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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
後日談

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どら焼き夫妻の懐妊騒動編 後編

 大福さんだけは、相変わらずだった。


「いやぁ、しょう子さんが懐妊とはなぁ。めでたいことじゃ。

 それでは、弥太郎の奴が落ちつかないのも無理ないじゃろうて」


 ニコニコと、嬉しそうにそう語っていた。


 ――こし餡さんの妊娠が発覚した、翌日。

 話を聞きたくて、大福さんの家を訪れた。


 ……の、だが。

 なぜかその妻のつぶ餡さんが浮かない顔をしていた。

 それに気づいた大福さんが、嘆息する。


「おりゅう。元気出せ。いつものことじゃろう?」

「……ええ。そうですね。申し訳ありません」


 お茶とお菓子を出してくれたつぶ餡さんは、悲しそうに笑いながら大福さんにむけて一礼した。


 ……お菓子は、最中。

 中身は栗餡だった。口当たりなめらかで、美味い。

 あんこにも与えてから、つぶ餡さんを見る。


「……つぶ餡さんにおうかがいしたいのですが」

「え? 私ですか?」

「はい。こし餡さんとの関係のことで」


 つぶ餡さんが、はっとした顔になり、胸元に手を添えた。

 ……やはり、元気がない理由はそれか。


「最近、なにか変わったことは?」

「変わったこと……と、言われましても。

 いつもどおり、顔を合わせては言いあっておりますが」

「いつもどおりではなく、『いつも以上に』では?」

「…………」


 つぶ餡さんは答えなかったが、代わりに目をそらしていた。


「……どら焼きさんが、あなたの手も借りようとおっしゃっていたのですが。

 当のこし餡さんは、必要ないとひどく拒絶されていました。

 実際、あなたが申し出たときもそうだったのでは?」

「……ええ。土井様から、しょう子の具合がよくないと聞きまして。

 お宅にうかがったのですが……そのときはもう、ひどい言われようでした。

 お腹に子がいる状態ですから、気が立っているものだと思っておりましたが」


 ……それも、ないとは言いきれない。

 だけど、先日のこし餡さんの様子からは、それだけが原因とは断定できない。


「そういうものなのか? おんしはそんなことはなかったじゃろ」

「ええ。人によっても違うのではないかと」


 ……人に、よっても。


「……そういえば、つぶ餡さんは双子のおはぎさんとぼた餅さんをご出産なさったのですよね。

 当時は、大変な騒ぎだったのではないですか?」


 そう言った瞬間、なぜかつぶ餡さんがぎょっとして、大福さんを見た。

 そして、腕組みをしていた大福さんの体が……ゆっくりと、後ろに傾いていった。


「お前さま!」

「ああ……あのときは……ほんっとうに、気が気じゃなかったのう……」

「しっかりしてくださいな! 私はこのとおり無事ですから!」

「ああ……本当に、よかったのう……」


 大福さんが弱々しい声で、つぶ餡さんの手を握った。

 ……予想どおり、相当大変だったらしい。


 すこし復活した大福さんが、僕を見て弱々しく、「すまんな」と言った。


「産声が聞こえてきて、喜ぶのも束の間じゃ。

 部屋から出てきた産婆に、おりゅうと子の具合はどうかと尋ねた。

 そうしたら、『もう一人おる!』と、怖い顔で言ってきてのう。

 そばについてやることすらできず、どうしたものかとうろたえてしまった。

 だが……部屋の中から、おりゅうの強い言葉が聞こえてきたんじゃ。

 絶対、絶対産みますから! となぁ」

「当然ですよ。お前さまとの子ですもの」


 つぶ餡さんが、キリッとした真剣な目を大福さんにむけた。


「……そんなおんしだったからこそじゃ。

 町中に子が生まれた件が広まって、甘誠組(かんせいぐみ)の者のみならず、大勢の者に祝ってもらった。

 それもありがたかったが、二人をこの腕で抱いたあのときが、一番幸福なときだったと思う。

 本当に、全部おりゅうのおかげじゃ」

「ですから、当然ですよ。それが私の務めでしたから」


 大福夫妻は、にこにこと笑いながら見つめあっていた。


 ……双子を出産。

 母子ともに健康な状態だった。

 町中の人たちからの祝福。


 しばらく考えていたら……思いついた。

 そうだな。その可能性が、高いな。


「……わかりました」

「ああ、いや。すまんの。のろけたつもりはないんじゃが」

「いえ。わかった、というのは……こし餡さんがつぶ餡さんを拒絶する理由についてです」


 頭をかきながら否定した大福さんが、僕の言葉を聞いて目を丸くする。


「本当ですかっ?」

「はい」

「その理由とは? お聞かせいただけませんか?」


 詰めよってきたつぶ餡さんを見つめた後、お茶を一口。


「……こし餡さんは、あなたのことが嫌いになったわけではありません。

 むしろ、逆です」

「……逆?」


 聞きかえしてきた言葉にうなずいて、それ以上は答えず、ぼんやりと遠くを見ながら考えた。


 ……解決するのは、難しい話じゃないな。


 ◇◇◇


 大福さん宅をあとにして、こし餡さんに会いにいった。


「今日はとてもお加減がいいそうなので、お店にいくとおっしゃっていましたよ」


 教えてくれたのは、ざらめさん。

 こし餡さんがつぶ餡さんを拒絶する姿を見て、心配した輝一さんが代わりに世話を頼んでいたのだ。


 教えてもらったとおり、彼女の仕事場――砂糖の製造・販売を行っている甘露屋へとむかう。


「いらっしゃい!……って、あら。あんたかい」


 すぐに、上がり框(がまち)に腰かけていたこし餡さんが、元気そうな声をかけてきた。

 一礼してから、中に入る。

 

 すぐに、お茶をいれてくれた。


「……お体のほうは?」

「今日はだいぶ調子がよくてね。

 ずっと寝てばかりいたら、体がなまっちまいそうで。それに、気も滅入るしね」


 苦笑する彼女の横顔を見つめる。

 ……回りくどい言い方をする必要は、ない。


「気が滅入る……やはり、不安ですか? 子を産むのは」


 ぴたっと、こし餡さんの動きが止まった。

 すこししてから、湯気の立つ湯飲みが差しだされる。


「……なに言ってんだい。そんなこと、言っていられないだろう?

 私は母親になるんだから」

「言ってもいいんですよ。出産は、命をかけた大仕事ですから」


 湯飲みを受けとって、かなり熱かったので一旦戻す。


「一人だろうが……『二人』だろうが、不安に思うのは当然です」


 二人、と強調して言うと、こし餡さんが体をこわばらせたように、びくっと震えた。


「……僕は、男なので。その大変さは、想像を絶すると思います。

 ですが、同じ男の気持ちならわかります」

「男……って?」

「どら焼きさんです。

 ……それならそうと、なんでなにも言わなかったんじゃ! わしはそんなに頼りないか!

 ……とでも言って、怒ると思います」


 息を大きく吸って、どら焼きさんのものまねをしてみせた。

 突然大きな声を出したせいか、こし餡さんはのけ反って、目を大きく開いて固まっていた。


 しばらく唖然としていた彼女は、やがて笑顔を浮かべた。


「はは……なんだい! あんた、うちの旦那のまねがうまいねぇ!」


 手を叩いて、涙を流しながら笑いだすほどだった。


「はぁ……ありがとうねぇ。なんだかすっきりしたよ」


 やがて、こし餡さんは涙をぬぐった後、ため息をついた。


「……私が、臆病なだけなんだ。

 二人も産んでみせたおりゅうに、私は一人産むだけでも不安になっているなんて知られたら……笑われるだろう?

 そう思ったら、怖くて……顔をまともに見られなくなっちまったんだ」


 こし餡さんが、自嘲気味に笑って言った。


「……本気で、そう思っていますか?」

「え?」


 瞬間。

 閉まっていた店の引き戸が勢いよく開いて、外からだれかがずかずかと入ってきた。

 こし餡さんが、腰を抜かしかけるほどの迫力。


 犯人は、言わずもがな。つぶ餡さんだ。


「あんた……! なにを言ってるんだい!

 私が、あんたを笑う!? 子を産むのに、不安になっているあんたを!?

 だれがそんなことするもんか! ばかにするのも大概にしな!」


 ……始まった。

 あまりの剣幕に、あんこはすぐに僕の首の後ろの着物の中に隠れた。


 まぁ、あとは二人で解決する話だ。

 すこし冷めてきた湯飲みを持って、隅に移動した。


「ば、ばかに……って、だって本当のことだろう!?」

「はぁあ!? あんたにとっての私は、そんな性悪に見えてたのか!」

「性悪じゃないか! いつもなにかと突っかかってきて!」

「それはあんたがいつもけんか腰だからだろう!?」

「こっちが言うことだよ、それは!」


 ……埒(らち)が明かない。

 しかし、想定内。


 首の後ろに隠れていたあんこを引っ張りだして、二人の間に放りなげた。

 上がり框に、べちょっと着地するあんこ。

 途端にそれに注目が集まって、二人の言いあいが止まる。


「……本音で話しませんか。

 お二人は、お互いを大事に思っている。

 だからこそ、そうやってついけんかをしてしまうのですよね」

「……っ」


 二人は黙りこんで、顔をうつむかせた。

 しばらく、どちらも口を閉じたままだった。


「……あんたが、いてくれたからだよ」


 沈黙を破ったのは、つぶ餡さん。


「私が萩之介と牡丹を無事に産めたのは……あんたがずっとそばにいてくれたからだ」

「え……?」

「忘れたのかい。ずっと、手を握っていてくれただろう。

 励ましの言葉も、何度もかけてくれたじゃないか。

 あれが……どれだけ、心強かったか。

 あんたがいなかったら、無理だったかもしれないって。本気で思ってるんだよ」


 優しい笑顔を浮かべたつぶ餡さんが、こし餡さんを見つめる。

 こし餡さんも、泣きそうな顔で彼女を見ていた。


「だから、今度は私がそばにいる。あんたが嫌だって言ってもだ。

 あのときの恩を、ちゃんと返すから。

 ……素直に、なれなくたっていいよ。

 好きなように罵倒してくれてかまわない。

 この人の言うとおり……私は、あんたのことが大好きだから」


 満面の笑みで言いきった、つぶ餡さん。

 こし餡さんの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


 やがて、その涙が決壊。


「……っ嫌だ、なんて……言うもんか。

 そばに、いておくれよ。

 私だって……っあんたがいなかったら、だめなんだから」


 二人は、泣きながら抱きあった。


 お茶を飲みほし、湯飲みをそっと置いて、あんこを回収。

 店をあとにした。


 ……外に、うずくまっている人。

 どら焼きさんが、めそめそ泣いていた。


「……なにか言わなくてもよかったのですか」

「お前が……っ勝手に人の言いたいことを言ったせいじゃろうが……!

 しかも、妙な猿まねで!」


 涙目のまま、指をさして怒りをぶつけてくるどら焼きさん。


 ……なんてことはない。これで、解決だ。


「もうわかったぞ……遠慮なんかしない! 

 しょう子が嫌だと言っても、かまってかまって、かまいたおしてやる!

 不安な気持ちなんぞ、わしが吹きとばしてくれるわ!」

「……本気で嫌がったときは、自重してください」

「決めた! 願かけじゃ! 今日から一滴も酒は飲まん!

 しょう子が無事に子を産むまではな!」


 空にむかってそう宣言したどら焼きさん。

 僕の言葉はろくに聞いていない様子で、ずかずかと肩をいからせながら立ちさっていった。


 ……断酒、するのか。

 たい焼きさんと自慢焼きさんに、一言謝罪しておかないとな。


 ◇◇◇


 ――数か月後。

 こし餡さんは、無事に元気な男の子を出産した。


「……どら焼きさん?」

「なんじゃ。わしはここにおるぞ」


 冗談抜きで、分身かと見まがうほどそっくりな子だった。

 そのせいか、甘誠組のみならず町中で可愛がられるようになっていったのは、言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
人型の和菓子と洋菓子が戦うという一見コミカルな設定ですが、読み進めるほど「勝つこと」ではなく、「なぜ争っているのか」「どうすれば争わずに済むのか」へと物語の焦点が移っていくのが印象的でした。 キャラ…
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