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領収書屋さんと霧の中の灯台 ――北町商店街、最後の一枚まで愛で保護します――  作者: 乾為天女


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第11話 霧の朝の聞き取り

 真喜子と早貴の聞き取りは、朝の六時四十分から始まった。

 大輝は、二人に温かいほうじ茶を持たせた。紙コップでは風で冷めるので、小さな水筒に入れる。真喜子はノートを胸に抱え、早貴は霧の灯台マップと書いた画用紙を丸めて持った。

 「無理に引き止めないこと。急いでいる人には、紙だけ渡すこと。知らない人についていかないこと」

 「はい」

 「はい」

 「可純さんの真似をして、いきなり宣戦布告しないこと」

 「それはしません」

 真喜子は真面目に答え、早貴は少し笑った。

 可純は店の奥で聞いていて、不満そうに茶を飲む。

 「私の真似をすると、場が動くのよ」

 「動きすぎるんです」

 大輝が言うと、珠里が静かにうなずいた。

 外へ出ると、北町商店街は霧の薄い布をかけられたようだった。パン屋の換気扇から出る匂いが、いつもより低いところに漂っている。駅へ向かう人たちは、肩をすぼめ、手袋の中で指を動かしながら歩いていた。

 真喜子は一人目の通勤者に声をかけた。

 「すみません。旧灯台について、短くお聞きしてもいいですか」

 男性は時計を見たが、真喜子のノートを見て足を止めた。

 「三十秒なら」

 「灯台を見たことはありますか」

 「毎朝見るよ。というか、霧の日は、あれがないと曲がり角を一つ間違えそうになる」

 真喜子は急いで書いた。早貴は地図に小さな点を打つ。

 「お名前を書いても大丈夫ですか」

 「名前はやめて。寝癖のままだから」

 理由になっているようでなっていないが、真喜子は「匿名希望、寝癖」と書きかけ、大輝にあとで怒られる気がして「匿名希望」とだけ直した。

 次に、犬を連れた女性が立ち止まった。犬は聞き取り表の端を嗅いだ。

 「灯台ねえ。うちの犬はあそこまで行くと帰る気になるの。私より道を覚えてる」

 早貴は地図に犬の足跡を描きそうになり、真喜子に止められた。

 魚屋の配達員は、発泡箱を台車に積みながら答えた。

 「灯台の下、昔は風をよけられたんだよ。夜明け前の配達で、手が冷えて動かないとき、湯をもらったことがある」

 「誰からですか」

 「さあ。おばあさんだったかな。名前までは覚えてない。でも、湯呑みが欠けてた」

 真喜子は、名前がなくても書くべきだと思った。欠けた湯呑み、夜明け前、手が冷えて動かない。そう書くと、そこに誰かが立っていたことが、少しだけ残る。

 派手な話は少なかった。

 灯台がなければ命を落としていた、と言う人はいない。大きな事故を防いだ証言も、まだ出てこない。ただ、曲がり角を間違えない、帰る方向がわかる、犬がそこで戻る、雨をよけた、湯をもらった。小さな声ばかりが集まっていく。

 早貴は途中で、画用紙の余白を見た。

 「これ、弱いかな」

 「弱い?」

 「もっと、絶対必要ですって言える話がないと、大人は動かないのかなって」

 真喜子は答えられなかった。

 店に戻ると、大輝が味噌汁の湯気で眼鏡を曇らせていた。二人が聞き取り表を渡すと、大輝は一枚ずつ読んだ。

 「弱くないです」

 大輝はすぐに言った。

 「こういう記録は、後で効きます。派手な言葉は、その場では強い。でも、毎日のことは、積もると根っこになります」

 真喜子は、根っこ、とノートの端に書いた。

 早貴は霧の灯台マップを広げる。地図には、人の足跡、犬の散歩道、配達の台車の線、子どもの通園路が重なっていた。

 可純がのぞきこむ。

 「ほら、立派じゃない。北町の血管みたい」

 「血管は少し怖いです」

 早貴が言うと、可純は考えた。

 「じゃあ、温かいそうめん」

 「もっと変です」

 大輝は笑いながら、地図の端に日付を書いた。十二月の朝、霧、聞き取り一回目。

 旧灯台は、店の窓からはほとんど見えなかった。けれど、地図の上にはたくさんの線が集まっている。

 見えない日ほど、そこに向かう足がある。

 大輝は、白い依頼書のことを思い出した。不要書類という言葉が、朝の霧の中で集めた声を消そうとしているようで、胸の中に重く残った。



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