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領収書屋さんと霧の中の灯台 ――北町商店街、最後の一枚まで愛で保護します――  作者: 乾為天女


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第9話 灯台姫、出陣

 広河が灯台姫として商店街に現れた朝、北町の空は薄い灰色で、魚屋の前の氷だけがやけに白く光っていた。

 衣装は、古いカーテンと手芸店の余り布で作られている。裾は少し長く、歩くたびに片方だけ引きずった。冠は金色の折り紙を厚紙に貼ったもので、正面に「保護」と大きく書いてある。

 可純は見た瞬間、両手をたたいた。

 「強いわ。何に勝つか知らないけど、強い」

 「姫、灯台を保護する」

 広河は胸の前に小さな箱を抱えていた。箱には「ほごぼきん」と書かれている。文字は曲がり、最後の「ん」は転びかけていた。

 大輝はしゃがんで箱を見た。

 「募金を集めるなら、大人の確認が必要です。お金を預かるのは責任が大きいです」

 「おかね、責任」

 広河は難しい顔をした。

 一彰が横からノートを出す。

 「だから、ぼくは記録が先だと思います。誰がいくら入れたか、何のために使うか、いつ返事をするか」

 「返事?」

 「ありがとうを言う日」

 一彰はもう表を作っていた。列には、名前、気持ち、使い道、ありがとうの日、と書いてある。大輝は思わず笑いそうになったが、子どもの字の真剣さに、笑いを飲みこんだ。

 「それは、とても大事ですね」

 啓彰が手を挙げる。

 「出陣前に、挨拶の練習をします。『こんにちは。灯台の記録を集めています。ご協力いただけますか』です」

 「姫、言える」

 広河は深く息を吸った。

 「こんにちは。とうだいの、きろくを、あつめて、まもります」

 「少し違いますが、心は合っています」

 啓彰はきびしい顔でうなずいた。

 商店街を歩き始めると、大人たちは最初、笑って手を振った。八百屋の店主はみかんを一つ箱へ入れようとして、大輝に止められた。

 「食べ物は別にしましょう」

 「じゃあ、気持ちだけ」

 店主は紙に「昔、灯台の下で雨宿り」と書いた。日付は覚えていないが、濡れた仕入れ伝票を灯台の倉庫で乾かしたことがあるという。

 広河はその紙を受け取り、冠を揺らして礼をした。

 「ありがとうの日、あとで言う」

 「今言ってくれてもいいぞ」

 「あとで、もう一回言う」

 店主は少し困った顔で笑い、みかんを大輝へ渡した。大輝は結局、子どもたちのおやつとして受け取った。

 その先の薬局前で、優空が杖をついて歩いていた。段差の前で足を止める。広河は募金箱を大輝に押しつけ、衣装の裾を踏みながら駆け寄った。

 「て、どうぞ」

 優空は驚いたあと、広河の小さな手を取った。

 「ありがとう、姫さま」

 「姫、ほごする」

 可純が目を細めた。さっきまで「店先を目立って歩きなさい」と言っていたのに、その場では何も言わなかった。

 大輝は、広河の行動を見ながら思った。灯台を守るという言葉は、この子にとって、建物を囲うことではない。目の前で困っている人の手を取ることなのだ。

 店に戻ると、一彰は募金箱を開けず、聞き取りの紙を机に並べた。

 「お金より、記録のほうが増えました」

 「それでいいです」

 大輝は答えた。

 箱の中には、小銭の代わりに、みかんの香りが移った紙、雨宿りの記憶、灯台の下で誰かを待ったという短いメモが入っている。

 紗那はそれぞれの紙の隅に花丸をつけようとして、大輝に止められた。

 「原本には書かないで、別の紙にしましょう」

 「げんぽん、たいせつ」

 「そうです」

 紗那はうなずき、花丸用の紙を作った。

 夕方、広河は冠を外し、店の椅子で眠ってしまった。箱はその膝の上に置かれている。一彰の表には、ありがとうの日の欄がまだ空いていた。

 大輝は、その空白を見た。

 町には、受け取ったまま返事をしていない気持ちが、まだたくさんある。領収書に残ったものも、残らなかったものも。

 灯台姫の初出陣は、大きな声より、小さな手のほうが遠くへ届くことを、北町の大人たちに教えてしまったのだった。



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