カステラが僕をにらんでいる。
カステラが僕をにらんでいる。
もう余計な口出しはさせない、とばかりに。
……自分のプレゼンが認められずにいら立っていた、いつぞやの同僚にすこし似ているな。
気にする必要はない。
「……粕谷さんとどら焼きさんは軽量寄りで汎用性が高い。
羊羹さんは重量級。相手を選びます」
立っている粕谷さんを見上げて言うと、彼は眉を寄せた。
「粕谷さんと羊羹さんで、補完が成立します」
カステラと羊羹。
またしても、頭に数値が浮かびあがった。
相性87%、補完率96%。
悪くない。
「ならば、儂と三葉は?」
「大福さんには、機動補助が必要。みたらし団子さんをつけるのが最適です」
大福とみたらし団子。
相性84%、補完率90%。
こちらも問題ない。
一人で納得し、最後の一つと決めた饅頭を頬張る。
「なるほど、わかった。が……弥太郎を単騎にあてるのは、いささか無謀な気がするがなぁ」
「……いいえ」
お茶を飲み、ふう、と一息。
すこし間をおく。
「どら焼きさんは、単体でも十分戦えます」
「……うむ。たしかに」
「局長! まさか本気にされるわけでは……!」
あごの肉を指でつまんだり離したりしていた大福は、詰めよってきた粕谷さんを見て、にこりと笑った。
「これも一つの案だ。まだ時間はある。今一度、熟考してみようと思う。
よって……輝一。先程の、弥太郎と組む件は一旦保留にしてくれ」
「局長!」
呼びとめる粕谷さんを無視して、大福さんが立ちあがり、部屋を出ようとする。
廊下に一歩出たところで止まり、こちらを振りかえってきた。
「戸籍の件は、心配するな。今日にでも紹介状を書いて送ってやろう」
「……よろしくお願いいたします」
「うむ。ではな。邪魔をした。饅頭、実に美味かった。感謝するぞ」
「それはようございました。またいつでもいらしてください」
大福さんは、ざらめさんを見てにやっとしつつ、着物の袖に手を入れて二度大きくうなずいた。
次に、粕谷さんを見る。
「いろいろ思うことはあるだろうが……一度やると決めた以上は、しっかりやり通せよ」
「……当然にございます」
またうなずいた大福さんは、見送りのためついていこうとした粕谷さんやざらめさんに片手を見せて制止して、一人で出ていった。
呆然と立ち尽くす、粕谷さんの背中を見つめる。
たとえるなら、社長の二転三転する決定に振りまわされている役員。
方針が社長の気分でころころ変わるなんて、たまったものではない。
……しかし、大福さんはそんな考えなしなタイプではない。
「……局長様は、最適解を選びますよ」
「当たり前だ」
振りかえった粕谷さんは、僕と目が合って、すぐにそらしていた。
◇◇◇
その日の夜。
用意してもらった寝具一式――枕は高すぎたので、てきとうに座布団で作った――を敷いて、就寝する支度を整えた。
……月明かりが眩しい。今日は満月か。
気になり、外に出た。
思ったとおりの満月が、雲一つない夜空に浮かんでいる。
見慣れた形だが、見慣れた場所ではない。
――いったい、何なんだろう。
単純にタイムスリップしたわけではないらしいのも。
事故にあって負ったはずの大ケガが完治しているのも。
同じ車に乗っていた両親が、忽然と姿を消したのも。
すべてが、わからない。
「…………」
現時点では、解決不能。
踵を返して部屋に戻り、そっと布団の中に潜りこんだ。
◇◇◇
なにかの物音で、目が覚めた。
起きて外に出てみると、立派な植木がある中庭で、粕谷さんが竹刀で素振りをしていた。
……いい音だ。
「早いな」
「……おはようございます」
粕谷さんが、こちらを見ずに、素振りをしたまま話しかけてきた。
見えているかはわからないが、きちんと頭を下げてあいさつをする。
そして、太陽が顔を出しかけている空を見上げた。
……5時すぎといったところか。
「局長からの紹介状が届いた。朝餉を済ませたら、すぐにむかうぞ」
「……承知しました」
またしても、素振りしたまま言う粕谷さん。
そうか……早いな。
昨日、家に帰ってすぐに書いてくれたとしても、もう届くのか。
おおらかで、やるべきことはすぐにやる、仕事ができる上司。
……そこだけ見れば、環境的には悪くない職場だな。
「ずいぶんぼんやりしているな。顔を洗ってこい。それとも、私とともにやるか?」
粕谷さんが、そばに立てかけていた別の竹刀を持って、こちらに突きだしてきた。
剣道か。
体を動かすのは決して嫌いではないけれど、どちらかといえば走るほうが好きだ。
「……いつもこんな調子なので。お気になさらず」
「それは逆に心配になるな……まぁいい」
見逃してもらえた。
「顔を洗ってきます」と言って会釈してから、廊下をぽてぽてと歩いていった。
その後、ざらめさんが作ってくれた一汁三菜のバランスのいい朝食をいただいてから、外出。
「どちらへ?」
「糖明神殿だ。神聖な場所だからな。気を引きしめろ」
「……はい」
半ばにらみつけるような鋭い目をむけてきた粕谷さんに、一礼して返事をした。
戸籍を得る場所が、神殿とはいかに。
神社や寺なら、まだわかる。
……そういう思想が広まっている地域なんだな。
粕谷さんの案内でしばらく歩くと――頂上が見えないほどの高い石段が姿を現した。
「これを上りきった先にある。泣き言は言わせないぞ」
「……がんばります」
問題ない。
学生時代は、陸上部。
プレゼンで使う案がなかなか決まらないときにも、よく体を動かしていたから。
さくさく進む粕谷さんについていき、頂上に到達。
そこには、神主風の白衣を着た人物がいて、ゆっくりと一礼してきた。
「茶吉殿」
「お待ちしておりました。大丸様から話はうかがっております」
「よろしくお願いいたします」
粕谷さんがあいさつで頭を下げ、僕も同じタイミングでそうする。
顔を上げると、その神主もどきがこちらを見てきた。
「蜜森殿ですね。私はここの主・松原茶之介が息子、茶吉にございます」
「蜜森風です。よろしくお願いいたします」
自己紹介して、再度一礼する。
……松原茶之介と、茶吉。なるほど。
和菓子地域の中で神聖な場所を守っているのが、この二人――抹茶親子か。
よく合っているな。
感心しつつ、息子のほうの抹茶さん――若抹茶さん、とでもしておくか。
彼の案内で、神殿の中に入って長い廊下を歩いていく。
……かなり規模が大きい神社、もとい神宮のようだ。
「父上。参りました」
「お通しするがよい」
奥の部屋まで行って、先導してくれた若抹茶さんが声をかけると、中から低いうなるような声がした。
障子を開けると、そこには祭壇のように飾りつけられた台があった。
その台のむこう、部屋の真ん中に、白い立派なあごひげをたくわえた人物が座っている。
……彼が、抹茶さん。
茶道の家元というより、仙人のような見た目だ。
僕と粕谷さんが部屋に入ると、若抹茶さんが外から障子をしめた。
「かけられよ」
勧められ、抹茶さんと台をはさんでむかい側にある、背もたれのない白い布張りの椅子に座る。
「紹介状を拝見する」
粕谷さんが、懐から細長く折りたたまれた書状を出して、抹茶さんに差しだした。
受けとった抹茶さんは、神妙な顔でそれを広げ、読んでいる。
眉一つ動かさない。
「承知した」
抹茶さんは、書状を元どおりに折りたたんで台の上に置いた。
次に、端にあったノートのようなものをたぐり寄せる。
墨をつけた筆を手にとると、軽い筆致でそこになにかを書いた。
「このとおり」
抹茶さんが、ノートを広げて見せてきた。
1ページに10人程度の名前と住所らしきものが書かれていて、その最後尾に、僕の名前が記されている。
名前の左側に、小さめの字で「粕谷輝一」とも書かれてあった。
……こちらの世界では、戸籍台帳に身元保証人の名も記すようだ。
「これでそなたは餡月郷の住人となった。保証人と紹介役の名を汚さぬよう、謹むように」
「……ありがとうございます。そのようにいたします」
腰を曲げ、深めに頭を下げる。
これで、衣食住に続き戸籍を獲得。
あとは仕事を探すだけだ。
抹茶さんが、「うむ」とうなったところで顔を上げると、彼はなぜか粕谷さんを食いいるように見つめていた。
「神事以外でここを三回も訪れた者は……そなたが初めてだ」
言われて、粕谷さんが黙って一礼する。
……三回か。
極力音をたてないように部屋をあとにして、外に出た。
「粕谷さんも……移住者だったんですね」
さっさと階段を下りていこうとするその背中に、声をかける。
足が止まった。
「……なぜそう思う」
「抹茶さんの最後の言葉から想像しただけです」
「その呼び方はよせ。不敬だぞ」
振りかえった顔は、不機嫌そうに歪められていた。
辺りを気にするように――抹茶さんや若抹茶さんに聞かれてないかと――目が泳いでいる。
失礼しました、と謝罪すると、粕谷さんはため息をつき、落ちつきを取りもどした。
「幼い頃に、姉とともに移住したのだ。当時は赤ん坊だったから、記憶にはないが」
「……そうでしたか」
うなずきつつ――心の中は、高揚していた。
カステラは、和菓子に分類されてはいるが日本生まれの菓子ではない。
それが、反映されている?
……いや。まだそうとは言いきれない。
移住者は珍しくはなく、たまたまそれに粕谷さんがはまっただけとも言える。
やはり、もうすこし情報がないとなんとも言えないな。
「私のことはいい。とにかく、茶之介様のおっしゃったとおり、謹んで行動するように。
町人たちは、顔が見慣れないうちは奇異の目をむけてくるだろうから、余計にな」
「……はい」
「そのようにぼーっとして、人にぶつからないように気をつけろ」
粕谷さんに注意されながら、その背中を見つめつつ、階段を下りていく。
(私の故郷は、餡月郷だ! 私は、ここで生まれた、れっきとした餡月郷の住人だ!)
――一瞬の出来事だった。
だれかわからない声が、頭の中に浮かんだ。
足を止め、ゆっくり遠ざかっていく粕谷さんの背中を見つめる。
……今のは、なんだ? だれの声だ?
まだ声変わりしていない、子ども特有の高めの声だった。
当然、粕谷さんではない。
振りかえってみても、他にはだれもいない。
……すると、視界の端に奇妙なものが映りこんだ。
タコが、僕の肩に貼りついている。
肩にのるにはちょうどいい、小型のタコ。
デフォルメ化されたような見た目。
赤い体にひょっとこ口、黒い点のようなとぼけた目がついている。
……まぁ、いいか。いるものはいるのだからしょうがない。
読んでいただいきましてありがとうございました。
性懲りもなくタコが登場しました笑
毎日20時頃更新を予定しています。
明日も是非お読みください。




