あんこまでもが、シュークリームさんに注目している。
あんこまでもが、シュークリームさんに注目している。
「嘘でしょ? クレマン家は超名門貴族なのに」
「……そのとおりです。見た目だけ着飾ってばかりで……中身は空っぽな、ね」
消え入りそうなシュークリームさんの言葉。
問いかけたアイスクリームさんが、眉を寄せた。
……中身は空っぽ。
元は、本場のシュークリームだったってわけか?
「話をする許可を」
「……聞かせろ」
シュークリームさんがショートケーキ団長に聞き、胸の前に手を置いて一礼。
返事を聞いて、再び全員の顔が見える位置にむきなおった。
「私は、クレマン家の跡取りとして、幼い頃より厳しく教育を受けてきました。
それが、私の役目でした。
ですが……なぜかよく、空しくなるときがありました」
そこで一旦切り、顔をうつむけていた。
「ある日、たまりかねて……屋敷を飛びだしてしまったのです。
あてもなく町をさまよい歩いているうちに、見覚えのない場所まで来ていました。
橋の手前で途方に暮れていたとき……ある方と出会いました」
「……ある方?」
「心細げに橋のたもとで立ちつくしていた私を見かねて、声をかけてくださったようです。
それから、安心させるためか……物語を聞かせてくださいました。
それに、ひどく心を打たれたのです」
シュークリームさんが、上をむいて目を閉じ、大きく息を吐いた。
「その方こそ、私が初めて知り合った――餡月郷のお方です」
周囲が息をのむ気配。
「……どんな方ですか?」
「男性の方です。名前はわかりません。
私はずっと、『先生』とお呼びしていましたから」
「先生?」
「はい。お会いするたびに、いろいろな物語を聞かせてくださったので。
教師とは違う……私の心を満たしてくれる、そんな存在でした」
今度は顔をうつむけ、目を閉じてなにか考えこんでいた。
……シュークリームさんの幼い姿を思いうかべる。
彼は、餡月郷の人からすればどう見ても外国人。
その先生とやらも、よほど目が悪くないかぎりは、気づいていたはず。
そして――そんな子と付きあうのは、まずいということも。
「……先生と会うのは、いけないことなのだと理解はしておりました。
しかし、どうしてもやめられなかったのです。
あの、心が満たされるような感覚は……今でも鮮明に思いだせるくらいですから」
そう言って、懐かしむような目をするシュークリームさんを見つつ、思いだす。
(ウソつき……やっぱりあなたは、ウソつきだ!)
たしかにあれは、幼いシュークリームさんが橋の上に立って叫んでいるところだった。
……その先生との間に、なにかがあったのか?
「先生は、私に『会わせたい奴がいる』とおっしゃっていました。
私ともきっと仲よくなれるはずだから、と。
そう、おっしゃっていたのに……他にも、約束をしていたのに。
先生は、あるときを境にいらっしゃらなくなりました。
最初は、なかなか都合がつかないだけと思っていましたが……何度行っても現れず、いい加減諦めました。
私と先生は、そもそも会ってはいけない間柄なのだと。
先生も、やはり私と会うのはまずいと思うようになって、離れてしまったのだと。
そう思い……足を運ぶのをやめました」
なにかを振りはらうかのように、首を横に振ったシュークリームさん。
……そういうことだったのか。
シュークリームさんは一度僕を見た後で、ショートケーキ団長のほうをむいた。
「以上です」と、小さめの声で言って、一礼。
……さて、と。
「その『先生』について、心当たりは?」
「は?……いやいや! わしらが知っとるわけないじゃろ!」
甘誠組のメンバーを見て尋ねた途端、困惑したどら焼きさんが首をぶんぶんと横に振った。
同じく、だがゆっくりと首を横に振る輝一さん。
みたらし団子さんも同じ。
大福さんは、腕組みをして険しい顔で空を見上げている。
羊羹さんは、無表情。
……違和感。
「羊羹さん。心当たりは」
名指しで聞くと、彼がゆっくりとこちらをむいた。
じっとこちらを見た後、目を閉じて、ふっと息をもらしていた。
「お前は……本当に目ざといな」
「……養田殿?」
すこしうろたえた様子で、輝一さんが呼んだ。
気にせず、羊羹さんは立ったままのシュークリームさんを見つめた。
「その先生とは……俺の兄上でまちがいない」
「……は?」
シュークリームさんが、唖然として固まる。
……いや。他の、大福さんを除いた全員も、だった。
大福さんはというと、はっとしてから目を細めていた。
「……兄君がいらっしゃったんですね」
「ああ。もう20年になる」
……20年、になる。
その言い方で、理解した人と理解できず困惑している人に分かれていた。
シュークリームさんは……理解したほう。
「まさ、か……」
「……兄上は、すでに亡くなっている」
シュークリームさんが、目を大きく見開いた。
「……お待ちください。
あなたの兄君が、先生かどうかはわからないではないですか」
「いや。まちがいない」
「なぜ断言できるのですか。根拠は?」
「お前の先程の話がすべてだ」
はっきりと言いきる羊羹さんに対し、シュークリームさんはたじろいでいた。
「兄上は、若い頃からずっと胸を患っていた」
「胸……?」
そこで、シュークリームさんがはっと目を見張る。
……心当たりがあるのか。
横をむいて、すこし視線を下向きにした羊羹さんを、見つめた。
「…………」
◇◇◇
――兄上は、いつもよくふらっといなくなる人だった。
「兄上! どこに行っておられたのですか! 今日は医者が来る日だったというのに!」
「うるせぇ奴だなぁ……そう大声出すんじゃねぇよ」
縁側で、のんびりと障子にもたれかかっているのを見かけて、すぐに駆けよって問いつめた。
その日は、やけに機嫌がいい様子で笑っていた。
「ちょっとそこら散歩してただけだっつうの。
家でずっと大人しくなんてしてたら、余計体に悪いだろ?」
「……それは、否定はしませんが」
「いやぁ、いい気分転換になったわ。たまにはいいもんだ、なっ」
にやけながら、庭先にやってきた猫を抱きあげる兄上。
……いやいや。
「たまにはではなく、いつも、のまちがいではないですか」
「だーから、お前はいちいち細かいんだよ。いいじゃねぇか、そんなこと。なぁ?」
楽しそうに腕の中の猫と戯れている兄上を見ていたら、それ以上追及する気にはなれなかった。
……兄上は、幼少期から胸を悪くされていた。
生まれつきのもので、治す術はない。
元服できるかどうかもわからない、とさえ言われていた。
だが、当の兄上は、そんなことなどおくびにも出さず、明るくふるまっていた。
「もういつどうなってもおかしくないってんならよ。思いっきり味わうべきだろ?」
それが、口癖だった。
……今なら、わかる。
兄上は、ただ考えたくなかっただけなのかもしれない。
もうじき命が尽きるなんていう現実を、受けいれたくなかったのではないか、と。
「完二郎」
「はい」
「面白い奴を見つけたんだがよ」
「……面白い奴?」
兄上は、腕の中にいた猫を離して立ちあがりながら、こちらをむいた。
「犬っころみたいな奴でな。他愛ない昔話をしてやったら、嬉しそうに目を輝かせてた」
「……どこの家の者で?」
「知らん」
「は?」
「なんか、わけありみたいだったからよ。あえて聞かなかったんだ」
唖然とする俺に対し、兄上は呆れたように眉を垂らして、腰に手を当てていた。
「いーだろ別に。相手は子どもだぞ?」
「……承知しました。ですが、くれぐれもお体を第一になさってください」
「わかってる。てなわけで、明日も行くからよ」
「……兄上」
俺が渋い顔をしても、兄上はケラケラ笑うばかりだった。
ただ、あまりに楽しそうだったので、俺も深くは聞こうとはしなかった。
以来、兄上はその子どもとの話を、楽しそうにするようになった。
「餡月郷には、鬼の棲む場ってのがあるって話したら、大人びた顔で呆れやがってよ。
『実際に見た人がいないのに、どうして言いきれるのですか?』なんて言いやがる。
だから、言ってやったんだ。
今した話は、その声を聞いた奴から教えてもらった話なんだよ、ってよ。
そしたら、さすがに怖がってた。
あーあ……あの顔、傑作だったなぁ!」
その子どもには、同情を禁じえないような話もされていたが。
俺は、決して止めはしなかった。
兄上にとっては、その子どもと会って話をするのが、生きがいのようになっている。
そう感じたからだ。
……あるとき。
兄上がうずくまり、胸を押さえていた。
「兄上!」
「……っう……る、せぇ……っなぁ……」
苦しそうにあえぐ兄上の体を抱きかかえ、敷いた布団の上に寝かせる。
薬を飲ませると、しばらくして落ちついてきた。
ほっと息をもらした俺を、兄上が見上げている。
「……完二郎。やめとけよ」
「なにをですか」
「俺の看病なんかで、若くて活きのいい時期を無駄に終わらせるんじゃねぇぞ」
「……なにをおっしゃいますか」
笑いとばして受け流そうとした。
しかし、真剣な表情の兄上に腕をつかまれて、言葉を失った。
「知ってるだろ。俺はもう長くない。
だから……お前はお前の道を行け。養田家のことなんて気にするな」
「……兄上……」
兄上は、ふらふらしていた一方で、ちゃんと、残される俺のことを案じていた。
ぐっと歯を噛みしめ、こみ上げてくるものを抑える。
「……無駄などでは。
甲斐甲斐しくお世話をすることで、兄上がすこしでも長く生きられるのなら……
そんなに嬉しいことはありません」
「……あのなぁ」
「また聞かせてください。例の子どもとの話を。
近頃、それがすこし……楽しみになってきたもので」
穏やかに笑って、言った。
兄上は、ぼんやりとした顔をされていたが、しばらくしていつものような笑顔に戻った。
「そうだ。あいつと約束したんだった」
「約束?」
「ああ。あいつが言ってくれたんだ。
大人になって酒飲めるようになったら……あっちの一番上等な酒を持ってくるから、一杯やろうってよ」
兄上は、嬉しそうにそう言った。
……とうに気づいていたので、驚きはしなかった。
その子どもとは、餡月郷ではない別の領地の子どもだと。
「……いい話ではないですか。
では、すくなくともそれまでは長生きしなければなりませんな」
「そうだな。嘘つきにはなりたくはねぇからなぁ……」
そうして、兄上は穏やかな表情で目を閉じた。
「会ってくんねぇか」
眠ったとばかり思って部屋をあとにしようとした直後、再び声がかかった。
振りかえると、兄上はいつものように笑っていた。
「……その子どもと、ですか?」
「ああ。実はな、お前のことも話したんだよ。
俺とは違ってくそがつくくらい真面目な奴だから、気が合うんじゃねぇかって。
そしたら、『ぜひお会いしたいです』だってよ」
「そうですか……では、ぜひ兄上の秘蔵っ子を紹介してください」
「秘蔵っ子なんてもんじゃねーよ……俺にはもったいねぇ、くらい……いい奴、だから……」
そのまま、兄上は今度こそ眠りについた。




