第21話 勇の冷凍庫証言
勇の工場は、朝から白い湯気を吐いていた。
北町商店街のはずれ、川沿いにある小さな冷凍加工食品の工場。外壁には少し色あせたコロッケの絵が描かれ、その横に「揚げすぎ注意」と手書きで貼られている。注意している本人が一番揚げすぎるのだと、可純は歩きながら言った。
「聞こえてますよ」
シャッターの奥から勇の声がした。
大輝、道雄、可純、そして啓彰は、工場の事務室へ通された。啓彰は寒さで鼻を赤くしながらも、入室の挨拶を忘れない。
「本日は証言をいただきに参りました」
「重いなあ。冷凍庫より重い」
勇は笑って、分厚い伝票ファイルを机に置いた。
「小火の日、灯台下部倉庫に非常食を運んだ記録がある。町内会からの依頼で、冷凍コロッケと冷凍野菜、あとお茶菓子用の今川焼き。ほら、ここ」
勇は得意げに一枚を抜き出した。
大輝は日付を見た。小火の起きた日と同じだった。
「時間は?」
「午後二時四十分搬出、三時十分納品」
「納品場所は灯台下部倉庫」
道雄が指で追う。
「これが本当なら、再開発会社の説明と合わないな。あちらは、午前中に危険が確認されたから午後の作業を止めたと言っていた」
勇は大きくうなずいた。
「そう。俺のコロッケが、真実を冷凍保存していたわけです」
「伝票がね」
可純がすぐ訂正した。
「コロッケも一緒に」
「一緒じゃない」
啓彰が小さく手を挙げた。
「勇さん。伝票の見方を、もう一度お願いします。搬出と納品を間違えないようにしたいです」
「えらい。大人よりえらい」
勇は胸を張り、説明を始めた。だが、三分後には自分で出荷番号と納品番号を取り違えた。
「逆じゃないですか」
啓彰の指摘に、勇は固まった。
道雄がファイルを引き寄せる。
「落ち着け。これは出荷伝票。こっちは受領書。納品確認の判子は午後三時十八分だ。灯台下部倉庫で、珠里さんの判子がある」
「珠里さん、判子かわいいですね」
啓彰が言う。たしかに小さな梅の花が付いていた。
大輝はその判子を見つめた。午後三時十八分。その時点で、下部倉庫は非常食を置ける場所として使われていた。午前中に危険が確認され、午後の作業を止めたという説明とは食い違う。
「ただ、これだけで全部が決まるわけじゃない」
道雄は言った。
「でも、説明を問い直す材料にはなる」
勇は奥の冷凍庫から、小さな袋を持って戻ってきた。
「当日の同じロットのコロッケ、残ってます」
「食べないわよ」
可純が警戒する。
「証拠です」
「食べ物を証拠って呼ばないで」
勇は残念そうだったが、袋のラベルを見せた。製造日、出荷番号、納品先。たしかに伝票とつながっている。
大輝は、台風の日の非常食領収書を思い出した。灯台の下部倉庫は、古くて湿っていて、完璧な場所ではない。それでも、誰かが困ったときのために食べ物を置き、緑茶を用意し、毛布を畳んできた場所だった。
帰り際、勇が紙袋を差し出した。
「冷凍コロッケ、店に持っていってください。会議用に」
「焦がさないでくださいね」
啓彰が真面目に言う。
「それは大輝さん次第」
「僕に責任を移さないでください」
大輝は笑いながら受け取った。紙袋は冷たく、指先が少し痛い。
店へ戻ると、真喜子と早貴が聞き取り表を広げて待っていた。大輝は伝票のコピーを机に置く。
「これで、時間がひとつ増えました」
真喜子が言った。
「時間が増えた?」
「はい。誰かの言い分だけじゃなくて、実際に物が動いた時間です」
大輝はうなずいた。
物が動いた時間。コロッケが工場を出て、灯台へ運ばれ、梅の判子をもらった時間。
それは、町の記憶が冷凍庫の奥で眠っていたようなものだった。
勇はその夜、店に来て、差し入れのコロッケを一つ焦がした。
可純は怒り、啓彰は注意し、紗那は焦げた部分に花丸を貼ろうとした。
大輝は、笑いながら伝票をファイルに挟んだ。
真実は、時々とても庶民的な匂いをさせている。




