どら焼き夫妻の懐妊騒動編 前編
それだけだった。
ある日の定例会議のあと、荒物通りにむかった。
紙と墨が終わりそうだったのと、ついでに他にもいろいろ買い物をしたかった。
……なのに。
「軍師殿ぉ! ちょうどいいところにおりましたな、軍師殿ぉっ!」
「声がでかすぎるんだよ、お前は!」
……あなたもな。
駆けよってきたのは、たい焼きさんと自慢焼きさん。
たい焼きさんは、丸顔で極太眉が特徴。
自慢焼きさんは、それとは正反対ともいえるほどの、面長で美形タイプ。
どちらも、どら焼きさんの五番隊所属の隊士だ。
……また、トラブルの予感。
「……どうかしましたか」
「実は、折り入ってご相談があってまいりました」
「よろしければ、話を聞いていただけませぬか。たい焼きでも食べながらでどうです?」
屋台を指さしながら、たい焼きさんが言った。
たい焼きさんが……たい焼きを? 共食いじゃないか。
一瞬思いうかんだどうでもいい違和感を振りはらい、快諾。
餅生地の白たい焼きを買ってもらい、受けとった。
「……それで、相談とは?」
「はい。実は、土井隊長のことなのですが」
歩きながら聞くと、自慢焼きさんが切りだした。
白たい焼きを欲しがるあんこに、一口分だけちぎって与える。
「……最近、どこか様子がおかしいようですね」
「おお! さすがは軍師殿! お気づきでしたか!」
「だから、うるさいっ」
自慢焼きさんが、いちいち声のでかいたい焼きさんの頭を叩いた。
――どら焼きさんの様子がおかしい。
すこし前から、そう感じていた。
先程の定例会議のときもそうだったが、妙にそわそわしているように見えた。
大福さんが尋ねても、
「家のことなので。ご心配をおかけしますが、どうかお気になさらずっ」
としか、言わなかった。
そろそろ、大福さんが本格的になにか言いだす頃。
僕のほうでも、動きだそうかと考えていたところだった。
「……家のことでなにかあったようですが」
「はい。詳しいことはわからないのですが、どうも奥方様と関わりがある模様でして」
「奥方様……」
どら焼きさんの奥さんは、こし餡さん。本名は、しょう子さん。
僕がこの世界にきてまだ間もない頃に結婚した、新婚夫婦だ。
……夫婦げんかか?
いや。それなら、どら焼きさんの性格上だれかしらに相談しているはず。
だれにも言わず、こそこそする必要がどこにある?
「最近は、飲みに誘っても断られてばかりなのです」
「軍師殿の話術で、なんとか理由を聞きだしてくだされ!
隊長がいないと、せっかくの美味い酒も味気なくてつまらないのです!
よろしくお願い申し上げまするっ!」
「だから、いちいちそんなでかい声で言うな!
……申し訳ありません、軍師殿。私のほうからもお願いいたします」
たい焼きさんと自慢焼きさんに、頭を下げられた。
……この二人、いいコンビだな。
ペアで固定しても悪くはなさそうだ。
……それは、ともかく。
どら焼きさんを捕まえて問いつめるのに、絶好のチャンスがある。
もうじきやってくる、「あの日」だ。
◇◇◇
整えられた場。
正装をした人々が見つめているのは――主役の二人。
羊羹さんと、さつまいもさん。
今日は、二人の祝言の日だ。
練り切り様からのお触れが出され、異なる領地に住む者同士の結婚を禁止していた規則は、やっと撤廃された。
結果、条件を満たした場合は結婚してもよい、ということになった。
……その条件が、いくつもあって面倒なのだが。
どれも合理的なものなので、反対はしない。
中でも特筆すべきなのは、両家から一人以上の保証人をたてなければならない件。
婚姻者がなにか問題を起こした場合、その保証人も連帯して責任を負う。
文字どおり、婚姻者の人格を「保証する人」を設定しないといけないのだ。
もちろん、条件はそれだけじゃない。
けれど、二人はそのすべてを乗りこえた。
それによって、今日という日を迎えられたのだ。
……そしてなぜか、どら焼き夫妻のときと同じく、僕が和三盆を二人に渡す役を担ったのだが。
厳かな雰囲気の中でも、幸せそうにしていた主役の二人が、とても印象的だった。
それと、隅で大泣きしていたさつまいもさんの父親も。
式の後、宴会が始まったところで、あいさつをしにいった。
「このたびは、おめでとうございます」
「蜜森。はるかとこうして夫婦になれたのは、すべてお前のおかげだ。礼を言う」
「私からも。本当にありがとうございます。まだ夢の中にいるようです」
穏やかにほほえむ羊羹さんと、目を潤ませながらもほほえむさつまいもさん。
……理不尽な規則を改正したかっただけだった。
その結果、二人が幸せになれたのは……まちがいなくいいこと。
「……今後は、どうされるのですか」
「もちろん、私が養田家に入ります。
ただ、実家のほうにもちょくちょく顔を出そうと養田様――じゃない、だ……っ旦那様、がおっしゃってくださって」
「大事なあの店を、潰すわけにはいかないからな」
うなずいてから、視線を移動させた。
……さつまいもさんの父親は、余計顔を上げられなくなったみたいだ。
「……無理は禁物です。自分たちだけで解決しようとは思わないように」
「お前がそれを言うのか?」
「ふふっ。ありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」
羊羹さんと、語尾が下がり気味になる独特のイントネーションで言うさつまいもさん。
二人の笑顔が、とてもまぶしかった。
やがて、宴もたけなわとなりつつあった頃。
「それじゃあ、わしはこのへんで……」
と、さっさと帰ろうとしたどら焼きさんの前に、輝一さんが立ちふさがる。
「お待ちください、土井殿」
「なんじゃ、輝一。すまんがわしは急いでいるんじゃ。用ならあとに――」
「こし餡さんに、なにかあったのですか」
僕は、後ろから忍びよる。
振りかえったどら焼きさんは、ぎょっとした顔をしていた。
「そうじゃ! 早く帰らんといかんのじゃ!」
「なにがあったかだけ、聞かせてください。でないと、そろそろ大福さんが動きます」
「……!」
羊羹さんと、楽しげに話をしている大福さんを、一瞥する。
局長の彼が関わってきたら、面倒――じゃない、大事になる。
それは、どら焼きさんもよくわかっているはず。
……思ったとおり、どら焼きさんは僕と地面を交互に見ていて、迷っている様子だった。
しばらくして、肩の力を抜いてため息をついた。
「……わかった。話す。頼むから大事にはしないでくれ」
「お約束します」
輝一さんも、はっきりと見えるようにうなずいていた。
「実は……すこし前から、しょう子の具合がよくないんじゃ」
「具合が? どこかお悪いのですか?」
「ああ。ろくに物を食えんし、食ってもすぐ吐いてしまうんじゃ。
医者に診てもらおうと言ったんじゃが、しょう子が『大したことないから』とか、『すぐ治るから』と言って、拒むばかりでなぁ」
どら焼きさんが、心底困りはてた様子で、頭をかきながら言った。
……ろくに食べられない。食べてもすぐ吐いてしまう?
「そうでしたか。それはいけなかったで――」
「おめでとうございます」
輝一さんにかぶせるようなかたちで、言った。
どら焼きさんが、目を丸くして固まった後、詰めよってきた。
「おのれ……わしの妻が苦しんでいるのがめでたいじゃと!?」
「そうではありません」
「じゃあなんじゃ!」
激怒して胸倉をつかんできたどら焼きさんを、なだめもせずにじっと見つめる。
……まぁ、わかるわけがないか。
「つまり……ご懐妊では?」
「……は?」
◇◇◇
一人でぶらぶらしていたういろう先生を捕まえて、どら焼きさん宅に移動。
「そうだな。これくらいなら……三月ってとこか」
「……!?」
こし餡さんの診察結果は、僕の予想どおりだった。
「月のものがなくなって、どれぐらいだ?」
「……おっしゃったとおり、三月前からです」
「じゃあ、まちがいねぇな。おめでとさん」
軽い口調で言う、ういろう先生。
一方で、どら焼きさんは目を見開き、口を大きく開けたまま固まっていた。
「だから、言ったじゃないか。じきおさまるって」
「お……っおお、お前! わかっていたなら、なぜ言わなかったんじゃ!?」
「言ったら大騒ぎするだろう? 仕事が手につかなくなるかもしれないし」
「それは、賢明な判断でした」
「おい!?」
僕らのやり取りを見ていたういろう先生が、天井を見上げてゲラゲラと笑った。
「しっかし、よくわかったな? さすが俺の弟子」
「……弟子になった覚えはありません」
「そのとおりです! 風はうちの大事な軍師です!」
「わかってるっつうの。冗談だよ」
輝一さんの真面目な返しに対しても、ういろう先生はニヤニヤしながら受け流していた。
そして再び、布団から半身を起こした状態のこし餡さんを見た。
「今はしんどい時期だろうが、もうすこししたらちゃんと食えるようになるはずだ。
とにかく、今は無理するな。食べられるもの、飲めるものだけでいい。
よほどしんどくなったら、また呼べ」
「はい。ありがとうございました」
「承知いたしました!」
こし餡さんとどら焼きさんが、深々と頭を下げてういろう先生にお礼を述べる。
帰っていく先生を見送ってから、またこし餡さんのところへ戻った。
「いいか、しょう子。お前はとにかく、自分と腹の子のことだけ考えるんじゃぞ」
「わかっておりますとも。そうさせていただきます」
こし餡さんは、疲れたような顔で苦笑していた。
……これで解決、とはいかない。
無事に出産が終わるまで……いや、それ以降も。
どら焼きさんは、そわそわしっぱなしの可能性が高い。
「……この件は、僕から大福さんに報告させていただいてもよろしいですか?」
「いや。わしからきちんとお伝えする。
ご心配をかけてしまった分も、しっかりお詫びをしないとな」
「……わかりました。では、それで」
輝一さんを見ると、彼も納得した様子でうなずいていた。
理由がわかれば、具体的なサポート計画も立てられる。
どら焼きさんが報告を終えた後で、彼抜きで話し合いをする必要があるな。
「と、いうわけじゃ、しょう子。
なにかあったらいけないから、やはりおりゅうさんについててもらったほうがいいと思うんじゃが」
「それは必要ないよ」
「なんでじゃ? おりゅうさんなら、お前のことをよくわかっているじゃろ。
そばにいてくれれば、わしも安心――」
「やめとくれよ! いいって言ってるだろ!」
どら焼きさんの言葉を、鋭く、強く否定したこし餡さん。
途端、どら焼きさんだけでなく、輝一さんまでもぎょっとして、彼女を見つめた。
その視線に居心地の悪さを感じたのか、こし餡さんは口をつぐんでそっぽをむいた。
……おりゅうさん。
すなわち、立場的には彼女の姉のような存在の、つぶ餡さん。
普段から、顔を合わせるたびに軽い口げんかをするような仲だと聞いている。
だけど、今の反応はどう考えても尋常ではない。
……また、新たな問題発生か。




