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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第六章 暗部

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まぶしすぎる光が降りそそいでくる。

 まぶしすぎる光が降りそそいでくる。

 専用通路を使ってガレオ王の執務室にやってきたフェブルは、顔をしかめずにはいられなかった。


 陛下は、なぜこのような明るい場所に執務室を作られたのか。

 まったく理解できない。


「相変わらずよのう、フェブル。明るい場所は苦手か」

「……申し訳ありませぬ」

「怒っているわけではない。

 文で事が済ませればよかったのだが……今回ばかりはそうもいかぬのだ」


 執務室の机についていたガレオ王は、頬杖をつきながら、さも愉快そうにフェブルを見ていた。


「かまいませぬ。何なりとお申しつけくださいませ。

 このフェブル、陛下のために腕を振るう力はまだまだありますゆえ」

「頼もしいのう。これだから、お前は手放せぬのだ」


 ガレオ王は、満足げに笑っていた。


 ……確信した。

 やはり、心配する必要はないようだ。


 フェブルは内心ほっと安堵しながら、次のガレオ王の言葉を待った。


「そう言ってくれるのは、嬉しい。だが……」


 途端に、ガレオ王の声のトーンが落ちた。

 言葉をそこで切り、嘆息する。


 不審に思い、フェブルは眉をひそめた。


「のう、フェブル。余は……領主の座に、長くつきすぎたのやもしれん」

「は……? なにをおっしゃいますか。

 陛下は、領主になるためにお生まれになったお方。そう申したはずですぞ」

「ああ。そうだ。その言葉だ。

 お前のその言葉があったからこそ、すべての重圧を背負う覚悟を決めた。

 が……そろそろ、引き際ではないかと思うのだ」


 フェブルは、突然後頭部をガン、となにかで打たれたような衝撃を感じた。

 寝耳に水、どころの話ではない。


「グラサージュ・マッチにおいて、三連続で敗退した件もある。

 なにより、余の命を狙う者が出た……それはすなわち、余の求心力が低下している証拠だろう?

 このまま放置しておけば、領内の乱れにつながる。

 いつぞやの、過激派の連中が暴れた事件のように……罪のない者たちが傷つけあう悲劇が起こりかねん。

 そうは思わぬか?」


 フェブルは、ガレオ王の言葉を聞きながら、体がガクガクと震えだしたのを感じていた。


 引き際?

 ばかな。まだ、そんな時期ではない。

 ……いや、待て。

 これは、絶好のチャンスではないか?


「陛下! なにを気弱になっておられるのですか……!

 そのような言葉、フェブルは聞きとうありませぬ!

 まさか、先日の甘誠組(かんせいぐみ)の軍師との会合で、なにかよからぬ発言を受けたのでは!?

 もしそうだとしたら、なんたること……! なんて不敬な!

 どのような話があったのですか!? 教えてくだされ!」


 ……これで、話さずにはいられないはずだ。

 教えるのだ。ミツモリ・フウと、なにを話した?

 いったい奴は、なにを企んでいる?


 フェブルはそう考えながら、ガレオ王を凝視した。


 一方のガレオ王は――非常に、穏やかな表情をしていた。


「……まだ、お前にしか話しておらぬ。口外は禁ずるぞ」

「当然にございます」


 フェブルは、ひざまずいて頭を下げながら、ニヤリと口角を上げた。


 ――次の瞬間。


「退位を考えているのだ」

「……は?」


 さっと血の気がひいた。

 今度は、冷水を浴びせられたかのような感覚。


 唖然として、ガレオ王を見つめた。


「次代の領主には、我が息子カリオンを指名したい」

「……っま……待ち、お、お待ちくだされ!

 退位など、そんな必要はありませぬ! お考えなおしくださいませ!」


 ありえない。

 なぜだ? なぜ急に、そんなことを言いだした?

 いったい、なにがどうなっている?


 フェブルは内心パニックになりながら、撤回するよう説得する言葉を必死に考えた。


「申したであろう。領内が乱れている傾向があるからだ」

「まだ立てなおせます! 陛下は、領主になるためにお生まれになったお方。

 陛下のお言葉を待っている領民が、大勢おります。

 なのに、ここで退位など……!

 それこそ、領内に乱れが広がる要因になりますぞ!」

「領主は領民のためにあれ。それが先代の教えだ。

 上の者が新しくなれば、領民の期待も高まるはず。違うか?」

「……っ! そうだとしても、です。

 次代の領主をお決めになるのでしたら、今一度お考えなおしくださりませ!

 カリオン様は、まだ九つですぞ。領主になるには、まだ早すぎます。

 どうしても退くとおっしゃるのでしたら、改めて私も含めた有識者を集めて、協議の場を――」

「その件だが、問題はない」


 そう言ったガレオ王は、すました顔でティーカップを持ちあげて、紅茶を飲んだ。


 ――なぜ、ガレオ王がこんなにも落ちついていられるのか。

 その理由が思いつかないフェブルは、ただうろたえていた。


「……問題はない、とは? どの点についてでございますか?」

「幼いカリオンが領主の座につく点だ。ちょうどいい解決策があるではないか。

 ……お前が、摂政となってカリオンを支えるのだ」

「……な?」


 なにを……なにを、ばかなことを言っているのだ、この男は!?


 あまりにも突拍子もない発言に、心の中でなじらずにはいられなかった。

 フェブルは、がくがくと体を震わせながら、ガレオ王を見つめた。


「お前が領主に擁立しなければ、余はここにはいなかったに違いない。

 今頃、どこかで野垂れ死んでいてもおかしくはなかったはずだ。

 この座についてからも、なにかと助けてくれた……

 それは、これからも変わらないな?」

「当然にございます。だからこそ、退位など……!」

「余は感謝しておるのだ。だからこそだ。

 お前の名が歴史の陰に埋もれてしまうなど……もったいなくて仕方がないのだ」

「決して……! 決して、そのようなことは――」

「お前は今、余を助けると申した。当然だと、申したな?」


 ガレオ王が、身を乗りだしてフェブルをじいっと見てきた。

 穏やかな笑顔。

 しかし、目はあきらかに笑っていない。


「それを、示せ。余の目が黒くあるうちにな」

「……っ」


 フェブルは体を震わせながら、その場に膝をついた。

 「断る」という選択肢は――存在しなかった。


 頭を下げると、額から浮きでていた冷や汗が、ぽたりと床に落ちた。


 すぐそばまで、だれかが近寄ってくる気配。

 ガレオ王だ。

 その手が、フェブルの肩に置かれた。


「なに。まだ『そう考えている』程度の話だ。

 いつ、どのようになど、詳しい部分はまだ決めておらん。

 ゆっくり、じっくり考えていくとしよう。

 余とお前、二人で……な」


 ニヤリ、と、ガレオ王は凍てつく笑顔を浮かべた。

 寒気すらおぼえるほどであった。


 呆然としていたフェブルは、どのように自室に戻ったのかさえも、わからなかった。

 ふらふらとおぼつかない足取りで椅子を引きよせ、沈みこむ。


 ……なぜ、こうなった?

 本当なのか?

 私が、摂政にならなければならないのか?

 なぜそんなことに?

 王を決めるのは……私であるべきなのに。


 摂政になれば、今の環境にはいられない。

 たとえば――大勢集まった領民の前で、弁舌を振るわなければならないときもあるだろう。


 ……人前に、出る?

 この私が?


 かつて、流行り病の影響で醜く汚らしい顔になってしまった頃。

 人から浴びせられた、たくさんの好奇と蔑みの目を思いだす。


 フェブルは、途端に椅子から崩れおちて、頭を抱えて床にうずくまった。

 呼吸が荒くなる。


「……っああああああああああああ!」


 部屋中に、悲鳴が響きわたった。

 しかし――だれ一人として、助けようとする者はいなかった。


 ◇◇◇


 数日後。

 僕は、ショートケーキ団長からの呼びだしを受けて、報告を聞いていた。


「フェブルは発狂して、まともに言葉を発することもままならない状態だそうだ。

 ……呆気ないものだな」


 ショートケーキ団長が、紅茶を一口飲んでからこちらに目をむけた。


「あの者の性質を熟知していなければ思いつかない、非常に大胆な策だった。

 見事であった」

「……恐れ入ります」


 熟知していた、ほどではない。


『過去の闘病中に負った傷が原因で、人前に出ることを極端に嫌っているという話だ』


 そのショートケーキ団長の話を思いだして、考えただけのこと。

 ここまで効果が強く出るとは、さすがに予想外だった。


「お褒めいただくのは、正直心苦しいです。

 結果、本人から動機を聞けなくなってしまったのですから」

「それは、大した問題ではない」

「いえ。今後、また同じようなことを考える方が現れないともかぎりません。

 フェーブさんの意思を継ぐ者が、どこかに潜んでいないとも言いきれません」

「……そうだな。我が父を殺したあのときから、暗躍していたわけではあるまい。

 先代領主の側近になったときからだと仮定しても、実に50年近くもの年月、裏で悪事を働いていたと言える。

 その点は、慎重に捜査をせねばならぬ」


 その言葉に賛同し、ゆっくりうなずいた。


 ……50年。

 ガレット・デ・ロワの中に隠れていた、フェーブ。

 王を決めるときだけ、表に出てくる。

 その後は、ただの陶器の置物になるだけ。


 でも、彼はそれをよしとしなかった。

 だからこうして、道を踏みはずしてしまった……とも言えるか。


「ガレオ王のご様子は、いかがでしたか」

「……退位をほのめかす件をお話ししたときは、そなたの策だと先に伝えていたおかげでご納得いただけた」

「すぐに、受け入れていただけたのですか」

「ああ。不思議なほどに、すんなりとな」


 ……ガレオ王ほど、フェーブさんを知っている人はいない。

 だからこそ、「それならいける」と感じていただけたようだ。


 今回の策がうまくいったのは、ショートケーキ団長とガレオ王に十分理解してもらえた点と、寛大さがあったからこそ。

 加えて、ガレオ王のフェーブさんへのプレッシャーのかけ方が絶妙だったおかげ、と言える。


 本当に、大きな賭けだった。

 勝てる公算がなければ、決して手出しはしなかった。


 ……ふう、と息をついて、周囲を見回す。

 色とりどりの花たちが、咲き誇っている。


 テーブルの上には、僕とショートケーキ団長の分の紅茶しかないせいで、あんこが不満げに寝転んでいた。


「……お尋ねしてもよろしいですか?」

「なんだ」

「ここは、『ガーデン』でまちがいありませんよね」

「そうだ。そなたもプリモにつられてきたことがあるだろう」


 そのとおりだ。


『古くからある場所で、だれが作ったかはわからないみたいです。

 グラサージュ・マッチで勝ったあと、ここで団長と幹部だけでお茶をするっていう習慣があるんですよ』


 彼女は、そう言っていた。


 本来なら、餡月郷(あんげつきょう)側の僕が入っていい場所ではない。

 またもやイチゴさんのおかげで、こっそり入ってこられたわけだが。


「今回ここを選んだのは……我が父が母のために作った場所だからだ。

 ……聞きたいことがある」


 ……なるほど。

 聞きたいこととは、それか。

ここまで読んでいただいたことに感謝いたします!

これで六章は終わりです。

次章からは、ショートケーキ団長その他の気になる過去話が出てきます。そちらもよければご覧ください。

明日以降も、毎日20時頃更新を予定しております。

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