まぶしすぎる光が降りそそいでくる。
まぶしすぎる光が降りそそいでくる。
専用通路を使ってガレオ王の執務室にやってきたフェブルは、顔をしかめずにはいられなかった。
陛下は、なぜこのような明るい場所に執務室を作られたのか。
まったく理解できない。
「相変わらずよのう、フェブル。明るい場所は苦手か」
「……申し訳ありませぬ」
「怒っているわけではない。
文で事が済ませればよかったのだが……今回ばかりはそうもいかぬのだ」
執務室の机についていたガレオ王は、頬杖をつきながら、さも愉快そうにフェブルを見ていた。
「かまいませぬ。何なりとお申しつけくださいませ。
このフェブル、陛下のために腕を振るう力はまだまだありますゆえ」
「頼もしいのう。これだから、お前は手放せぬのだ」
ガレオ王は、満足げに笑っていた。
……確信した。
やはり、心配する必要はないようだ。
フェブルは内心ほっと安堵しながら、次のガレオ王の言葉を待った。
「そう言ってくれるのは、嬉しい。だが……」
途端に、ガレオ王の声のトーンが落ちた。
言葉をそこで切り、嘆息する。
不審に思い、フェブルは眉をひそめた。
「のう、フェブル。余は……領主の座に、長くつきすぎたのやもしれん」
「は……? なにをおっしゃいますか。
陛下は、領主になるためにお生まれになったお方。そう申したはずですぞ」
「ああ。そうだ。その言葉だ。
お前のその言葉があったからこそ、すべての重圧を背負う覚悟を決めた。
が……そろそろ、引き際ではないかと思うのだ」
フェブルは、突然後頭部をガン、となにかで打たれたような衝撃を感じた。
寝耳に水、どころの話ではない。
「グラサージュ・マッチにおいて、三連続で敗退した件もある。
なにより、余の命を狙う者が出た……それはすなわち、余の求心力が低下している証拠だろう?
このまま放置しておけば、領内の乱れにつながる。
いつぞやの、過激派の連中が暴れた事件のように……罪のない者たちが傷つけあう悲劇が起こりかねん。
そうは思わぬか?」
フェブルは、ガレオ王の言葉を聞きながら、体がガクガクと震えだしたのを感じていた。
引き際?
ばかな。まだ、そんな時期ではない。
……いや、待て。
これは、絶好のチャンスではないか?
「陛下! なにを気弱になっておられるのですか……!
そのような言葉、フェブルは聞きとうありませぬ!
まさか、先日の甘誠組の軍師との会合で、なにかよからぬ発言を受けたのでは!?
もしそうだとしたら、なんたること……! なんて不敬な!
どのような話があったのですか!? 教えてくだされ!」
……これで、話さずにはいられないはずだ。
教えるのだ。ミツモリ・フウと、なにを話した?
いったい奴は、なにを企んでいる?
フェブルはそう考えながら、ガレオ王を凝視した。
一方のガレオ王は――非常に、穏やかな表情をしていた。
「……まだ、お前にしか話しておらぬ。口外は禁ずるぞ」
「当然にございます」
フェブルは、ひざまずいて頭を下げながら、ニヤリと口角を上げた。
――次の瞬間。
「退位を考えているのだ」
「……は?」
さっと血の気がひいた。
今度は、冷水を浴びせられたかのような感覚。
唖然として、ガレオ王を見つめた。
「次代の領主には、我が息子カリオンを指名したい」
「……っま……待ち、お、お待ちくだされ!
退位など、そんな必要はありませぬ! お考えなおしくださいませ!」
ありえない。
なぜだ? なぜ急に、そんなことを言いだした?
いったい、なにがどうなっている?
フェブルは内心パニックになりながら、撤回するよう説得する言葉を必死に考えた。
「申したであろう。領内が乱れている傾向があるからだ」
「まだ立てなおせます! 陛下は、領主になるためにお生まれになったお方。
陛下のお言葉を待っている領民が、大勢おります。
なのに、ここで退位など……!
それこそ、領内に乱れが広がる要因になりますぞ!」
「領主は領民のためにあれ。それが先代の教えだ。
上の者が新しくなれば、領民の期待も高まるはず。違うか?」
「……っ! そうだとしても、です。
次代の領主をお決めになるのでしたら、今一度お考えなおしくださりませ!
カリオン様は、まだ九つですぞ。領主になるには、まだ早すぎます。
どうしても退くとおっしゃるのでしたら、改めて私も含めた有識者を集めて、協議の場を――」
「その件だが、問題はない」
そう言ったガレオ王は、すました顔でティーカップを持ちあげて、紅茶を飲んだ。
――なぜ、ガレオ王がこんなにも落ちついていられるのか。
その理由が思いつかないフェブルは、ただうろたえていた。
「……問題はない、とは? どの点についてでございますか?」
「幼いカリオンが領主の座につく点だ。ちょうどいい解決策があるではないか。
……お前が、摂政となってカリオンを支えるのだ」
「……な?」
なにを……なにを、ばかなことを言っているのだ、この男は!?
あまりにも突拍子もない発言に、心の中でなじらずにはいられなかった。
フェブルは、がくがくと体を震わせながら、ガレオ王を見つめた。
「お前が領主に擁立しなければ、余はここにはいなかったに違いない。
今頃、どこかで野垂れ死んでいてもおかしくはなかったはずだ。
この座についてからも、なにかと助けてくれた……
それは、これからも変わらないな?」
「当然にございます。だからこそ、退位など……!」
「余は感謝しておるのだ。だからこそだ。
お前の名が歴史の陰に埋もれてしまうなど……もったいなくて仕方がないのだ」
「決して……! 決して、そのようなことは――」
「お前は今、余を助けると申した。当然だと、申したな?」
ガレオ王が、身を乗りだしてフェブルをじいっと見てきた。
穏やかな笑顔。
しかし、目はあきらかに笑っていない。
「それを、示せ。余の目が黒くあるうちにな」
「……っ」
フェブルは体を震わせながら、その場に膝をついた。
「断る」という選択肢は――存在しなかった。
頭を下げると、額から浮きでていた冷や汗が、ぽたりと床に落ちた。
すぐそばまで、だれかが近寄ってくる気配。
ガレオ王だ。
その手が、フェブルの肩に置かれた。
「なに。まだ『そう考えている』程度の話だ。
いつ、どのようになど、詳しい部分はまだ決めておらん。
ゆっくり、じっくり考えていくとしよう。
余とお前、二人で……な」
ニヤリ、と、ガレオ王は凍てつく笑顔を浮かべた。
寒気すらおぼえるほどであった。
呆然としていたフェブルは、どのように自室に戻ったのかさえも、わからなかった。
ふらふらとおぼつかない足取りで椅子を引きよせ、沈みこむ。
……なぜ、こうなった?
本当なのか?
私が、摂政にならなければならないのか?
なぜそんなことに?
王を決めるのは……私であるべきなのに。
摂政になれば、今の環境にはいられない。
たとえば――大勢集まった領民の前で、弁舌を振るわなければならないときもあるだろう。
……人前に、出る?
この私が?
かつて、流行り病の影響で醜く汚らしい顔になってしまった頃。
人から浴びせられた、たくさんの好奇と蔑みの目を思いだす。
フェブルは、途端に椅子から崩れおちて、頭を抱えて床にうずくまった。
呼吸が荒くなる。
「……っああああああああああああ!」
部屋中に、悲鳴が響きわたった。
しかし――だれ一人として、助けようとする者はいなかった。
◇◇◇
数日後。
僕は、ショートケーキ団長からの呼びだしを受けて、報告を聞いていた。
「フェブルは発狂して、まともに言葉を発することもままならない状態だそうだ。
……呆気ないものだな」
ショートケーキ団長が、紅茶を一口飲んでからこちらに目をむけた。
「あの者の性質を熟知していなければ思いつかない、非常に大胆な策だった。
見事であった」
「……恐れ入ります」
熟知していた、ほどではない。
『過去の闘病中に負った傷が原因で、人前に出ることを極端に嫌っているという話だ』
そのショートケーキ団長の話を思いだして、考えただけのこと。
ここまで効果が強く出るとは、さすがに予想外だった。
「お褒めいただくのは、正直心苦しいです。
結果、本人から動機を聞けなくなってしまったのですから」
「それは、大した問題ではない」
「いえ。今後、また同じようなことを考える方が現れないともかぎりません。
フェーブさんの意思を継ぐ者が、どこかに潜んでいないとも言いきれません」
「……そうだな。我が父を殺したあのときから、暗躍していたわけではあるまい。
先代領主の側近になったときからだと仮定しても、実に50年近くもの年月、裏で悪事を働いていたと言える。
その点は、慎重に捜査をせねばならぬ」
その言葉に賛同し、ゆっくりうなずいた。
……50年。
ガレット・デ・ロワの中に隠れていた、フェーブ。
王を決めるときだけ、表に出てくる。
その後は、ただの陶器の置物になるだけ。
でも、彼はそれをよしとしなかった。
だからこうして、道を踏みはずしてしまった……とも言えるか。
「ガレオ王のご様子は、いかがでしたか」
「……退位をほのめかす件をお話ししたときは、そなたの策だと先に伝えていたおかげでご納得いただけた」
「すぐに、受け入れていただけたのですか」
「ああ。不思議なほどに、すんなりとな」
……ガレオ王ほど、フェーブさんを知っている人はいない。
だからこそ、「それならいける」と感じていただけたようだ。
今回の策がうまくいったのは、ショートケーキ団長とガレオ王に十分理解してもらえた点と、寛大さがあったからこそ。
加えて、ガレオ王のフェーブさんへのプレッシャーのかけ方が絶妙だったおかげ、と言える。
本当に、大きな賭けだった。
勝てる公算がなければ、決して手出しはしなかった。
……ふう、と息をついて、周囲を見回す。
色とりどりの花たちが、咲き誇っている。
テーブルの上には、僕とショートケーキ団長の分の紅茶しかないせいで、あんこが不満げに寝転んでいた。
「……お尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだ」
「ここは、『ガーデン』でまちがいありませんよね」
「そうだ。そなたもプリモにつられてきたことがあるだろう」
そのとおりだ。
『古くからある場所で、だれが作ったかはわからないみたいです。
グラサージュ・マッチで勝ったあと、ここで団長と幹部だけでお茶をするっていう習慣があるんですよ』
彼女は、そう言っていた。
本来なら、餡月郷側の僕が入っていい場所ではない。
またもやイチゴさんのおかげで、こっそり入ってこられたわけだが。
「今回ここを選んだのは……我が父が母のために作った場所だからだ。
……聞きたいことがある」
……なるほど。
聞きたいこととは、それか。
ここまで読んでいただいたことに感謝いたします!
これで六章は終わりです。
次章からは、ショートケーキ団長その他の気になる過去話が出てきます。そちらもよければご覧ください。
明日以降も、毎日20時頃更新を予定しております。




