73話 予兆
「やっぱり諦めてはくれなかったか」
俺は教官業務の傍ら帝国への諜報活動も指揮していた。もちろん一人では手が回らないため、諜報系のスキルを取得できた獣人達でチームを組み、帝都を筆頭とした主要都市の外で物流のチェックを行っていた。本来であれば都市内に入って活動を行いたいところだが、獣人ではそれもままならないため、物の流れに変化があれば俺が直接出向くという体制をとっていた。もっと細かい情報を拾いたいところではあるが、ひとまずこちらに攻め込んでくるのかこないのか、それだけでも知りたかったのだ。
軍事行動を起こすには、季節的な面も考慮しなくてはならない。いくら大国とはいえ、雪のつもる間は身動きが取りにくい。無理やり強行突破を図ってもいいけれど、雪で足元がおぼつかない中、魔物との戦闘を繰り返すなんていうのは完全に無謀な行いだろう。この前提をもって作戦会議を行ったところ、これから寒い時期にはいるため、今すぐ攻めてくることはないだろうとのことであった。竜の森はそこまで積雪があるわけではないから、無理をしようと思えばできる。しかし、逆に言えば冬眠するような魔物もいないので、わざわざ攻め込んできたとしても撃退される可能性のほうが高いだろう。もし奇襲しようとしてもドラゴンで空中から偵察できるこちらからは丸見えだしね。
この推察はある意味で当たっており、ある意味で外れていた。確かに軍は攻めてこなかったが、代わりに冒険者のグループが偵察に訪れていた。しかも確認できただけで10グループほどが森に入っており、この森を未知のまま終わらせる気がないということが伺える。
ちなみに冒険者グループのほとんどは国のある森の奥地まで到達できておらず、その道中で魔物に追い返されるなり、土に帰るなりする結果となった。2グループだけが国のある所まで近寄ってきたため、アイラの手により御用となった。その後ドラゴン達の下へ連れて行かれて尋問したところ、ほとんど抵抗することもなくぺらぺらとその内情をしゃべってくれた。
彼らの話によると、
・踏破ルートの選定
・出現する魔物の正確な把握
・森での食料事情
・国の軍備および住民の数
・本当にドラゴンが生息しているか
などの情報を集めてくるように言われたとのこと。Aランク以上に出された任務でその報奨金がかなり多かったため、参加を決めたそうだ。ただドラゴンに回り中を囲まれるのは契約にはなかったといって半泣きになっていた。片方のグループ二所属する剣士が尋問の隙を見て決死の覚悟で竜殺しを引き抜いたものの誰にも通用せず、ものすごい戸惑いの後制圧されると言う悲惨な目にあった。
「これで、どうだ!!」
と黄門様の印籠よろしく突き出したものの、
「うむ、どこに隠し持っていたのか知らぬがそれが通用しないことを国の連中から聞いておらなかったのか?」
というお言葉を長老から貰い、その直後ぶっ飛ばされた。その必死さを考えるとちょっとだけ可愛そうだった。まあ俺がすぐそばにいたので、止めようと思えば止められたし、新型だったとしたらおいしいと思って見逃しただけなので万が一にも勝ち目はなかったのだが。
持っていた装備からも分かるとおり新型の情報は冒険者には出回っておらず、具体的に役立つ情報はほとんどなかった。ただこの人達を派遣したことと、物資の移動が進んでいるらしいという諜報からの情報で、いずれ攻め込んでくることは確定となった。
冒険者達は山の上に軟禁されることになった。装備を取り上げた上でドラゴン達による監視つきだ。ただそれ以外は割と自由になっており、家の周りを歩き回ることも許可されていた。
「出来れば返してあげたいんだけど、戦争が終わるまでは諦めて欲しい。悪いね」
「いえ、ひとまず命があるだけでも儲けものでしたし」
ドラゴンに叩き潰された剣士は生きていたので回復させた。彼らはこちらが思ったより簡単にドラゴン達となじんだ。そもそも騎士等とは違って国許への硬い忠誠はなかったし、契約時に獣人の国をドラゴンが守ってるなんて話はなかったので義理立てする理由もないそうだ。それからドラゴンが人語を解すると言うことも知らなかったらしい。魔物と同じ暴れるだけの存在だと思っていたら、知性を兼ね備えた生き物だったと知ってひどくうろたえていた。尋問時に長老が声をかけると
「だ、誰だ?どこからしゃべってるんだ!?」
と目の前にいる長老をガン無視してあたりを見回していた。ドラゴンで威圧して、腹話術でしゃべるというのもありと言えばありかもしれないが、無視された長老は面白くない。
さらにあんまり信じないもので長老が怒り出すという珍しい場面もあった。そのせいで叩きつけの手加減があんまりされず、かなり痛い目にあったのは自業自得か。まあそのぐらい彼らにとっては信じられない出来事だったようだ。
その常識ブレイクが良かったのか悪かったのか、大人しく軟禁生活を受け入れてくれている。一応魔法を使うとすぐばれると言う話はしておいたし、この山から装備もなしで下りるのはかなり難しいのもあってか、脱走しようとしたこともなかった。
食事はちゃんとしたものが出るし、風呂にも入れる。下手な町の暮らしなどよりはよほどいい生活だろう。彼らはAランクなので家すら持っている金持ちだが、特に生活上の不満はないそうだ。女性陣は買い物でストレス発散できないのが不満だと言っていたが、そこまではさすがに知らん。一応囚われの身のはずなのだが、日を追うごとにフリーダムになってきている。暇を持て余し過ぎて、俺との戦闘訓練に始まり、アイラやオリヴィアとの魔法戦、ドラゴンとの戦いまでやった。武器を持たせない話はあっさりとどっかへ行ってしまった。
物分りのいい人たちであったため、一部は獣人達との触れあいが大丈夫な人もいた。悲しいかな全員とはいかず、偏見を持ったままの者もいたが、そうすぐに変われる人間ばかりではないので、とりあえず放っておいた。
そんなことをしているうちに季節は春。軍を動かせる季節である。冬の間、他の国から大分食料を買い集めていたようだし、自国の収穫の季節を待たずに一気に攻め落とすつもりだろう。竜殺しの開発も進められたに違いない。俺を脅威と見て手を引いてくれるのが理想だったのだが、個人の武では諦めてくれないらしい。まだ少し寒い薄曇りの日、竜の森を切り開く軍人達の姿が観測された。




