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出世争いで嵌められた35歳の私を、東大卒の新入社員・律くんが全力で守ってくれました  作者: ちょこまろ


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第4話 私を守ると言った、年下の彼

役員プレゼンを目前にしても、黒川課長は美緒の企画を諦めません。


「女性管理職候補」

「無理をしない方がいい」


もっともらしい言葉で、美緒を前から退かせようとする黒川。


そんな彼女のそばに、今度も律が立ちます。


新人だから。

十二歳も年下だから。


それでも彼は、もう黙って見ているつもりはありません。

 役員プレゼンまで、残り二日。


 営業企画部の空気は、目に見えない糸で張り詰めているようだった。


 美緒の企画が通るか。

 黒川の別案が採用されるか。


 表向きには、どちらも会社のための提案ということになっている。

 けれど実際には、美緒と黒川の評価を大きく分ける分岐点だった。


 美緒は朝から資料の最終調整に入っていた。


 律が整理したデータは分かりやすかった。

 数字の根拠、前提条件、リスク、改善効果。

 美緒はそこに現場の言葉を加えていく。


 机上の空論にしない。

 役員だけに響くきれいな資料にもしない。

 現場の人たちが実際に動ける企画にする。


 それが美緒のこだわりだった。


「先輩、このページですが」


 律が画面を指差した。


「役員向けなら、最初に結論を出した方がいいと思います。現場負担を十五パーセント削減しながら、重点商品の売上を八パーセント伸ばす。そこを一枚目に」


「そうだね。背景説明から入るより、その方が刺さる」


「その後に、現場ヒアリングの結果を置くと、数字だけではない説得力が出ます」


「朝倉くん、本当に分かってるね」


 美緒がそう言うと、律は少しだけ嬉しそうな顔をした。


「佐伯先輩に教わったので」


「私、そんなに教えた?」


「はい。会議で誰が何を気にするか、他部署がどこで反発するか、営業現場が何を負担に感じているか。全部、先輩が教えてくれました」


 美緒は少し照れた。


 自分が当たり前のようにやってきたことを、律はちゃんと言葉にしてくれる。


 それが、嬉しい。


 嬉しいと思ってしまうことが、少し怖い。


「朝倉くんは、どこに行ってもやっていけるよ」


 美緒は画面を見たまま言った。


「私なんかが教育係じゃなくても、きっと大丈夫」


 律の手が止まった。


「私なんか、って言わないでください」


 静かな声だった。


 美緒は驚いて律を見る。


「ごめん。そんなつもりじゃ」


「分かっています。でも、嫌です」


 律はまっすぐ美緒を見た。


「僕は、佐伯先輩の下につけてよかったと思っています」


 その言い方があまりにも真剣で、美緒は返す言葉を失った。


「先輩が教育係だから、僕はこの部署の仕事を好きになれました」


「朝倉くん……」


「だから、私なんかって言わないでください」


 胸の奥がじんとした。


 これ以上、この人の言葉をまともに受け取ってはいけない。


 美緒はそう思った。


 でも、受け取らずにはいられなかった。


「ありがとう」


 小さく答えると、律は少しだけ表情を緩めた。


 その日の夕方。

 黒川からメールが来た。


「役員プレゼン前に、最終確認をしたい。十八時半に小会議室へ」


 宛先は美緒だけだった。


 律には共有されていない。


 美緒は画面を見つめた。


 嫌な予感がする。

 けれど、上司からの呼び出しを無視するわけにはいかない。


「朝倉くん、今日は先に帰っていいよ」


 美緒がそう言うと、律はすぐに顔を上げた。


「何かありますか」


「黒川課長と少し打ち合わせ」


「僕も同席します」


「だめ。朝倉くん宛には来ていないから」


 律は黙った。


 納得していない顔だった。


「大丈夫。すぐ終わるから」


 美緒はそう言って、席を立った。


 小会議室に入ると、黒川がすでに座っていた。


「お疲れさま、佐伯さん」


「お疲れさまです」


「忙しいところ悪いね。明日のプレゼンの件で、少し話しておきたくて」


 黒川は穏やかに笑っていた。


 美緒は向かいの席に座る。


「率直に言うと、今回は私が前に出るべきだと思う」


「それは、先日も伺いました」


「佐伯さんの案が悪いと言っているわけじゃない。むしろよくできている。ただ、君はまだ主任だ。役員への説明となると、管理職である私が話した方が通りやすい」


 美緒は黙って黒川を見た。


「それに、君は新入社員教育も抱えている。最近、少し無理が出ているようにも見える」


「無理はしていません」


「自分ではそう思っていても、周りはそう見ていないかもしれない」


 黒川の声は、あくまで穏やかだった。


「佐伯さんのためを思って言っているんだよ。女性管理職候補として、ここは無理をしない判断も大事だ」


 美緒の胸に、静かな怒りが広がっていく。


 若い子の教育。

 無理をしない判断。

 女性管理職候補。


 言葉は違っても、意味は同じだった。


 前に出るな。


「私は、自分の企画を自分で説明したいです」


 美緒ははっきりと言った。


 黒川の笑みが薄くなる。


「佐伯さん、そういう頑固さが、女性管理職候補として少し危ういんだよ」


 その言葉に、美緒の指先が冷たくなった。


 女性管理職候補。


 また、それだ。


 仕事の話をしているはずなのに、いつの間にか性別や年齢の話にすり替えられる。


「感情的になっていると思われたら、損をするのは君だ」


 黒川は低い声で言った。


「今回のプレゼン、私に任せなさい。君の名前も補足資料には残す。それで十分だろう」


 十分。


 何が十分なのだろう。


 自分が考え、動き、積み上げてきたものを横取りされ、それで十分だと言われる。


 美緒は唇を噛んだ。


 その時、小会議室の扉がノックされた。


「失礼します」


 扉が開き、律が入ってきた。


 美緒は目を見開いた。


「朝倉くん」


「申し訳ありません。佐伯先輩、部長が資料の最新版を確認したいとのことです」


 律はそう言って、美緒の方へ歩いてきた。


 けれど、その目は一瞬だけ黒川を見ていた。


 偶然ではない。

 美緒はすぐに分かった。


 律は、近くにいてくれたのだ。


「朝倉くん」


 黒川の声が低くなる。


「今は佐伯さんと話しているところだ。新人が入ってくる場面ではないよ」


「申し訳ありません」


 律は丁寧に頭を下げた。


「ただ、明日のプレゼン資料に関して、必要であれば更新履歴と作成履歴もすぐ提示できます」


 黒川の表情がわずかに変わった。


「何の話かな」


「佐伯先輩の企画書と、黒川課長の別案の一致箇所についてです」


 美緒は息を呑んだ。


 律は冷静だった。

 声も表情も乱れていない。


「また、先日の資料差し替えについても、共有フォルダの更新履歴を保存しています。明日の会議で混乱が起きないよう、補足資料として準備しました」


「朝倉くん」


 黒川の声に怒りがにじむ。


「新人が余計なことをすると、自分の評価を落とすよ」


 律は少しも怯まなかった。


「評価は、仕事で判断していただければと思います」


 美緒は律を止めようとした。


「朝倉くん、もういいから」


 けれど律は美緒を見て、静かに言った。


「よくありません」


 その声は、柔らかかった。

 でも、譲らない強さがあった。


「先輩が不当に傷つけられるのを、黙って見ているほど子どもじゃありません」


 美緒の胸が大きく揺れた。


 黒川はしばらく律を睨んでいたが、やがて薄く笑った。


「最近の新人は頼もしいね」


「ありがとうございます」


「佐伯さん、今日はここまでにしよう。明日は、冷静に頼むよ」


「はい」


 小会議室を出ると、美緒はすぐに律を見た。


「朝倉くん、どうして来たの」


「心配だったので」


「心配って」


「黒川課長からのメール、先輩だけが呼ばれていました。内容もプレゼン前の最終確認。嫌な予感がしました」


「だからって、入ってきたら朝倉くんが睨まれるでしょう」


「もう睨まれています」


「そういう問題じゃない」


 美緒の声が少し強くなった。


「あなたはまだ新人なの。私のことで評価を下げたらどうするの」


 律は黙って美緒を見た。


 そして、ゆっくり言った。


「先輩は、どうして自分が傷つけられることには怒らないのに、僕のことになると怒るんですか」


 美緒は言葉に詰まった。


「それは……教育係だから」


「本当にそれだけですか」


 心臓が跳ねた。


 廊下には誰もいない。

 夕方のオフィスのざわめきだけが遠くに聞こえる。


 律は一歩だけ近づいた。


「僕は、先輩に守られるだけの新人でいたいわけではありません」


「朝倉くん」


「僕は、先輩を支えたいです」


 まっすぐな言葉だった。


 仕事の話だと、まだ言える。

 支える。守る。味方でいる。

 どれも仕事上の言葉として受け取れる。


 でも、美緒には分かってしまった。


 律の目は、ただの後輩の目ではなかった。


「教育係と新人じゃなかったら」


 律が静かに言った。


「今すぐ言っていました」


 美緒は息を止めた。


 聞いてはいけない。

 でも、分かってしまう。


 言っていました。


 何を。


 それを聞いてしまったら、もう戻れない。


「……明日の資料、確認しよう」


 美緒は視線をそらした。


 律は少しだけ黙り、それからうなずいた。


「はい」


 その夜、二人は最後の資料確認をした。


 仕事の話だけをした。

 数字、構成、想定質問、補足資料。


 けれど美緒の耳には、律の言葉が残り続けていた。


 教育係と新人じゃなかったら。


 今すぐ言っていました。


 三十五歳の自分が、二十三歳の新入社員の言葉にこんなにも揺れている。


 だめだと思う。

 許されないと思う。

 立場を考えなければと思う。


 それでも。


 美緒は、明日のプレゼンが終わることを怖いと思った。


 仕事の結果が出るからではない。


 律との関係が、今のままではいられなくなる気がしたから。

お読みいただき、ありがとうございます。


美緒を守りたい律と、

自分のせいで律の評価を下げたくない美緒。


互いを守ろうとする気持ちがぶつかった先で、律はついに一歩踏み込みました。


「教育係と新人じゃなかったら、今すぐ言っていました」


まだ、肝心な言葉そのものは口にしていません。


けれど、美緒にはもう分かってしまっています。


そして次話はいよいよ役員プレゼン当日。


仕事の決着とともに、

二人の「教育係と新人」という関係も、大きく動きます。

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