第46話 紙の証言
後日の話し合いは、説明会ではなく「確認の場」として開かれた。
涼がそう名づけた。
「説明されるだけだと、受け取る側が黙るしかなくなります。今日は確認しましょう。何が危ないのか。何が必要なのか。何を残したいのか」
集会所の机は、前回よりも近い距離で並べられていた。壇上は使わず、スクリーンも端に寄せてある。白い記念碑の完成予想図は映っていない。
代わりに、長机の中央には、栗皮茶色のファイルが置かれていた。
大輝は、そのファイルに手を置いた。
何度も触れてきた紙なのに、今日は少し重く感じる。証拠として提示するなら、もっと強い言葉で押せばいい。再開発会社の説明の穴を突き、小火の原因を並べ、見積もりの不自然さを指摘し、会場を反対へ傾けることもできるかもしれない。
けれど、それだけでは、優空の言った「町を嫌いにしない終わり方」から遠ざかる気がした。
「まず、小火について確認します」
理彩子が立った。
専門用語を避け、古い延長コード、湿った床、無理な掃除機の使用を、図にして説明する。火が出たのは灯台全体が危険だからではなく、急な片づけで古い設備を雑に扱った結果だった。
幸平が続いた。
「当日、下部倉庫に臨時清掃用の箱が運び込まれていました。俺は見ました。すぐに言えなかったのは、相手を責めるだけの話にしたくなかったからです。でも、事実は事実です」
幸平の声は低かったが、逃げていなかった。
勇は非常食搬入記録を出した。
「この時間に俺の工場から箱を運びました。最初、伝票を読み間違えました。ごめんなさい」
「そこは今、必要ですか」
道雄が小声で言う。
「必要だ。俺の信頼回復のために」
「信頼は、正確な記録で回復してください」
会場に小さな笑いが起きた。
その笑いで、張りつめていた空気が少しだけほぐれた。
大輝は、そこで古い領収書を一枚取り出した。
「これは、修繕材の領収書です。金額は大きくありません。でも、下のほうに名前があります」
大輝は、名前を読んだ。
今はもう閉じた金物屋の店主。優空の亡き夫。珠里の友人。大輝が顔を知らない人の名前もあった。店名だけのものも、名字だけのものもある。
読み上げるたびに、会場の誰かが小さく反応した。
「ああ、その人は朝早かった」
「その店、昔は角にあった」
「うちの祖父と仲が悪かったのに、一緒に払ってる」
笑いと驚きと、少しの沈黙が混ざる。
大輝は続けた。
「これは、台風の日の緑茶と毛布。これは、避難してきた人へ出した冷凍食品。これは、下部倉庫の棚を直した木材。これは、迷子保護用の靴下。これは、灯台の周りの電球。これは、誰かが転ばないように買った滑り止めです」
紙は、ただの数字ではなかった。
一枚ごとに、町が誰かのために動いた跡がある。
優空が昔を思い出し、珠里が寄付の意味を補い、なつほが補修材の用途を説明し、幸平が部品の状態を話す。勇は冷凍コロッケの箱について熱弁しすぎ、涼に「コロッケの魅力は三十秒で」と止められた。
真喜子が、一枚の聞き取り表を読んだ。
「『灯台があると、帰る場所がまだある気がする』」
自分の書いた一行を読む声は、少し震えていた。
早貴が横に地図を広げる。
「霧の日に、商店街の人がどの道を通るか聞いたものです。灯台を直接使っていないと思っていた人も、曲がり角の判断にしていました」
麻央は、保存申請案を机に置いた。
「感情だけでは残せません。だから、こうして記録にします。過去にどう使われ、今どう必要で、これからどう管理するか。そこまで書いて、初めて届く言葉になります」
大輝は頷いた。
再開発会社の担当者は、資料に目を落としていた。反論を探しているようにも、何かを考えているようにも見える。
大輝は、最後に正朋の紙を出した。
迷子保護用品の領収書。
「これは、先日の霧の日に正朋くんが握っていた紙です。昔の迷子を守った記録を、今の迷子が持って帰ってきました。偶然です。でも、この偶然を、ただの偶然で終わらせたくありません」
会場が静かになった。
「灯台を残す理由は、懐かしいからだけではありません。誰かが困った時に駆け込める場所が、町の端に必要だからです。緑茶を出す人がいて、毛布を出す人がいて、書類を読む人がいて、叱る人も泣く人もいる。そういう手の跡を、消さずに次へ渡したいんです」
可純は、今日はまだ立ち上がらなかった。
大輝の前の湯呑みに、そっと緑茶を注いだだけだった。
湯気が、紙の上を薄く流れた。
その湯気の向こうで、数字の列が、人の手の跡に変わっていく。大輝には、そう見えた。




