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領収書屋さんと霧の中の灯台 ――北町商店街、最後の一枚まで愛で保護します――  作者: 乾為天女


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第8話 下部倉庫の根本問題

 下部倉庫の扉は、冬の湿気を吸って少し重くなっていた。

 大輝が肩で押すと、木の枠が低く鳴り、冷えた空気が足元へ流れ出す。中には、消火器の赤、古い棚の茶色、床板に残る黒い染みがあった。小火のあと片づけられたはずなのに、焦げた匂いはまだ壁のすき間にしがみついている。

 なつほは小さな工具箱を持ってきていた。歯科技工の仕事で使う細いライトを手に、床板の端を照らす。幸平は作業用の手袋をはめ、黙って梁と配線を見上げた。

 「壊れているというより、放っておかれて弱った場所がある感じですね」

 なつほが言うと、可純がすぐに反応した。

 「つまり、手入れ不足で怒っているのね」

 「怒るかどうかはわかりません。でも、床材は湿気で膨らんでいます。ここだけ踏むと沈みます」

 なつほが靴先で床の一角を示した。啓彰が近づこうとして、大輝が肩を押さえる。

 「今日は子どもは入口まで」

 「見学には安全距離が必要です」

 啓彰は自分で納得し、広河の前に腕を広げた。広河は不満そうに冠を押さえる。

 「姫、入れない?」

 「姫も安全規則を守ります」

 「姫、守る」

 広河は入口の線から足を出さないように、つま先をぎゅっとそろえた。

 幸平は配線の箱を開けず、外側から状態を見た。

 「専門の人を呼ばないと触れません。でも、古いコードを延ばして掃除機を使う場所じゃないです。湿った床に置いたら、熱がこもる」

 「それなのに、あの日は掃除機を使った」

 大輝が言うと、幸平は一度だけ目を伏せた。

 「片づけを急いでいたんでしょう。倉庫の奥に、臨時清掃で使う箱が積まれていました。見たことのない業者名の段ボールもありました」

 「いつ見たんですか」

 「小火の前の晩です」

 倉庫の中の空気が少しだけ重くなった。

 可純はすぐに問い詰めようとしたが、珠里が袖を軽く引いた。可純は口を開けたまま止まり、代わりに鼻から息を出した。

 幸平は棚の上に残っていたメモ用紙を指した。そこには、掃除用品、袋、コード、という走り書きがある。誰の字かはわからない。

 「確証はありません。ただ、町内のいつもの掃除とは違いました。段取りが先に走って、場所の状態を見ていなかった」

 理彩子は、床の湿った部分、焦げ跡のある壁、コンセントの位置をメジャーで測り、真喜子に数値を読み上げた。真喜子はノートに書く。早貴は入口から灯台の外まで歩数を数え、避難するときの距離を地図に入れていく。

 大輝は倉庫の棚を見た。古い湯呑み、紙コップの袋、軍手、空になった茶筒。危険と呼ばれる場所には、誰かが誰かのために置いたものが残っていた。

 「全部だめに見えるように写真を撮れば、確かに危ない場所に見えますね」

 涼が静かに言った。いつの間にか入口に立っている。

 「でも、直す場所を分けて見れば、話は変わる。床、配線、換気、保管物。この四つを分けた資料にしましょう」

 「資料なんて、つまらないわね」

 可純が言いかけると、涼は首を横に振った。

 「つまらない資料がないと、面白い思い出も守れません」

 可純は言い返す言葉を探し、見つからなかったのか、入口の壁を軽くたたいた。

 「じゃあ、つまらなくて強いやつを作りなさい」

 なつほは床の沈む部分を図にし、幸平は配線の確認が必要な箇所を番号で示した。理彩子は小火の焦げ跡と掃除機の使用位置を重ねる。

 大輝は、灯台を守る話が、きれいな言葉だけでは進まないことを改めて知った。誰が泣いたかだけではなく、どの板が湿っているか。誰が怒ったかだけではなく、どのコードが熱を持ったか。

 入口では、広河が小声で言った。

 「姫、ここ直したら入れる?」

 「入れるようにするために、直す場所を調べています」

 大輝が答えると、広河はうなずき、真喜子のノートにそっと花のシールを貼った。

 倉庫の奥で、幸平がもう一度、段ボールの跡を見た。彼の顔には、まだ言葉にしきれない影があった。

 大輝はその影を急かさなかった。

 今は、根本を見つける日だ。誰かを責めるためではなく、この場所を雑に扱わせないために。



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