「次の双甘大試、おぬしは弥太郎と組め」
「次の双甘大試、おぬしは弥太郎と組め」
神妙な顔で、大福さんが粕谷さんに言った。
……双甘大試、と言われても。
それがなにを意味するのか、僕にはわからない。
「土井殿と……承知いたしました」
粕谷さんが、両手を床について頭をすこし下げた。
……待てよ。
土井弥太郎?
ど……どら、焼き?
――人名が菓子名。外見的特徴もほぼ一致。
やはり、文化的命名体系か。
「味がかぶっています。考えなおすべきでは?」
気づけば、そう口に出していた。
直後――頭の中に、いくつか数値が浮かんできた。
相性65%、補完率13%。
……変だな。情報が増えた。
「味が、かぶっている?」
一拍おいてから、大福さんが繰りかえした。
粕谷さんから、疑いの眼差しをむけられる。
一方、ざらめさんは不思議そうにきょとんとしていた。
「味とはつまり、持ち味のことか?」
「……はい」
菓子の味そのものという意味だが。
訂正の必要はない。
「ほう。おんし、もしや戦略を立てるのが得意か?」
「得意かどうかは……現時点では断定しかねます」
大福さんは、「ふむ……」と興味深そうにうなって、指であごをつまみ、僕をじっと見ている。
……ただのお菓子のペアリング的観点から言っただけだ。
それが戦略を練るのに役立つはずがない。
「せっかくだ。おんしの意見、もっと具体的に聞かせてくれんか」
「きょ、局長! なにをおっしゃるのですか!」
「ええじゃろうて。正直言うとな……いささか自信がなくてな。他の者の意見を聞いて、再考するのも悪くなかろう」
うろたえつつも口をつぐんだ粕谷さんの肩を叩きなだめていた。
……なかなかすごい音がしていた。
まぁ、いい判断だ。
それができるほど、このお方は器が大きい。局長たるゆえんか。
いや。なるべくしてなった、というべきだな。
ならば、僕もそれに応えなければならない。
最適な策を出すには――
「双甘大試とは、何なのでしょうか」
「ん?……ああ、そうか。ええぞ。一から説明しよう。すまんが、ざらめ殿――」
「はい。お茶菓子をお持ちいたしますね」
ざらめさんが、嬉しそうにほほえみながら、さっと立ちあがって部屋を出ていった。
粕谷さんは、未だ不満げに口をつぐんでいる。
……お茶菓子、か。
楽しみだ。もちろん、話も。
「ところで、おんし……若そうに見えるが、年はいくつだ?」
「28です」
答えた瞬間、黙りこんでいた粕谷さんの指が、ぴくりと動いたのを見た。
「そうか! 輝一と同じ年か。偶然にしても、驚いたな」
「……そうだったんですね」
自分の番を待つ弓道家のように、むっつりと口を閉じた粕谷さんを見る。
雰囲気より若そうな印象だったが、同い年だったのか。
「まぁ、詳細はおいおい話すとして、必要なところだけ簡単に話そう」
「よろしくお願いいたします」
僕の返事に、大福さんがうなずき、話しはじめた。
まずは、この国の成り立ちについて。
「瑞菓国は、地域が四つに分かれておる。一つは、我らが餡月郷。それから、め……めろ……」
「メローリア、でございます」
「それだ。はぁ……どうも言いにくくて困るな!」
スマートに助け舟を出した粕谷さんに対し、大福さんは大口を開けて豪快に笑った。
……横文字は、やはりなじみが薄いらしい。
ゆっくりうなずいて、話の続きを待った。
「あとは、恵みの地――じゃのうて、恵環域。それから、紅の郷もとい紅翠域。
この二つは中立の誓いを立てておるから、双甘大試とはあまり関係がない。名前だけ頭の隅に置いておけ」
……なるほど。
同じ国内でも、まったく違う文化圏がいくつも存在しているのか。
なかなか複雑な状態のようだ。
再度うなずいた――ところで、ざらめさんが戻ってきた。
彼女は、手にしていたお盆を抱えたまましゃがみ、まずは緑茶の入った湯飲みを順に置いていく。
「おお、それはもしや?」
「はい。福寿屋の日の出饅頭でございます。
先日、お伺いしたときにたくさんいただいたものです。どうぞ遠慮なく」
「それはありがたい。饅頭は福寿屋のが一番美味い」
ざらめさんが持ってきた、山になった饅頭。
真っ先に手にとった大福さんが、嬉しそうにそれを口に放りこんだ。
「お二人も。どうぞ」
「……いただきます」
会釈してから、一つを手にとって眺めた。
上に、太陽のような形の焼き印が押されている。「日の出饅頭」だからだな。
半分までかじってみる。
中は、つぶ餡。程よい甘さだった。
「……おいしいです」
一言感想を述べて、ゆっくり咀嚼しながら断面を見た。
これほどの甘さを出すには、かなりの量の砂糖を使わないといけない。
――この国には、砂糖が多く出回っている?
つまり、それだけ裕福。
「見れば見るほど、不思議な奴じゃなぁ。
そんなふうにぼーっとしていれば、トビにでもとられてしまうぞ?」
「……気をつけます」
トビだろうとなんだろうと、近づいてくるものがいればすぐに気づけるから問題はない。
苦笑する大福さんに軽く答えて、残った半分も口に入れた。
「さて……どこまで話した?」
「国のあり方――四つの地域があるところまでです」
「そうか。
それでまぁ……多少は察しておるかもしれんが、儂ら餡月郷とめろ……メローリアは、国ができた頃から対立しておる。
双甘大試とは、どちらが国の統治権を得るか。それを決めるための重要な行事なんじゃ」
大福さんが、なぜか疲れた様子でため息をつき、お茶をすすった。
……行事、か。
国の統治権を得るため、と言うわりには、まるでイベントのような言い方。
それは、大福さんが軽く考えているわけではなく、この場を重い空気にしたくないための配慮。
二つ目の饅頭に手をのばしつつ、うなずいた。
「儂が率いる甘誠組。それから、ヴィクトリウスが率いる、あん……アントルメ、騎士団。
それぞれが兵を五人ずつ出して戦う。
簡単に言えば、そんなところか」
「……なるほど」
お茶を飲み、聞かされた情報を頭の中でまとめる。
相手方の、アントルメ騎士団。
その名は、製菓で使用される用語の一つだ。それも洋菓子の。
つまり、相手は洋菓子の可能性が高い。
和菓子対洋菓子。
因縁の対決が、国家の内乱規模の争いになっている。
……面白い。ぞくぞくするな。
「どうした?」
不審そうに眉をひそめた大福さんが、すこし身を乗りだしてきた。
……顔に出ていたか。
「いえ……双甘大試とは、どのような形式で戦うのでしょうか?」
「形式としては――全部で三試合。二人一組を二試合と、最後に単騎戦。つまり、代表者として五人が出る」
「……その五人とは、甘誠組の隊員であればだれでもいいのですか?」
「規則上はな」
大福さんが、大きな音を立ててお茶を飲みきった。
「他になにか、聞きたいことはあるか?」
聞かれて、いくつ目かわからない饅頭を口に放りこみ、ゆっくり咀嚼する。
あと、必要な情報といえば。
「……差しつかえなければ、出場者のお名前を教えていただけませんか」
「かまわんぞ。ええな?」
「……局長が、いいとおっしゃるのなら」
大福さんが粕谷さんを見て聞き、粕谷さんがそれにうなずいて返した。
「儂と輝一はもうわかっておるな?
他三名についてじゃが……三番隊隊長、養田完二郎。
四番隊隊長、団三葉。
そして最後に、五番隊隊長、土井弥太郎。
この五人じゃ」
大福さんは自慢げに、腕組みをしてすこし鼻息を荒くしつつ教えてくれた。
……羊羹に団子とどら焼き。
団子は、なんの団子だろう。名前が「三葉」だから、三色団子か?
……違うな。どうもしっくりこない。
「団さんは……女性ですか?」
「ああ。三葉は強いぞ。仕事も早くて、重宝しておる。ときどき塩辛いことを言うがな!」
大口を開けて、大福さんが笑った。
その顔をじっと見つめつつ、思いついた。
塩辛い。すなわち、塩気がある。
……みたらし団子。
瞬間、すべてがぴったりおさまったような、すっきりした感覚がした。
なるほど。
この五種類――もとい、五人で組み合わせを考えればいいのか。
「では、今度はこちらが聞こう。おんしなら、どんな組にする?」
大福さんが、膝をぱん、と叩いて、不敵な笑みを浮かべ、僕の顔をのぞきこんできた。
……簡単だ。
お茶を飲み、口の中をさっぱりさせてから、話した。
「粕谷さんと羊羹さん、大福さんとみたらし団子さん。
単騎には、どら焼きさんをあてるのが最適解だと考えます」
言った瞬間、大福さんと粕谷さんが、ぽかんと口を半開きにして固まった。
……よくわからないので、ざらめさんにお茶のおかわりをおねだりした。
「そなた……! 人を菓子名で呼ぶなど! やめないか!
それに、なんだ最適解とは!
そんな組み合わせ、今まで一度も――」
立ちあがった粕谷さんの反論は、大福さんの大きな笑い声により、途中でかき消された。
天井を見上げ、大口を開けて笑っている。
……よく笑う人だな。そして、声が無駄にでかい。
総司令官だから、仕方ないが……あまり近づかないでおこう。
「面白い。して、その組にしたわけは?」
ギラギラした目をむけてくる、大福さん。
僕は、ざらめさんからおかわりのお茶を受けとって、一口飲んだ。
……ここまで食いついてくるとは、想定以上の反応だ。
もう一度言うが、単純にお菓子同士のペアリングを考えて言っただけだ。
――それにしても。
この、体の奥が熱いような感覚は……いったい、なんだ?
……面白いな。
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