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きみの声だけ、聞こえない  作者: A


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13/14

一人分の場所 -誠-

 外が暗くなってきた頃。

 ゲームをしていると、スマートフォンが揺れた。


『行きたい』


 画面が明るくなって、通知が浮き上がる。


 その文字だけで、誰だかわかった。


 やっているゲームに、一時停止の機能はない。

 体力がなくなれば最初から。


 それでも、スマートフォンを手に取った。


『わかった』

『いつが空いてる?』


 画面では、見慣れたキャラクターが倒れて暗転する。

 スタート画面へ戻り、ムービーが流れ始めた。


 それがもう一度、頭から流れ始める頃に、再びスマートフォンが揺れた。


『土曜日はどう?』


 クラスメイトを家に呼ぶ。

 普通に考えれば、それだけのことだ。


 けれど、隆や健介を呼ぶ時とは違う。


 あいつらなら、玄関を開けた瞬間から「腹減った」と言う。

 早希が適当なことを言っても、適当に返す。

 親父がよくわからない料理を出しても、気にせず食べる。

 母さんが無表情で見ていても、勝手に怖がって、勝手に慣れる。


 蓮見さんは、たぶん違う。

 何が違うのかは、上手く言えなかった。


 ゲームを閉じて、モニターの電源を落とす。


 机の下では、溜め込んだ熱を吐き出すように、ファンが音を響かせていた。





◆◆◆◆◆





 時計を見ると、七時を少し過ぎていた。


 部屋の扉を開けた瞬間、階下からにぎやかな声が聞こえてくる。


「お兄ちゃんのハンバーグ、ちょっと小さくてもバレないかな?」

「そうだな。隅っこからちょっとずつ貰ってこう」

「やめろ」


 悪巧みをしていたらしい二人の声に、階段の途中から割って入る。


 リビングに入ると、親父が台所に立っていた。

 早希はその横で、味見というには多すぎる量を皿に乗せている。


「なーんだ。今日はハンバーグ二個食べられると思ったのに」

「一個半な。父さんも食べる」

「いや、俺の分が丸々無くなってるんだが」


 早希と親父が、揃って不満そうな顔をこちらに向ける。


「なんだ?」

「最近、お兄ちゃん帰るの早すぎ」

「たまにだろ。遅くなるの」


 食器棚から自分の皿を取り出す。


 テーブルの上に四枚。

 いつもの数。


 その四枚目を置いたところで、玄関の鍵が開く音がした。


「ただいま」


 母さんが帰ってきた。


 スーツ姿のままリビングに入ってきて、台所の方を見る。


 親父。

 早希。

 俺。


 順番に視線が動く。


「……なんだか、楽しそうね」


 母さんは鞄を椅子に置いて、上着を脱いだ。


 表情はほとんど変わらない。


 でも、袖を抜く指先が、ほんのわずかにゆっくりになった。

 家族ならわかる程度に。


「瑛里華さん、今日もお疲れ様」

「ええ。隼人さんも、ご飯ありがとう」

「なんくるないさー」


 どこか調子はずれで、意味もたぶん違う返事。

 それでも、我が家には妙に合っている気がした。





◆◆◆◆◆





「今度、クラスメイトを家に呼んでもいいか」


 夕食の始まり。


 いつものくだらない話が始まる前に、言葉を挟んだ。


 いただきますの形で、三人の手が止まる。

 視線が、こちらに集まった。


「いつもの二人?」

「違う」


 母さんは別として、親父と早希が、無言のまま視線を合わせる。


「……なんでそこで止まるんだよ」

「いや、だって。お兄ちゃんが家に呼ぶ人って限られてるから」


 早希が、ゆっくりと瞬きをした。

 そのまま、親父の方を向いて続きを促す。


「……彼女か?」

「違う」

「……女の子か?」

「まぁ、そうだな」


 二人の目が、一段階大きくなった。

 そして、妙に輝き始める。


「「えーっ! なにそれ、詳しく」」

「うるさい」

「可愛い系?」

「綺麗系?」

「「どんな関係?」」


 妙な連帯感で、問いかけを重ねてくる。


 こうなることは、分かっていた。


 無視して、何も言わない母さんの方に視線を向ける。


「来るのは、いつ?」

「よければ、今週の土曜」


 母さんは何かを考えるように、一瞬目を伏せた。

 それから、ゆっくり口を開く。


「……わかった」

「ありがとう」


 母さんが食事を再開する。

 俺はスマートフォンを取り出して、返事を打った。


『大丈夫そう』


 すぐに、お土産はチロルでいいかと返ってきた。

 菓子折りを要求してみると、即座に『それは無理』と届く。


 冗談を一つ返してから、スマートフォンを伏せた。


 早希が、こちらの体を肘でつつく。


「それで?」

「なにが?」

「どんな子?」

「…………会えばわかる」

「えー、教えてくれてもいいじゃん」


 一瞬、どう言おうか迷った。


 蓮見さんが、どんな人か。


 言えることはいくつかある。


 けれど、それを俺が先に言ってしまえば、蓮見さんがここに来る前から、何かが決まってしまう気がした。


 家族も、そう見る。

 蓮見さんも、たぶん、そう見られようとする。


 それは違う気がした。


 だから、やめた。


「ヒント」

「会えばわかる」

「二回言った」

「大事なことだからな」

「ずるい」


 早希が不満そうに頬を膨らませる。

 親父が箸を持ったまま、楽しそうにこちらを見ていた。


「でもさ。失礼とかあったら困るでしょ?」

「大丈夫。お前はどっちにしろそういう気遣いできないだろ」

「ははっ。確かにそうだな」

「いや、親父も同じだから」


 二人が本気でショックを受けたような顔で固まる。


 口元が、自然と緩んだ。


「普段どおりでいい」


 箸の先を一度だけ止める。


 早希が余計なことを言って。

 親父がそれに乗って。

 母さんが短い言葉で整える。


 そういう家だ。


 気を遣って、別の場所みたいにする必要はない。

 蓮見さんにも、そこに来てほしかった。


「俺は、気に入ってるから」


 言ってから、視線を皿に落とした。


 早希が口を開きかける。

 その前に、母さんの声がした。


「その子は」


 短い声だった。


 早希も親父も、自然に黙る。


 母さんは箸を置かずに、こちらを見ていた。


「誠にとって、どういう子なの?」


 どういう子。


 クラスメイト。

 隣の席だった人。

 本を貸してくれた人。


 いくつかの言葉が浮かぶ。

 きっと、どれも正しくて、どれも違った。


 友達だと答えれば、嘘ではない気がする。

 でも、それだけで足りる気もしなかった。


 考えてから、口を開く。


「まだ、よくわからない」


 親父と早希が、同時に首を傾げる。


「でも、雑には扱いたくない」


 母さんは一度だけ瞬きをした。

 それから、短く頷く。


「そう」


 それだけだった。


 でも、母さんの中では、それで十分だったらしい。


 親父は茶化さなかった。

 早希も、静かに箸を持ち直す。


 料理から、湯気が細く立ち上った。

 いつもの食卓だった。


 そこに、蓮見さんが来る。


 まだ先のことなのに、テーブルのどこかに、もう一人分の場所が空いたような気がした。





◆◆◆◆◆





 夕飯のあと、自分の部屋へ戻った。

 スマートフォンを開くと、新しいメッセージが届いていた。


『どんな感じでいけばいいかな?』

『蓮見さんに任せる。気を遣う必要もない』


 既読は、すぐについた。

 それなのに、返事は来ない。


 文字を打っている最中なのかもしれない。


 画面を見たまま、もう一度だけ指を置く。


『俺が誘ったんだ。来てくれるだけでいい』


 送ってから、画面を消した。


 ベッドに寝転ぶ。

 天井を見る。


 これ以上の言葉は、たぶん重荷になる。


 蓮見さんは、誰にも貸したことのない本を渡してくれた。

 俺にも、知ってほしいものがある。

 この家の、普段どおりのところを。


 しばらくして、スマートフォンが震えた。


『楽しみ』


 短い返事だった。

 何か返そうとして、指を止める。


 画面の上で、文字が続いた。


『でも、そのぶんだけ怖い』


 何を怖いと思ったのかは、書かれていない。


 その一文の向こうに、俺がまだ知らない蓮見さんがいた。


 ここに、その人が来る。


 いつも通りのはずの部屋が、少しだけ知らない場所に見えた。

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