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甘味戦争の軍師 ~社畜の僕、相性が見えるだけで最強編成を作れるけど、この戦争ちょっとおかしくないか?~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第一章 お菓子の戦争

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どうやら僕は死んだらしい。

 どうやら僕は死んだらしい。

 先程感じた激痛が、嘘のようにない。


 念のため慎重に、なんとか目だけを動かして周囲の状況をうかがった。


 木造の日本家屋。やけに古めかしく、寒々しい。

 しかし、実際の空気はちょうどいい温かさだと感じる。


 ここが、死後の世界。


「ああ。お気づきになったのですね」


 人の声がした。

 顔をのぞきこんできたのは、若干青白い顔をした着物姿の女性だった。


 ……着物。

 この家の雰囲気にはとても合っている。


 彼女は、いったいだれなのか。


 どう考えても情報不足な現況。

 慎重に体を動かし――やはり、痛みはまったくない。

 体を起こしてみた。


 ふすまがある和室。

 床は畳で、あと二つ布団を敷けるかどうか、というほどの広さだ。


「お加減はいかがですか?」

「……はい。問題ありません」

「それはよかった。どうぞ。一息ついてください」


 着物の女性に、湯気の立つ湯飲みを渡される。


 透明な液体。白湯。

 一口飲んで、異常がないのを確認。

 一気にあおった。


「他の二人は?」

「二人?」

「両親がいたはずですが」


 女性は、なにかを考えるような顔をしたあと、口元に手を当てて眉を下げた。


「申し訳ありません。私は……なにも」

「……そうですか」


 答えつつ、まだほんのりと温かい湯飲みを、両手をそえて持った。


 セリフから察するに、ここは死後の世界ではない。

 さらに、彼女は救助者ではなく、看護にあたってくれた人物だ。


 考えていると、すこし離れたところから、「今帰りました」と声がした。

 ずかずかと、近づいてくる足音。


「姉う――ああ! 気づかれたか」


 黒くて長い髪をポニーテールに結んだ、中性的な顔立ちの人物が現れた。

 上が白の道着、下が紺色の袴という、和装をしている。

 ……そこは、(まげ)じゃないのか。


 僕を見て嬉しそうに駆けより、布団のそばに腰を下ろしたその人を見ながら……やはり、違和感。


 甘いにおいが、強まったような感覚。


輝一(てるいち)。このお方の他にだれかおりませんでしたか?」

「他に?……いえ。誰も」


 輝一と呼ばれたその人は、正座をしたその膝に手を置き、眉をひそめた。


 ――他には、だれもいなかった。


 炎で焼かれた。もしくは、ガソリンに引火して、跡形もなく消しとんだ。

 いずれにしろ――すでに意識がなかったあの状況では、救助されても助かる見込みは低い。


 そうか。


 ……想定外、だな。



「…………」



 空になった湯飲みを見つめる。


 そして――顔を上げた。


「ところで、ここはどこですか?」

「えっ?……ああ。ここは、瑞菓国(ずいかこく)餡月郷(あんげつきょう)だ」


 明らかに、聞きおぼえのない地名。

 ……判断材料を得るとしたら。


「差しつかえなければ、僕を発見したときの状況を教えていただけませんか?」

「かまわない。そなたは、川のそばで倒れていたのだ」

「川?」

「ああ。白妙橋(しろたえばし)の下あたりに。

 いつものように見回りをしていたところ、倒れているのを見つけたのだが……

 いったいなにがあったのだ?」


 完全に冷めた湯飲みを、畳の上に置いた。


 実家から出て、一般道をすこし走れば、まもなく高速道路に入る。

 その道中で事故にあったのだろうが、橋がかかる川はどこにもない。

 そしてなにより。

 負傷した痕跡も、スマホなどの身につけていたものも、跡形もなく消えている。


 ……なるほど。

 推察も判断も不能。


 布団から出て、二人と正面でむき合うかたちに正座した。


「助けていただき、ありがとうございます。僕は蜜森風と申します」

「蜜森……知らない家名だな。どこに仕えている?」

「……いいえ。どこにも」

「やはりそうか……私は、粕谷輝一(かすやてるいち)という。こちらは、姉のざらめだ」


 僕が使った湯飲みを回収した着物の女性が、弟の自己紹介に続いて頭を下げた。


 粕谷輝一とざらめ?

 かす……てら? ざらめ、付き?


 ――瞬間。

 胸の奥でストン、となにかがはまるような感覚がした。


「カステラさん」

「は? いや、私はれっきとした人間だぞ」

「……失礼いたしました」


 カステラさんもとい粕谷さんは、眉をひそめ、拳を口元に近づけて咳払いを一回した。


 ……妙だな。

 彼をカステラと呼ぶと、とてつもなくしっくりくる。

 偶然の一致、ではない。


「ふふ。たしかに。輝一の名前、縮めるとカステラのようになりますね。私がくっつけば、完璧に――」

「姉上。言葉遊びはあとにしていただきたい」

「あら、ごめんなさい。つい」


 ざらめさんは、弟に注意されてもなお、口元に手をそえてニコニコとほほえんでいた。


 よく見れば、顔にはシワがうっすらある。

 若そうに見えていたけれど、それなりの年齢だったらしい。


 ――ともかく。

 この、数々の違和感は一旦保留。

 まずは、当面の生活の基盤を整える必要がある。


「ここで暮らすには、どうすればいいのでしょうか」

「暮らす?」

「衣食住を確保する必要があります」


 粕谷さんが、目を見張ったのち、ざらめさんを見た。


 ざらめさんがうなずき、それに粕谷さんもうなずき返す。


「ならば、ここで暮らすのはどうだろうか?」

「……ここで」

「ああ。姉と二人だけで暮らしている身だ。部屋なら余っている」

「いつまでいるのか、わかりませんが」

「かまわない」

「そうですよ。どうぞ気にせず、いつまでもここにいらしてくださいな」


 粕谷さんに続き、ざらめさんが言った。


 ……なにか思惑がある様子。

 けれど、申し出を断り、すべてを一から自力で手に入れようと奔走するのは非効率だ。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「気にするな。ただ、まず局長に話を通す必要がある。私が身元保証人になる許可をいただかねば」

「……局長」

「餡月郷を取りしまっている、甘誠組(かんせいぐみ)の局長だ。私はそこの副長を務めている」


 ……「取りしまっている」と、粕谷さんは言った。

 そして、「局長」。


 つまり甘誠組とは、暴力団のような反社会的勢力ではなく、どちらかといえばそれと真逆。

 警察的な、治安維持に携わる部隊だ。


 すこしだけ目線を下げ――考えるそぶりを見せてから、また粕谷さんを見た。


「……お尋ねします」

「なんだ?」

「身元を証明するものは、なにもないのですが」

「そうだろうな。そのような浮浪人は決して珍しくはない。

 しかし、局長はおおらかなお方だから、事情をくんでいただけるはずだ」


 粕谷さんが、膝を軽く叩いて立ちあがった。


「さっそく話をしてこよう。今ならまだ――」

「輝一! おるか?」


 メガホン越しに喋ったような大声が、外で響いた。

 はっとして目を丸くした粕谷さんが、「失礼」と言って、部屋を出ていく。


 ……よく通る声だ。呼び鈴が不要とは、それはそれで合理的だな。


「運がいいようですね。お越しになられたようですよ」

「……はぁ」


 ざらめさんも立ちあがり、部屋を出た。


 直後に、大きな足音。


「おお、ざらめ殿。息災か?」

「ご無沙汰しております。おかげさまでこのとおり」

「それはなによりだ」


 ざらめさんの背後にいたその客が、部屋の中をのぞいてきた。

 それは――まるで、大きな岩のような顔面だった。


「うむ……見かけぬ顔じゃな。輝一。話というのは、この御仁のことか?」


 岩のようなごつごつした体躯のその人が、後ろを振りかえって聞いた。


「はい。お時間、よろしいでしょうか」

「かまわんぞ。儂もおんしに大事な話があってきた。その前に……聞くとしよう」


 彼は部屋の中に入ってきて、僕の目の前にあぐらをかいて座った。


 ……教科書に載っていた、西郷隆盛の写真に似ている。

 ここは、薩摩?

 いや、喋り方は鹿児島弁ではない。

 ただの他人の空似だ。


「この者の名は、蜜森風。身寄りがない浮浪者にございます。どうか、この家に住まわせる許可を」


 岩人間とむかい合う位置に正座した粕谷さんが、手をついて頭を下げ、土下座のような格好をした。


 この岩人間が、局長らしい。

 ……じろじろと見られている。


「蜜森……聞き慣れん名じゃな。おんし、どこから来た?」

「日本――いえ。日ノ本の東京です」

「ほう。日ノ本か。日が昇る国、といったところか? なかなかよき名じゃが……知らんなぁ」


 岩人間は、あごに手を添えてさすりながら、すこしだけ首を傾げた。


 ……この言い方でも通じない。ますます謎が深まった。


「その、日ノ本とかいう国に帰るまで、ここに滞在したいわけじゃな?」

「……はい。具体的な期間は未定です」

「ふむ……」


 岩人間は、僕をしばらく観察したのち、粕谷さんへと視線を移動した。


「輝一」

「はっ」

「責任は、とれるんじゃな?」


 岩人間の目が、一瞬で鋭くなった。

 見つめられた粕谷さんは、体を起こして背筋をのばした。


「もちろんです。なにかあれば、私がすべてを負います」


 はきはきとしていて、しかしうるさいと感じるほどは大きくない声だ。


 しばらく沈黙が下りて――岩人間が、ふう、と大きく息を吐いた。


「ええぞ。許可する。おんしは今日から、この家の者じゃ。安心して暮らすといい」

「……はい。ありがとうございます」

「異国で暮らすのは、まぁ、なかなか不便なこともあるじゃろうて。

 輝一やざらめ殿だけでなく、儂でもかまわん。なんなりと聞くがいい」

「……お言葉に甘えさせていただきます」


 特にしきたりについては、早々に身につけなければ敵を作るだけ。


 三人にむかって、頭を下げた。


「うむ。遠慮は不要じゃ――ああ、いかん。名乗るのを忘れておったな。儂は大丸福之進(だいまるふくのしん)と申す」


 背筋をのばして自己紹介した岩人間の顔を、見つめる。


 大丸福之進。

 ……大福か。


「よろしくお願いします。大福さん」

「は?」

「おい! そなた、局長に対してなにを言うか!」


 粕谷さんが立ちあがり、吠えた。


 思ったとおりだった。


 彼を「大福さん」と呼んだ途端、粕谷さんをカステラさんと呼んだときと同じような、ぴったりはまるような感覚がした。


「はっは! たしかに短くすれば大福じゃな! 今日からそれを通り名としようか」

「認めてどうするのですか!」


 ツッコミをいれる粕谷さんと大福さん、それに口元に手を添えて上品に笑っているざらめさんを見た。


 これで、お菓子を連想できる名前の人が、三人。

 そういう地域?

 ……いや。まだ統計的に有意とは言えない。


「さてと……戯れはこのくらいにして。儂の用向きを話すとしよう」


 大福さんが、ざらめさんがいれてきたお茶をぐっと飲み、キリッとした目を輝一さんにむけた。

読んでいただきありがとうございました。

次回、いよいよ主人公のスキルが開花します。

明日も是非ご覧ください。

毎日20時頃の更新を予定しています。

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