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領収書屋さんと霧の中の灯台 ――北町商店街、最後の一枚まで愛で保護します――  作者: 乾為天女


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第20話 小さな火の原因

 理彩子は、店に入ってくるなり、緑茶ではなく白湯を求めた。

 「今日は濃い緑茶だと、説明が熱くなりすぎる気がします」

 「理彩子さんが自分で温度管理を始めた」

 可純が小声で言うと、理彩子は聞こえないふりをした。

 テーブルには、灯台下部倉庫の写真が並んだ。湿気で黒ずんだ床板、壁際の古いコンセント、焼け跡の残る延長コード、溶けた掃除機の差し込み口。理彩子はそれぞれに付箋を貼っていく。

 「最初に言っておきます。灯台全体が急に燃えやすい建物になった、という話ではありません」

 大輝はうなずいた。

 「火が出たのは下部倉庫の一部です。湿気、古い延長コード、掃除機の負荷、床の濡れ。条件が重なっています」

 「つまり、灯台が悪いんじゃなくて、使い方が悪かった?」

 可純が身を乗り出す。

 「簡単に言えばそうですが、言い方を間違えると、誰かを責めるだけになります」

 理彩子の声は静かだった。

 「私は、誰か一人の失敗にしたくありません。古い場所を急に片づけるなら、電源を確認する。湿気が強いなら、掃除機を長く回さない。延長コードは容量を見る。そういう手順を飛ばしたことが問題です」

 そのとき、幸平が店の外で立ち止まっているのが見えた。戸を開ける前から、迷っている顔だった。

 「入ってください。逃げると、可純さんが追います」

 大輝が声をかけると、可純がすでに片足を出していた。

 幸平は苦笑して入ってきた。作業着の袖口に、冬の油の匂いが残っている。

 「小火の日のことなんだけど」

 彼は写真を見ずに言った。

 「下部倉庫に、臨時清掃の箱が運び込まれていた。業者の道具箱じゃなくて、急に寄せ集めた感じの段ボールだった」

 「誰が運んだの?」

 可純の声が強くなる。

 幸平は首を振った。

 「そこまでは、はっきり言えない。俺が見たのは、再開発会社の人が町内会の人に、今日中に片づけたほうが印象がいい、と話していたところだけだ」

 店の空気が硬くなった。

 印象がいい。

 その言葉は、灯台の湿った床よりも滑りやすかった。見た目を整えるために、古い場所へ急に掃除機を入れた。その結果、小さな火が出た。そして、その火が「危険建物」という言葉に変えられた。

 理彩子は付箋を一枚追加した。

 「急がされた可能性あり。ただし、断定はしない」

 「断定しちゃえばいいのよ」

 可純が言う。

 「断定は、気持ちよくても弱いです。確認できることだけを積みます」

 理彩子の言葉に、道雄がうなずいた。

 「数字も同じだな。気に入らない相手ほど、正確に読まないと足をすくわれる」

 幸平はようやく写真を見た。焼けた延長コードの写真で、視線が止まる。

 「俺、これを見たとき、黙ってたのが嫌になった」

 「どうして黙ってたんですか」

 大輝は責めるつもりではなく聞いた。

 幸平は少し肩をすくめた。

 「仕事柄、はっきりしないことを言うのが嫌で。あと、騒ぎになると、町の人同士が悪く言い合うだろ」

 その心配は、大輝にもわかった。

 灯台を守りたいからといって、町内会の誰かを悪者にすれば、帰る場所はかえって狭くなる。小さな火の原因を探すことは、火種を増やすことと隣り合わせだった。

 「じゃあ、こう書きます」

 大輝はノートを開いた。

 『小火は、灯台全体の危険性を示すものではなく、臨時清掃時の電源確認不足と古い設備の扱いに起因した可能性が高い。再発防止には、配線点検、床材補修、清掃手順の明文化が必要。』

 可純がしかめ面をした。

 「長い」

 「短くすると、けんかになります」

 「長くても、けんかする人はする」

 「そのときは緑茶です」

 大輝が言うと、理彩子が白湯の湯のみを持ち上げた。

 「今日は白湯でお願いします」

 店に、少しだけ笑いが戻った。

 小さな火は、まだ答えになっていない。けれど、灯台を壊すための大きな理由にも、もう簡単にはならない。

 大輝は焼けた延長コードの写真を透明な袋に入れた。紙の証拠ではない。けれどこれもまた、町が雑に扱われた時間を示す、ひとつの記録だった。



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