第27話 分かれる商店街
次の日から、商店街の空気は少しずつ変わった。
誰かが怒鳴ったわけではない。看板がいきなり外されたわけでもない。ただ、立ち話の声が、近づくと小さくなる。店先に出ていた椅子が、奥へ引っ込む。緑茶を飲みに来ていた人が、入口で一度ためらう。
大輝は、その変化を領収書より先に感じた。
「うちは、残したい気持ちはあるんだけどね」
最初に話しに来たのは、乾物屋の夫婦だった。棚にはまだ昆布や干し椎茸が並んでいるが、後継ぎはいない。冬になると足腰が痛み、毎朝シャッターを上げるだけで一仕事だという。
「新しい施設ができて、まとまったお金が入るなら、もう店を閉めてもいいかって」
夫のほうは、そう言ってからすぐに目を伏せた。
「灯台を嫌いになったわけじゃないよ」
「わかります」
大輝は緑茶を出した。
次に来た惣菜屋は、再開発に反対だった。けれど話しているうちに、隣の店が賛成に回りそうだと知って腹を立てていることがわかった。
「自分だけ金もらって逃げるつもりなのよ」
「逃げる、とは決めつけないほうがいいです」
大輝が言うと、惣菜屋は目を吊り上げた。
「じゃあ何? きれいごとで残せるの?」
その言葉は、大輝の胸にも刺さった。
可純なら、ここで大声を出したかもしれない。だが大輝は、湯飲みを少しだけ相手の近くへ押した。
「きれいごとでは残せないと思います。だから、迷う理由も聞いています」
惣菜屋は、しばらく黙ったあと、湯飲みに口をつけた。
「……うちも、実は冷蔵庫を買い替えるお金がない」
その一言で、怒りの形が変わった。
再開発に賛成する人は、町を裏切りたいわけではない。反対する人も、感情だけで叫んでいるわけではない。後継者の不在、借金、古い設備、介護、体力。紙に書きにくい理由が、店ごとに積もっていた。
午後、可純が店に飛び込んできた。
「大輝くん、聞いて。あそこの肉屋さん、賛成に回るって」
「聞きました」
「説得しに行くわ」
「やめてください」
「なんで」
「いま行くと、宣戦布告じゃなくて襲撃です」
可純は不満そうに口を曲げた。
「でも、黙ってたらばらばらになる」
「黙るんじゃなくて、聞きます。どうして迷っているのか」
「聞いてる間に壊されたら?」
大輝はすぐに答えられなかった。
その沈黙を見て、可純も少しだけ声を落とした。
「私、怖いのよ。誰かが一枚ずつ抜けていく感じがして」
「私も怖いです」
大輝は正直に言った。
「でも、怖いからって、迷っている人を敵にしたら、灯台が残っても町が残らない」
可純は椅子に座り、湯飲みを両手で包んだ。
「大輝くん、たまに嫌な正論を言うわね」
「自分でも嫌です」
奥で、真喜子が新しい聞き取り用紙を作っていた。項目は少し変わっている。
灯台を残したいですか。
残すために不安なことは何ですか。
壊したくないけれど、賛成に傾く理由はありますか。
早貴は、地図に新しい色の付箋を貼っていた。賛成、反対、迷い。色分けされた商店街は、見ていて胸が痛くなるほどまだらだった。
「これ、貼っていいですか」
早貴が聞いた。
大輝は地図を見た。まだらな町を見せるのは怖い。けれど隠せば、もっと大きな溝になる。
「貼ろう。ただし、店名は出さないで。迷っている人を責める地図にしたくない」
早貴はうなずいた。
夕方、商店街の掲示板に新しい紙が増えた。
霧の灯台マップの隣に、無記名の不安一覧。
残したいが払えない。
壊すのは嫌だが、古い建物が怖い。
次の世代に負担を残したくない。
大輝はその紙を見て、ようやく本当の話し合いが始まった気がした。
町の声は、ひとつではなかった。
だからこそ、一枚ずつ聞かなければならない。




