「まさか、かどわかされたとでも!?」
「まさか、かどわかされたとでも!?」
「違います。八つ橋さんは、自らメローリアへ赴いたのです。交渉のために」
「八つ橋?」
「……橋本様の識別上での名前です」
不安げなみたらし団子さんの顔を見ながら、落ちついた口調で語りはじめた。
「……八つ橋さんは、自身が率いる小隊で騎士団のある部隊を壊滅状態に陥らせました。
その戦果を手に、単身メローリアへむかったようです。
おそらくは、これ以上の抵抗はやめて、大人しく和睦を結ぶようにと提案するために」
「それも、お前の力で知ったことか」
羊羹さんが聞いてきた。
「……いえ。これは、きんつばさんから聞いた話です。
彼は当時、八つ橋さんと同じく一番隊に所属していたお方なので。
まちがいはないかと」
羊羹さんと、ついでに大福さんもうなずいた。
「……その交渉の場で、八つ橋さんはショートケーキ団長のお父上のスコーン――スコルティウス様と会ったはずです。
その場でどのような話があったのかは、不明です。
どのようにして、敵同士だったはずの二人が理解し、最終的に愛しあうようになったのかも。
ただ……お二人の血を受け継いだショートケーキ団長が、生まれている。
それは紛れもない事実であり、すべてだと思います」
その言葉でまとめた後、場には重苦しい空気が漂っていた。
だれもが戸惑いを隠せずに、しばらくなにも言えない状態だった。
「……ヴィクトリウス」
やっと、という様子で、大福さんが名を呼んだ。
「なぜ、この事実を打ち明けたんじゃ?
黙っていても問題はないし、だれも責めようがないことではないか」
「……未来のためだ」
「未来?」
ショートケーキ団長が、すこし上、空を見上げて続けた。
「争いのない、メローリアと餡月郷がいがみ合うことのない未来を創るために。
我は父の――そして、ミツモリの共同統治の案を受け入れ、支持する」
ショートケーキ団長が、息を飲むみんなの前で背筋をピンとのばした。
「そのためなら、団長の座を退くこともやむなしと考えている」
「……はっ!?」
「ヴィクトリウス様!?」
クッキーさんとシュークリームさんが、驚いて立ちあがった。
プリンさんとアイスクリームさんは、驚きで動けない様子。
「知っているはずだ。
メローリアと餡月郷の混血である以上、この存在そのものがタブーであることを」
「タブーとは、禁忌です」
「…………」
僕の解説を聞いているのかいないのか、大福さんは真剣な眼差しをショートケーキ団長にむけていた。
……しかし。
団長の座から下りることも覚悟していた、とは。
混血の件が世間に知れわたれば、そういう声が上がるのは必然だけど。
彼が団長でなくなったら?
万が一にも、思想が真逆の人がその座についたら?
……非効率だし、不合理甚だしい。
顔をしかめながら、そわそわしているあんこをつまんでテーブルに下ろしたとき。
プリンさんが、すくっと立ちあがった。
「団長が、やめる必要はないと思います。
やめるのは……まず、私です」
「は……? なに言ってんだよ、プリモ」
プリンさんは、クッキーさんには目もくれず、僕を見つめてきた。
……悔しそうな顔をしている。
「私は……餡月郷で、育てられたんです」
「……はぁっ!?」
クッキーさんと、どら焼きさんの声が見事にかぶった。
……デジャヴ。
「おいおい、なにを言うんじゃ!
お前のような者が餡月郷にいたら、わしらがすぐ気づくはずじゃぞ!?」
「ううん。わからなかったと思う。
だって私が暮らしていたのは……『ユウカク』って場所だから」
いつものぶりっ子口調ではなく、大人しい口調だった。
……ユウカク。遊郭。
この世界にも、あったんだな。
「そういうことでしたか」
ぽつりとつぶやくと、プリンさんが諦観の笑みを浮かべた顔をむけてきた。
「やっぱり、私の過去も視てたんだ?」
「……騎士団の制服を掲げて、『これでお姫様になれる』と喜んでいる姿です」
「……ムカつく」
ふん、と鼻を鳴らして、プリンさんがそっぽをむいた。
「ねぇ。なんなの、『ユウカク』って」
「い……いやぁ……なんて言えばええんじゃ……?」
アイスクリームさんの問いかけに、どら焼きさんが気まずそうに目を泳がせた。
最終的に、僕へ。
「……酒や料理を出す店が集まっていて、そこで働く女性が客をもてなす場所です。
中には、客と親密な関係になることを仕事とする方もいました。
……で、合っていますか?」
甘誠組メンバーが、うなずいた。
ただ一人、輝一さんだけはなぜか、「そうなのか」と初めて知ったようにつぶやいていたが。
「……輝一さんは、行ったことはないのですか?」
「ない、というか……あったことも知らなかった」
「それもおかしくはない。
遊郭は、10年以上前に廃止されとるからのう」
「……廃止? どうして?」
プリンさんが、不安げな声で大福さんに聞いた。
「流行り病のせいじゃ。花魁――店で客をもてなす、女の頭のような存在じゃな。
それが何人も亡くなったことで、遊郭全体が劣悪な環境だったと判明したんじゃ。
その後も何軒かはまだ営業していたようじゃが……急速に廃れていったというわけじゃ」
「……そっ、か……」
プリンさんが、脱力するように声をもらす。
顔はうつむけていて見えづらかったけれど、生気が感じられない目をしているのはわかった。
……その亡くなった花魁の中に、プリンさんを可愛がっていた人もいた可能性は、十分ある。
「おいプリモ! なんでお前が餡月郷の……ユウカク? なんてところにいたんだよ!?」
「……聞くけどさ。私の家名――カラメッロ家なんて、他で聞いたことある?」
困惑したクッキーさんが、シュークリームさんのほうを振りかえる。
シュークリームさんは、すぐに首を横に振った。
「でしょ? 当然だよ。
だってカラメッロっていうのは……私が、自分で考えてつけた名前だから」
「は?」
「……私、捨て子だったの」
「……は!?」
捨て子。
それで、遊郭の人に拾われた。
メローリアで生まれた子が?
……妙だな。
「メローリア出身者の血を引くあなたが、どうして餡月郷に捨てられたのですか?」
「知らない。橋の下に落ちてたから拾ったとしか聞いてないもん。
……もしかしたら、私の親もなにか問題を抱えてたのかもね」
プリンさんは、自嘲気味に笑った。
……たしかに、そのあたりの真相はもはや調べる術はない。
「あなたが聞いたっていう私の声はね、メローリアに戻ってしばらくして、騎士団に入団できたときのだよ」
「……なぜ、メローリアに戻ったのですか」
「だって……全然、うまくできなかったから。
みんな、表面上は優しくしてくれてたけど……芸事も作法も、なかなか身につけられなくて。
ずっと、居心地が悪かった」
プリンさんはそこで切り、また顔をうつむけた。
間を置いてから、彼女がまた口を開く。
「……私を世話してくれた花魁が、男の客に連れていかれて帰ってこなくなったタイミングで、私も抜けだしたんだ」
「どうやって?」
「抜け道を使ったの。花魁がこっそり教えてくれたところ。
あの人は……本当にいい人だったよ。どこかで幸せに暮らしていればいいけど……」
プリンさんは、顔をすこし上げて遠くを見つめた。
……彼女の言い方からして、身請けではなく足抜けだった。
ならば、その願いが叶っている可能性は低いと思われる。
「他にいくところもなかったから、当たって砕けろって感じで、飛び入りで騎士団の入団試験に参加してみたの。
そのときの摸擬戦で気づいたんだ。芸事の動き、使えるじゃんって。
……死に物狂いで戦ったから、あんまり覚えてないけど。
受かったときは……ほんっとうに、嬉しかったなぁ。
騎士団なら強さがすべてだし。ここでなら私も花魁みたく輝けるって」
……なるほど。
僕が視たのは、そのシーンだったか。
そして、プリンさんが受け流してカウンターする戦法が得意なのは、そこからきていたんだな。
「私なりに一生懸命鍛えて、とうとう隊長にまでなれたの。
私のファンだって言ってくれる人も、たくさんできた。
だれになに言われても、ちょっとのことならへこたれない。
……ユウカクでの暮らしは、苦しかったよ。でも、そこで育ったからこそ、今の私があるんだよ」
プリンさんは最後にそう締めて、大きく息を吐いた。
そして、体ごとショートケーキ団長のほうをむけた。
「身分を隠して入団したこと、お詫びいたします。
処罰は、どんなものでもお受けします」
そう言って、プリンさんは最敬礼したまま。
ショートケーキ団長の返事がくるまで、といった感じで、頭を下げつづけた。
「……そなたの名が偽りだという件は、最初から知っていた」
「……えっ?」
顔を上げたプリンさんが、目を丸くしてショートケーキ団長を見る。
一方のショートケーキ団長は、視線をシュークリームさんにむけた。
「当然ですよ。合格者が正式に入団する前に、全員の出自を調べていますから。
飛び入り参加が認められていたのは、門戸を広くすることで優秀な人材を招きやすくする、という目的があったからです。
ですが、それだと怪しい者――スパイが紛れこむ危険性は高くなります。
だから、徹底的に調べるのです」
……手間と時間はかなりかかるが、それに見合うほどの見返りはあったわけだな。
「ちなみにですが……公にはなっていませんが、あなたは外国人枠で入団したことになっています」
「……外国人って」
「まちがってはいないでしょう?
『カラメッロ家』なんて家は、メローリアには存在しなかったのですから」
「いや、待てよ。
存在しないってわかってたんなら、なんで追いださなかったんだよ?
そんな怪しいやつを採用するなんて、どうかしてるだろ」
クッキーさんが歯に衣着せぬ物言いをしても、プリンさんは自覚しているせいか、すこし口を尖らせただけだった。
「我が許可したのだ。
プリモの入団試験での動きを見て……この者は使えると判断したからこそだ」
「あ……そう、でしたか」
気まずそうに目をそらしたクッキーさん。
……彼も同じように、ショートケーキ団長に見初められたからこそ入団できたからな。
クッキーさんの後ろにいるプリンさんは、握った手を胸元に当てて、潤んだ目でショートケーキ団長を見ていた。
「プリモ。そなたの力は、我ら騎士団の――ひいてはメローリア、ガレオ王を守る一部になっている。
その過去があるそのおかげで今のそなたがいるのであれば、なにも恥じることはない。
……胸を張るがよい」
その最後の言葉により、プリンさんの涙が決壊。
ボロボロと涙を流しながら、唇を噛んでいる。
そして再び、頭を下げた。
顔を上げても、ちっとも涙が止まらないのを見かねたシュークリームさんが、ハンカチを差しだす。
「……まったく。
あなたがそんなふうに赤裸々に打ち明けてしまったら……私もそうせざるをえないではありませんか」
「え……?」
ガシャン、となにかが落ちるような音がした。
クッキーさんのティーカップが、倒れた音だった。
「シュリオお前……なに、言ってんだよ。
お前にまで、どんな秘密があるっていうんだよ!?」
「…………」
その問いには、答えない。
……やはり。
彼にも、餡月郷となんらかの関わりがあったんだな。




