ショートケーキ団長が、しずかに語りはじめた。
ショートケーキ団長が、しずかに語りはじめた。
「……アイザックからの報告により、例のノワール家の使用人から、ラウニーとフェブルの接点を辿ってみた。
結果……ラウニーがフェブルの使いの者と話しこんでいるのを、目撃していた者が見つかった」
……フェブル、と呼び捨てにしている。
しずかに怒っているのが感じられた。
「ラウニーは、過激派組織のただの一員ではなく代表者だった。
そんな立場だったがゆえに、フェブルと接触する機会があったようだ」
「……なぜ、過激派組織の主要メンバーだったブラウニーさんと、領主のガレオ王の側近が?」
「その組織は、元々はガレオ王を国家のただ一人の王として擁立するのを目的としていたからだ。
民衆に危害を加えるようになる前までは、奴らと関係をもっていた役人は他にも大勢いた」
……なるほど。
思想が一致していたから手を組んだ、と。
フェーブさんにとっては、別の目的――使い勝手のいい手駒を手に入れる目的があったわけだけど。
「奇妙なことに、叩けば叩くほどほこりが出てくるような状態だった。
罠ではないか、と思えるほどにな。
ばれるわけがないと、高をくくっていたとしか思えん。
……もはや、フェブルがラウニーに指示を出していたことは、疑いようがない事実だ」
ショートケーキ団長が、締めの言葉のように力強くそう言った。
……身から出た錆ならぬ、焦げ。
さすがのフェーブさんも、ブラウニーさんの家の使用人が「指示書を燃やせなかった」とは、予測できなかった。
こちらからしてみれば、その小さな綻びのおかげで辿りつけた、と言える。
「……では、スコルティウス様のほうは?」
尋ねると、ショートケーキ団長は唇をきゅっとしめて、うなずいた。
「……そなたの言ったとおり、父の遺品をくまなく調べた」
「なにか出ましたか」
「一つ、怪しいものが見つかった」
「……それは?」
「他国の言語が書かれた、解読不能なラベルが貼ってある小瓶だ。
中には錠剤がいくつか入っていた」
「……錠剤」
……錠剤入り小瓶。
それがなにか、聞かなくてもわかる。
「医者に調べさせたら……毒だと判明した」
ショートケーキ団長は、震える手をティーカップから離した。
そして立ちあがり、窓の前に移動した。
「そなたは、信じられるか」
「……なにをですか」
「父はそれを――栄養剤だと言われて、飲んでいたようだ」
……毒を飲ませるのに、よくある手法だ。
だけど、ショートケーキ団長が聞きたいのはそこではないように思える。
「……だれに、ですか」
すぐに、答えは返ってこなかった。
嘆息した後、ショートケーキ団長が口を開いた。
「……その小瓶を、父が受けとっていたところを見ていた使用人がいたのだ。
当時は不思議には思わなかったそうだが……父がその後しばらくして亡くなり、まさかと思ったそうだ。
確信がなかった上に、ありえないと思っていたためにだれにも打ちあけられなかった、と言っていた。
我が問いただしたときでさえ、なかなか話そうとしていなかったほどだ」
「…………」
妙に早口になっているショートケーキ団長を、しずかにじっと見つめた。
すこし間を置いた後――彼が、こちらを振りむいた。
「フェブルだ」
「……はい?」
「ガレオ王からの労いの品だと。あなたのために王がわざわざ取り寄せた品だと……
そう言って、渡していたそうだ」
……言葉を、失った。
フェーブさんは、スコーンさんに栄養剤と偽って、直接毒を渡していた。
しかも、ガレオ王の名をかたって。
スコーンさんから、「口にしない」という選択肢を奪うには、一番効果的な方法だ。
だけど……それは同時に、「ガレオ王の名によりスコーンさんを死に至らしめた」とも言えてしまう。
これを、ガレオ王が知ったら。
「……ご報告は?」
「できるわけがなかろう」
背中側に回されて組んでいる手が、強く握りしめられていた。
……さすが。賢明な判断だ。
報告は、当たり障りのない内容に変えてする必要がある、として。
問題は、ここから。
「軍師。答えよ。我は……どうするべきだと思う」
強く握った手が、ぶるぶる震えている。
しかし、表情に変化はない。
しばらく、そんな彼の横顔を見つめた。
「……ショルテンハイム公。感謝いたします」
「感謝などどうでもよい! 我はどうするべきなのかと聞いている!」
「その数々の証拠があがった段階で、すぐ動いても――フェーブさんの逮捕に踏みきっても、なにも問題はなかったはずです」
怒りをにじませて振りかえったショートケーキ団長が、すこし落ちついたように口をゆっくりと閉じた。
「以前、おっしゃっていましたね。自分は、人の手柄を自分のものにするような卑しい者ではないと。
僕は、それは本心ではないと思っていました。
あのときは、自分自身の利益になる部分もあると考えたから、そうしただけだと思っていました。
でも今回は……違いますよね」
ショートケーキ団長は、組んでいた手を離して下に垂らし、穏やかな表情でしずかに僕を見つめていた。
「今の感謝は、あなたのその高い自制心に対してです」
「……当然だ。それは……母からの教えだからだ」
ショートケーキ団長が、再び窓のほうに体をむけた。
「人の上に立つ者は、手柄を自身のものだけにしてはいけない。分け与えれば、別の利も生みだすことにつながる……と。
何度も、そうおっしゃっていた」
「……そうでしたか」
母――八つ橋さんの言葉が、彼の中に思想として根づいている。
そのおかげで、僕も利益を授かれたわけだ。
……八つ橋さん。
是が非でも、あなたが生きているうちにお会いしたかった。
一度目を閉じてそう祈った後、ショートケーキ団長を見上げた。
「ショルテンハイム公からのご報告があるまで、フェーブさんを追いつめる方法を考えていました」
「……最適解は、浮かんだのか」
聞きかえされて、うなずく。
「ただ、これを実行するには……ガレオ王のご理解とご協力が、必要不可欠です。
まずは、それが可能かどうかご意見をうかがいたいのですが」
「……いいだろう。申してみよ」
じっとショートケーキ団長を見たまま、しばらく沈黙した。
ガレオ王だけでなく、彼の力も必要になる。
一度、大きく息を吐いてから、言った。
「ガレオ王に、退位していただくのです」
ショートケーキ団長は目を見張り、言葉を失っていた。
その顔には、困惑と驚きが入りまじった表情が浮かんでいた。
……そうだ。
これは、とても大きな賭けだ。
◇◇◇
――忌々しい。
薄暗い部屋の中に、一人、背中が丸まった人物がいた。
親指の爪を噛み、こみ上げてくる怒りを必死に抑えているようだった。
彼の名は――フェブル・ポートリー。
ここは、専用の執務室だ。
光を遮るために、隙間なくカーテンが閉じられていて、当然のように他に人の気配はない。
執務机についているフェブルだが、目の前の片づけるべき書類は目に入らない状態。
頭の中は、ある人物のことでいっぱいだった。
甘誠組の軍師、ミツモリ・フウ。
餡月郷の役人――ガンタロウからの連絡が途絶えてから、だいぶたつ。
裏切り者だとばれたに違いない、と考えていた。
オチアイ・ガンタロウ。
奴は、メローリアに移住することを強く希望していた。
それがばれれば、死よりもつらい目に遭う。
厳格すぎる上司の下で働いていた落合には、その一言だけで十分だった。
ガンタロウは、命令どおり自害したに違いない。
情報がもれたおそれはない……はず。
それにしても、だ。
「ああ……忌々しい……!」
しわがれた声が、部屋に響く。
次にフェブルの頭に浮かんだのは、ガレオ王の姿。
「今回の軍師との会合についてだが……お前を含めた役人どもの同席は、許可しない。
無駄に威圧して、萎縮させるわけにはいかんだろう。
終わるまで、よそで待機しておれ」
まさか、王があのようなことを言いだすとは。
大逆罪をでっちあげて、その場で処理する計画が台無しになってしまうとは。
唯一同席を許可されたのは、ガレオ王が選んだ数人の近衛騎士。
その中に、息がかかった者がいたらまだ望みはあった。
だが、それも叶わなかった。
ガレオ王と蜜森がなにを話したのか。
フェブルには、その内容を知る術がなかった。
会談後、王から話はなかった。
つまり、ミツモリ・フウはまだ、私に行きついてはいない。
そこは安心できる。
……が、決して油断はできない。
フェブルは天井を見上げた。
なぜなら、落合だけでなく、あの従順な手駒のラウニー・ノワールまでも失ってしまったからだ。
――あれが、本当に誤算だった。
ミツモリ・フウの暗殺においては、念には念を入れた。
直接ラウニーに手を下させるのではなく、別に実行役を用意させたのだ。
その暗殺に失敗したと報告を受けたとき、嫌な予感はしていた。
ガレオ王を痛めつけるほうへと転換したのは、まちがいではなかったはずなのに。
事前に情報を操作して、警備を手薄にしておくようにと忠告しておいたにも関わらず。
奴は、それさえもうまくできなかった。
あの者に対して評価できるのは、私に行きつく証拠を残らず処分したこと。
そして、命令どおり自害したことくらいではないか。
フェブルはそう憤慨し、舌打ちをした。
……早急に、新たな手駒を用意しなければならない。
今度は、ただ従順ではいけない。
知能が高く、行動力がある者。
となると、やはり近衛騎士か、もしくはアントルメ騎士団から――
「……!」
そこまで考えたとき、フェブルは部屋の外にだれかが来たと感じ、身を固くした。
直後、ドアの下の隙間から紙が一枚、差しだされる。
気配が遠ざかってから、その紙を取りにいった。
『至急、陛下の執務室へ』
いつものとおり、短い文で書かれた伝令文。
――陛下が、私を呼んでいる?
まさか……?
いや。私がしたことが知られている可能性は、万に一つもない。
身構える必要は、ない。
フェブルは大きく息を吐きだし、衣服を整えた後、薄暗い自身の執務室をあとにした。




