どうやら僕は死んだらしい。
どうやら僕は死んだらしい。
先程感じた激痛が、嘘のようにない。
念のため慎重に、なんとか目だけを動かして周囲の状況をうかがった。
木造の日本家屋。やけに古めかしく、寒々しい。
しかし、実際の空気はちょうどいい温かさだと感じる。
ここが、死後の世界。
「ああ。お気づきになったのですね」
人の声がした。
顔をのぞきこんできたのは、若干青白い顔をした着物姿の女性だった。
……着物。
この家の雰囲気にはとても合っている。
彼女は、いったいだれなのか。
どう考えても情報不足な現況。
慎重に体を動かし――やはり、痛みはまったくない。
体を起こしてみた。
ふすまがある和室。
床は畳で、あと二つ布団を敷けるかどうか、というほどの広さだ。
「お加減はいかがですか?」
「……はい。問題ありません」
「それはよかった。どうぞ。一息ついてください」
着物の女性に、湯気の立つ湯飲みを渡される。
透明な液体。白湯。
一口飲んで、異常がないのを確認。
一気にあおった。
「他の二人は?」
「二人?」
「両親がいたはずですが」
女性は、なにかを考えるような顔をしたあと、口元に手を当てて眉を下げた。
「申し訳ありません。私は……なにも」
「……そうですか」
答えつつ、まだほんのりと温かい湯飲みを、両手をそえて持った。
セリフから察するに、ここは死後の世界ではない。
さらに、彼女は救助者ではなく、看護にあたってくれた人物だ。
考えていると、すこし離れたところから、「今帰りました」と声がした。
ずかずかと、近づいてくる足音。
「姉う――ああ! 気づかれたか」
黒くて長い髪をポニーテールに結んだ、中性的な顔立ちの人物が現れた。
上が白の道着、下が紺色の袴という、和装をしている。
……そこは、髷じゃないのか。
僕を見て嬉しそうに駆けより、布団のそばに腰を下ろしたその人を見ながら……やはり、違和感。
甘いにおいが、強まったような感覚。
「輝一。このお方の他にだれかおりませんでしたか?」
「他に?……いえ。誰も」
輝一と呼ばれたその人は、正座をしたその膝に手を置き、眉をひそめた。
――他には、だれもいなかった。
炎で焼かれた。もしくは、ガソリンに引火して、跡形もなく消しとんだ。
いずれにしろ――すでに意識がなかったあの状況では、救助されても助かる見込みは低い。
そうか。
……想定外、だな。
「…………」
空になった湯飲みを見つめる。
そして――顔を上げた。
「ところで、ここはどこですか?」
「えっ?……ああ。ここは、瑞菓国の餡月郷だ」
明らかに、聞きおぼえのない地名。
……判断材料を得るとしたら。
「差しつかえなければ、僕を発見したときの状況を教えていただけませんか?」
「かまわない。そなたは、川のそばで倒れていたのだ」
「川?」
「ああ。白妙橋の下あたりに。
いつものように見回りをしていたところ、倒れているのを見つけたのだが……
いったいなにがあったのだ?」
完全に冷めた湯飲みを、畳の上に置いた。
実家から出て、一般道をすこし走れば、まもなく高速道路に入る。
その道中で事故にあったのだろうが、橋がかかる川はどこにもない。
そしてなにより。
負傷した痕跡も、スマホなどの身につけていたものも、跡形もなく消えている。
……なるほど。
推察も判断も不能。
布団から出て、二人と正面でむき合うかたちに正座した。
「助けていただき、ありがとうございます。僕は蜜森風と申します」
「蜜森……知らない家名だな。どこに仕えている?」
「……いいえ。どこにも」
「やはりそうか……私は、粕谷輝一という。こちらは、姉のざらめだ」
僕が使った湯飲みを回収した着物の女性が、弟の自己紹介に続いて頭を下げた。
粕谷輝一とざらめ?
かす……てら? ざらめ、付き?
――瞬間。
胸の奥でストン、となにかがはまるような感覚がした。
「カステラさん」
「は? いや、私はれっきとした人間だぞ」
「……失礼いたしました」
カステラさんもとい粕谷さんは、眉をひそめ、拳を口元に近づけて咳払いを一回した。
……妙だな。
彼をカステラと呼ぶと、とてつもなくしっくりくる。
偶然の一致、ではない。
「ふふ。たしかに。輝一の名前、縮めるとカステラのようになりますね。私がくっつけば、完璧に――」
「姉上。言葉遊びはあとにしていただきたい」
「あら、ごめんなさい。つい」
ざらめさんは、弟に注意されてもなお、口元に手をそえてニコニコとほほえんでいた。
よく見れば、顔にはシワがうっすらある。
若そうに見えていたけれど、それなりの年齢だったらしい。
――ともかく。
この、数々の違和感は一旦保留。
まずは、当面の生活の基盤を整える必要がある。
「ここで暮らすには、どうすればいいのでしょうか」
「暮らす?」
「衣食住を確保する必要があります」
粕谷さんが、目を見張ったのち、ざらめさんを見た。
ざらめさんがうなずき、それに粕谷さんもうなずき返す。
「ならば、ここで暮らすのはどうだろうか?」
「……ここで」
「ああ。姉と二人だけで暮らしている身だ。部屋なら余っている」
「いつまでいるのか、わかりませんが」
「かまわない」
「そうですよ。どうぞ気にせず、いつまでもここにいらしてくださいな」
粕谷さんに続き、ざらめさんが言った。
……なにか思惑がある様子。
けれど、申し出を断り、すべてを一から自力で手に入れようと奔走するのは非効率だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「気にするな。ただ、まず局長に話を通す必要がある。私が身元保証人になる許可をいただかねば」
「……局長」
「餡月郷を取りしまっている、甘誠組の局長だ。私はそこの副長を務めている」
……「取りしまっている」と、粕谷さんは言った。
そして、「局長」。
つまり甘誠組とは、暴力団のような反社会的勢力ではなく、どちらかといえばそれと真逆。
警察的な、治安維持に携わる部隊だ。
すこしだけ目線を下げ――考えるそぶりを見せてから、また粕谷さんを見た。
「……お尋ねします」
「なんだ?」
「身元を証明するものは、なにもないのですが」
「そうだろうな。そのような浮浪人は決して珍しくはない。
しかし、局長はおおらかなお方だから、事情をくんでいただけるはずだ」
粕谷さんが、膝を軽く叩いて立ちあがった。
「さっそく話をしてこよう。今ならまだ――」
「輝一! おるか?」
メガホン越しに喋ったような大声が、外で響いた。
はっとして目を丸くした粕谷さんが、「失礼」と言って、部屋を出ていく。
……よく通る声だ。呼び鈴が不要とは、それはそれで合理的だな。
「運がいいようですね。お越しになられたようですよ」
「……はぁ」
ざらめさんも立ちあがり、部屋を出た。
直後に、大きな足音。
「おお、ざらめ殿。息災か?」
「ご無沙汰しております。おかげさまでこのとおり」
「それはなによりだ」
ざらめさんの背後にいたその客が、部屋の中をのぞいてきた。
それは――まるで、大きな岩のような顔面だった。
「うむ……見かけぬ顔じゃな。輝一。話というのは、この御仁のことか?」
岩のようなごつごつした体躯のその人が、後ろを振りかえって聞いた。
「はい。お時間、よろしいでしょうか」
「かまわんぞ。儂もおんしに大事な話があってきた。その前に……聞くとしよう」
彼は部屋の中に入ってきて、僕の目の前にあぐらをかいて座った。
……教科書に載っていた、西郷隆盛の写真に似ている。
ここは、薩摩?
いや、喋り方は鹿児島弁ではない。
ただの他人の空似だ。
「この者の名は、蜜森風。身寄りがない浮浪者にございます。どうか、この家に住まわせる許可を」
岩人間とむかい合う位置に正座した粕谷さんが、手をついて頭を下げ、土下座のような格好をした。
この岩人間が、局長らしい。
……じろじろと見られている。
「蜜森……聞き慣れん名じゃな。おんし、どこから来た?」
「日本――いえ。日ノ本の東京です」
「ほう。日ノ本か。日が昇る国、といったところか? なかなかよき名じゃが……知らんなぁ」
岩人間は、あごに手を添えてさすりながら、すこしだけ首を傾げた。
……この言い方でも通じない。ますます謎が深まった。
「その、日ノ本とかいう国に帰るまで、ここに滞在したいわけじゃな?」
「……はい。具体的な期間は未定です」
「ふむ……」
岩人間は、僕をしばらく観察したのち、粕谷さんへと視線を移動した。
「輝一」
「はっ」
「責任は、とれるんじゃな?」
岩人間の目が、一瞬で鋭くなった。
見つめられた粕谷さんは、体を起こして背筋をのばした。
「もちろんです。なにかあれば、私がすべてを負います」
はきはきとしていて、しかしうるさいと感じるほどは大きくない声だ。
しばらく沈黙が下りて――岩人間が、ふう、と大きく息を吐いた。
「ええぞ。許可する。おんしは今日から、この家の者じゃ。安心して暮らすといい」
「……はい。ありがとうございます」
「異国で暮らすのは、まぁ、なかなか不便なこともあるじゃろうて。
輝一やざらめ殿だけでなく、儂でもかまわん。なんなりと聞くがいい」
「……お言葉に甘えさせていただきます」
特にしきたりについては、早々に身につけなければ敵を作るだけ。
三人にむかって、頭を下げた。
「うむ。遠慮は不要じゃ――ああ、いかん。名乗るのを忘れておったな。儂は大丸福之進と申す」
背筋をのばして自己紹介した岩人間の顔を、見つめる。
大丸福之進。
……大福か。
「よろしくお願いします。大福さん」
「は?」
「おい! そなた、局長に対してなにを言うか!」
粕谷さんが立ちあがり、吠えた。
思ったとおりだった。
彼を「大福さん」と呼んだ途端、粕谷さんをカステラさんと呼んだときと同じような、ぴったりはまるような感覚がした。
「はっは! たしかに短くすれば大福じゃな! 今日からそれを通り名としようか」
「認めてどうするのですか!」
ツッコミをいれる粕谷さんと大福さん、それに口元に手を添えて上品に笑っているざらめさんを見た。
これで、お菓子を連想できる名前の人が、三人。
そういう地域?
……いや。まだ統計的に有意とは言えない。
「さてと……戯れはこのくらいにして。儂の用向きを話すとしよう」
大福さんが、ざらめさんがいれてきたお茶をぐっと飲み、キリッとした目を輝一さんにむけた。
読んでいただきありがとうございました。
次回、いよいよ主人公のスキルが開花します。
明日も是非ご覧ください。
毎日20時頃の更新を予定しています。




