「ちょっと待て!無傷での引き渡しが条件だって忘れたのか!?」


「おい!!余計な事を言うな!」


「あっ…」


 ブラフだと悟られてしまい、二人は慌てて口をつぐんだ。


−こいつら、王都の時と同じだな。誰かの依頼で動いている−


 今回も危害を加える事はできないようだ。だが、アヤンが盾にされている以上、ユリィは迂闊に動くけなかった。


「お前ら、さっさと女を連れて来い」


 命令に従い、賊は切先をユリィに向けたままアヤンを階段へと誘導した。


−このままだとアヤンが連れ去られてしまう−


 ユリィは攻めあぐねた。ここで強引に奪い返せば、誤ってアヤンごと階段から突き落としかねない。だが下に降りられてしまえば、取り返しはさらに困難になる。


「夜中に、何を騒いでいる!!」


 突如、怒声が響いた。騒ぎで目を覚ました宿の主人が、不機嫌そうに寝室から顔を出したのだ。


「とっ、盗賊!?」


 目の前にいる賊の一団を見て、主人は青ざめた。だが次の瞬間、手近にあるものを掴み、無我夢中に投げつける。


「ぐあ!」


「や…やめろ!」


 予想外の抵抗に、賊達はたじろいでいた。


−くそジジイに、二人の意識が向いている−


 最低な接客態度のせいで悪印象しかなかった主人だが、この瞬間ばかりは、心の中から感謝した。ユリィはまず、武器を持つ方へと飛びかかった。


「なっ!?」


 気づいた時には、手首を掴まれていた。焦って振り払おうとしたが、すぐさま捻り上げられ武器を落とす。ユリィはそのまま、賊を階段下へと突き落とした。相方が倒される様を見て、もう一人が焦る。


「ちっ…近づくな!」


 アヤンを盾にしながら、賊は騒いだ。人質がいるとなると、さっきの様にはいかない。ユリィも焦る。このままでは、アヤンが連れ去られるかもしれない。しかも、主人の抵抗がいつまで続くかも分からない。


「あのぉ…」


「何だ?」


 アヤンは申し訳なさそうに賊を見つめる。


「ごめんなさい!」


 勢いをつけ、後方にのけ反ると、アヤンは賊を手すりへと叩きつけた。アヤンと角材で造られた手すりに挟み込まれ、賊は咽せるような痛みに襲われ、アヤンを拘束する力を緩めてしまう。


「アヤン!」


 ユリィが手を差し伸べると、木材の軋む音と共に手すりが崩れ始めた。粗末な木材が衝撃に耐えられなかったのだ。


「きゃあ!」


 賊と共に一階へと落ちるアヤンの手を、ユリィは咄嗟に掴む。何とか救出に成功した直後、一階からは悲鳴と派手な衝撃音がした。


「アヤン!危なかったね」


 王都に続き、今回も何とか振り切ることができた。


「ありがとうございます。ところで、あの方はご無事でしょうか」


「この下は寝具置き場だから、大丈夫じゃないか」


 幸いにもそのような場所に落ちたため、衝撃は緩和された。一方、一階では仲間達が平静を取り戻していた。


「いい加減にしろよ、くそジジイ!」


 投げつけるものがなくなった主人の手が止まると、賊達の視線と武器が向けられる。主人は咄嗟に、手近にあったホウキを震えながら手に取った。


「ご主人が危険です」


「助けてやるか」


 ユリィが一階に向かおうとするとアヤンが呼び止めた。


「風の精霊の加護を付与します」


 そう告げると詠唱を始めた。



 主人は無造作にホウキを振り回し、必死に抵抗していた。


「で…出ていけぇ!!」


 当然、賊達が要求に応じるはずもない。賊達は間合いをとり、当たらぬよう様子を窺っていた。だが時間が経つにつれ、主人の息は上がり、振り回す速度も鈍っていく。その隙を突かれ、ホウキの柄を掴まれた。


「手間をかけてくれたな」


 主人は全力で引き戻そうとしたが、ビクともしない。賊が力を入れホウキを奪い取る。主人はバランスを崩し、よろめいて尻餅をついた。一瞬、腰に走った痛みに意識が向いたが、すぐさま現状を悟る。賊達に囲まれ、切先が向けられていた。


「ひいぃぃ!」


 腰を抜かしたまま、主人は悲鳴を上げる。賊は奪ったホウキを投げ捨て、小剣を振り上げた。もはや抵抗の手段はない。主人は死を覚悟した。


ドン!


 すぐ近くで、何かが激突する音が響いた。


「ボロすぎて、抜けちゃった」


 床にめり込ませたユリィが、賊達の前に現れた。質が悪い床は、二階から飛び降りた衝撃に床は耐えられなかったのだ。だが、ユリィに怪我はない。全身を包む緑色、風の加護が衝撃を和らげていた。


「お前、先に魔導士をやれ!!」


 指示を受け、賊がまだ動けずにいるユリィへ飛びかかる。だが間合いに入ったその瞬間、ユリィの姿が消えた。


「何っ!?」


 慌てて見回した刹那、背中に衝撃が走る。いつの間にか、ユリィが背後に回り込んでいた。


「さすがは風の加護。こんなに早く動けるとは」


 軽く跳んだだけで床から抜け出していたのだ。


「コイツ何者だ!?」


 主人からユリィへ標的が替わり、賊達が一斉に襲いかかる。しかし加護を受けたユリィの前では、多勢に無勢だった。


「アヤン、終わったよ」


 その声を聞き、アヤンは加護を解除して二階から駆け降りた。


「昼に続いて、なんとかなりましたね」


「まさか一日に二回も襲われるとは…」


 動き回ったせいで、完全に目が覚めてしまった。今夜はおそらく眠れないだろう。しかも、この後からは警備隊の捜査が始まる。明日の移動は、まず中止になるだろう。


「とりあえずこいつらを、縛り上げよう」


 そう言った直後、主人の怒声が響いた。


「こいつらめぇ!!」


 失神して動かない賊達を、主人はホウキで叩きつけている。


「その前に、あの人を落ちつかせないと…」


 ユリィは暴れる主人を取り押さえ、どうにか宥めるのだった。

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