さて、どう答えたものか。
さて、どう答えたものか。
出されていた紅茶を多めに口に含みながら、考えをめぐらせた。
「元々は廃墟だったここを父が整備させて、母だけの場所に作りかえたのだ。
母の、隠れ家として」
「……あなたの母上は、ここがお気に入りの場所だったのですか」
「そうだったように思う。
ここにいる間はいつも、穏やかに笑っておられたからな」
そう言った後は、すこしうつむいて沈黙した。
……やはり、八つ橋さんの話。
しばらくして、ショートケーキ団長が目だけを動かして、こちらを見た。
「聞きたいこととは、その件だ。
そなたは、どのようにして我の母を知った?」
「…………」
僕の謎な力について話したところで、彼は受け入れてくれるのか。
今の信頼が築けた状態でも、問題ないとは言いきれない。
……テーブルの上で、のんきに寝転がっているあんこを見つめる。
指先で、ピンとはじいた。
転がり、テーブルの下に落ちるあんこ。
よじ登ってきて、怒った様子で触手をわしゃわしゃと動かしている。
……仕方ない。
「僕を、信じられますか」
「無論だ。今さらなにを言われても、驚きはせぬ」
そう断言した彼の目をじっと見ながら考えて――口を開いた。
「僕は、人の過去を視る力を持っている……と、言ってもですか?」
「人の、過去……?」
ぽつりと復唱したショートケーキ団長は、冷静に考えている様子で、僕を見つめかえしてきた。
「……やはり、そういうことか」
「やはり?」
「それくらいのことができなければ……我の母がだれかなど、知る術はない」
ショートケーキ団長は、変わらず落ちついた様子で、紅茶を飲んだ。
「……と、おっしゃいますと」
「我が母は、表向きにはとある名門貴族の生まれで、我を産んですぐに亡くなったことになっている。
真実を知るのは、父と我……そして、母の出産時に立ちあった医者だけだ。
我以外は、すでにこの世にはいない」
「……あなたの母上は、どのような立場でメローリアにいたのですか?
だれにも見つからずに、隠れて生活するのは無理があったのでは?」
「我がショルテンハイム家とは遠縁の家の生まれの未亡人として、屋敷で生活していた。
亡くなった夫との間に子を宿しており、身寄りがなくなったために我が父が引きとった、という筋書きだった」
……うまく隠したものだ。
当主のスコーンさんが、「私が保護した女性だ」と言えば、だれもそれ以上は追及できなくなる。
ただ……そうは言っても、だ。
「よく、そこまで情報漏洩が防げましたね」
「父が、あらゆる面で手を尽くした結果だ」
……そこまでするほど、スコーンさんは八つ橋さんを大事に思っていた。
そして、それを受け入れた八つ橋さんも同じく、だな。
「それで、そなたはいったいなにを見た? 我の、どの過去を視た?」
「……おそらくですが、あなたと母上がお別れする場面ではないかと」
「別れる場面……だと? なんと申していた?」
「……父上と母は、いつでもあなたのここにいます、と」
自分の胸に手を当てて、軽く再現。
途端に、ショートケーキ団長が目を見開いた。
「……そうか」
その目が細められていき、閉じられた。
瞼がすこし揺れたようにも見えた。
「疑っていたわけではないが……そなたの言う力とやらが本物だと、今はっきりわかった」
「…………」
ショートケーキ団長が、再び沈黙する。
テーブルの上で、神妙な空気になったことを気にしたあんこが、ちらちらとこちらをうかがっている。
「……知っているのか」
「なにをですか」
「母がその後どうなったか、知っているのか。
ならば答えよ」
ごまかしは許さないとでも言っているような、とても鋭い目をむけてくる。
――八つ橋さんの、その後。
(椿……すまぬ。お前との、約束は……っ果たせそうに、ない……)
(八重……! なぜだ八重ぇ……!)
「……存じません。僕が『あなたを視て知ったのは』、今お伝えしたことだけです」
「……母の行方まではわからなかったと申すのか」
「はい。あなたがご存じでなければ、僕には視えません」
「……嘘ではあるまいな」
「証明はできません。信じていただくしかありません」
背筋をピンとのばしてから、頭を下げる。
「……そうか」
返事が聞こえたので、顔を上げた。
ショートケーキ団長は、ティーカップを持ちながら遠くを見ていた。
「そういうことにしておこう」
それを聞き、再度頭を下げた。
……不意に、思った。
八つ橋さんに会いにいこう。
あの荒地の、あの場所に。
「……今回の件、ガレオ王はそなたの力なくして解決できなかった、と大いに喜んでおられた。
同時に、なにか褒美をやりたいとも。
……一応聞こう。なにを所望する?」
遠くを見たまま、ショートケーキ団長が言った。
「……光栄です。僕が望むのは、あの件の検討を進めていただくことだけです」
「あの件?」
「餡月郷とメローリアで国を共同統治する件です。
ぜひ本気で、話を進めてほしいとお伝えいただけますでしょうか。
僕にとっては、それ以上の褒美はない、とも」
ショートケーキ団長が、穏やかな表情でこちらを見つめている。
「……奇妙な縁だな。
父が成し遂げようとして志半ばで消滅するところだったそれを、本来敵であるそなたが再燃させるとは……な」
「同じ意志をもつかどうかは、敵か味方かは関係なくありえることです」
「……ああ。そのとおりだと、実感した」
ショートケーキ団長の口角が、わずかに上がる。
……笑った、のか?
「我からも、ガレオ王に進言しよう。父と母の想いを……我も受け継ぐ」
空を見上げながら、言っていた。
「そなたはどう思う。我が両親は、喜んでくださると思うか」
「いいえ。喜びはしません」
「……なぜ、そう言いきれる」
ショートケーキ団長が、意外そうに目を見張った。
「……これは、ただの想像の話です。
人を喜ばせるためだけになにかをするのではなく、自身の利益になるかもきちんと考えるべき……
そう、おっしゃるのではないかと」
ショートケーキ団長がこちらを見て、目を丸くしていた。
口を半開きにしていて、驚いているように見える。
穏やかな風が吹いて、彼の髪をなでているかのように揺らしている。
ふと、ショートケーキ団長が、笑った。
その顔は――
彼の記憶の中にいた八つ橋さんと、そっくりだった。
……そうか。
この人は、母親似だったんだな。
「礼を言う。ミツモリ」
……軍師、ではなく、名前。
「……こちらこそ。お力をお借りできて、光栄です。ヴィクトリウス様」
「ショートケーキ団長、ではないのか」
「それは、ただの識別のための呼び方です。
よければ、普段はそう呼ばせていただきたいのですが。
許可はいただけますか?」
「かまわぬ。好きにすればよい」
彼が笑ってうなずいたのを見て、僕もうなずき、紅茶を飲んだ。
……よし。これで、クッキーさんに怒られるいわれはなくなった。
「もう一つ、そなたに言っておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「そなたらに、もう一度協議を申し入れる」
「……協議?」
ティーカップを置く際、すこし音を立ててしまった。
それには目もくれず、ショートケーキ団長を見つめる。
「……今回の、フェーブさんの報告の件ですか」
「そうだ。表向きはな」
……含みがある言い方。
テーブルの上に置かれた彼の手が、ぎゅっと握られて拳を作った。
「その場で改めて……我の出自について、皆に打ち明けようと思っている」
瞬間、思考が停止した。
……ショートケーキ団長の出自。
混血だということを、打ち明けると?
本人が言わなければ、だれも疑うはずのない事実を?
なぜ?
「なんのためにですか」
「今後のため……そして、共同統治を実現するためにだ」
「…………」
文字どおり、橋渡しになろうと言うのか。
とはいえ、リスクが大きすぎる。
……でも。
今まで見聞きしてきた、人の過去――歴史を思いだす。
そして、僕はただ、うなずいた。
◇◇◇
ショートケーキ団長の宣言どおり、再度幹部間協議が開催された。
同じ場所、同じテーブルに、以前と同じ人たちがむき合って座っている。
テーブルには、同じくそれぞれ一つずつ、お茶が。
むこうが紅茶入りティーカップであるのに対し、こちらが緑茶入り湯飲みなのも、同じ。
違うのは、お茶菓子だ。
今日は、様々な形のクッキーないしはビスケット。
それから、等間隔に切られたカステラが用意されていた。
……直近の双甘大試、第四試合のカード再現。
いいチョイスだ。
「まず儂から、ええか?」
大福さんが軽く手をあげ、ショートケーキ団長を見た。
彼がうなずいてから、大福さんが立ちあがる。
「うちの軍師――蜜森の暗殺未遂事件で、首謀者の捜査において手を尽くしてくれたこと。
この場を借りて礼を申す」
僕を含めた他の甘誠組のメンバーも立ちあがり、一礼をした。
「……それは、お互い様だ。
黒幕フェブルを引きずりおろすことに成功したのは、その軍師のおかげである」
アントルメ騎士団側も、同様に全員起立して、一礼。
……一部が不満げな顔をしていた件は、お決まりの現象としてスルーする。
改めて、全員着席。
「そちらはかなり騒ぎになっておるんじゃないか?」
「ああ。市中では、憶測が憶測を呼んであらぬ噂を流す者も出始めている」
「こちらも似たようなものじゃ。
小さな諍いが争いに発展しかねん状態でな。下火になるまで、注視しておかねばならん時期といえる」
「……有事の際は、また協力を求めることがあるかもしれん」
「承知した。こちらこそ、そのときはよろしく頼む」
再び立ちあがった大福さんとショートケーキ団長が、固く握手を交わした。
その後、ショートケーキ団長はこちらに視線をむけてきた。
同意を示すため、頭を下げる。
……つい最近まで、覇権争いしていた相手。
しかも、双甘大試が行われるようになる前――20年ほど前までは、血なまぐさい戦闘が普通に行われていた。
吊り橋効果、とは違うけれど。
今回の事件のおかげで、こうして協力態勢を構築することもできるとわかった。
「こちらの捜査について、詳細を報告する。シュリオ」
「はっ」
ショートケーキ団長が指名したシュークリームさんが、短く返事をしながら立ちあがった。
束になった書類を持っている。
「まず、ガレオ王襲撃事件の捜査の詳細から。首謀者の――」
シュークリームさんが、よどむことなくつらつらと話しだした。
さっそく、クッキーに手をのばす。
中央に丸い小さなくぼみがあって、そこに赤いジャムが乗せられているクッキー。
……素朴な味で美味い。
ジャムは、シンプルなイチゴジャムだった。
きゅーきゅーと、うるさくねだってくるあんこにも一かけらを与える。
……人間のほうのクッキーさんから鋭い視線がむけられてきたが、気にならなかった。
時折、大福さんなどからの質問が投げられて、報告パートは順調に進行していった。
すました顔でしずかに報告を聞いているショートケーキ団長へと、視線をむける。
……もうじき、始まる。
彼が、あの話をするときが。




