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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第七章 あるべき場所へ

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あんこまでもが、シュークリームさんに注目している。

 あんこまでもが、シュークリームさんに注目している。


「嘘でしょ? クレマン家は超名門貴族なのに」

「……そのとおりです。見た目だけ着飾ってばかりで……中身は空っぽな、ね」


 消え入りそうなシュークリームさんの言葉。

 問いかけたアイスクリームさんが、眉を寄せた。


 ……中身は空っぽ。

 元は、本場のシュークリームだったってわけか?


「話をする許可を」

「……聞かせろ」


 シュークリームさんがショートケーキ団長に聞き、胸の前に手を置いて一礼。

 返事を聞いて、再び全員の顔が見える位置にむきなおった。


「私は、クレマン家の跡取りとして、幼い頃より厳しく教育を受けてきました。

 それが、私の役目でした。

 ですが……なぜかよく、空しくなるときがありました」


 そこで一旦切り、顔をうつむけていた。


「ある日、たまりかねて……屋敷を飛びだしてしまったのです。

 あてもなく町をさまよい歩いているうちに、見覚えのない場所まで来ていました。

 橋の手前で途方に暮れていたとき……ある方と出会いました」

「……ある方?」

「心細げに橋のたもとで立ちつくしていた私を見かねて、声をかけてくださったようです。

 それから、安心させるためか……物語を聞かせてくださいました。

 それに、ひどく心を打たれたのです」


 シュークリームさんが、上をむいて目を閉じ、大きく息を吐いた。


「その方こそ、私が初めて知り合った――餡月郷(あんげつきょう)のお方です」


 周囲が息をのむ気配。


「……どんな方ですか?」

「男性の方です。名前はわかりません。

 私はずっと、『先生』とお呼びしていましたから」

「先生?」

「はい。お会いするたびに、いろいろな物語を聞かせてくださったので。

 教師とは違う……私の心を満たしてくれる、そんな存在でした」


 今度は顔をうつむけ、目を閉じてなにか考えこんでいた。


 ……シュークリームさんの幼い姿を思いうかべる。

 彼は、餡月郷の人からすればどう見ても外国人。

 その先生とやらも、よほど目が悪くないかぎりは、気づいていたはず。


 そして――そんな子と付きあうのは、まずいということも。


「……先生と会うのは、いけないことなのだと理解はしておりました。

 しかし、どうしてもやめられなかったのです。

 あの、心が満たされるような感覚は……今でも鮮明に思いだせるくらいですから」


 そう言って、懐かしむような目をするシュークリームさんを見つつ、思いだす。



(ウソつき……やっぱりあなたは、ウソつきだ!)



 たしかにあれは、幼いシュークリームさんが橋の上に立って叫んでいるところだった。

 ……その先生との間に、なにかがあったのか?


「先生は、私に『会わせたい奴がいる』とおっしゃっていました。

 私ともきっと仲よくなれるはずだから、と。

 そう、おっしゃっていたのに……他にも、約束をしていたのに。

 先生は、あるときを境にいらっしゃらなくなりました。

 最初は、なかなか都合がつかないだけと思っていましたが……何度行っても現れず、いい加減諦めました。

 私と先生は、そもそも会ってはいけない間柄なのだと。

 先生も、やはり私と会うのはまずいと思うようになって、離れてしまったのだと。

 そう思い……足を運ぶのをやめました」


 なにかを振りはらうかのように、首を横に振ったシュークリームさん。


 ……そういうことだったのか。


 シュークリームさんは一度僕を見た後で、ショートケーキ団長のほうをむいた。

 「以上です」と、小さめの声で言って、一礼。


 ……さて、と。


「その『先生』について、心当たりは?」

「は?……いやいや! わしらが知っとるわけないじゃろ!」


 甘誠組(かんせいぐみ)のメンバーを見て尋ねた途端、困惑したどら焼きさんが首をぶんぶんと横に振った。

 同じく、だがゆっくりと首を横に振る輝一さん。

 みたらし団子さんも同じ。

 大福さんは、腕組みをして険しい顔で空を見上げている。

 羊羹さんは、無表情。


 ……違和感。


「羊羹さん。心当たりは」


 名指しで聞くと、彼がゆっくりとこちらをむいた。

 じっとこちらを見た後、目を閉じて、ふっと息をもらしていた。


「お前は……本当に目ざといな」

「……養田殿?」


 すこしうろたえた様子で、輝一さんが呼んだ。

 気にせず、羊羹さんは立ったままのシュークリームさんを見つめた。


「その先生とは……俺の兄上でまちがいない」

「……は?」


 シュークリームさんが、唖然として固まる。

 ……いや。他の、大福さんを除いた全員も、だった。

 大福さんはというと、はっとしてから目を細めていた。


「……兄君がいらっしゃったんですね」

「ああ。もう20年になる」


 ……20年、になる。


 その言い方で、理解した人と理解できず困惑している人に分かれていた。

 シュークリームさんは……理解したほう。


「まさ、か……」

「……兄上は、すでに亡くなっている」


 シュークリームさんが、目を大きく見開いた。


「……お待ちください。

 あなたの兄君が、先生かどうかはわからないではないですか」

「いや。まちがいない」

「なぜ断言できるのですか。根拠は?」

「お前の先程の話がすべてだ」


 はっきりと言いきる羊羹さんに対し、シュークリームさんはたじろいでいた。


「兄上は、若い頃からずっと胸を患っていた」

「胸……?」


 そこで、シュークリームさんがはっと目を見張る。

 ……心当たりがあるのか。


 横をむいて、すこし視線を下向きにした羊羹さんを、見つめた。


「…………」


 ◇◇◇


 ――兄上は、いつもよくふらっといなくなる人だった。


「兄上! どこに行っておられたのですか! 今日は医者が来る日だったというのに!」

「うるせぇ奴だなぁ……そう大声出すんじゃねぇよ」


 縁側で、のんびりと障子にもたれかかっているのを見かけて、すぐに駆けよって問いつめた。


 その日は、やけに機嫌がいい様子で笑っていた。


「ちょっとそこら散歩してただけだっつうの。

 家でずっと大人しくなんてしてたら、余計体に悪いだろ?」

「……それは、否定はしませんが」

「いやぁ、いい気分転換になったわ。たまにはいいもんだ、なっ」


 にやけながら、庭先にやってきた猫を抱きあげる兄上。


 ……いやいや。


「たまにはではなく、いつも、のまちがいではないですか」

「だーから、お前はいちいち細かいんだよ。いいじゃねぇか、そんなこと。なぁ?」


 楽しそうに腕の中の猫と戯れている兄上を見ていたら、それ以上追及する気にはなれなかった。


 ……兄上は、幼少期から胸を悪くされていた。

 生まれつきのもので、治す術はない。

 元服できるかどうかもわからない、とさえ言われていた。


 だが、当の兄上は、そんなことなどおくびにも出さず、明るくふるまっていた。


「もういつどうなってもおかしくないってんならよ。思いっきり味わうべきだろ?」


 それが、口癖だった。


 ……今なら、わかる。

 兄上は、ただ考えたくなかっただけなのかもしれない。

 もうじき命が尽きるなんていう現実を、受けいれたくなかったのではないか、と。


「完二郎」

「はい」

「面白い奴を見つけたんだがよ」

「……面白い奴?」


 兄上は、腕の中にいた猫を離して立ちあがりながら、こちらをむいた。


「犬っころみたいな奴でな。他愛ない昔話をしてやったら、嬉しそうに目を輝かせてた」

「……どこの家の者で?」

「知らん」

「は?」

「なんか、わけありみたいだったからよ。あえて聞かなかったんだ」


 唖然とする俺に対し、兄上は呆れたように眉を垂らして、腰に手を当てていた。


「いーだろ別に。相手は子どもだぞ?」

「……承知しました。ですが、くれぐれもお体を第一になさってください」

「わかってる。てなわけで、明日も行くからよ」

「……兄上」


 俺が渋い顔をしても、兄上はケラケラ笑うばかりだった。

 ただ、あまりに楽しそうだったので、俺も深くは聞こうとはしなかった。


 以来、兄上はその子どもとの話を、楽しそうにするようになった。


「餡月郷には、鬼の棲む場ってのがあるって話したら、大人びた顔で呆れやがってよ。

 『実際に見た人がいないのに、どうして言いきれるのですか?』なんて言いやがる。

 だから、言ってやったんだ。

 今した話は、その声を聞いた奴から教えてもらった話なんだよ、ってよ。

 そしたら、さすがに怖がってた。

 あーあ……あの顔、傑作だったなぁ!」


 その子どもには、同情を禁じえないような話もされていたが。


 俺は、決して止めはしなかった。

 兄上にとっては、その子どもと会って話をするのが、生きがいのようになっている。

 そう感じたからだ。


 ……あるとき。

 兄上がうずくまり、胸を押さえていた。


「兄上!」

「……っう……る、せぇ……っなぁ……」


 苦しそうにあえぐ兄上の体を抱きかかえ、敷いた布団の上に寝かせる。

 薬を飲ませると、しばらくして落ちついてきた。


 ほっと息をもらした俺を、兄上が見上げている。


「……完二郎。やめとけよ」

「なにをですか」

「俺の看病なんかで、若くて活きのいい時期を無駄に終わらせるんじゃねぇぞ」

「……なにをおっしゃいますか」


 笑いとばして受け流そうとした。

 しかし、真剣な表情の兄上に腕をつかまれて、言葉を失った。


「知ってるだろ。俺はもう長くない。

 だから……お前はお前の道を行け。養田家(うち)のことなんて気にするな」

「……兄上……」


 兄上は、ふらふらしていた一方で、ちゃんと、残される俺のことを案じていた。


 ぐっと歯を噛みしめ、こみ上げてくるものを抑える。


「……無駄などでは。

 甲斐甲斐しくお世話をすることで、兄上がすこしでも長く生きられるのなら……

 そんなに嬉しいことはありません」

「……あのなぁ」

「また聞かせてください。例の子どもとの話を。

 近頃、それがすこし……楽しみになってきたもので」


 穏やかに笑って、言った。


 兄上は、ぼんやりとした顔をされていたが、しばらくしていつものような笑顔に戻った。


「そうだ。あいつと約束したんだった」

「約束?」

「ああ。あいつが言ってくれたんだ。

 大人になって酒飲めるようになったら……あっちの一番上等な酒を持ってくるから、一杯やろうってよ」


 兄上は、嬉しそうにそう言った。


 ……とうに気づいていたので、驚きはしなかった。

 その子どもとは、餡月郷ではない別の領地の子どもだと。


「……いい話ではないですか。

 では、すくなくともそれまでは長生きしなければなりませんな」

「そうだな。嘘つきにはなりたくはねぇからなぁ……」


 そうして、兄上は穏やかな表情で目を閉じた。


「会ってくんねぇか」


 眠ったとばかり思って部屋をあとにしようとした直後、再び声がかかった。

 振りかえると、兄上はいつものように笑っていた。


「……その子どもと、ですか?」

「ああ。実はな、お前のことも話したんだよ。

 俺とは違ってくそがつくくらい真面目な奴だから、気が合うんじゃねぇかって。

 そしたら、『ぜひお会いしたいです』だってよ」

「そうですか……では、ぜひ兄上の秘蔵っ子を紹介してください」

「秘蔵っ子なんてもんじゃねーよ……俺にはもったいねぇ、くらい……いい奴、だから……」


 そのまま、兄上は今度こそ眠りについた。

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