聞くチャンスは、今しかない。
聞くチャンスは、今しかない。
求肥さんと八つ橋さんは、具体的にどういう関係だったのか。
そこをはっきりさせなければ、話が進まない。
「……どうか、一つだけ教えていただけないでしょうか」
「なんだ」
頭を下げながら一言断って、すこし間を置く。
答えてくれるかどうかは……当然、求肥さん次第。
「肥田様と、ここに眠られているお方はどのような間柄だったのですか」
……風が、僕と彼の間を吹きぬける。
沈黙。
求肥さんは、うつむき加減で石碑を見つめたまま、口を固く閉ざしていた。
ややあって――こちらをむいた。
「八重は、私の娘だ」
――思考停止。
「は……!? む、娘ぇ!?」
背後から聞こえてきた、きんつばさんの驚きの言葉も謎だった。
娘?
きんつばさんでさえも、知らなかった?
固まっている僕らをよそに、求肥さんが鼻で笑った。
「さすがの物の怪の類の力を持つそなたでも、そこまではわからなかったか」
「……はい。不覚にも、家名が違うのでそれはないと、思いこんでおりました」
「橋本とは、あれの母……私の妻の旧姓だ。
甘誠組に入る際に、変えたのだ」
八つ橋さんは、母親の旧姓を使っていた。
考えられるとしたら……人からの妬みをさけるためというのが、一番可能性が高いか。
……しかし、そうはいっても。
この人は、身内だからといって規則を破った者を庇うような人ではないはず。
「納得できぬか」
「…………」
「……知っているのだろう。私がこの手で……っ切腹した八重の首を、はねたのを」
求肥さんが、震える手を突きだしてきた。
僕はうなずいた。
「私が、娘の命を終わらせた。この手でだ」
突きだした手で、ぐっと拳を握る求肥さん。
それを、忌々しげに見つめたのち、目を閉じた。
「……だから、隠した。
死んだ後も、八重の行為を辱めることなど……到底できなかったのだ」
求肥さんが、言いおわった後に血が出そうなほど強く唇を噛みしめた。
……メローリアの人と親密な仲になるなど、ご法度。
それを破った八つ橋さんを、許したわけではない。
正しいとも、思っていない。
……だけど。
人の親として、それ以上はできなかった。
当時このお方がどれほど苦しんだか、僕には察するに余りある。
「以来……私は、刀が握れなくなってしまった」
「……そうでしたか」
……そういえば。
落雁さんを追いつめたときも、腰の刀には手をかけただけで、決して抜きはしなかった。
抜けなかったから。
「それで、局長の座を退いて役人に?」
「…………」
求肥さんは、それ以上は答えず、否定もしなかった。
ぼんやりと、石碑――八つ橋さんの墓を見つめている。
「……金田」
「っ!? は、はい!」
しずかに、求肥さんがきんつばさんを呼んだ。
呼ばれると思っていなかったのか、きんつばさんはうろたえながら返事をしていた。
「お前には、あの場に居合わせたがために多大なる重荷を背負わせてしまった。
……すまなかった」
求肥さんが、きんつばさんにむかって頭を下げた。
目を見開き、口を半開きにして固まったきんつばさん。
あんこが触手をのばして、彼をつついた。
途端にはっと気づいたきんつばさんは、首を勢いよく横に振った。
「っおやめください! すべては、私が背負うと決めたこと! 局長のせいではありません!」
「なにを言うか……もう局長ではない」
「いいえ! 私の中では今でも、局長たるべきお人は肥田様以外におりません!
あんな、大丸のせがれなんて……! 肥田様の足元にもおよびません!」
きんつばさんが吐きすてるように言った。
すると、求肥さんが、くつくつと喉を鳴らすように、笑った。
また、うろたえるきんつばさん。
「指導役についたそうだな」
「……はい。この野郎に乗せられたかたちですが」
きんつばさんが、肘で僕をつつく。
「よいことではないか。
お前のその『優れた』力を後進に伝えないなど、餡月郷にとって損でしかない」
「へ……っ!? い、いや、そんな……!」
「存分に、腕を振るえ。私ができぬ分も含めてだ……よいな」
求肥さんが、キリッとした真剣な表情で、言った。
きんつばさんは、大きく見開いた目から涙をポロッと流した後、ぐっと唇を噛みしめた状態で、最敬礼。
「はぁっ!」
辺りに響くような声で、返事していた。
肩が、ぷるぷる震えている。
……以前、同じような言伝を頼まれてはいたけど。
やはり、本人から言ってもらうほうがずっと効果的だったな。
求肥さんは、次に僕を見た。
「……私も、年をとったな。
ここで初めてそなたと会ったあれが……今となっては、なにかの導きのように思えてならん。
八重が引きあわせたのか、とさえ思えてしまう」
求肥さんが、自嘲気味に笑った。
「……それは、否定できません」
答えると、求肥さんは鼻で笑っていた。
でも、ばかにしているような雰囲気ではなかった。
……なにかの導き、か。
◇◇◇
数日後。
おおむね平和にすごしていた中、イチゴさんを通じてショートケーキ団長から連絡が入った。
そして――僕は再び、ガレオ王の屋敷にいた。
「メローリアの領主様が、蜜森さんにお会いしたいとおっしゃっているそうです。
……なにがあったので?」
伝言をしてくれたイチゴさんは、若干うろたえながら首を傾げていた。
……あのお方が、また僕に会いたいと。
社交辞令ではなく有言実行とは、さすがだ。
後日、正装して、再び護衛役についた輝一さんと共にやってきた。
今は、豪華な飾りがついた応接室のような場所で、ガレオ王がやってくるのを待っているところだ。
背後に立っている輝一さんは、一度来ているせいか、以前よりは落ちついた雰囲気。
……若干、だけど。
あんこを手の上に乗せていじりながら待っていると、正面の両開きの扉が開いた。
「待たせたな」
ガレオ王、登場。
すぐに立ちあがり、一緒に頭を下げた。
顔を上げると、ガレオ王が目と鼻の先まできていた。
肩の上に乗ったあんこを、嬉しそうにつついている。
嫌そうに、隠れたそうにしていたあんこだが、チョコレートを与えられて喜んでいた。
「ふふ。また会えて嬉しいぞ」
「……私もです。こんなにも早くまたお会いできるとは、光栄にございます」
「うむ。では、参ろうか」
「……は?」
「見せたいものがあるのだ。
できれば……護衛役は、ここで待機していてもらいたいものだが」
ガレオ王が、輝一さんへと目線を移す。
僕は振りかえり、うなずいた。
輝一さんは、不安げに眉を寄せていたが、それ以上の反応はしなかった。
「ご案内、よろしくお願いいたします」
「ああ。こちらだ」
ガレオ王は、心なしかうきうきしたような様子で、歩きだした。
入ってきた開けっぱなしの扉から出て、廊下を進む。
ガレオ王のほうも、お付きの人はいなかった。
あちらも人払いさせているようだが……そこまでして見せたいものとは、なんだ?
「ところで……フェブルの件は、実に見事であった」
ガレオ王が、前をむいて歩きながら言った。
「……恐悦至極に存じます。
すべては、応じていただいたガレオ王の寛大なご判断のおかげにございます」
「はは。ヴィクトリウスから話を聞いたときは、目をむいたがな。
冷静になって詳しく話を聞けば……なるほど、と感心した」
そこで、ガレオ王は立ちどまった。
「よくあれほど的確な策が思いついたな。
そなたは……フェブルとは会ったことはなかったはずだろう。なぜだ?」
品定めをするような目で、振りかえってくる。
……まぁ、当然の疑問だな。
「……ショルテンハイム公から、すこしだけお話をうかがっておりました。
フェブル氏は、闘病中に負った傷が原因で人前に出ることを極端に嫌っている、と。
ショルテンハイム公ご自身も、数回しか会ったことがないほどだと。
それを思いだしたのです」
「ほう……それだけで?」
「はい。なので、まさか発狂するほどだとは思いもよりませんでした。
事の全容を明らかにする目的が果たせなくなってしまったのは、痛恨の極みでございます。
申し訳ございません」
背筋をピンとのばしてから、丁寧に頭を下げる。
頭上から、ガレオ王のため息の音が聞こえた。
「それはそなたのせいではない。
あれもだいぶ年寄りだったからな。その分、心も弱くなっておったのだろう」
「……そうおっしゃっていただけると、救われます」
うんうん、とうなずいて、ガレオ王が再び歩きだす。
「フェブルには……前にも言ったな。たしかに恩はある。
だが、我が盟友のスコルティウスを殺していい理由など、どこにもありはしないのだ」
……盟友、か。
「……恐れながら、おうかがいしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「スコルティウス様のことを盟友とおっしゃいましたが。
昔からお付き合いをされていたのですか?」
「……いや。付き合いの長さで言えば、それほどでもない。
余が領主の座についたときからだ」
……領主と騎士団団長。
近衛騎士ではないし、それ以前、それ以外の付き合いもなかった。
じゃあ、どうして盟友などと?
「フェブルが余を擁立したとはいえ、よく思っておらん者も大勢いてな。
そういう輩がむけてくる凶刃から、幾度となく守ってくれた。
そのたびに、力強い言葉をもらった。
……わかるか。
余はスコルティウスに、身も心も救われたのだ」
歩きながら振りかえってきたガレオ王の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
……そうか。よくわかった。
懐疑的な思いを抱く人ばかりの中、スコーンさんだけは違ったのだ。
彼が、目の前にひざまずき、忠誠を誓ったとき。
その姿を目の当たりにして、ガレオ王はなにを思ったのか。
……たしかに、「盟友」と呼ぶにふさわしいお方だな。
「ヴィクトリウスを見ていると、スコルティウスを思いだす。
あれは、どちらかといえば母親似のようだが……空気とでもいうべきか? 父親によく似ておるのだ」
くつくつと笑うガレオ王。
「……それは、ショルテンハイム公にとって誉れではないでしょうか」
「そう思うか」
「はい。陛下がそうおっしゃったとき、あのお方がどんな反応をするか、ぜひ拝見したいものです」
「はっは! どうだろうな。
やはり父に似て、いささか頭が固いところがあるからな。面白味のない反応をするのがオチだ。
が……試してみる価値はあるかもしれん。いいことを聞いた」
ガレオ王は、いたずらを思いついた子どものようにはしゃいでいるようにも見えた。
……いつものように、真顔で応じるショートケーキ団長が思いうかぶ。
でも、心では嬉しく思うはずだ。
だからまぁ、悪いことではない。
「ついたぞ。この部屋にある」
ガレオ王が、ある扉の前で足を止めた。
両開きではない、ごく普通の質素な扉がついた部屋だ。
他の部屋からだいぶ離れた位置にあって、周囲にはほとんどなにもない。
まるで、ここだけ特別に作られた場所のようだった。
「……ここに、なにがあるのですか?」
「見ればわかる。驚くでないぞ」
ガレオ王は、扉の取っ手に手をかけながら、ニヤニヤした顔をこちらにむけていた。




