粕谷さんが、ぎょっとして目を見開いた。
粕谷さんが、ぎょっとして目を見開いた。
「その赤いものはなんだ? どこで拾ってきた?」
「……さぁ」
「さぁ、ではない! 得体のしれないものがいるのに、どうしてそう無関心でいられるのだ!」
声を荒らげる粕谷さんに、僕は首を傾げた。
……無関心ではない。
考えたところでなにかが判明するわけではないから、今はほっとくだけだ。
階段を下りようとして、謎の声が聞こえた直後に現れたから、神殿となにか関わりがあるに違いない。
「今のところ害はないので、問題ありません」
「わからないではないか……! 毒があるかもしれないだろう」
粕谷さんが、タコに手をのばす。
タコが動いて、僕の背中に移動する。
粕谷さんが、それを追いかける。
またタコが反対側に逃げる。
……不毛だ。
「時間の無駄です。粕谷さん、お忙しいのでは?」
「時間の無駄とはなんだ!」
粕谷さんが止まると、タコが触手を一本あげて、「ふう……」とでも言いたげに目の上をぬぐっていた。
そして、のそのそとまた元の位置――肩の上に戻っていく。
「気色悪いな……そなたは平気なのか?」
「特に問題はありません」
ただのタコだ。
やたらと墨を吐くわけではないようだし、騒がしくもない。
それでも、粕谷さんは納得できない様子で眉を寄せ、しばらく警戒していた。
何度もこちらを振りかえってくる粕谷さんの後ろについて、石段を下りていく。
「今日は問題ない。召集がかかるまでは、そなたに町を案内するようにと局長から言いつかっている」
「……町を」
「ああ。もしよければ、甘味通りを案内しようと思うのだが。甘味は好きか?」
「はい。好きです」
甘味、と聞いて、僕の腹が小さく鳴った。
糖分の過剰摂取は逆効果だが……今の状態なら、むしろ必要とまで言える。
頭の回転率を維持するにも、欠かせないからな。
なにより、甘味には砂糖を使う。
砂糖の流通度合いは、この国、この地域のおおよその発展度を知るための指標になりえる。
……と、考えている傍ら、腹の音を不思議に思ったらしいタコが、僕の腹を見下ろして首を傾げていた。
「……あんこ」
「なに?」
「これの名前です」
「なぜ名前をつける」
「なんとなくです」
「……飼うのか」
「観察してみようと思います。
というか……危険かもしれない生物なら、野放しするほうがまずいのでは?」
ぐ、と粕谷さんがうなって、黙りこんだ。
「あんこ」
再度、ぼそっと呼んでみる。
タコは、それが自分につけられた名前と認識したのか否か、二本の触手を上げて振りまわしていた。
……珍しい感情表現だな。
「……問題ないかと」
「……仕方ない。だが、もしすこしでも危険性のある生き物だとわかったら、すぐに処理するぞ」
「そうしてください」
タコのあんこを見てみると、相変わらずとぼけた顔をしていた。
……人の言葉は、やはり理解できないようだ。
他にもいろいろ検証してみたいのだが、あとでまた落ちついてできるときにしよう。
「では、参るか」
粕谷さんがため息をつき、諦めた様子で再び歩きだした。
彼の家とは逆方向の道を進んでしばらくすると、にぎわっている通りに出た。
「ここが、餡月郷自慢の甘味通りだ」
粕谷さんが、紹介するように腕をのばしながら言った。
……甘くて品のいい香りが漂っている。
人通りが多いが、歩くのに不便なほどではない。
肩にのっているあんこも、感心した様子で触手を口の横において、通りをじっと見ている。
「先日いただいた饅頭の……福寿屋、ですよね。それもここに?」
「ああ。ちょうど中央あたりにある。
そこもいいが、せっかくだ。店先に飲食場があるところにするのはどうだ?」
「……いいですね」
歩きながら食べるのは、落ちつかないからな。
粕谷さんのあとについて、看板に「花見屋」と出ている店に入った。
注文をまかせ、店先にある赤い布が敷かれた飲食スペースの隅に座って待機する。
まもなく粕谷さんが戻ってきて、隣に座った。
それからほとんど間を置かずに、餡子にまみれた団子が運ばれてきた。
三つ刺さった団子の串が、二本のっている。
「いただきます」
串を一つつまんで、一口。
……美味い。
甘さも十分、むしろすこし強い気がするほどだ。
規模的にはそこまで大きくはない店で、これだけの甘さがある甘味を出せているのか。
「……なんだ」
肩にいるあんこが、僕が手に持っている団子をじっと見つめている。
……ほしいのか。
餡子に触れないように、慎重に一つの団子を串から外し、それをあんこに近づけた。
目が、感激したかのようにキラキラと輝いたように見える。
「きゅっ」
あんこが甲高く短い声を上げると、その団子は一瞬でひょっとこ口に吸いこまれた。
……なるほど。雑食性のタコか。便利だな。
あと、声も出せるらしい。
「ところで、粕谷さん」
「なんだ……私の分はそやつにはやらんぞ」
「……なぜそんな話に?」
「違うのか?」
聞きかえされ、持っていた串に残った最後の団子を口に入れてから、あんこを見る。
触手の付け根の上あたりをさすっていた。食べすぎた、と言わんばかりである。
……団子一つで腹いっぱいになるのか。
小食すぎるが、飼い主としては助かる。
「……必要ないようです」
「見れば見るほど珍妙な生き物だな……では、なんだ?」
「この地域では、砂糖は貴重品ではないのですか?」
想定外、といわんばかりに、粕谷さんが目を丸くして、持っていた串を一旦皿に置いた。
「貴重品? まさか。どこにでもあるぞ」
「……どこにでも?」
「ああ。あそこに、透明な石が落ちているのが見えるか?」
粕谷さんが、前方を指さした。
人が行きかう通りの隅に、半分ほど埋まっている透明な石がある。
「蜜石という。あれを加工すると、砂糖ができるのだ。
そなたがいた国にはなかったのか?」
「……はい」
石から、砂糖を精製。
砕いて粉末状にするのか。熱処理の過程が必要だな。
いずれにしろ、道端に落ちているものが原料になるのなら、貴重品ではない。
実に合理的だ。
すると、埋まっていた蜜石に子どもが駆けよっていった。
その子は、慎重に素手で触れないように、紙をかけて石を包み、そっと持ちあげ、嬉しそうに去っていく。
「母ちゃん! いい石見つけた!」
左前方にいたらしい母親に近づいていき、それを自慢げに見せた。
「あのように、子どもたちはあれを拾いあつめて甘露屋にもっていき、売って小遣いかせぎをするのだ」
「……甘露屋とは、砂糖を専門に扱っている店でしょうか」
「ああ」
……子どもの小遣いかせぎ、か。
大人がするのはルール違反なのか、確認する必要があるな。
「おや、副長さん。調子はいかがで?」
店の前を通った、上等な着物を着た中年の男性が、粕谷さんに声をかけてきた。
「これは、霞月亭のご主人。おかげさまで、調整は順調です」
「それはよかった。今度こそ勝っていただかないと。こちらとしても……ねぇ」
「もちろんにございます」
「ま、期待していますよ」
軽い調子で手をあげ、へらへらと笑いながら去っていった。
どこかの甘味処か、別のところにある小料理屋かなにかの店主だな。
「スポンサーですか?」
「……支援者という意味であるなら、そのとおりだ。
煎餅屋の主人で、双甘大試において我らを支援してくださっている」
粕谷さんは、半ばやけくそのように団子を口にくわえて、ぐっと串から外した。
今の煎餅屋の主人が、あのような皮肉めいた言葉をかけてくる理由は、わかる。
運ばれてきた団子の皿から、新たな団子の串をとって、一口。
「……負けこしているのですか?」
「……ああ。恥ずかしながら、な」
そういいつつも、粕谷さんは下手な言葉で否定しなかった。
いい意味でも悪い意味でも、生真面目だな。
彼が食べおわったあとの串を皿に置くと、すぐさまそれが店員によって回収されていく。
「正直に話そう。次を落とせば……あとがない。相手方が権利を要求してくる公算が高いだろう。
だから、局長には慎重に組み合わせを考えていただかねばならないのだ」
「…………」
粕谷さんが、僕をにらんできた。
余計なことを言って惑わすな、と。
……それは、こちらの知ったことではない。
最終的には、局長である大福さんの決断がすべてなのだから。
お茶をすすって、一息ついた。
すると、あんこが触手をぺちぺち叩き、指をさす動作のように突きだした。
その先を見ると、粕谷さんの横に、いつの間にか新たな団子がのった皿が置いてあった。
「……いくつ注文したんですか?」
「ん?……っしまった。あれで終わりにするつもりだったのに」
粕谷さんが、顔をしかめて店員を呼びつける。
……この店は、わんこそば方式か。
甘味処でその方式をとっているとは、珍しい。
店員と話したあと、粕谷さんは団子がのった皿を持ちあげたり下ろしたりしている。困っているな。
「……それ、僕が食べましょうか」
「ありがたい……が、そなた、食べすぎではないか?」
「普段ならそのはずですが……なぜか妙に空腹だったので」
「そうか。糖明神殿に行った際の緊張感のせいかもしれないな」
粕谷さんの皿を受けとり、六本目の団子を食べる。
緊張は、まったくしていない。
むしろ、高い石段を上り下りしたせいのほうが、説得力がある。
けれど、あれ程度の運動は普段からやっているので、どのみち可能性は低いが。
「粕谷殿」
声がしたほうを振りむくと、粕谷さんのすぐ隣に、いつの間にか女性が座っていた。
紺色で無地の着物。
髪はセミロングで、後ろでくるっと折りたたんでとめている。
前をむいていて、こちらには目もくれないため、本当に彼女が呼んだのか一瞬わからなかった。
「どうなされた」
「召集です」
「……次の戦の件ですね」
女性の短い言葉に、粕谷さんがすぐ反応。
それに彼女がかすかにうなずいたように見えた。
「失礼」
粕谷さんが立ちあがり、店員を呼びつけて代金の支払いをした。
……大福さんが、決断したか。
最後の団子を口に入れ、黙ったまま前を見続ける。
「急用ができた。そなたは先に帰っていろ。道はわかるな?」
「……はい。問題ありません」
僕の返答を聞いて、花見屋を出ようとした粕谷さんだったが、呼びにきた女性は座ったままだった。
粕谷さんがそれに、不審げに目を細めて足を止める。
「そちらのお方もお連れするようにと」
「……なに?」
眉を寄せた粕谷さんが、若干うろたえて僕と女性を交互に見た。
……そういうことか。
遠くからの得体のしれない視線を感じつつも、気にせず残ったお茶を飲みきって、立ちあがった。
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