第40話 保育園児の領収書
紗那が小さな領収書を持ってきたのは、麻央の書類を読み合わせた翌日のことだった。
朝の商店街は北風が強く、店の入口に置いた栗皮茶色の旗が何度も横倒しになった。大輝が直していると、紗那が両手で紙を包むようにして走ってきた。
「大輝さん」
「おはようございます。寒くないですか」
「さむい。でも、だいじ」
紗那は手袋を外し、折り目のついた小さな紙を差し出した。
コンビニの領収書だった。金額は百円少し。品名のところには、菓子の名前が印字されている。端には、紗那の字で「とうだい」と書かれていた。丸い字は紙から少しはみ出している。
「これ、どうしました」
「おやつ」
「おやつの領収書?」
「うん。灯台のために使ったら、書いて」
大輝は言葉に詰まった。
紗那は真剣な顔で続けた。
「おとなの領収書、いっぱいあるでしょ。子どものも、ある」
店の奥から可純が顔を出した。
「紗那ちゃん、寄付したいの?」
「きふ?」
「お金を出すこと」
紗那は少し考えた。
「おやつは食べた」
「食べたんかい」
勇が笑いながら入ってきた。
紗那は怒った顔で紙を握り直した。
「でも、レシートはある。おやつ食べたけど、とうだいのこと考えた」
その言葉に、笑いがすっと引いた。
大輝は、領収書を受け取っていいのか迷った。
子どものおやつ代を灯台保存の資金として扱うわけにはいかない。金額が小さいからではない。子どもが自分の生活の楽しみまで差し出さなければならない形にしてはいけない。
けれど、紗那が差し出しているのは、お金そのものではなかった。
考えたことを、残してほしいという願いだ。
大輝はしゃがみ、紗那と目の高さを合わせた。
「これは、灯台のお金としては使いません」
紗那の眉が下がった。
「だめ?」
「だめじゃありません。別のノートに貼ります」
「べつ?」
「大人の領収書は、修繕費や緑茶や非常食の記録です。紗那ちゃんのこれは、灯台のことを考えた記録です。だから、『子ども領収書帳』にします」
「こどもりょうしゅうしょちょう」
紗那は言葉をゆっくり繰り返した。
その響きが気に入ったのか、少しだけ笑った。
大輝は、引き出しから新しいノートを取り出した。表紙は何の飾りもない茶色のノートだった。そこへ紗那の領収書を貼る。ページの上には、丁寧に日付を書いた。
紗那が横から覗き込む。
「花丸は?」
「お願いします」
紗那は自分の花丸シールを一枚貼った。曲がった花丸が、領収書の角を少し隠した。
そこへ広河が飛び込んできた。
「姫もある!」
広河が出したのは、衣装用のリボンを買った時のレシートだった。端に「ひめのほご」と書かれている。
「これは灯台姫の衣装費?」
大輝が聞くと、広河は胸を張った。
「町を勇気づけたから」
「自己評価が高い」
可純が感心した。
一彰は、鉛筆を買ったレシートを持ってきた。
「作戦表用です。これは必要経費です」
啓彰は、丁寧に折った紙を差し出した。
「僕はお金を使っていません。ですが、挨拶の回数を記録しました」
「挨拶の回数?」
「昨日、栗皮茶色の旗を置く時に、二十三回挨拶しました。これは礼儀の領収書です」
大輝は笑った。
「いいですね。貼りましょう」
「金額欄はどうしますか」
「二十三回、と書きます」
正朋はしばらくもじもじしていたが、最後にポケットから紙くずのようなものを出した。
「これは、掃除機を使わない約束の紙です」
紙には、たどたどしい字で「ひとりでそうじきしない」と書かれていた。
「領収書ではないですね」
啓彰が言った。
正朋は下を向いた。
大輝は首を横に振った。
「でも、灯台のための記録です。貼りましょう」
正朋は顔を上げた。
子ども領収書帳のページは、あっという間ににぎやかになった。レシート、約束の紙、挨拶の回数、灯台姫のリボン代。大人の会計なら分類に困るものばかりだ。けれど、そこには子どもたちなりの支払いがあった。
おやつを食べながら灯台を考えた時間。
衣装を直して町を歩いた勇気。
作戦表を書くための鉛筆。
挨拶を二十三回した礼儀。
掃除機を我慢する約束。
どれも、金額だけでは読めない。
珠里がノートを見て、目を細めた。
「昔の領収書にも、こういう気持ちがあったのでしょうね」
「お金の紙なのに、お金じゃないものが残るんですね」
早貴が言った。
真喜子はその言葉を聞き取りノートに書き留めた。
大輝は、子ども領収書帳の最初のページに、少し迷ってから題名を書いた。
――灯台のために、考えたこと。
可純が覗き込んで、うなずいた。
「いいじゃない。でも、もう少し派手でもいい」
「派手にすると、広河ちゃんが増えます」
「姫は増えてよい」
「増えすぎると管理費がかかります」
麻央が真面目に言い、店の中に笑いが広がった。
大輝はノートを閉じず、そのまま机の上に置いた。
古いファイルの横に、新しい茶色のノート。
過去の支払いと、今日の小さな思いが、同じ机の上に並んでいる。
領収書は、ただの証拠ではない。
誰かが何かを考え、動き、受け取ってほしいと願った跡だ。
紗那は自分の貼った花丸を何度も見て、満足そうにうなずいた。
「のこった」
「はい」
大輝は答えた。
「ちゃんと残りました」




