なんだか、いいにおいがする。
【注意】
あんこ視点の話です。
なんだか、いいにおいがする。
近づいてみたら、二本足で立つ大きな……ボクとは違う生き物。
これは、なに?
「あんこ」って、なにそれ?……ボクのこと?
よくわからなかったけれど、その人は、丸くて甘い、おいしいものをくれた。
だんご、って呼んでたように聞こえたけど。
ついていってよかったな。この人は、いい人だ!
「あら。赤くて丸くて……かわいらしいですね」
「姉上、なにを言いますか。こんな得体の知れないものを、かわいいなどと」
前に言った人は、優しそうないい人。
後の人は……なんか、あんまりいい人じゃなさそう。怖い顔をしてるしなぁ。
その後にも、いろいろな人に会った。
大きな顔の人が、いきなり口に指を突っこんできたときは、どうしようかと思った。
……おいしくない。この人もやな人だ。
おいしいものをくれる人だと思ってついてきたけど、その周りはおかしな人ばかりみたいだ。
……大丈夫、かな?
◇◇◇
ある日の夜、なぜだか空気がピリピリしていた。
辛くてまずい木の実を食べたときみたいな感じ。
……なんか、やだな。
「蜜森さんにとっては、初めての双甘大試ですね。緊張されていませんか?」
「……いえ、別に」
「そうですか?……あ、そういえば、あんこちゃんは連れていくのですか?」
「……どうしたものかと。置いていくわけにもいかないので」
置いていく?
……ボクを、置いていく!?
いやだよ! 置いてかないで!
一人でおいしいもの食べようなんて、そうはいかないぞ!
吸盤で貼りついて、離れまいとする。
「でしたら、応援役になってもらうというのは?」
「……応援役?」
優しそうな人が、ボクになにかをつけた。
頭には細長い布。
触手には、ひらひらした変なものがついた、枝みたいなものだった。
……なにこれ。邪魔だなぁ。
「これをね、こうするんですよ」
優しい人が、枝のようなものを持たされた触手を軽く引っ張って、振ってみせた。
……うん?
「こうすれば、ご主人様と一緒にいられますからね」
と、優しい人。
ご主人?……一緒にいられる?
甘くておいしいもの、食べられる!?
じゃあ、やる! こうかな!?
持たされた枝を、ぶんぶん振ってみた。
優しい人が、「そうそう、その調子」と言っていた。
「……ざらめさん。僕はこいつの主人ではありません」
「え? 違うのですか?」
優しい人が、首を傾げていた。
……主人?
そうか! ご主人様って、おいしいものをくれる人のことか!
ねぇ、ご主人様。
ボク、がんばるから。おいしいもの、たくさん食べさせて!
そう思って、一生懸命枝を振った。
朝になって、わーわーとたくさんの人が騒いでいる場所で。
追いだされそうになったので、一生懸命枝を振ってみた。
「お前……! なんて健気な奴なんじゃ!」
ボクを見て嫌そうな顔をしていた、目の上に毛虫みたいなものをつけた人が、そう言っていた。
よかった。追い出されなくて済みそうだ。
ねぇ、そこにあるおいしそうなにおいのするもの、食べていい?
ちょうだい、ご主人!
ご主人様は、ボクの言ったことがわかったのか、すぐにそれをちぎって食べさせてくれた。
わーい!
……あれ? なんか、思ったほど甘くない!
草の味がする! やだ! その真ん中の、黒くて甘いところだけにしてよ!
叫んだら、ご主人様はボクの希望どおりにしてくれた。
うふふ。やっぱりいい人だな。
しばらくして……そのときがきた。
……う? なんだか、ムズムズする。
――ご主人様が、「あの力」を使ったんだ。
たまらなくなって、思わず墨を吐いた。
……そっか。
この人――ご主人様が、「あの力」をもらった人だったんだ。
おいしいものに連れられてきたのは、まちがいじゃなかったみたいだ。
それ、あんまり使いすぎないほうがいいよ。疲れてお腹がすいちゃうからね。
そのボクの言葉が、通じていればいいのにと思った。
◇◇◇
素敵な出会いがあった。
「わあ。その赤い子はなんですかぁ?」
白い髪の……女の子ってやつかな?
その子が、にこにこしながら近づいてきた。
他の、桃色と緑色の髪の子は、不思議そうにボクを見ているだけ。
……かわいい?
わあ。この子も、あの優しい人と同じなんだ!
おいしいもの、くれるかな?
と、思ったら、いつもどおりご主人様がくれた。
緑色の、もちもちしたものだった。
甘い! おいしい!
喜んでくるくる回ったら、女の子たちも嬉しそうにしていた。
わあい。友達ができた!
よろしく。白い子と桃色の子と緑の子!
……だけど。
ある日、一番仲よくしてくれた白い子が、悪い人に攫われてしまった。
なんてひどいことをするんだ!
「言ったじゃない! 強くなりたいって! だから私、応援してあげようと思ったのよ?
ね? 大丈夫。母さんがいるから大丈夫。言うとおりにしていればいいの!
いい子だから。わかるわよねっ? あなたは昔から、母さん思いの優しい――」
もう、うるさいよ!
そう思った瞬間、ご主人様がボクをそのうるさい人めがけて投げつけた。
思いきり触手を広げて、その人がしずかになるように、貼りつく。
でも、それでもまだうるさかったから、墨を吐いてあげた。
これでよし。
まったく。ボクの大事な、おいしいものをくれた友達をいじめるなんて!
悪い人だ!
「紅子ちゃん。ありがとう」
あとで、笑顔の白い子にそう言われた。
……「べにこちゃん」っていうのが、なんのことだかはわからなかったけど。
ま、いっか!
◇◇◇
今度は、見たことのない場所にやってきた。
「その赤いものは……」
「……あんこです」
「……これから、我らが団長と会っていただきます。不敬にならないようにしていただきたい」
薄い色の髪の知らない人が、怖い顔をむけてきた。
……やだなぁ。
いつもの、ご主人様の服の中に隠れていよう。
ここは、とても安心できる。
ご主人様がいつもボクを置いている場所から近くて便利、っていうのもあるんだけど。
なんだか温かくて、すごく気持ちよくてほっとするんだ。
前いたところ以上に怖い人ばっかりだから、ずっとこの中にいようかなぁ。
でも、ここでもおいしいものとたくさん出会えた。
なんだか、前いたところにあったものより、ずっと甘さが強い。
おいしいけど……そんなにたくさんは食べられないかも。
そうやって、おいしいものを満喫していたある日。
どこかわからない、とても寒い場所に連れていかれた。
ご主人様が「あいすくりーむさん」と呼ぶ、大きな人と一緒に。
……なにここ!? やだ! 早く帰りたい!
「……ありがとうございました。とても参考になりました」
「なに……もう戻る? もうちょいいたいんだけど」
なに言ってるの、この人!
寒いところが好きな人なのかな……? 変な人だなぁ。
その後であるお店に入ったときは、変な色をしたものを飲ませてもらった。
ご主人様は、ブルーベリージュース、って呼んでいたもの。
「じゅーす」がなにかは、わからない。
とにかく、とろとろしていて甘酸っぱくて、おいしかった!
……大事な口が、変な色になっちゃったけど。
ご主人様と一緒だと、いろんなおいしいものが食べられる。なんて幸せだろう。
ずっと、こうしていられたらいいのに。
――でも、すこししてまた元の人たちのところに戻ったけど。
うーん……あっちのとっても甘いものも好きだけど、こっちの大人しい甘さのものも好きなんだよな。
……好きなときに、好きなものを食べさせてもらえたらいいのになぁ。
◇◇◇
大変だ。大変だ大変だ……!
ご主人様が、青白い顔でこっちを見ている。
「……行け」
指で、ボクを押した。
行け?
……そっか! だれか助けてって、呼んでくればいいんだね!?
ボクは走りだした。
早く早く!
ボクの大事なご主人様が……! おいしいものをくれる人が、死んじゃう!
「おお? そこにいるのは、軍師殿の飼いものでは?」
触手をしゃかしゃか動かして走っていると、顔は知らないけど見たことのある服を着た人に会った。
この人なら、ご主人様を助けてくれる!
絡みついて引っ張って、ご主人様のところに案内。
すると、思ったとおり助けてくれた。
よかった……ご主人様、これで大丈夫だよね。
……大丈夫、だよね?
結果的には、大丈夫だった。
目を覚ましたご主人様は、ボクの柔らかな頭を押して遊んでいた。
こうするのが好きみたいだけど、楽しいのかな?
……ねぇ、ご主人様。また一緒に、おいしいもの食べよう?
まだ、「そのとき」じゃないからね。
◇◇◇
真っ赤で、苦しそうな顔で眠ったご主人様。
……そっか。もう「そのとき」がきたんだ。
よっし。じゃあ、お役目果たさないとね。
ご主人様の夢の中に、入りこんでみた。
「……なんだ?」
ご主人様は、ボクがいることがとても不思議みたいだった。
――ボクのお役目。
それは、「あの力」を手に入れた人に、選べる世界を見せること。
そうしてあげた後、ご主人様は探るような目をむけてきた。
(お前は、いったい何者なんだ?)
ご主人様の、心の中の声。
そんなに不思議かな?
ボクからしたら、ご主人様たちのほうが変な人たちだけどなぁ。
そうしているうちに、ご主人様は好きなほうの世界を、きちんと選んだ。
「……僕は、こっちを選ぶ」
あの、甘いものがたくさんある世界。
……いいんだね。
そして、ご主人様が前にいた世界との縁を切って。
ボクたちはまた、一緒にいられることになった。
戻ってきたとき、ボクに触れてきたご主人の仕草は、とても優しかった。
「……ありがとう」
それがお礼――嬉しい言葉だって、ボクはもう知っている。
うふふ。ご主人様、こちらこそありがとう。
こっちの世界を、選んでくれて。
これにて、完結いたしました!
なんとかここまで書ききれました。応援いただいた方々に感謝いたします。
ほっとしたような、寂しいような複雑な心境です。
次回作は、もう少しほのぼのした作品を書ければと思っております。
最後にもう一度。本当にありがとうございました!




