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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第七章 あるべき場所へ

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「まさか、かどわかされたとでも!?」

「まさか、かどわかされたとでも!?」

「違います。八つ橋さんは、自らメローリアへ赴いたのです。交渉のために」

「八つ橋?」

「……橋本様の識別上での名前です」


 不安げなみたらし団子さんの顔を見ながら、落ちついた口調で語りはじめた。


「……八つ橋さんは、自身が率いる小隊で騎士団のある部隊を壊滅状態に陥らせました。

 その戦果を手に、単身メローリアへむかったようです。

 おそらくは、これ以上の抵抗はやめて、大人しく和睦を結ぶようにと提案するために」

「それも、お前の力で知ったことか」


 羊羹さんが聞いてきた。


「……いえ。これは、きんつばさんから聞いた話です。

 彼は当時、八つ橋さんと同じく一番隊に所属していたお方なので。

 まちがいはないかと」


 羊羹さんと、ついでに大福さんもうなずいた。


「……その交渉の場で、八つ橋さんはショートケーキ団長のお父上のスコーン――スコルティウス様と会ったはずです。

 その場でどのような話があったのかは、不明です。

 どのようにして、敵同士だったはずの二人が理解し、最終的に愛しあうようになったのかも。

 ただ……お二人の血を受け継いだショートケーキ団長が、生まれている。

 それは紛れもない事実であり、すべてだと思います」


 その言葉でまとめた後、場には重苦しい空気が漂っていた。

 だれもが戸惑いを隠せずに、しばらくなにも言えない状態だった。


「……ヴィクトリウス」


 やっと、という様子で、大福さんが名を呼んだ。


「なぜ、この事実を打ち明けたんじゃ?

 黙っていても問題はないし、だれも責めようがないことではないか」

「……未来のためだ」

「未来?」


 ショートケーキ団長が、すこし上、空を見上げて続けた。


「争いのない、メローリアと餡月郷(あんげつきょう)がいがみ合うことのない未来を創るために。

 我は父の――そして、ミツモリの共同統治の案を受け入れ、支持する」


 ショートケーキ団長が、息を飲むみんなの前で背筋をピンとのばした。


「そのためなら、団長の座を退くこともやむなしと考えている」

「……はっ!?」

「ヴィクトリウス様!?」


 クッキーさんとシュークリームさんが、驚いて立ちあがった。

 プリンさんとアイスクリームさんは、驚きで動けない様子。


「知っているはずだ。

 メローリアと餡月郷の混血である以上、この存在そのものがタブーであることを」

「タブーとは、禁忌です」

「…………」


 僕の解説を聞いているのかいないのか、大福さんは真剣な眼差しをショートケーキ団長にむけていた。


 ……しかし。

 団長の座から下りることも覚悟していた、とは。

 混血の件が世間に知れわたれば、そういう声が上がるのは必然だけど。


 彼が団長でなくなったら?

 万が一にも、思想が真逆の人がその座についたら?

 ……非効率だし、不合理甚だしい。


 顔をしかめながら、そわそわしているあんこをつまんでテーブルに下ろしたとき。

 プリンさんが、すくっと立ちあがった。


「団長が、やめる必要はないと思います。

 やめるのは……まず、私です」

「は……? なに言ってんだよ、プリモ」


 プリンさんは、クッキーさんには目もくれず、僕を見つめてきた。

 ……悔しそうな顔をしている。


「私は……餡月郷で、育てられたんです」

「……はぁっ!?」


 クッキーさんと、どら焼きさんの声が見事にかぶった。

 ……デジャヴ。


「おいおい、なにを言うんじゃ!

 お前のような者が餡月郷にいたら、わしらがすぐ気づくはずじゃぞ!?」

「ううん。わからなかったと思う。

 だって私が暮らしていたのは……『ユウカク』って場所だから」


 いつものぶりっ子口調ではなく、大人しい口調だった。


 ……ユウカク。遊郭。

 この世界にも、あったんだな。


「そういうことでしたか」


 ぽつりとつぶやくと、プリンさんが諦観の笑みを浮かべた顔をむけてきた。


「やっぱり、私の過去も視てたんだ?」

「……騎士団の制服を掲げて、『これでお姫様になれる』と喜んでいる姿です」

「……ムカつく」


 ふん、と鼻を鳴らして、プリンさんがそっぽをむいた。


「ねぇ。なんなの、『ユウカク』って」

「い……いやぁ……なんて言えばええんじゃ……?」


 アイスクリームさんの問いかけに、どら焼きさんが気まずそうに目を泳がせた。

 最終的に、僕へ。


「……酒や料理を出す店が集まっていて、そこで働く女性が客をもてなす場所です。

 中には、客と親密な関係になることを仕事とする方もいました。

 ……で、合っていますか?」


 甘誠組(かんせいぐみ)メンバーが、うなずいた。

 ただ一人、輝一さんだけはなぜか、「そうなのか」と初めて知ったようにつぶやいていたが。


「……輝一さんは、行ったことはないのですか?」

「ない、というか……あったことも知らなかった」

「それもおかしくはない。

 遊郭は、10年以上前に廃止されとるからのう」

「……廃止? どうして?」


 プリンさんが、不安げな声で大福さんに聞いた。


「流行り病のせいじゃ。花魁(おいらん)――店で客をもてなす、女の頭のような存在じゃな。

 それが何人も亡くなったことで、遊郭全体が劣悪な環境だったと判明したんじゃ。

 その後も何軒かはまだ営業していたようじゃが……急速に廃れていったというわけじゃ」

「……そっ、か……」


 プリンさんが、脱力するように声をもらす。

 顔はうつむけていて見えづらかったけれど、生気が感じられない目をしているのはわかった。


 ……その亡くなった花魁の中に、プリンさんを可愛がっていた人もいた可能性は、十分ある。


「おいプリモ! なんでお前が餡月郷の……ユウカク? なんてところにいたんだよ!?」

「……聞くけどさ。私の家名――カラメッロ家なんて、他で聞いたことある?」


 困惑したクッキーさんが、シュークリームさんのほうを振りかえる。

 シュークリームさんは、すぐに首を横に振った。


「でしょ? 当然だよ。

 だってカラメッロっていうのは……私が、自分で考えてつけた名前だから」

「は?」

「……私、捨て子だったの」

「……は!?」


 捨て子。

 それで、遊郭の人に拾われた。

 メローリアで生まれた子が?

 ……妙だな。


「メローリア出身者の血を引くあなたが、どうして餡月郷に捨てられたのですか?」

「知らない。橋の下に落ちてたから拾ったとしか聞いてないもん。

 ……もしかしたら、私の親もなにか問題を抱えてたのかもね」


 プリンさんは、自嘲気味に笑った。


 ……たしかに、そのあたりの真相はもはや調べる術はない。


「あなたが聞いたっていう私の声はね、メローリアに戻ってしばらくして、騎士団に入団できたときのだよ」

「……なぜ、メローリアに戻ったのですか」

「だって……全然、うまくできなかったから。

 みんな、表面上は優しくしてくれてたけど……芸事も作法も、なかなか身につけられなくて。

 ずっと、居心地が悪かった」


 プリンさんはそこで切り、また顔をうつむけた。

 間を置いてから、彼女がまた口を開く。


「……私を世話してくれた花魁が、男の客に連れていかれて帰ってこなくなったタイミングで、私も抜けだしたんだ」

「どうやって?」

「抜け道を使ったの。花魁がこっそり教えてくれたところ。

 あの人は……本当にいい人だったよ。どこかで幸せに暮らしていればいいけど……」


 プリンさんは、顔をすこし上げて遠くを見つめた。


 ……彼女の言い方からして、身請けではなく足抜けだった。

 ならば、その願いが叶っている可能性は低いと思われる。


「他にいくところもなかったから、当たって砕けろって感じで、飛び入りで騎士団の入団試験に参加してみたの。

 そのときの摸擬戦で気づいたんだ。芸事の動き、使えるじゃんって。

 ……死に物狂いで戦ったから、あんまり覚えてないけど。

 受かったときは……ほんっとうに、嬉しかったなぁ。

 騎士団なら強さがすべてだし。ここでなら私も花魁みたく輝けるって」


 ……なるほど。

 僕が視たのは、そのシーンだったか。


 そして、プリンさんが受け流してカウンターする戦法が得意なのは、そこからきていたんだな。


「私なりに一生懸命鍛えて、とうとう隊長にまでなれたの。

 私のファンだって言ってくれる人も、たくさんできた。

 だれになに言われても、ちょっとのことならへこたれない。

 ……ユウカクでの暮らしは、苦しかったよ。でも、そこで育ったからこそ、今の私があるんだよ」


 プリンさんは最後にそう締めて、大きく息を吐いた。

 そして、体ごとショートケーキ団長のほうをむけた。


「身分を隠して入団したこと、お詫びいたします。

 処罰は、どんなものでもお受けします」


 そう言って、プリンさんは最敬礼したまま。

 ショートケーキ団長の返事がくるまで、といった感じで、頭を下げつづけた。


「……そなたの名が偽りだという件は、最初から知っていた」

「……えっ?」


 顔を上げたプリンさんが、目を丸くしてショートケーキ団長を見る。

 一方のショートケーキ団長は、視線をシュークリームさんにむけた。


「当然ですよ。合格者が正式に入団する前に、全員の出自を調べていますから。

 飛び入り参加が認められていたのは、門戸を広くすることで優秀な人材を招きやすくする、という目的があったからです。

 ですが、それだと怪しい者――スパイが紛れこむ危険性は高くなります。

 だから、徹底的に調べるのです」


 ……手間と時間はかなりかかるが、それに見合うほどの見返りはあったわけだな。


「ちなみにですが……公にはなっていませんが、あなたは外国人枠で入団したことになっています」

「……外国人って」

「まちがってはいないでしょう?

 『カラメッロ家』なんて家は、メローリアには存在しなかったのですから」

「いや、待てよ。

 存在しないってわかってたんなら、なんで追いださなかったんだよ?

 そんな怪しいやつを採用するなんて、どうかしてるだろ」


 クッキーさんが歯に衣着せぬ物言いをしても、プリンさんは自覚しているせいか、すこし口を尖らせただけだった。


「我が許可したのだ。

 プリモの入団試験での動きを見て……この者は使えると判断したからこそだ」

「あ……そう、でしたか」


 気まずそうに目をそらしたクッキーさん。

 ……彼も同じように、ショートケーキ団長に見初められたからこそ入団できたからな。


 クッキーさんの後ろにいるプリンさんは、握った手を胸元に当てて、潤んだ目でショートケーキ団長を見ていた。


「プリモ。そなたの力は、我ら騎士団の――ひいてはメローリア、ガレオ王を守る一部になっている。

 その過去があるそのおかげで今のそなたがいるのであれば、なにも恥じることはない。

 ……胸を張るがよい」


 その最後の言葉により、プリンさんの涙が決壊。

 ボロボロと涙を流しながら、唇を噛んでいる。

 そして再び、頭を下げた。


 顔を上げても、ちっとも涙が止まらないのを見かねたシュークリームさんが、ハンカチを差しだす。


「……まったく。

 あなたがそんなふうに赤裸々に打ち明けてしまったら……私もそうせざるをえないではありませんか」

「え……?」


 ガシャン、となにかが落ちるような音がした。

 クッキーさんのティーカップが、倒れた音だった。


「シュリオお前……なに、言ってんだよ。

 お前にまで、どんな秘密があるっていうんだよ!?」

「…………」


 その問いには、答えない。


 ……やはり。

 彼にも、餡月郷となんらかの関わりがあったんだな。

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