ああ、戻ってきたんだな。
ああ、戻ってきたんだな。
目を開けた瞬間、見慣れた、けれど懐かしい景色があった。
木目調の天井。
畳に敷かれた布団の上に寝かされている僕。
起きあがって見えたのは、整えられた庭。
枕元で、きゅーきゅーと鳴いている、あんこ。
頭をむんずとつかんで引き寄せ、手の上に乗せる。
「……ありがとう」
なでながら言うと、あんこは一度僕を見上げて、嬉しそうにすり寄ってきた。
その感触に、なぜか安堵する。
だが。
ふと、足元に積みあげられているものに気づいて、一瞬思考が停止した。
フルーツの盛りあわせに、様々なお菓子。
それらが、山のように積まれている。
……なにがあった。
まちがいなく見舞いの品だが……そんなに長い間、僕は眠りつづけていたのか?
疑問に思っていると、ずかずかと廊下を歩く足音が近づいてきた。
その主――輝一さんは、顔をうつむけたまま、僕の布団の横にあぐらをかいて座った。
しばらくして……目が、合った。
「風っ!?」
「はい」
遅いな。
意識がよそにむいていたのか?
目を見開いた輝一さんは、僕の額に手を当ててきた。
そして、熱がないと知り、安心したのか脱力していた。
「……よかった」
弱々しい、疲れきったような声。
目の下に、うっすらと隈がある。
……非効率だな。
ほとんど寝ずに看病するなんて、他にやりようはいくらでも――
……いや。
「ありがとうございます」
声をかけると、輝一さんが顔を上げて、不思議そうに瞬きした。
「僕を呼んでいただき、ありがとうございます」
「……呼ぶ?」
「戻ってきてくれ、と……看病しながらずっとおっしゃってくださいましたよね」
「……! 聞こえて、いたのか」
「はい」
「……そうか……」
輝一さんは、驚きに目を見開いた後、照れたようにそっぽをむいた。
……相変わらず、感情表現が豊かな人だ。
そして、それを見てほっとしている自分がいる。
「……当然だ。どれだけちっぽけでも、私にできることはすべてやる。
そう、決めたからな」
「そのおかげで、僕はこちらに戻ってこようという気になれました」
輝一さんが、足を組みかえながら困惑したように眉を寄せる。
「……どういう意味だ?」
「なにがですか」
「こことは違う別の世界に行こうとしていた、とでも言うのか」
手の上にいるあんこを、手のひらで軽く押しつぶす。
「……輝一さん。前よりずいぶん鋭くなりましたね」
「なんだと!? 私をばかにして――いや、待て! 本当にそうだったのか!?」
「はい。もうここでの僕のお役目は、果たしたので」
「なにを言うか! ふざけるな!」
輝一さんが、憤慨して立ちあがる。
「なにが役目を果たしただ! まだまだやるべきことはあるではないか!
今後、双甘大試がどうなるかもわからない。
例の規則改正や、共同統治が本当に実現するのかも、まだどこにも確証はない。
この状況の、どこが役目を果たしたと言えるのだ!」
「僕ができることはしました。他にできるとしたら、見守ることだけです」
「それをお前がしないとして、他にだれができると言うのだ!」
「僕でなくてもいいはず……と、思ったときもありました」
口を開いてさらに反論しようとした輝一さんの動きが、そこで止まる。
「最後に決め手となったのは……ここがいい、と思う気持ちだけでした」
輝一さんを見上げながら、言った。
理屈も、合理性も、あとでついてくるからと。
そうして僕は……元の、生まれ育った世界を捨てた。
『あなたのしたいようになさい』
母さんのあの言葉は、選び方を教えてもらっただけ。
『早く戻ってきてくれ。皆……待っているぞ』
輝一さんの言葉は、選択肢を一つ提示してもらっただけ。
選んだのは、僕自身。
立ちつくしていた輝一さんが、また座りなおした。
「……なら、私からも礼を言わないといけないな。
風。お前がこちらを……私たちを選んでくれて、嬉しい。礼を言う」
「……はい」
頭を下げた輝一さんに遅れて、僕も同じように一礼。
顔を上げると、膝の上に手を置いて穏やかに笑う輝一さんが、目の前にいた。
「……ところで、これはいったいなんですか?」
「ん?……ああ。すべてお前への貢ぎ物だ」
「……貢ぎ物」
僕は神ではないが。
輝一さんも、足元の品々を見ながら頬をかき、苦笑していた。
「いや、それがな。
風が臥せっている間に、義兄上がそれを聞きつけて見舞いにきてくださったのだ。
その後、町中に話が広まって……このありさまだ」
輝一さんの義兄――煎餅さんの仕業だったか。
有名な老舗の跡取りが話をすれば、あっという間に広まるに決まっている。
「……あまりにも長い間眠ったままだったせいかと思いました」
「たったの五日だ。問題はない」
……なかなかの期間だったようだ。
「毎日のように、見舞いにくる者がいてな。
私も姉上も、町を歩くだけでお前の容体について聞かれたり、見舞いの品を渡されていたのだ」
輝一さんが、曰く貢ぎ物の中から、一つの小さめの箱を手にとった。
そして、「見ろ、和三盆だぞ」と目を輝かせていた。
「……皆、待っているぞ」
「……そうですね」
顔を見合わせて、うなずいた。
――その後。
仕事から帰ってきたざらめさんが、起きあがった僕を目の当たりにして驚き、大騒ぎになった。
白湯を飲んで、すこしだけ休んでから、輝一さんと共に外出。
目的地は、もちろん。
甘誠組の屯所。
近づいていくと、その前には出迎えの人たちがいた。
大福さん、羊羹さん、みたらし団子さん、どら焼きさん。
その他、大勢の隊士たち。
一旦立ちどまって、彼らを見つめる。
「……今、戻りました」
途端に響く歓声の中へ、ゆっくりと歩いていった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
これにて、本編は終了です!
合理的思考を優先する主人公が、最後は気持ちで異世界を選ぶ姿が、我ながら好きです笑
さて、明日からは後日談に入ります。
まだまだ作品自体は続きますので、最後までお楽しみいただけたら嬉しいです。
明日も20時頃の更新予定です。




