どら焼きはガラの悪い人だった。
どら焼きはガラの悪い人だった。
「なんじゃ? お前は。ここは関係ない者が入れる場所ではないんじゃぞ」
会議室らしい場所に入った途端、座布団の上にあぐらをかいたその人が、真っ先に話しかけてきた。
その場にいたのは、大福さんの他に二人。
僕と粕谷さんを呼んできてくれた女性がみたらし団子のようだから、残りはどら焼きと羊羹。
どっちがどっちかは、雰囲気で明白だった。
一人は、粕谷さんより小柄な刈りあげ頭の人。話しかけてきたのは、こちらだ。
そして、もう一人はがっしりとした体つきで、オールバックに似た髪型が特徴。
正座をして瞑想をしているかのごとく目を閉じている。
前者がどら焼きで、後者が羊羹だ。
「ええんじゃ、弥太郎。あれが今回の策を授けてくれた者なんじゃよ」
「は?……今回の策? どういう意味ですか!?」
「まぁ、ひとまず座れ」
粕谷さんと団子さんが定位置らしい空いた席――粕谷さんは大福さんの右隣、団子さんは羊羹さんの右隣――についた。
僕は、大福さんに呼ばれて彼の左隣に座らされた。
「さて、まずは……うん? それはなんじゃ?」
大福さんが、全員を見回したとき、僕の肩にのっているあんこに気づいて目を丸くした。
途端に、全員の視線があんこにむけられる。
「……あんこです」
「アホかぁ! 絶対違うじゃろがい! っちゅうか、お前は肩に餡子をのせるのか!」
……うるさいので、黙って反対側をむいた。
すると――大福さんが、興味深そうにあんこに顔を近づけていた。
「生き物か? 見たことない種じゃの」
彼はそう言いながら、指をあんこに近づけた。
それが、あんこのひょっとこ口に突っこまれる。
……あんこの反応は、鈍かった。
不快そうに顔をゆがめてはいるが、防御姿勢をとる様子はない。
警戒心が弱すぎる。
普通のタコではないのは、すでに既知の事実だが。
「……どうですか?」
「うむ。不思議な感触じゃな。面白い」
満足したらしい大福さんが指を引きぬくと、あんこは素早い動作で僕の首の後ろに隠れた。
「嫌われてしまったか?」
「……さぁ」
大福さんが再び近づこうとすると、あんこは僕の背中に貼りつくようにして隠れた。
……情報は増えたが、正体をつかむにはまだまだ足りない。
しばらく退屈しないで済むな。
「すまんな。
さてと……気を取りなおして。まずは新顔のために名乗りをあげんとな。
ええか? 順番にいくぞ」
「新顔って! こやつは新しい隊士なのですか!?」
どら焼きが立ちあがり、動揺しながら僕を指さした。
「落ちつけ。その件について話すのはあとじゃ。
まず、この儂から。知ってはいるだろうが、甘誠組局長兼一番隊隊長、大丸福之進じゃ」
大福さんが、横の粕谷さんを一瞥する。
「副長兼二番隊隊長、粕谷輝一だ」
「……三番隊隊長、養田完二郎」
「四番隊隊長、団三葉です。お見知りおきを」
「……っだぁー! 五番隊隊長、土井弥太郎じゃ! よろしくしたくはない!」
最後のどら焼きさんだけ、自己紹介のあと不服そうに舌打ち。
あぐらをかいた膝の上に手をパン、と叩きつけた。
……面白いな。
それぞれのお菓子のイメージが、そのまま反映されている。
「ほんじゃあ、輝一」
「は……この者は、蜜森風と申す者。
不慮の事故で餡月郷に迷いこみ、私が保護いたしました。戸籍はすでに獲得しております」
「ようするに、浮浪者か?」
羊羹さんが、聞いた。
「はい。私が身元保証人となりましたので、ご安心を」
「安心できるか!
……局長! さっきおっしゃっていた策とは、まさか今度の双甘大試の組み合わせの件ではないでしょうな!?」
「そのとおりじゃ」
声がでかいどら焼きさんの質問に、大福さんは落ちついた声色で答えた。
どら焼きさんが、目を見開いて「終わった」とばかりに数歩後ずさりをする。
「さすがに、得体のしれない者の言葉を信じるのもどうかと思っての。一晩、じーっくり考えたんじゃよ。
けどなぁ……どうにも、此奴の言っとった策が気になって、頭から離れんのじゃ」
大福さんは、まず興奮気味のどら焼きさんを見つめてから、他の三人とも順に目を合わせた。
「今から、蜜森の策を伝える。おんしらの意見も聞きたい」
「ほう! それは気になりますな。ぜひお聞かせくだされ」
どら焼きさんが皮肉まじりにそう言い、僕をにらみつける。
大福さんが、にやりと笑った。
そして、彼が僕の策を話すと――しばらく、だれもなにも言えずにいた。
「……斬新、ですね」
「わわ、わしが、単騎……!?」
「…………」
最初に発言したのは、みたらし団子さん。
次に、若干青白い顔で頭を抱えているどら焼きさん。
羊羹さんは、困惑した様子で眉をひそめ、口をつぐんでいる。
「局長。やはり無理があります。今回はただでさえ――」
「ああ。あとがない……だからこそじゃ」
「だからこそ、って……!」
粕谷さんが目を泳がせている。
大福さんが、もうすでにその気になっているのはわかっている。
けれど、なんとか説得して他の案を考えるように説得したいと考えているのだ。
……非効率だな。
「おお、お前っ! なにがどうしてそうなるんじゃ!」
どら焼きさんが、僕を指さした。
冷や汗まみれの顔で。
……まぁ、どら焼きはしっとりした生地が美味いしな。
出されていたお茶菓子――白あんの饅頭を一口かじり、咀嚼。
「……それが最適解だと思ったからです」
「なにが最適解じゃ! お前がわしらのなにを知っとるんじゃい!」
「……僕が知っているのは、相性と補完率だけです」
「はぁ!?」
吠えるように抗議してくるどら焼きさんを尻目に、白あんをじっくり見つめる。
……これはすこし甘すぎるな。
この前いただいた、福寿屋の日の出饅頭のほうが好きだ。
残った饅頭を、やっと僕の背中から肩に戻ってきたあんこに近づける。
あんこは、また「きゅっ」と声を上げて、吸いこんでいた。
「局長。本気でこの者の策を採用されるおつもりですか」
羊羹さんが、大福さんに聞いた。
「そのつもりじゃ……が、おんしらが心配する気持ちもようわかる。
どれ、すこし試してみるか」
大福さんが、自分が座っている背後においてあった巻物を取りだして、広げてみせた。
ところどころに、漢数字が書かれている。
……漢数字、か。
言語体系は、日本と互換性があるらしい。
「これは、なんだと思う?」
「……餡月郷の警備体制においての、各部隊の配置図では?」
「ああ。つい先日、配置替えが決まったばかりでなぁ。なぜこうなったか……わかるか?」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、こちらの顔をのぞきこんでくる大福さん。
配置図をじっくり見た。
……なるほど。
饅頭を飲みこみ、お茶で口の中をさっぱりさせる。
「配置替えをした理由は?」
「先月の話じゃ。他国のならず者集団が侵入してきて、あわや民に被害が出るところでな。
なぁ、輝一」
「はい……その件で、メローリア側からここぞとばかりに非難されたのだ。
侵入を食いとめられなかったのは、警備体制の不備によるものだろう、と」
「……そうですか」
大福さんが、粕谷さんに途中で説明を引き継がせた。
……「メローリア」と発音するのが難しくて嫌だから、だな。
再度、配置図に目を落とす。
そういう話なら、深く考えなくてもわかる。特に複雑な構造ではない。
「……最適解だと思います」
「お前――」
「ほう。そのわけは?」
どら焼きさんが食ってかかろうとしたのを、大福さんが視線だけで制止して、聞いてきた。
「……まず、粕谷さんとどら焼きさん」
東西のそれぞれの隣国の境付近に描かれた、「二」と「五」を順番に指さす。
「お二人は身軽で機動力があるため、初動要員です」
次に、「五」からすこし離れた位置に書かれている「一」に指を移動。
「大福さんは、敵の侵入後の制御と二次的被害――特にメローリアとの小競りあいを想定した配置」
さらにそこから、住民の居住エリアの近くにある「四」へ。
「みたらし団子さんは、情報伝達役なので中央寄りの配置」
最後に、居住エリアの手前にある「三」。
「羊羹さんは、住民保護のための最終防衛――最後の砦役」
そこで切って、お茶を一口飲んで喉を潤す。
「……以上です」
そう言って締めくくると、大福さん以外の四人が唖然として僕のほうをむき、じっと見つめてきた。
「おいこら待て……局長の、メローリアとの小競りあいを想定した配置って、なんじゃ?」
「……そのままの意味ですが」
「わしがなにかやらかしたときの保険、なんて言わんじゃろな?」
じろり、とどら焼きさんににらまれる。
……そのとおりだ。
「そう怒るな、弥太郎。蜜森の言うことは的を射ているじゃろ?」
「……そうとも言えますな」
大福さんが、どら焼きさんに笑顔をむけてなだめた。
すると、どら焼きさんは不服そうにしながらも、僕から視線を外し、それ以上は追及してこなかった。
「おい輝一。お前、ちっと喋りすぎじゃ」
「喋りすぎ?」
「お前がこいつにこの件、あらかじめ話してたんじゃろがい」
粕谷さんがぎょっとして、首を横に振った。
「とんでもない! 私はそのようなことはしておりません!」
「そうじゃなきゃ、こないだの局長の話そのまんまをこいつが言えるはずないじゃろが!」
「弥太郎」
粕谷さんを指さして怒鳴ったどら焼きさんは、大福さんにたしなめられて「ぐっ」と押し黙った。
この人がこういう性格なのは、仕方ない。
それにしても。
この配置図を見て言えることは、だれがどう見たとしても今僕が言った内容ぐらいしかない。
今のが、大福さん曰く「試し」になったわけがないのだが。
饅頭をもう一つ、手にとる。
「もう十分じゃろうて。他になにか言いたいことがある者はおるか?」
大福さんが、他四人を見回す。
……ようするに、「文句ないよな?」という無言の圧力。
「たしかに、この者の才は申し分ないように思えます」
「養田殿! こんな奴を褒めてどう――」
「ですが。本当に、よろしいのですか」
どら焼きさんの呼びかけを遮るように、羊羹さんが続けて言った。
――瞬間、大福さんの顔から笑顔が消えた。
「勝つためじゃ」
いつもと変わって野太い声で言った大福さんに、それ以上だれもなにも言えなかった。
……採用、決定か。
「……ところで、どら焼きさん」
「お前、人のことをさっきからどら焼きどら焼きって……!
わしのどこが菓子に見えるんじゃ!」
「単騎であたるのは怖いのですか?」
びしっと音が聞こえそうなほど、どら焼きさんが固まった。
大福さんを除いた他の三人が、ぎょっとして僕を見る。
肩にのっていたあんこが、なにかを察してまた僕の背中に隠れた。
――次の瞬間。
「だれのことを言っとるんじゃぁぁぁ!」
キレて飛びかかろうとしたどら焼きさんを、羊羹さんが取りおさえる。
……変だな。




