羊羹さんがとうとう力技で止めにかかった。
羊羹さんがとうとう力技で止めにかかった。
強制着席させられて、しょぼくれているどら焼きさんを、饅頭を咀嚼したあとで見つめる。
「……一枚の皮でもかまいません」
「ああ!?」
「餡子を包みこむことができるほど大きければ、問題ありません」
そう言うと――場が、静まりかえった。
「……っじゃから、言うてるじゃろが! どら焼きでたとえるな!」
再び食ってかかろうとしたどら焼きさんだが、それを止めたのは――大福さんの大きな笑い声。
「ええのう。おんしの感性は、本当に面白い」
しばらく、大福さんの笑い声だけが響いた。
……うるさい。
他の人は、呆気にとられて半ばげんなりとしている。
「知っておろうが……あとがない状況じゃ」
ひとしきり笑った大福さんは、口調を引きしまったものに一変させた。
……この緩急のつけ方は、とても効果的だな。
「こうなったら、背水の陣で挑む他ない。そうは思わんか」
大福さんが、ぐるっと全員を見回す。
すると、真っ先に羊羹さんが、大福さんのほうに体のむきを変えた。
「私は、どんな組になろうと全力で挑む所存です」
「養田殿!?」
「……私も。局長がお決めになったことならば、従います」
「三葉まで!?」
羊羹さんに続き、みたらし団子さんもそう言った。
一方で、まだ返事はしていないが、諦めムードな粕谷さん。
それから、焦っている様子のどら焼きさん。
……まぁ、全員が全員イエスマンだったら、それはそれで問題だが。
「完二郎と三葉は腹をくくったぞ。おんしらはどうする」
「…………」
「まぁ、どうしても納得できないなら出ないっちゅう手もある。
それを選んだとしても、だれも責めんぞ」
……カステラとどら焼きが不在?
それでは意味がない。補完率が死ぬぞ。
食べる手を止め、粕谷さんをじっと見つめた。
彼は、こちらには一切目をむけようとせず、押し黙っている。
「……土井殿。ここは我々も」
「ああ……もうええわい! 局長の判断に身を委ねますっ!」
どら焼きさんと粕谷さんが、そろって大福さんにむけて頭を下げた。
けれど、どら焼きさんは小さな声で、「なんでじゃ……」と言っている。
……企画が、うまく通ったな。
あとは、敵方がどう出てくるかも重要な部分だ。
「相手方の組みあわせは?」
「ああ。すでにわかっておる」
大福さんが、懐から二つ折りにされた紙を取りだし、広げた。
肩に戻ったあんこと一緒に、それをのぞきこむ。
書いてあったのは――英語のアルファベットとはすこし違う、記号のような文字。
だが、読める。
第一試合は、プリモ・カラメッロ、アイザック・クラウン。
第二試合は、クリス・ディアマンテ、シュリオ・クレマン。
単騎戦は、ヴィクトリウス・ショルテンハイム。
……なるほど。
プリンとアイスクリーム、クッキーとシュークリーム。
やはり洋菓子。
けれど、最後の単騎が不明確……ヴィクトリアケーキ、か?
いや……違うな。
「ヴィクトリウスさんとは、どんなお方ですか?」
「おお。気になるか?」
大福さんが、粕谷さんを一瞥する。
「メローリアの守備隊、アントルメ騎士団の団長だ。
絶対的王者で……局長と肩を並べるほどの実力者といえる」
「絶対的王者……」
王様? なら、ガレット・デ・ロワか?
……すこし近づいたような気が、しないでもない。
「普通、相手がだれかを知ってから考えるじゃろ。なにも知らんでわしを単騎にあてるとか……」
「問題ありません」
一旦切り、残ったお茶を飲みきる。
「……勝てますから」
「!?」
全員が、なぜそんなに驚くのか理解できなかった。
◇◇◇
日雇いの仕事さえも見つからないまま、二日がすぎた。
……こんなに長い時間、仕事をしなかったのは数年ぶりだ。
ところで今日は、双甘大試当日。
粕谷さんが、ざらめさんの手を借りつつ制服に着替えている。
全身黒ずくめだ。
最後に、ざらめさんから白い鉢巻きを受けとった。
「私も、しっかり見ていますよ」
「はい。お任せください」
粕谷さんが、キリッと引きしめた表情で、力強くうなずいた。
そして、次に僕を見る。
「参るぞ」
「……はい」
粕谷さんのあとについて、家を出た。
前を歩く粕谷さんの肩に、無駄な力が入っている。
若干気にはなったが、今は集中を途切れさせるわけにはいかない。
なにも言わず、しずかにひたすら歩いた。
途中で、町民の声援なのかヤジなのかよくわからない声を受けつつ、待ち合わせ場所に辿りついた。
一番乗り。
「粕谷様」
「……ああ。間に合ったか」
まだ局長の大福さんもいない中、前からやってきた町民が、粕谷さんに羽織を渡した。
「蜜森。これを」
「……なんでしょうか」
「新入り用の羽織だ。これを着ていれば、そなたも決戦場の中に入れる」
差しだされたそれは、黒を基調としていて、白いギザギザ模様――いわゆるだんだら模様が入った羽織だった。
受けとって、袖を通す。
あんこが、なにを気にしているのか、僕の肩の上で不思議そうに動きまわっていた。
「……こいつは連れこんでも?」
「なに?……っ連れてきていたのか。置いていけ」
粕谷さんが、あんこの頭をつまんで持ちあげようとする。
吸盤で貼りついたらしいあんこは、どれだけ引っ張られても離れないように抵抗していた。
「……これに時間を使っている場合ではない。うまく隠せ」
「承知しました」
粕谷さんがしぶしぶ手を離すと、あんこはほっとしたように息をついていた。
入念な身体チェックをされないかぎりは、問題なく隠せるだろう。
謎多き生物。戦闘を前にして、どんな反応をするかも気になる。
まもなく、隊員たちがちらほらと集まってきた。
……局長や他隊長の制服には模様がなく、ほとんど無地。
立場が上になればなるほど、装飾は多そうなイメージだったけれど。
……そうか。武士だからか。
「そろったな」
大福さんが声をかけ、ざわついていた場が一気にしんとしずまりかえる。
「皆の者。予熱はできているか!」
「おおっ!」
……予熱?
ここにオーブンはない。
なら、比喩表現。組内で使われるスラングのようなもの。
ニュアンス的には、「準備」か。
「なにをぼーっとしている。気を引きしめろ」
「……はい」
粕谷さんに言われ、うなずく。
……他にも、使えそうな製菓用語はたくさんある。
今のうちに予測しておくべきだな。
そう考えながら、僕も列に加わる。
大福さんを先頭に、歩いて決戦場へとむかった。
しばらくして――止まった。
前には、木製の大きな門。
「ご武運を!」
「どうか我らに、今度こそ勝利を!」
見送りの隊員たちから、次々と声が上がる。
大福さんが、しずかにうなずいた。
それが合図になったかのように、門が鈍い音を立てながら――開いた。
若干重苦しい空気を感じつつ、先へと進む。
やがて、全貌がはっきり見えてきた。
中央の戦場の地面は、土だ。
それを囲うように観客席が並んでいて、すでに人で埋めつくされていた。
和と洋で分かれているせいで、雰囲気がまったく違っている。
こちら側は、観客が早くも盛りあがって騒いでいるが、むこう側はしずかで冷静だ。
……こうして対比してみると、文化的な違いが見えて面白い。
僕たちは、観客席からすこし離れた位置にある控え場所に入った。
さながら野球場のベンチのようである。
奥の壁には、肖像画がかけてあった。
横をむいた着物姿の女が、刀を杖のようにして両手をのせた格好をしている。
……違和感。
「甘誠組の皆さま。確認にまいりました」
考えていた最中に、腕に緑の腕章をつけた男二人が駆けよってきた。
うち一人は、若抹茶さん。
「ああ。よろしく頼む」
大福さんの返事で、ボディーチェックが始まった。
各々、順番がきたときに腰に差していた刀を預けていく。
その光景に疑問をもったところで、目の前に若抹茶さんがやってきた。
「付き添い人は、蜜森殿お一人ですね」
「……はい」
若抹茶さんが、半紙になにかを書きこんでいる。
「その後、いかがお過ごしですか」
「……おかげさまで、なに不自由なく」
「それはようございました」
軽くあいさつしていると、ボディーチェックの番が回ってきた。
肩に視線をむける。
あんこの姿が、忽然と消えていた。
……擬態だ。
「失礼いたします」
そのまま難なくチェックをパスして、あんこはスタッフと若抹茶さんがいなくなったタイミングで元の色に戻った。
「はっ!? お前、なに連れてきとんじゃい!?」
急に鮮やかな色のあんこが現れたので、全員の視線が一気に集まった。
あんこはすかさず、白い鉢巻きを巻き、旗を取りだして振った。
ざらめさんに作ってもらったもので、甘誠組の紋――装飾された「甘」の字がついた旗印だ。
三々七拍子のリズムで旗を振るあんこを見た粕谷さんが、目頭をおさえて背をむけた。
「お前……わしらを応援してくれてるのか?」
なおも旗を振るあんこの体を、どら焼きさんが両手でつかむ。
「なんて……! なんて健気な奴なんじゃ!」
笑顔。
先日までの警戒心が、ほどけた瞬間だった。
……製作を依頼した甲斐があったな。
どら焼きさんから視線を外して、椅子にどっかりと座った大福さんのほうをむいた。
「武器は?」
「支給される木刀のみじゃ。
こちらとあちらの領主様同士で取りかわした決め事によって、そうなっておる」
「……そうでしたか」
いろんな場面で相いれない部分があって戦うけれど、「血は見たくない」点においては一致、と。
妙な話だな。
「どう見る?」
大福さんが、あごを前に動かした。
その先に、洋菓子――アントルメ騎士団の面々がいる。
控え場所から一歩外に出ているのは、第一試合の出場者。プリンとアイスクリームだ。
前者は、金髪をツインテールにして、キュロットスカートを身につけている。
後者は、クリーム色をした髪と、すこし着崩した制服が特徴。
……相性は78%、補完率は55%と出た。
悪くない。
連携できれば、の話だ。
椅子に座り、鉢巻きをつけた粕谷さんと羊羹さんを見上げる。
「羊羹さん、前に出て固定」
「……固定?」
「粕谷さん、後衛。前には出ないように」
「ま、待て。なぜそんなことを?」
困惑して詰めよってきた粕谷さんを見てから、戦場に目を移す。
「相手の前衛が、速攻型だからです」
相手チームのアイスクリームさんを見たあと、再度首を傾けて粕谷さんを見上げる。
「そのうち前に出てきます」
「……そのうち」
あいまいな表現が気に入らない様子で、粕谷さんが目を細めて拳を握った。
……彼がどれだけ我慢できるか。そこが鍵となる。
「持久戦にもちこんで、焦って前に出てきたところを狙う、か。いい策じゃ。
……ならば、残った女騎士はどうする?」
大福さんが、足を大きく広げて肘置きに片方をのせた格好で聞いてきた。
視線を戦場にむけ、プリンさんを見る。
……彼女は、カウンター型。受け流せないようにすればいい。
「息を合わせて同時攻撃。以上です」
締めくくると、粕谷さんと羊羹さんが、困惑を通りこして唖然としていた。
意外?……いや、最適解だろう。
「うむ。それならいけそうじゃ。ええな?」
「……っは!」
大福さんに背中を押されるように、粕谷さんと羊羹さんが返事をした。
まだ納得していない様子の二人が、控え場所から戦場に出ていった。
問題ない。
すぐにわかる。




