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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第七章 あるべき場所へ

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さて、どう答えたものか。

 さて、どう答えたものか。

 出されていた紅茶を多めに口に含みながら、考えをめぐらせた。


「元々は廃墟だったここを父が整備させて、母だけの場所に作りかえたのだ。

 母の、隠れ家として」

「……あなたの母上は、ここがお気に入りの場所だったのですか」

「そうだったように思う。

 ここにいる間はいつも、穏やかに笑っておられたからな」


 そう言った後は、すこしうつむいて沈黙した。


 ……やはり、八つ橋さんの話。


 しばらくして、ショートケーキ団長が目だけを動かして、こちらを見た。


「聞きたいこととは、その件だ。

 そなたは、どのようにして我の母を知った?」

「…………」


 僕の謎な力について話したところで、彼は受け入れてくれるのか。

 今の信頼が築けた状態でも、問題ないとは言いきれない。


 ……テーブルの上で、のんきに寝転がっているあんこを見つめる。

 指先で、ピンとはじいた。

 転がり、テーブルの下に落ちるあんこ。

 よじ登ってきて、怒った様子で触手をわしゃわしゃと動かしている。


 ……仕方ない。


「僕を、信じられますか」

「無論だ。今さらなにを言われても、驚きはせぬ」


 そう断言した彼の目をじっと見ながら考えて――口を開いた。


「僕は、人の過去を視る力を持っている……と、言ってもですか?」

「人の、過去……?」


 ぽつりと復唱したショートケーキ団長は、冷静に考えている様子で、僕を見つめかえしてきた。


「……やはり、そういうことか」

「やはり?」

「それくらいのことができなければ……我の母がだれかなど、知る術はない」


 ショートケーキ団長は、変わらず落ちついた様子で、紅茶を飲んだ。


「……と、おっしゃいますと」

「我が母は、表向きにはとある名門貴族の生まれで、我を産んですぐに亡くなったことになっている。

 真実を知るのは、父と我……そして、母の出産時に立ちあった医者だけだ。

 我以外は、すでにこの世にはいない」

「……あなたの母上は、どのような立場でメローリアにいたのですか?

 だれにも見つからずに、隠れて生活するのは無理があったのでは?」

「我がショルテンハイム家とは遠縁の家の生まれの未亡人として、屋敷で生活していた。

 亡くなった夫との間に子を宿しており、身寄りがなくなったために我が父が引きとった、という筋書きだった」


 ……うまく隠したものだ。

 当主のスコーンさんが、「私が保護した女性だ」と言えば、だれもそれ以上は追及できなくなる。


 ただ……そうは言っても、だ。


「よく、そこまで情報漏洩が防げましたね」

「父が、あらゆる面で手を尽くした結果だ」


 ……そこまでするほど、スコーンさんは八つ橋さんを大事に思っていた。

 そして、それを受け入れた八つ橋さんも同じく、だな。


「それで、そなたはいったいなにを見た? 我の、どの過去を視た?」

「……おそらくですが、あなたと母上がお別れする場面ではないかと」

「別れる場面……だと? なんと申していた?」

「……父上と母は、いつでもあなたのここにいます、と」


 自分の胸に手を当てて、軽く再現。

 途端に、ショートケーキ団長が目を見開いた。


「……そうか」


 その目が細められていき、閉じられた。

 瞼がすこし揺れたようにも見えた。


「疑っていたわけではないが……そなたの言う力とやらが本物だと、今はっきりわかった」

「…………」


 ショートケーキ団長が、再び沈黙する。


 テーブルの上で、神妙な空気になったことを気にしたあんこが、ちらちらとこちらをうかがっている。


「……知っているのか」

「なにをですか」

「母がその後どうなったか、知っているのか。

 ならば答えよ」


 ごまかしは許さないとでも言っているような、とても鋭い目をむけてくる。


 ――八つ橋さんの、その後。



(椿……すまぬ。お前との、約束は……っ果たせそうに、ない……)


(八重……! なぜだ八重ぇ……!)



「……存じません。僕が『あなたを視て知ったのは』、今お伝えしたことだけです」

「……母の行方まではわからなかったと申すのか」

「はい。あなたがご存じでなければ、僕には視えません」

「……嘘ではあるまいな」

「証明はできません。信じていただくしかありません」


 背筋をピンとのばしてから、頭を下げる。


「……そうか」


 返事が聞こえたので、顔を上げた。


 ショートケーキ団長は、ティーカップを持ちながら遠くを見ていた。


「そういうことにしておこう」


 それを聞き、再度頭を下げた。


 ……不意に、思った。

 八つ橋さんに会いにいこう。

 あの荒地の、あの場所に。


「……今回の件、ガレオ王はそなたの力なくして解決できなかった、と大いに喜んでおられた。

 同時に、なにか褒美をやりたいとも。

 ……一応聞こう。なにを所望する?」


 遠くを見たまま、ショートケーキ団長が言った。


「……光栄です。僕が望むのは、あの件の検討を進めていただくことだけです」

「あの件?」

「餡月郷(あんげつきょう)とメローリアで国を共同統治する件です。

 ぜひ本気で、話を進めてほしいとお伝えいただけますでしょうか。

 僕にとっては、それ以上の褒美はない、とも」


 ショートケーキ団長が、穏やかな表情でこちらを見つめている。


「……奇妙な縁だな。

 父が成し遂げようとして志半ばで消滅するところだったそれを、本来敵であるそなたが再燃させるとは……な」

「同じ意志をもつかどうかは、敵か味方かは関係なくありえることです」

「……ああ。そのとおりだと、実感した」


 ショートケーキ団長の口角が、わずかに上がる。

 ……笑った、のか?


「我からも、ガレオ王に進言しよう。父と母の想いを……我も受け継ぐ」


 空を見上げながら、言っていた。


「そなたはどう思う。我が両親は、喜んでくださると思うか」

「いいえ。喜びはしません」

「……なぜ、そう言いきれる」


 ショートケーキ団長が、意外そうに目を見張った。


「……これは、ただの想像の話です。

 人を喜ばせるためだけになにかをするのではなく、自身の利益になるかもきちんと考えるべき……

 そう、おっしゃるのではないかと」


 ショートケーキ団長がこちらを見て、目を丸くしていた。

 口を半開きにしていて、驚いているように見える。

 穏やかな風が吹いて、彼の髪をなでているかのように揺らしている。


 ふと、ショートケーキ団長が、笑った。

 その顔は――

 彼の記憶の中にいた八つ橋さんと、そっくりだった。


 ……そうか。

 この人は、母親似だったんだな。


「礼を言う。ミツモリ」


 ……軍師、ではなく、名前。


「……こちらこそ。お力をお借りできて、光栄です。ヴィクトリウス様」

「ショートケーキ団長、ではないのか」

「それは、ただの識別のための呼び方です。

 よければ、普段はそう呼ばせていただきたいのですが。

 許可はいただけますか?」

「かまわぬ。好きにすればよい」


 彼が笑ってうなずいたのを見て、僕もうなずき、紅茶を飲んだ。


 ……よし。これで、クッキーさんに怒られるいわれはなくなった。


「もう一つ、そなたに言っておきたいことがある」

「なんでしょうか」

「そなたらに、もう一度協議を申し入れる」

「……協議?」


 ティーカップを置く際、すこし音を立ててしまった。

 それには目もくれず、ショートケーキ団長を見つめる。


「……今回の、フェーブさんの報告の件ですか」

「そうだ。表向きはな」


 ……含みがある言い方。


 テーブルの上に置かれた彼の手が、ぎゅっと握られて拳を作った。


「その場で改めて……我の出自について、皆に打ち明けようと思っている」


 瞬間、思考が停止した。


 ……ショートケーキ団長の出自。

 混血だということを、打ち明けると?

 本人が言わなければ、だれも疑うはずのない事実を?


 なぜ?


「なんのためにですか」

「今後のため……そして、共同統治を実現するためにだ」

「…………」


 文字どおり、橋渡しになろうと言うのか。

 とはいえ、リスクが大きすぎる。


 ……でも。


 今まで見聞きしてきた、人の過去――歴史を思いだす。

 そして、僕はただ、うなずいた。


 ◇◇◇


 ショートケーキ団長の宣言どおり、再度幹部間協議が開催された。

 同じ場所、同じテーブルに、以前と同じ人たちがむき合って座っている。


 テーブルには、同じくそれぞれ一つずつ、お茶が。

 むこうが紅茶入りティーカップであるのに対し、こちらが緑茶入り湯飲みなのも、同じ。

 違うのは、お茶菓子だ。

 今日は、様々な形のクッキーないしはビスケット。

 それから、等間隔に切られたカステラが用意されていた。


 ……直近の双甘大試(そうかんたいし)、第四試合のカード再現。

 いいチョイスだ。


「まず儂から、ええか?」


 大福さんが軽く手をあげ、ショートケーキ団長を見た。

 彼がうなずいてから、大福さんが立ちあがる。


「うちの軍師――蜜森の暗殺未遂事件で、首謀者の捜査において手を尽くしてくれたこと。

 この場を借りて礼を申す」


 僕を含めた他の甘誠組(かんせいぐみ)のメンバーも立ちあがり、一礼をした。


「……それは、お互い様だ。

 黒幕フェブルを引きずりおろすことに成功したのは、その軍師のおかげである」


 アントルメ騎士団側も、同様に全員起立して、一礼。

 ……一部が不満げな顔をしていた件は、お決まりの現象としてスルーする。


 改めて、全員着席。


「そちらはかなり騒ぎになっておるんじゃないか?」

「ああ。市中では、憶測が憶測を呼んであらぬ噂を流す者も出始めている」

「こちらも似たようなものじゃ。

 小さな諍いが争いに発展しかねん状態でな。下火になるまで、注視しておかねばならん時期といえる」

「……有事の際は、また協力を求めることがあるかもしれん」

「承知した。こちらこそ、そのときはよろしく頼む」


 再び立ちあがった大福さんとショートケーキ団長が、固く握手を交わした。


 その後、ショートケーキ団長はこちらに視線をむけてきた。

 同意を示すため、頭を下げる。


 ……つい最近まで、覇権争いしていた相手。

 しかも、双甘大試が行われるようになる前――20年ほど前までは、血なまぐさい戦闘が普通に行われていた。


 吊り橋効果、とは違うけれど。

 今回の事件のおかげで、こうして協力態勢を構築することもできるとわかった。


「こちらの捜査について、詳細を報告する。シュリオ」

「はっ」


 ショートケーキ団長が指名したシュークリームさんが、短く返事をしながら立ちあがった。

 束になった書類を持っている。


「まず、ガレオ王襲撃事件の捜査の詳細から。首謀者の――」


 シュークリームさんが、よどむことなくつらつらと話しだした。


 さっそく、クッキーに手をのばす。

 中央に丸い小さなくぼみがあって、そこに赤いジャムが乗せられているクッキー。


 ……素朴な味で美味い。

 ジャムは、シンプルなイチゴジャムだった。


 きゅーきゅーと、うるさくねだってくるあんこにも一かけらを与える。

 ……人間のほうのクッキーさんから鋭い視線がむけられてきたが、気にならなかった。


 時折、大福さんなどからの質問が投げられて、報告パートは順調に進行していった。


 すました顔でしずかに報告を聞いているショートケーキ団長へと、視線をむける。


 ……もうじき、始まる。

 彼が、あの話をするときが。

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