「よりにもよって、なんであの二人なんじゃ」
「よりにもよって、なんであの二人なんじゃ」
戦場を歩いていく粕谷さんと羊羹さんの背中を見つめながら、どら焼きさんが呟いた。
女中らしい人が運んできた、山のようなよもぎ饅頭を手にとり、一口。
……甘さ控えめ。よもぎの香りが立っている。
「なにが問題なんですか?」
「お前は知らんだろうけどなぁ……って、おい! 饅頭食いながら話すな!」
振りかえって指をさしてきたどら焼きさんをよそに、じっと見つめてきているあんこに饅頭をちぎって与えた。
……わずかに険しい顔。
甘さが強いほうが好みなんだな。
「弥太郎。そうカッカするな。ほれ、今日は春風屋のよもぎ饅頭じゃ。おんしも好きじゃろ?」
「春風屋の!? もちろん好きですが!」
どら焼きさんが、一つ手にとってあっという間にたいらげた。
それを見ながら、お茶を飲む。
「輝一と完二郎の分もとっておくか。勝って帰ってきたときの労いにな」
「……本気で勝てると思います?」
大福さんの言葉により、みたらし団子さんが饅頭をいくつか確保。
それをジト目で見ていたどら焼きさんが、またぼやいた。
「なんじゃ、弥太郎。あの二人が信じられんのか?」
「信じられんわけじゃないですがね? わしは、あの二人が組んだところなんて今まで一度も見たことがない」
「……組んだことが、ない?」
気になって、あんこにもうひとかけらを与えようとしたのをやめて、どら焼きさんを見た。
「当たり前じゃろ。あの二人は、犬猿の仲なんじゃから」
「なぜですか」
どら焼きさんがため息をつき、饅頭を頬張る。
僕も同じように、もう一つ。
……あのシベリアコンビが、仲が悪いはずがない。
「本当はな。養田殿が副長になるはずだったのに、若造の輝一にとられたんじゃ。
聞かなくともわかるじゃろ? そんなの、腹が立つに決まってる」
……どら焼きさんの主観。
大福さんと、立ちっぱなしのみたらし団子さんを見る。
「……完二郎は、そうは思っておらんはずじゃがなぁ」
「私はなんとも」
大福さんは苦笑して、みたらし団子さんは表情を一切変えず、直立不動のまま言った。
「いやいやいや。
自分で決まりかけてたのに、どこぞの有力者が輝一を推薦して、それがなしになったんじゃぞ。
恨んでいてもおかしくはないじゃろ」
「……どこぞの有力者」
「そうじゃ、局長! いい加減、輝一を推薦した者はだれなのか教えていただけませんか?」
「何度言われても無理じゃ。あの者との約束があるからの」
大福さんに断られ、どら焼きさんはつまらなそうに口をとがらせ、諦めて戦場のほうをむいた。
……なぜだろう。
だれが推薦者かなんて、今の大福さんの発言ではっきりわかるのに。
ため息をつきながら戦場に目を移したとき、観客席からひときわ大きな歓声が上がった。
第一試合の選手四人の他に、腕章をつけた人物が戦場の中央に立っていた。
「ただいまより、グラサージュ・マッチ――またの名を、双甘大試を開催いたします!」
ヤジなのか歓声なのかわからない声が、あちこちから飛びかう。
……グラサージュ。名づけの言葉選びは悪くない。
「本日は私、西岡リュウガ、木瓜ユウ、加保山チャコの三名が審判を務めさせていただきます」
開催宣言をした人が、その場にいる選手四人に続き、こちらとあちらの控え場所にむけて一礼。
戦場の隅にいる他二人のスタッフも、同じようにしていた。
……キュウリとカボチャ。
西岡さんは……スイカ、だな。
すべてウリ科でまとめてきたか。
「……あの審判の方々は、餡月郷側でもメローリア側でもありませんね?」
「そのとおりじゃ」
大福さんが、ちらりとみたらし団子さんを見上げる。
「……蜜の冠といいます。局長、いい加減慣れたほうがよろしいかと」
「いやぁ、難しい名はどうもなぁ」
大福さんが頭をかきながら、大口を開けて笑った。
……蜜の冠。
名前からは判別しかねる。
「もうすこし、具体的に教えていただけませんか」
「……はい。蜜の冠は、恵環域と紅翠域の有志で構成された商人の部隊です。
名目上は支援部隊とされています」
商人の、部隊か。
それなら、観客が大勢詰めかける双甘大試のスタッフをする理由も想像がつく。
「各々方、予熱はできておられますか!」
審判の声が響き、四人の選手が木刀を手にして構えた。
粕谷さんと羊羹さんは、剣道のような中段の構えをしている。
しかし、相手の二人は遠目からでもあまり力を入れていないのがわかる。
「第一試合――始めっ!」
審判が素早い身のこなしで、その場から離れる。
直後、相手側の長身の男――アイスクリームさんが突っこんできた。
予想どおりだ。
羊羹さんが一歩前に出る。
粕谷さんが背後に回る。
前衛と後衛。
――来る。
激しい打ちあい。
だが、崩れない。
当然だ。
あの二人は、この程度では乱れない。
しばらくして、アイスクリームさんが二人と距離をとった。
「もう、アイザックさんってばぁ! 早くそんな奴らやっつけちゃってよぉ!」
「あーもう、うるさいな!」
動こうとしないプリンさんと、うまく攻撃が通らなくていら立ってきているアイスクリームさん。
予想どおり、連携がとれていない。
アイスクリームさんは、その後も突破しようと攻撃を仕かけた。
しかし、その攻撃には粗が目立ってきている。
……焦りが出ている。
勝負、ついたな。
そう確信した――次の瞬間。
アイスクリームさんが、無理な体勢で踏みこんだ。
羊羹さんが払いのける。
空いた隙を、粕谷さんが突く。
そして――アイスクリームさんが、吹きとんだ。
「お、おお!?」
どら焼きさんが興奮して、手にしていた饅頭を握りつぶす。
床に落ちたそれを、あんこが僕の肩の上から下りて、拾って食べた。
……戦闘には無反応だったが、食べ物に関しては動きが素早いな。
感心しながら戦場に目を戻すと、あおむけで大の字に倒れたアイスクリームさんがいた。
それを、プリンさんが呆然と見つめている。
粕谷さんと羊羹さんがうなずきあい、同時にプリンさんへと迫った。
「いやぁん! こんなか弱い女の子を、どうするって言うんですかぁ!?」
プリンさんは、セリフとは裏腹にしっかり木刀を構えていた。
カウンター。
……無駄だ。
「え……っ!?」
粕谷さんと羊羹さんの同時攻撃。
受け流せるわけがない。
「クソ野郎ども、がぁ……っ!」
プリンさんは、うつ伏せになって倒れた。
……最後に、素が出たか。
会場は、しばらくシンとしていた。
「……第一試合、決着! 勝者、甘誠組!」
主審のスイカさんが叫び、途端に和菓子側の観客がわっと歓声を上げた。
「う……うおおお! 勝った! あの二人が勝った!」
一人で興奮しているどら焼きさん。
大福さんは、満足げに笑って二度うなずいた。
みたらし団子さんは、相変わらず直立不動でほとんど無表情だった。
……彼女の反応が、一番合っている。
負けた洋菓子側は、しずかだった。
まもなく、ほとんど無傷の粕谷さんと羊羹さんが戻ってきた。
「輝一、完二郎。ようやった!」
「ああ! 見事なもんじゃ!」
「ありがとうございます」
「すべては養田殿のおかげです」
立ちあがって出迎えた大福さんとどら焼きさんが、労いの言葉をかける。
しかし、二人の間には微妙な空気。ノイズ。
……今のままでは、今後同じ勝ち方ができない可能性が高い。
「一つ確認ですが」
手をすこしあげて、注目を集めた。
「粕谷さんを副長に推薦したのは、羊羹さんですよね」
「……は?」
二人の肩を叩いて喜んでいたどら焼きさんの動きが、止まった。
他の四人も、目を丸くして固まっている。
気にせず、よもぎ饅頭を半分に割って食べた。
すでに二個半ほど食べたあんこは、もういらない、とばかりに僕の背中に隠れている。
「……な、なにを言いだすんじゃ! そんなわけがないじゃろ!?」
「他に該当者がいません」
もう半分を口に入れて咀嚼してから、再び口を開く。
「……大福さんの『あの者』という言い方にあてはまるのは、羊羹さんだけです」
大福さんを見上げると、彼は苦笑して頭をかいていた。
「まいったのう……完二郎。もうええじゃろうて」
「……はい」
羊羹さんが、大きく息を吐いたのち、粕谷さんとむき合った。
「局長から打診を受けたとき、自分ではなくぜひ粕谷にと、進言した」
「な、はぁ!?」
「なぜ……ですか」
混乱しているどら焼きさん。
一方で、粕谷さんは困惑しているように眉を寄せていたが、まあまあ冷静だった。
「当時、お前は若者衆の中で頭角を現していた。隊士からの信頼も厚く……問題ないと思ったのだ」
「伝統を重んじる我らの気風から考えれば、異例なことじゃ。しかし、将来を考えればそれもありじゃと思っての」
「だったら、なぜそれを隠しておられたのですか! 噂についても、一切否定されなかったのは!?」
どら焼きさんが問いつめると、羊羹さんがぐっと押し黙った。
大福さんが羊羹さんを見て、視線だけで白状するようにと促す。
「……否定は、した。しかし……強く否定すればするほど、かえって裏目に出てしまったのだ。
真実を打ち明けようにも、すでに収拾がつかなくなっていて……今にいたる」
「はいぃ!?」
羊羹さんが、目をそらす。
彼は慎重型コミュ障だったらしい。
「儂もどうしたもんかと思っておったが……輝一。おんしはその噂のおかげか知らんが、かえって奮起しておった。
じゃから、儂らは陰で支えればいいと思ったんじゃ」
「……そういうことでしたか」
粕谷さんがほっとしたように表情をゆるめ、改めて羊羹さんとむき合った。
「感謝いたします。今の私があるのは、養田殿が推薦してくださったおかげです」
「違う。すべてはお前の――」
「私の努力の源にあるのは、お二人の決断です。今の立場につかなければ、知りえなかったことがたくさんあったはずです。
どうかこれからも、ご指導をお願い申し上げます!」
粕谷さんが、羊羹さんと大福さんにむけて頭を下げた。
大福さんは、動かない。
羊羹さんがすこしだけ目線をさまよわせた後、粕谷さんの肩に手をおき、顔を上げさせた。
「こちらこそ、礼を言う。それから……よろしく頼む」
「はっ!」
二人が、笑顔でがっしりと力強く握手をした。
……これで、まもなく噂がガセだったと広まる。
不和は解消された。
「蜜森。お前にも礼を言う」
「養田殿のおっしゃるとおりだ。今回の件、感謝する」
お礼を言われ、うなずく。
「……食わず嫌いは損ですから」
「お前……! 食い物の視点からしか物を言えんのか!」
どら焼きさんが、言葉とは裏腹に、嬉しそうに肩に腕をまわしてきた。
……それより気になるのは、次の試合だ。
次は、そう簡単にはいかない。




